この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります 作:ひびのん
「着いたわよカズマ。ここがアクシズ教の総本山。私の可愛らしい子たちのいる、水の都アルカンレティアっ!!」
テレポートサービスを通り抜けた俺たちがが真っ先に聞いたのが、女神様のそれはそれは嬉しそうな声色だった。
まず四肢を確認する……よかった、何ともない。隣で一緒にテレポートしてきたゆんゆんは、さすがアークウィザード集団の紅魔族出身。こういった魔法に慣れているのか、不安げにする俺を安心させるような微笑みを浮かべていた。ああっ、本当にゆんゆんはやさしいなあ。
ダクネスとめぐみんはともかく、カズマは喜びまくっているアクアを胡散臭そうに見つめてた。
そう。
今俺たちは、とうとう、ゆんゆんが入信しようといている、悪名高いと、冒険者の多くが口を揃えるアクシズ教団に出会おうとしているのだ。
覚悟を決めろ。
そして握りっぱなしだったゆんゆんの手を離したところで、前のカズマたちに周りにいた青い衣の人達が、わっと群がった。
「旅人よ。アルカンレティアへようこそ!!」
「おお、なんて美しく輝かしい青い髪でしょう!! まるで女神アクア様のような羽衣! 羨ましいです!!」
「そちらの方は観光ですか。それとも入信ですかな? 観光ならぜひともアクア様のご加護を受けた美しい景色を堪能していくとよいでしょう。入信でしたら、今から私達が全力でご案内いたしますぞ!!」
カズマのパーティー、もといアクアがそれはもう真っ先に取り囲まれた。
あれがアクシズ教徒か。アクシズ教の紋章を掲げる十人ほどの信者に取り囲まれて、ちやほやされるアクア様は、それはもう得意げに胸を張った。カズマがぽんぽんと、背中を叩いた。
「お、おい、アクア。分かってるな?」
「わかってるわよ……あなたたちはアクシズ教徒ね。入信はいいわ。なぜって? 何を隠そう、この私こそがーー」
「あーーー!!! こ、このアークプリーストはアクシズ教徒です!! 大丈夫ですから!!」
「何と、そうだったのですか!!」
「聖地巡礼というわけね。なんて素晴らしい心掛けでしょう!!」
「同士よ。あなた方にとって今日この日が、良き日であるよう祈っていますぞ!」
水の女神様は不満そうだったが、直後に耳をひっつかまれた後カズマに言い聞かされ、やがて納得したらしい。こんなところで水の女神を名乗ったら大変な騒ぎになるだろ! とでも言われたのだろう。そりゃそうだ。
そんな風に悠長に見ていると、アクシズ教の集団は次にこちらをギラリと見た。
……嫌な予感しかしない。
ゾロゾロ。一糸乱れぬ動きで近づいてくる。
えっ怖い。なにこの人たち!? 彼らは、先ほどと一言一句違わぬセリフで迫ってきた。
「おお旅人よ! ようこそ水の都アルカンレティアへ!!」
「そちらのお二方は観光ですか。それとも入信ですかな? 入信なら……」
「えっと、待ってくれ! ゆんゆん。ちょっとペンダントを見せてくれないか」
「へっ? うん、いいけど。はい」
たわわな胸元にずっとつけているペンダントを取り出すと、アクシズ教徒の人たちは「おおっ!?」とみんな目をきらきらさせた。「へっ、へっ?」と戸惑うゆんゆんの手を、プリーストっぽい格好をした女性が両手を握る。
ゆんゆんは何度か自分の手を、相手の顔を確かめ、信じられないものを見るような顔をした。誰かにいきなり手を握られた経験なんて生まれて初めて、という顔だ。
「おお、あなたもアクシズ教を信仰される同士でしたか!! 素晴らしい! あちらの方といい、聖地を巡る敬虔な信者に、アクア様も喜ばれていることでしょう! 今日はとても素晴らしい日となりそうですな!」
「え、えっと? あ、あの。まだわたしアクシズ教というわけではないんですけど……」
「何と、そうでしたか。ということは洗礼ですな!! 私どもが教会の管理をしておられるプリーストの元まで案内いたしましょう!!」
「へっ!? あ、う、えっと、そ、その、あの……っ」
「あ、いえ! あのアクシズ教のアークプリーストの人にお願いしているので大丈夫です。少し彼女と観光してから、教会に向かおうと思いますから!」
「なるほどなるほど!! それはよいですな。ここにはアクア様のご加護を受けたパワースポットがいくつもありますゆえ。街総出であなた方のことを歓迎いたしますぞ!」
「教会で洗礼を行うなら、ゼスタ様に頼むのが一番なんだけどねぇ……今は出かけてるんだっけ?」
「そう聞いてるぜ。しかもつい昨日この街を出られたばっかりだというのに。戻られるのは一体いつになるやら……」
「大丈夫です。あちらのプリーストの人に頼むことになっているので。うおっ!?」
