Fate/Grand order 番外・六乗魔王王国シガ 作:NoN
駆ける。
駆ける。
駆ける。
荒廃した、緑のない大地を駆ける。
敵の炎や雷撃によって生じたやけど、熱を持ち身体を蝕む痛みを発するそれを無視し、自らが見たことを伝えるために都市へと駆ける。
一刻も早く伝えなければ、残り少ない人類の都市が堕ちるかもしれないのだから。
全魔力を身体強化の魔法に費やして、一歩踏み出す度に噴き出す激痛から目を逸らしながら駆ける。
すべてが終わった時に歩くことすらできなくなるかもしれないが、今は言葉を発する口さえあればよかったので関係なかった。
──見えた。
視線の先にあるのは、堅牢なる巨大な壁。目的地の都市をぐるりと囲む石の城壁。
目的地まであと少し、このまま進めば1時間もかからずにたどり着けるだろう。あと少しの辛抱だ。
「止まれ」
そんな時、ふいに背後から声がかけられた。
同時に、声のかけられた方向から甲冑の音がする。おそらく犯罪などに使用される消音系の魔法で音を消していたのだろう。
故に──足を止めることも、振り返ることもしない。
この状況で、音を消して忍び寄り、止まれと口にする存在など味方であるはずもない。どう考えても敵だ。足を止めれば、切り捨てられる未来しか見えない。
背後の気配に、懐から出した火燕杖で炎を放ちながら限界を超えてさらに加速する。相手がどのような存在であるかはわからないが、言葉を話したことを考えれば、敵は最低でも下級魔族以上の存在であることは間違いないだろう。
下級魔族は、万全でようやく互角以上の戦いができる強さを持っている。万全には程遠いこの状況では、勝率は無きに等しい。もし中級魔族以上の存在であれば……逃げ切ることも難しいだろう。
「止まれと言っている」
刹那、放たれる斬撃。
何らかの魔法と推測される黒い光の斬撃が、頬を掠めるようにして放たれた。
頬を掠めるような距離、そんな場所を魔法が通過すれば、当然のことながら片腕はその被害を受ける。実際、光の斬撃は塵一つ残さず右腕を消し飛ばしていた。
腕があった場所から大量の血が溢れ、バランスが崩れた身体は地面に転がる様にして倒れ込んだ。
「止まれと言った筈だが……貴様には聞こえなかったか?」
仰向けに倒れたために、声の主が視界に入る。
「……魔王」
「ふん」
その存在は、正に人の形をした魔であった。
ドレスと甲冑を合わせたかのような黒い鎧に、靄の様に発される黒い霧。
鎧の表面には血管の様な血の線が敷かれており、顔を隠すバイザー越しでもそれが冷たい視線をこちらに向けているのがわかる。
──無理だ、逃げ切れない。
鎧に一切の焼け跡がないことから、先程火弾の杖で放った炎は、相手に傷一つ付けることなく無力化されたのだろう。音から考えるに、回避や魔法によって防がれたわけではなく、何らかの固有の能力によって消された可能性が高い。
魔法使いである自分にとって、魔法を無効化してくる相手など鬼門もいいところだ。剣も使えるが、この見るからに騎士の様な見た目の魔王相手に勝てる程、高い腕前はもっていない。
──仕方がない、か。
「ほう、立つのか」
何故かこちらに襲い掛かってこない魔王を見つつ、胸にしまっていたとある薬品を取り出す。取り出したそれを、振るえそうになる手で一気に飲み干した。
魔人薬、人を魔物へと変える禁制の薬。
少し前まで所持しているだけで犯罪者として捕まる薬品であったそれを、残った片手で勢いよく飲み干す。
「舐めるるなよ、魔王。なんとしてでも、私はお前から逃げ切って見せる」
「ほう、ならば少しは耐えて見せろ」
魔人薬によってもたらされた万能感が思考を埋め、即座に目の前の現実に勢いを削がれる。
余りにもちっぽけな自分、そんな自分にため息が出そうになる。
「──行くぞ」
視線の先から魔王の姿が消え、同時に目の前に魔王が出現する。
踏み込んだだけ、それだけで格の差を思い知らされる。
自分は既に、魔王の剣の間合い。
得意の魔法も、今かは詠唱を始めていては、この距離では発動前に切り捨てられるだろう。
──故に、踏み込む前に既に詠唱は始めていた。
「■■■──っ!」
懐の火燕杖から放たれる火の弾。
相手の踏み込みを予測した、完璧にタイミングの合った一撃。
