Fate/Grand order 番外・六乗魔王王国シガ 作:NoN
レイシフトによる霊子変換から復帰して、立香がまず見た光景は地平線の彼方まで続く荒野だった。
「……あれ?」
「ここは……先輩、ここは本当に日本ですか?」
マシュの問いかけに、立香は首を傾げる。
日本、と言いたいところだが、ちょっと断言できない。日本の都心部でこんな光景がみられるとは思えないので、立香には何とも答えようがなかったからだ。
「うん、どうだろう。日本でもこういった平地はあるはずだけど、ロマンは特異点は都市部だって言ってたよね」
「はい、ドクターからはそう聞いています」
「そうなると、ここが日本には見えないよね。どう考えても都市部じゃないし。ビル一つない景色っていうのは流石に変だよ」
都心部は決まって地価が高いので、効率よく土地を活用するためにある程度高さがある建物が建てられるのが普通だ。立香は日本全国の都心部を訪れたわけではないので断言はできないが、どうにもここが目的の場所であるとは思えなかった。
「フォウ、フォーウ」
「フォウさん!」
いつもの如くマシュの盾から出てくる謎の生物、フォウさん。
その姿に不思議と安心感を抱きながら、立香は通信機に目をやった。
「……カルデアに連絡はつかない」
普段ならすぐさまロマニの声が届くそこからは、何故か声が聞こえない。
通信が届かないという事は稀によくあることなのだが、今回はこんな異常が起こっていることもあって少し不安になる。
それにしても、ここはホントに何処なんだろうか。
「魔術王によってレイシフトに介入されたのかな。それにしては何かが変だけど……」
「変、ですか?」
「そう、おかしい。だって、仮に魔術王がレイシフトに介入して私たちをここに連れてきたのなら、わざわざこんな所に置き去りにする必要はないでしょ。魔神柱を複数召喚して、こっちが私とマシュしかいないうちにぶつければ、私たちはそれで終わりだよ」
「なるほど、確かにそうですね」
いや、この状況で犯人がわかっても意味はない。
今重要なのは、場所の把握と安全の確保、そして召喚サークルの設置だ。
召喚サークルを設置しなければ、現地でサーヴァントに遭遇しない限りマシュと立香の二人旅になってしまう。
仮に人理が焼却されていなければ、むしろそれは歓迎したい事態だが、この旅が危険な人理修復の旅である以上、そういうわけにもいかない。
「とりあえず、まずは辺りを探索しよっか。動かなきゃ結果も出なさそうだし」
「はい、マスター!」
ひとまずは、状況の把握。
マシュと立香は、周囲の探索を行うために適当な方向へと歩き出した。
ブーツを履いてこなくて良かった。
見渡す限り続く地平線を見ながら、立香は心の中で安堵の息を零した。
立香が今はいているのは、ごくごく普通のスニーカーを安易な礼装として作り替えたもの。魔術によって丈夫になっているだけで、とくに普通のスニーカーと変わらない。
ダヴィンチちゃんにスニーカーと多少ヒールの付いたブーツのどちらかを選ぶように言われたのだが、スニーカーを選んで正解だった。もしブーツを選んでいれば、ふくらはぎがぱんぱんになってしまっていただろう。
しばらくの間、マシュと立香は荒野を歩き続けた。
そして日が少し傾き始めた頃、ようやく地平の向こうにうっすらと何かが映り始める。
城壁、だろうか? 遠くて良く見えないが、立香にはそれが何か人工物であるように感じられた。
──と、急にマシュが立ち止まった。
「マシュ?」
「っ!! 先輩、何か来ます」
「何かって?」