ずいと迫り寄ってくる信者達。輝く瞳を、より一層輝かせた。怖い怖い怖い。
「あちらの美しいプリーストの方のお知り合いでしたか! なるほど。ならまずは教会に向かわれるといい。アクシズ教団の教会を管理しているプリーストが、ともに洗礼の立会いをしてくれるでしょう」
「それでは……コホン」
『ようこそ、水の都アルカンレティアへ!!』
と、綺麗に挨拶をして。
アクシズ教の人たちは「よし、次だ次」と、また後ろのテレポートしてきた人たちに、流れるように話しかけにいった。
なんか……ここやばい。
ゆんゆんがアクシズ教に入るんじゃなかったら、どうなってたんだ? 集団で囲んでグイグイ来られるの結構怖かったんだが。そう思っていると、後ろではまた同じような歓迎の言葉が聞こえた。不幸にも、今度はアクシズ教徒のメンバーはいなかったらしい。あの暑苦しい集団が総出で入信を迫りはじめた。「あなたの為、あなたの為なんですぅぅ!!」と、すごい勢いで。
わかった。
もしかしなくても、これ関わっちゃいけない類の宗教だわ。
入信はやめ……
いや……でも俺とゆんゆんは、少なくとも、アクアに恩があるから。
入信を止めさせようという考えをひとまず振り払った。肝心のゆんゆんはどう思っているだろう……うわっ、めっちゃ幸せそうな顔。
「街に入って、こんなに歓迎されちゃうなんて……こんなにいろんな人から祝われたの、いつぶりだろ。えへへぇ……」
「ゆんゆん……恍惚とするのはいいけど、今の別に祝われたわけじゃないからな。洗礼、すぐに行くのか?」
「えっ。あ、えっとね! まだ朝起きたばかりだから……まずはこの街を見て回りたいなって思うんだけど……朝ごはんもまだだよね。だから、まずは街をゆっくり回らない?」
「そういえばそうだ。おーい、カズ……むぐっ!」
何やらアクアと談義している向こうのパーティーに呼びかけようとしたところで、ゆんゆんがぐっと手をあてがって口を塞いでくる。
「ま、待って! あのね……昼までは二人でいたいっていうの、だめかな……」
ごくり、と思わず唾を飲んだ。
な、なんだこの雰囲気。さっきまでアクシズ教団にドン引きしてたのに、突然恋愛ルートに入ったのか。
押しに負けた俺は、「えっ……ああ、うん。ゆんゆんがそう言うなら」とゴニョゴニョ言ってから、動揺を隠すように声をあげる。
「カズマー!! 昼まで自由行動で、その後で教会に行く感じでいいか?」
向こうから「分かったー!」と返事が返ってくる。今日はまだ朝早い。向こうのパーティもこの街で軽く観光したり、色々とやりたいことはあるだろう。そして彼らは一刻も早く、背後のベレスからの出口となっているテレポートの魔法陣から離れたがっているようだった。
行ってしまったカズマの四人パーティーを見送ったら、あとは二人きり。
「ごめんね、ワガママ言って。その、まずは朝ごはん、一緒に食べに……いきたいな」
「お、おう。じゃあ俺たちも行こうか」
袖をぎゅっと握ってくるゆんゆんの存在を、かつてないほど強く感じた。
上目遣いな、かわいいパーティーメンバーな紅魔族の少女に、かつてない胸の高鳴りを感じながら、テレポートサービスセンターから一緒に出た。
水の都アルカンレティアは、それは綺麗な街であった。町中のいたるところに水路が張り巡らされ、そこを流れる王都よりも美しく透き通った水は、守護神でもある水の女神アクアの加護をうけているとされる。
「こんな風に一緒に歩くの、わくわくするね!」
川には小さなカエルや魚が泳いでいて、お祭りの時期には水源から灯籠を流したりもするそうだ。どこからか、小鳥たちの楽しげな祭囃子が聞こえてくる。確かに、のどかな異世界風景は新鮮で楽しい。
ゆんゆんは、楽しそうにそこらじゅうの青一面の景色を見まわしては、鼻歌を歌った。
「どこで朝ごはんにする? 名物は、お昼にとっておくとして……」
「それなんだけど……ごめんね。あんな誘い方したけど、実はそんなにお腹が減ってるわけじゃないんだ」
「んっ?」
「まだ言ってなかったなって……アクシズ教に入るまえに、ちゃんと言っておかなきゃなって思って……聞いてっ!」
たたたっと、ゆんゆんが前に出るとスカートがふわりと翻った。
感情が高ぶったときに紅魔族の目は赤く輝くのですよ。と、昨晩めぐみんが教えてくれたのをふと思い出した。
まさしく、ゆんゆんの今がそうだった。
「わたしのところに来てくれて、ありがとう。ショウくん」
ぐわっと、全身が熱を帯びた。
あ、たぶん顔真っ赤になってる。
耳まで熱い。
あんなに目を固くつむって、頑張って言ってくれたことは痛いほど伝わった。え、えっと。なんて返せばいいんだ。あ、頭が回らない……!?