こんな一撃で倒し切れるはずがないが、それでも何かしら手傷を負わせることができるだろう。
その隙に逃げる。もとよりこの身は勇者の器ではない。
自分の目的はこの魔王の存在を伝えること、この魔王を倒すことではないのだ。
だが、そんな目論見は瞬時に消し飛ばされる。
「甘い」
火の玉は発生と同時にかき消され、魔王に触れることすらかなわず消失した。
「なっ!? 火燕杖が」
「消えるがいい」
一閃。
肩から腹に両断され、下半身が吹き飛ぶ。
そして、痛みすら感じることができずに地面に転がされた。
「ふん、所詮は口はでかいだけの雑魚か」
痛みで意識が飛びそうになり、即座に痛みで呼び起こされる。
連続する激痛、狂いたくなる痛みの連鎖。
それでも──
「■■■」
もはや単独で十分な火力を得られるほどの詠唱を、魔法が発動できるだけの精度で口ずさむことができる自信はない。
放つ魔法は火燕杖による一撃。先ほどの魔王の一撃で火燕杖が破損していないことを祈りつつ、詠唱を口にする。
「……む?」
火は、ついた。
放たれた炎の弾丸は、魔王からは大きく逸れ、彼女に命中することなく上空で炸裂する。
「ほう、息はあったか。だが……もはや満足に狙いも付けられんか」
「ふ、ふふ、お前にはそう見えるか」
「何?」
振り向く魔王に、自身の頬が笑みでつり上がる。
「あれは、狼煙だ。これで、少なくとも強大な敵の存在だけは都市に伝わっただろう。私一人ではこの様だったが、人間たちが力を合わせれば……きっと、きっと貴様を倒せる」
たとえ自分が死んでも、必ず誰かが魔王を討ってくれる。
どんな逆境でも、人間が手を取り合えば魔王相手でもどうにかなる。
人間は、絶対に負けない。そう信じている。
「ふん、ならば祈るがいい。もっとも、貴様が狼煙を上げようと、神に祈ろうと、結末は変わることは無いがな」
魔王が足を振り上げ、その頭蓋を踏み砕く。
肉塊となったそれから血が飛び散り、辺りに散乱して大地を地に染めた。
「無様だな、助けもしない神に祈る貴様も……そうあってほしいと祈る私も」
魔王、アルトリア・ペンドラゴンは返り血に濡れた顔を上げる。
彼女の視線の先には、城壁によって守られたとある都市の姿があった。
立香は目を覚ました。
「おはようございます、先輩」
意識が浮上する。
ぼやけた視界が像を取り戻し、起き出した脳が自分の顔を覗き込む一人の人物を認識した。
「おはよう、マシュ」
横になっていた身体を起こして、彼女──マシュ・キリエライトに挨拶を返す。
お腹の上に違和感を感じたので見れば、普段マシュとよく一緒にいる謎の生物──フォウさんの姿もそこにはあった。
一人と一匹のいつもの様子に夢とは違う暖かさを感じながら、立香は小さくため息を吐いた。
「顔色が悪いようですが、また悪い夢でも見たのですか?」
心配そうに顔を覗き込む過保護な後輩に、立香は心配させないように笑顔を返す。
「少しだけね。夢の中で特異点Fのアーサー王が出てきてびっくりしちゃって」
「アーサー王、ですか」
「うん、あの黒いセイバー。この間のロンドンで彼女を見たからかな。無意識に思い出しっちゃったのかも」
第四特異点、霧の街ロンドン。
産業革命時代のロンドンに生まれた特異点で、立香とマシュは槍を手にしたアーサー王を打倒した。
彼女が立香の夢に出てきたのは、その時のアーサー王の威圧感を立香がまだ克服できていないからだろうか。
「まあ、そのうち良くなるよ。今までもそうだったしね」
「わかりました。……でも、無理はしないでくださいね」
はいはーい、と軽く返事をして体を起こす。
身支度を整えて向かうのは、疑似地球環境モデル『カルデアス』が置かれた大広間。立香の中の不思議な何かが、そこに
「二人ともおはよう。よかった、ちょうど君たちを呼ぼうとしていたところだったんだ」
レイシフトの際に見かけるいつもの広間に出た二人を待っていたのは、このカルデアの現時点における最高責任者、ロマニ・アーキマンだった。
ロマニは、カルデアスの傍で何か作業する作業員たちに指示を出すと、立香たちに向き直って神妙な顔をする。
「もしかして、次の特異点が特定できたんですか」
立香は、僅かに期待を滲ませながらロマニに問いかける。
そんな立香に、ロマニは肩を竦めて残念そうに応えた。