「わかりません、魔力は感じますがかなり小さいので、おそらく動物か何かだと思いますが……」
マシュの見ている方向を見ると、そこには何か土煙が立ち上ってる。
一般人程度の視力しか持たない立香にはその程度のことしかわからなかったが、デミ・サーヴァントであるマシュには立香よりも多少鮮明に見えるようだ。
マシュの服装が、さっきまで来ていた清楚な感じのものから、見慣れた甲冑姿に切り替わる。
「キメラとかじゃない普通の動物なら、何とかなるよね。一旦、それを片付けてからにしよっか」
生態系次第では、場所をある程度絞り込めるかもしれない。
フランスの時の様にワイバーンの様な幻想種が出てきていた場合はわからないが、シカやバッファローの様な普通の動物であれば、そこから現在地を絞り込める可能性は十分にある。
立香とマシュは、真剣な面持ちで土煙に相対した。
「気付いた、ここ絶対に現代の日本じゃない」
「先輩もそう思いますか」
戦闘が終わり、近くに危険な存在がいないことを確認してから、ようやく肩の力を抜く。
立香たちの周囲には、頭部の陥没した狼や、バラバラになった巨大な甲虫が数多く転がっている。
「だっておかしいでしょ! あんな生き物が現代の日本にいるわけないじゃん!」
立香が言うように、それらの生物は明らかに日本にいるとは思えない生き物ばかりだった。
まるでロケットの様な速さで弾丸の様に跳んでくる大きな狼。
どう考えても自重を支えきれないであろう巨大なカマキリ。
軽自動車ぐらいはありそうかというカナブンの様な何か。
こんなのが大量にいたら、絶対にニュースになっているだろう。
「とりあえず、早いとこ召喚サークルを設置してカルデアからサーヴァントを呼ぼう。カルデアへの通信は、まだ繋がらないの?」
「ダメです。マスターから十分な魔力供給が行われていることを考えると、カルデアとの接続が絶たれたわけではないのはわかるのですが……」
「なら、繋がるまで後回しね」
そうなると、向かう先はやっぱり……
──おーい。
ふと、どこか遠くから声が聞こえたような気がした。
「マシュ、いま声が聞こえなかった?」
「はい、あっちから男性の叫び声の様な物が聞き取れました」
立香の気のせいではなかったらしい。
声の聞こえた方を見て目を凝らせば、人がこちらに走ってきているのが見えた。
「先輩、見えました。鎧、でしょうか。金属製の鎧を身に纏った男性が複数、あちらから走ってきています」
少しすれば、立香にも細かな様子が見えてくる。
男たちは、腰に剣を差し金属の鎧を身に纏った五人の男と、白のローブ姿の男の六人の集団だった。
「──おーい、無事かー! 生きてるかー!」
「はーい、大丈夫ですー!」
急いでこちらに向かう男たちに、立香は無事だと答える。
すると男たちは走る速度を落とし、それでも小走りでこちらに走って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、良かった。どうやら無事の様だな」
「ええ、大丈夫でしたけど……」
立香は、男の服装を見つめる。
彼の服はどう考えても化学繊維で作られたものではなかった。所々見覚えのない素材が使われているが、なんとなくフランスの時に出会った兵士が着ていた鎧に近い印象を受ける。
立香のその視線を、不審者を見る目線と勘違いしたのか、男は額の汗をぬぐうと背筋を正して立香に目を泡えた。
「ああ、なるほど失礼した。私は、グルリアン市に所属する兵士のカーターだ。一昨日の大規模侵攻における生存者を探している最中、魔物に襲われている諸君らを発見した」
「立香です、彼女はマシュ」
グルリアン市?