「あ、ち、ちがうんだよ! その、アクア様にはちゃんとお礼はいったけど、ショウくんにはちゃんと言ってなかったなって思って」
「そんな。まだアークウィザードにもなってないのに……!!」
「ううん、そんなの全然いいよっ! パーティーメンバーとしては、めぐみんの言う通りダメかもしれないけど……友達としては、それ以上のものを、いっぱい、いっぱいもらったから!」
「そんな大げさな。ゆんゆんは、その、いい子だから。どこに行っても友達できるだろ?」
「…………」
「ゆ、ゆんゆん……?」
「……ショウくんには打ちあけるね。実はわたし。紅魔の里では、族長の娘なのに、あまり馴染めてなかったの」
切なげに地面を見つめたゆんゆん。いつの間にか輝きはなくなって、遠い場所を見つめているよう。
「わたし、最初に会った時に……名乗りを上げたよね。でもそれが、どうしても恥ずかしくって。それだけじゃないの。みんながやってることが、どうしても恥ずかしくって、できなくて」
「ああ……あ、あのかっこいい挨拶か。めぐみんはすごい堂々とやってたけど、そんな深刻な顔して気にしなくてもいいと思うけどな。できることと、できないことがあるんだから」
「ううん。わたし変な子なの……自分の名前も恥ずかしくて……それで紅魔の里にも居場所がなかったの。だから誰とも話せなくって。でもアクセルの街にきてからも、パーティーメンバーどころかお友達もできなくって」
あの腕をビシッと伸ばす名乗り、可愛いと思うけどな。
……そんなことが平然と言える勇気と甲斐性があったら、前の世界で彼女の一人はいただろうな。出会いがそもそもなかったわけだけど。あと、”ゆんゆん”が本名と言われたら確かにびっくりするだろうな。
「でもね。アクア様とショウくんのおかげで、生まれて初めてパーティーメンバーができたの! あんなにたくさんの人と話せて。すっ、すごく嬉しかったの!!」
「ゆんゆんはアクアに何をお願いしたんだ?」
「ええと……正直に言うとね、アクア様にお願いしたつもりはなかったの。ショウくんを見つける直前まで『誰でもいいです。パーティーメンバーや友達なんて贅沢は言いませんから、話し相手が欲しいです』ってお願いして……えっ。ショウくん、どうしてここで顔をそらすの?」
「ちょっと涙が出そうになっただけだから、気にしないで……」
「え、えっ。一度はみんなお願いしたことあるよね? わたし紅魔の里にいたときからずっとお願いしてたもん。ショウくんもしたことあるよね?」
まさか「ないです」と言うわけにもいかず「お、おう」と返事を濁すと、ほっとしたようだ。
ごめん……嘘ついた……
「じゃあ、次はそっちの番。ショウくんやカズマさんはアクア様に祝福を受けたんだよね。ショウくんは、何をお願いしたの?」
そういえば、前にそんな話をしたことがあったな。
無難な答えを出そうとした。でも、言う寸前にゆんゆんの不安げな眼差しと、目が合った。
……
こうして聞いてくるってことは、そういう耳障りがいいだけの言葉が聞きたいんじゃないんだろう。
「実は、ゆんゆんと同じような境遇だったのかも」
「えっ? わたし?」
「学校に行っても誰とも話さない。行かなくなったときもあったし……ええと、ソードマスターみたいな強い人たちの喧嘩に巻き込まれたこともあったな。筋力とかは平均の低ステータスなのにな、俺」
「そうだったんだ……」
ゆんゆんがすごい驚いたような顔をして、とても悲しそうな顔をする。
あっ……
ソードマスターってこの世界でまだ見た事ないけど上級職だ。例えが悪かった。ひどく同情するような視線が刺さる。いまゆんゆんの頭の中で俺は、ドラゴンのケンカに巻き込まれてるようなイメージを浮かべているんだろうか。
……ま、まあいいや。実際そんな感じだったし。
「そんで色々あって気づいたら変な場所で目の前にアクアがいて。魔王を倒すための願いを一つ叶えてくれるっていうから、女の子と冒険したいって言った」
「ええっ!? アクア様にそんなことお願いしたのっ!? そ、それに、気づいたら女神様に会ってたって……わ、わたしたちが女神様に会えるのって……」