「いや、悪いけどそうじゃないんだ。たぶん、次の特異点の正確な捕捉にはもう少し時間がかかると思う」
「では、どうして私と先輩を呼ぼうと?」
マシュの問いかけに、ロマニは作ったような真剣な表情で応える。
「君達にはついさっき計測された小さな特異点の調査をお願いしたい」
ロマニの言葉に、立香たち二人は戸惑いを抱いた。
次の特異点が見つかっていないのに、別の特異点だかなんだと言い出したからだ。
立香の脳裏に、果たしてそんな暇があるのだろうかという疑問が浮かぶ。
「小さな特異点、ですか」
「うん。つい二時間前、二十一世紀の日本の都市部で少し変な特異点が観測されてね。今は大きな特異点の方に人員を裂いてるから、そっちまで調べてる余裕がないんだよ」
「なるほど、それで私と先輩に」
「特異点の時代と、それから最低限の事前調査から、そこまで危険性の高い特異点ではないって分析は出てる。まあ、ロンドンではあんなこともあったから、気分転換ついでに行ってきなよ。ここまで時代が近いと、レイシフトの観測もそんなに難しくないしね」
ここまで聞いて、立香は今回の任務の目的に気が付く。
たぶんこれは、魔術王と直接相対して大きく疲弊した、自分とマシュに対する息抜きの方が本命なのだろう。特異点が観測されたことも嘘ではないだろうが、時代を考えればそこまで人理に影響のある特異点であるとは考えにくい。わざわざレイシフトを行ってまで、直接調べるべき特異点ではないだろう。
「わかったよ、ロマン。マシュもいい?」
「はい、先輩」
立香たちが了承すると、ロマニは力強く頷いて立香たちに指示を出した。
「今回の特異点は現代で、一般人も普通にいるみたいだ。服装も多少考慮しないといけないから、ダ・ヴィンチちゃんに頼んでおいた。彼女から現代に合う服装を受け取っておいてくれ」
「了解です、ドクター」
「わかりました、ドクター」
カルデアに召喚された英霊、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
彼、改め彼女から、礼装化された現代で通用する服装を受け取り、お互いに自分の私室で着替えてから合流する。
「へえ、いっつも甲冑か制服しか見ないから、この格好は新鮮だね」
自分の部屋の前でマシュと合流した立香は、思わず目を見開いて足を止める。
「そう、でしょうか」
立香に自分の姿を見せるためか、まるでアニメのワンシーンの様にマシュはその場でくるりと一回転した。
黒のミニスカートと明るめの紺色のチェックシャツがふわりと揺れ、その下の白いシャツがすっきりとした清潔感を与えてくれる。
目立つ銀髪を隠すためか、深めに被っている僅かに大きめのキャスケットに若干違和感を感じなくもないが、素材であるマシュそのものが可愛いので全然気にならないレベルだ。
「うん、似合ってる」
「着こなせている自信はありませんが、先輩にそう言っていただけると安心できます」
微笑むマシュ。その可愛らしさに、女性としてのプライドをボコボコにされた立香は、自分の服装を見てそっとため息を吐いた。
新しい礼装、カジュアル・スタイル。魔術協会礼装の予備を現代の服装に合うように改造して作られたそれは、何というか全身ユニシロでコーディネートしたかのような印象を受ける服装で、全体的に誰が着ても無難な印象を感じる魔術礼装だ。別にユニシロが悪いブランドであるというわけではが、一人で歩くならともかく、マシュの隣を歩くとなると気後れする。
「先輩?」
「え? あ、うん、なに?」
「いえ、どこか意識が遠くなっている様だったので……もしかして、まだ──」
心配そうな声を上げるマシュに目を合わせて、立香は首を横に振った。
ロンドンで魔術王に会って以来、少しマシュが過保護になった気がする。
「ううん、ちょっとぼーっとしてただけ。大丈夫だよ、心配しないで」
「ですが……」
「それよりほら、ロマンも待ってるし、早くレイシフトに行こっ!」
心配してくれているのは嬉しいが、そこまで心配をかけたくない。
不安そうなマシュの手を引いて、立香はロマンの下へと向かった。
アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1、……
全行程
グランドオーダー 実証を 開始 します。