マシュに視線でその名前を知っているか問いかけるが、マシュは小さく首を横に振って立香に応えるだけだった。
まあ、流石に何処かわからない国の都市の名前から、現在地を割り出すのは難しいか。
「ふむ、見かけぬ服装だが、諸君らは冒険者か? いくら冒険者でも、流石に君たち二人で都市の外を歩くのは危険だろう。もしよければグルリアン市まで案内するが、必要か」
冒険者、つまりは冒険家。
つまり、ここは何処かを開拓しようとしている時代で、グルリアン市というのは開拓村か何かの名前かな。
「罠、には見えないよね」
さて、彼らについていくかどうか。流石にこれは立香一人で決めるわけにはいかない。
個人的には少しでも情報が欲しいのでついていきたいが、マシュはどう考えるだろうか。
「はい、とりあえず同行しますか?」
「うん、まずはここが何処なのか、何時の時代なのかを把握したい」
どうやらマシュもついて行こうと考えていた様で、すんなりと立香たちの行動指針は固まった。
「はい、できればよろしくお願いします」
「あいわかった、リッカとマシュだな。短い間だがよろしく頼む」
グルリアン市、そう呼ばれる年に行きついた二人は、軽く都市の様子を眺めてから、都市に入るための門の近くにあった広場の隅で、あずき色のお菓子を片手に座り込んでいた。
「とりあえず、状況を整理しようか」
「はい、先輩。助言を与えてくれるドクターもいませんし、右も左もわからないもの状況では、きちんとした現状の分析を行う先輩の行動は理にかなったものであると賛成します」
「ロマンの助言? まあいいや」
ロマンが、助言役として役に立ったことなんてそんなにあっただろうか。
そんな疑問がふと浮かんだが、今はそんなことを考えている場合ではないのでその考えを飲み込んだ。
「こほん。まず、ここは現代じゃない」
まず、大前提となる認識の共有。
立香が見る限り、ここグルリアン市の風景は、どう考えても現代に存在する風景だとは思えなかった。
何故か? それは周囲の建造物の様子にある。
「はい、それは間違いないと思われます。馬車が移動手段として現役で活用されていること、また建物の建築様式から考えると、場所はヨーロッパ近辺の国、時代はおそらく10世紀前後、中世に近い時代です。ただ……」
「うん、そうなるとこれがおかしいよね」
二人は、手に持ったあずき色のお菓子を見つめる。
このお菓子は、グルリアン市に到着したときに、ここグルリアン市を訪れたのなら一度は食べたほうがいいと言われて購入したこの都市の特産品、銘菓グルリアンだ。
銘菓グルリアン、その外見と食感、味は、立香にある食べ物を思い出させた。
「銘菓グルリアン、これってどう考えてもおはぎだよね」
そう、おはぎである。
「はい、当時のヨーロッパには豆を使ったお菓子はありましたが、少なくともおはぎは存在しませんでした。小倉餡はおよそ12世紀ごろの日本で開発されたものであるため、中世のヨーロッパに存在する都市の名産品として売り出されているものとしてはあまりに不適格です。独自に小倉餡を発明した可能性もありますが、おはぎの形状と名称との関連性を考えるに、この名前を付けたのは日本人であると考えるのが自然なので、その可能性は極めて低いと思われます」
「ぐるりと覆う餡子、完全に日本語のダジャレだもんね」
なんという安直なネーミングだろうか。これなら、最初からおはぎと言い切ってもいい気がする。
「あ、あと先輩に言い忘れていましたが、黄金糖という名前で栗キントンが販売されていました」
「栗キントン!? なおさら、ここが中世ヨーロッパには見えなくなったなあ」
あとで食べよう。
先ほどマシュと倒した動物たちの死体を売って得たお金を手に、立香はそんなことを考えそうになり、慌てて頭を振って意識を戻した。
「先輩?」
「ううん、何でもない」
「そうですか……あと気になったのは、魔術に対する呼称でしょうか」
「ん、呼び方が何か変なの?」
「はい。先ほど、カーターさんが火の玉を撃つ魔術のことを魔法と呼んでいました。先輩は一般人なので知らないかもしれませんが、魔術師の世界では、魔術と魔法は別のものです」
野生動物たちと戦った場所からグルリアン市に当客するまでの間、二度ほど野生動物たちと戦う機会があった。
その時、カーターが火の魔術で野生動物を焼き殺す機械があったのだが、その時に彼はその魔術を火燕杖を使って発動した
「あ、それはアーチャーから聞いたことがあるよ。たしか……魔術でなくても可能なものが魔術で、魔術でないとできないのが魔法なんだっけ」