「"そんなこと"でいいんだよ。スキルや魔剣もらうより、最高だと思ってる。アクシズ教に入るかは、まあ、さすがに普段のアクア見てたらちょっと考えるとこだけど」
「……そうだったんだ……び、びっくりしたな。でも、ちゃんと聞けてよかった……うんっ!」
不意に、息をするみたいに自然に立ち止まった。
「しょ、ショウくん。もし、わたしよりずっと強くて、魔法を教えるのも上手なアークウィザードの人が来ても……わたしと友達でいてくれる?」
「ゆんゆんに嫌がられない限り一緒にいたい。パーティーメンバーは……あの、嫌じゃなければこのままでいたいのですが」
「嫌なわけないっ! アークウィザードになって、一緒に戦えるまで頑張ろうね。
だ、だって、わたしたち”友達”だもんね!!」
照れながら、ゆんゆんが俺に向けてそう言ったとき。
嬉しい感情が湧き出してくるわけではなく、何か致命的な失敗を犯したと思ってしまったのは、何故だろう。
なぜか胸のあたりがじんじん痛い。
悪感情の理由がわからないまま、辛うじて「そうだな」としか言えない。しかし、そのときゆんゆんは全く別方向を見てた。
「……あれ? このあたり、水が流れてないんだね」
気づいたように指をさした水路は、象徴ともいえる水が全く流れていなかった。
二人でギリギリまで近づいてみると、確かに空っぽだ。水草が完全に干上がって、小さな道路みたいになってる。するとどこから来たのか、街の人が声をかけてきた。
「おお、敬虔なるアクシズ教徒の旅人とお見受けします。どうかされましたかな?」
「へっ、わたし? あ、はい! あの、このあたりは水が流れてないんだなってショウくんと話してて……どうかしたんですか?」
「それですか。どうやら何者かが悪戯をしたようでして。昨日ですかな、妙に毒々しい色が混ざっていたのを見つけて、教会のアークプリースト様に浄化していただいたのです。一応、様子見のために水門を閉じていますがね」
「まったくひどいことをするものです。このアクア様のように美しい水の都に、絵の具を流してアクシズ教の評判を落とそうなどと、このような悪どい行為をするのはエリス教徒以外に考えられませんわ!」
「へっ?」
ゆんゆんが固まった。その硬直した手を、がっしりとアクシズ教の人が握り締めた。
「アクア様を信仰される同士旅人よ、もしも犯人かエリス教徒を見かけた暁にはすぐに知らせてくださいね! こんな卑劣な行為、許す事はできませんわ!」
「あ、あの? エリス教の方という証拠は……」
「ここはアクシズ教の総本山ですから。疎ましい我々を滅ぼすのに、この街自体に攻撃を仕掛けたとも考えられますからな! あなたもどうかお気をつけて! あ、これ石鹸。アクシズ教同士のあなたにプレゼントします!」
「はぁ……え、ええと。どうもありがとうございました……」
「同士旅人さん。何か困り事があれば、いつでも声をかけてくださいねー!!」
夫婦らしきアクシズ教徒が、先ほど見ていた水よりもきらきらした瞳を向けながら立ち去っていくのを二人で見送って。
見送ると、その向こうで男の旅人らしき人に声をかけ、すごい形相で石鹸の籠を押し付けながら勧誘をしてた。その様子を見て、とうとう顔まで引きつった。
「ねえショウくん。わたし。アクシズ教に入っても、大丈夫……なのかな」
「……今から止めてもいいんだぞ?」
「う、ううん。疑っちゃダメだよね。友達ができなかったわたしに、素敵なパーティーメンバーと、素敵な友達をくれた女神様だもんね。そう……だよね」
……引き返したほうがいい気もするけれど、こればっかりは本人がどう思うかなので、何も言えなかった。ちなみに自分はアクアに恩を感じてはいるが、入信料とか、教会に祈りを捧げにいかなきゃいけないとか、そういった面倒くさいことがありそうだという理由から、洗礼を受けてまで宗教に加入する気はさらさらない。
ゆんゆんはそれでも入りたいと言っていたのだが、口元が引きつっていることから、揺らいでいるみたいだった。
その手には、行き場のない石鹸が握られていた。
引き返せない。
追記:日刊ランキング入ってた!!!
ありがとうございます...ありがとうございます...