「はい、概ねその認識で問題ありません。科学技術の発展度合いによって魔術の基準が異なるので何とも言い難い部分はありますが、人間が火と共に文明を築いてきたことを考えると、少なくとも火を起こす魔術が魔法であると呼称されるのはありえません。なので、この都市には魔術協会の影響が及んでいないと考えられます」
魔術に対する呼称も、時代や場所を推測するヒントになる。
魔術が魔法と呼ばれているという事は、ここは魔術協会の力がまだ世界中には及んでいない時代であると考えられるだろう。
「えっと、つまりここは、中世ヨーロッパに近い文化で、どこか日本の雰囲気を残していて、魔術が魔法と呼ばれている時代の都市だってことだよね……そんな場所ある?」
正直なところ、立香としてはこんな時代に覚えはない。
文化と魔術に対する呼称はまだ理由付けができなくもないのだが、日本の影を感じさせる歪な何かという要素が存在するだけで、時代の推測が一気に困難になるのだ。
そこまで考えたところで、立香の脳裏にちょっとした思い付きが思い浮かんだ。
「……ここって、もしかして地球ですらないんじゃないかな」
「地球ですらない、ですか」
どこか日本らしさがある名前。
中世を感じさせる文化。
魔術ではなく、魔法と言う呼称。
それは──
「そう、よくある日本人作家が書いたファンタジー世界ってこんな感じじゃない?」
エルフやドワーフ、ドラゴンなどが飛び交う純ファンタジーの世界。
それを日本人の作家が描けば、こんな世界になるのではないだろうか。
「……たしかに、言われてみればそうかもしれません。ドクターの紹介で読んだファンタジー小説などは、こういった世界観のものが多かった気がします」
立香の言葉に、少し考え込んでマシュも頷く。
マシュ個人としては少し疑問の残る推測ではあったが、それを否定できないだけの可能性があるとも内心で感じていたためだ。
「とりあえず、ここが地球じゃない可能性があるとして仮定しよっか」
「もしそうなら、ドクターたちに通信がつながらない理由も納得できます。特異点にいる私たちを観測する近未来観測レンズ『シバ』は、本来地球を観測するためのもの。仮にここが全く別の異世界だった場合、例えドクターたちが私たちの存在を捕捉できていたとしても、こちらとの明確なつながりを作り上げるには多少の時間がかかるかもしれません」
「そっか、ならひとまずロマンとの連絡が取れるまで──」
立香がその先を口にしようとしたその時、街の中央から街全体に鐘の音の様な物が響き渡った。
「何の音?」
グルリアンを口の中に頬り込んで立香が辺りを見渡すと、武器を持った男たちが街の外へ続く門の前へ、近くで屋台をやっていた女性や子供たちが悲鳴を上げながら街の中央へと向かって走っていくのがわかる。
普通ではないその様子に、マシュも食べかけだったグルリアンの残りを素早く食べると盾を出現させて警戒し始める。
立香は、とりあえず近くの人に、これが何なのか話を聞くことにした。
「あのすみません、これって何の音ですか」
声をかけたのは、ちょうど目の前を通過しようとしていた傭兵風の男性。
綺麗にそり上げられた頭部が、太陽を反射して眩しく光っている。
「おい嬢ちゃん達、危ないからここから離れな!」
「何かあったんですか」
声をかけられた男性は、まるで焦ったかのように立香たちに言った。
まあ、周囲の様子から、今のこの状況が尋常じゃない事態なのはわかるが、一体何が起こっているというのだろうか。
「知らないのか!? これは魔族が攻めてきたって合図だよ! いくら都市の中とはいえ、万が一がある。できるだけ都市の中心に逃げろ!」
魔族。
その言葉を聞いて、ここは地球ではないのではないかという立香の疑念がますます深まった。
立香がマシュに視線を向けると、立香の視線に応えるようにマシュが頷く。
「私たちも戦います!」
「止めときな、女子供を守ってるほど……その服装、もしかして冒険者か」
「いいえ、でも、私もマシュも戦えます」
冒険者、彼の口ぶりからして、どうやら冒険家の様な職業ではないらしい。
どちらかというと、ファンタジー世界の冒険者に近い職業なのだろう。
男性は立香をじっと見て、それからマシュの装いを見ると、その言葉に嘘がないのを確信したのか大きく頷いた。
「なら好きにしな! ただ、相方が死んでも後悔するんじゃねえぞ!」
そう言って、彼は門へと走っていく。
そして他の戦士たちに呑まれ、あっという間に人混みの中に消えていった。
「行こう、マシュ!」
「はい、マスター!」
立香たちも、周囲の人波に呑まれないように気を付けつつ、門へと向かって駆けだした。