この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります 作:ひびのん
「見てショウくん! すごいよっ街中の至るところから湯気が吹き出してる!!」
馬車の外に身を乗り出したゆんゆんの言葉で、俺たち、そして前を行くのカズマの馬車もみんな顔をひょいと出した。
これは、壮観だ。
山岳のふもとに建てられた街のいたるところから、ゆんゆんのいう通り湯気があがってる。
旅日和の快晴の中、街の入り口から商隊が連なり、やがて足を踏み入れた。
「これが温泉の街ですか、観光地として有名と言われるだけのことはありますね。今日は一番高い宿に泊まりましょう」
「めぐみん、あなたも駆け出しの冒険者でしょ。そんなにお金持ってるの?」
「……そういえば杖を新調したのでした。あまり無駄遣いはできませんね……ときに、ゆんゆんはどのような予定を立てているのですか?」
「うーん、テレポートサービスですぐ次の街に行っちゃうのは勿体ないよね。ショウくん、どう思う?」
「せめて、温泉に浸かってから次の街に行きたいよな。でもゆっくりした後にアルカンレティアに行ったら夜になるし、問題は宿が取れるかどうか……」
「今は時期を外しているから、きっと大丈夫だと思うよ」
「じゃあ、決まりです!! ……ところでゆんゆん。私たち、友達ですよね?」
「めぐみん。目がエリス金貨になってるけど、そんなに高いところには泊まらないからな?」
広場にとまった馬車から降りて、カズマに合流すると商隊のリーダーの人が名残惜しそうにアクアにからんでいた。アンデッドを一気に浄化したのが効いているらしい。よほど嬉しかったのか、アクアは馬車が次の街に移動していくのを「またねー!!」と熱心に一番最後まで見送った。
「さて、もう昼過ぎだな。ふむ、ここが温泉の町ベレスか……」
「そっちのパーティーとしてはどうだ。今回の旅のオーナーに従うが……まあ俺としては? ここでゆっくりと肩まで浸かっていきたいところだが、日本人としてはさ」
「泊まっていくらしいですよ。というわけでカズマ、こちらもゆっくり泊まっていきましょう! まだ、日頃の疲れをとる、というほど冒険しているわけでもありませんが……」
「せっかくだしな。それじゃあ宿を探して、そっから温泉巡りといくか! いいのか?」
「うんっ! えへへ、みんなで温泉なんて……ぜったい楽しいんだろうなぁ」
観光地というだけあって、街はとても綺麗に整備されていた。石の道は風情があるし、建物もアクセルのような赤煉瓦でなく、昔式の和風造りばかり。
ちょっと歩くと、街の中心部を流れる川からもうもうと煙が立ち上っている。めぐみんがそれを見つけ、ダクネスを引っ張って真っ先に駆け出していった。
「ふおおおおっ!! すっ、すごいですよカズマ! みてください!!」
「何だこれは!! カズマ、きてみろカズマ、温泉が川のように流れているぞ!!!」
「ああ、これは源泉のお湯を冷ましているんだよ。ってか、どっかで見たことあるな……」
「日本にあった気が……」
源泉が川の代わりに何本も並んだ木枠を伝って、湯気を立ち上らせながら滝を流れ落ちていく。
日本を思い起こさせると思ったが、どうやらこの街にも過去に異世界転生者が来て、こうしたものを作り上げていたらしい。
宿は割と適当に決め、荷物を放り込んでから浴衣姿で町に繰り出した。
「いやあ、いい天気だなカズマ。それにここは素晴らしくいい街だ、そうは思わないか?」
「思う思う」
「ショウくん……さっきから何だか視線を感じるような……あ、あれ。ショウくんもわたしを見てたの? ゆ、浴衣どこか変かな」
「なんでもありません」
「チッ」
ゆんゆんとダクネスの胸元に、たまに他の観光客が注目して、ゆんゆんは恥ずかしそうに俯いた。ダクネスはちょっと顔を赤くしてた。めぐみんが舌打ちして、カズマと俺はパーティーメンバーであるのをいいことにガン見した。
目をキラキラさせて、先行したアクアが「みんなー! ここ、ここよさそうじゃない?!」と呼びかけてきた。この街で支払う費用をぜんぶゆんゆんが持つと本人が言ってから、すごく張り切っている。
入浴料を払って、それはもう広々とした日帰り温泉に、ゆったりと浸かった。
「はぁー……生き返るわ……」
「おい、見ろショウ」
「ん? 何だ。壁にくっついて……おい隣女湯」
「シッ! いいか。ここの塀、ちょっと隙間があるぞ……どっちが先に覗く?」
「じゃんけんで決めよう」
「話がわかるな。いくぞ、じゃんけーん」
タオル一枚巻いたカズマが、ドキドキしながら隙間に目をやった……植木と石で何にも見えないじゃないか!! と、濡れたタオルを叩きつけてガッカリする。
なんてことがあったり。
「さあめぐみん、今日はこれで勝負よ!!」
「”タッキュウ”? ふむ。なるほど、ボールを打ち返すゲームですか。よいでしょう。なぜかこの場所では受けて立たなければならない気がします……今回は負けませんよ!!」
風呂上がりにめぐみんとゆんゆんが勝負を始めて、三人で眺めながら冷たい牛のミルクを呷る。
ゆんゆん、揺れるなあ。汗かいちゃってるけど、まあまた次の温泉入るか。
そして異世界に来てもミルクはうまい。コーヒー牛乳ならもっとよかったのだが。今度、コーヒーを探して作ってみたいものだと、意見の一致したカズマと真剣に話し合った。
「……お前、いないと思ったら。もしかしてずっと飲んだくれてたのか」
「仕方ないじゃない。だってここの温泉、浸かりながらお酒飲むの禁止だって言うんですもの。あっ、それより……見てよこれっ!! 滅多にお目にかかれない高級フキノジュウに金エビの天ぷら、しかも赤カニまで!! 天国なんかよりよっぽど天国ね! 私、天界よりこっちで暮らそうかしら」
「お前そんな高級料理バンバン頼みやがって。ゆんゆんに払わせるつもりじゃないだろうな?」
「そりゃあ今回は私がメインの旅ですもの。ゆんゆんにも聞いていいって言われたし、もちろんこれも雑費として……」
「おいゆんゆん。出さなくていいからな。この駄女神を甘やかすんじゃないぞ。キッチリこいつに払わせるから」
「え、ちょ、ちょっとカズマさん? ねえまって。もう注文しないから! 今日の食事だけで報酬がなくなっちゃうからあぁぁっ!?」
なんて一幕もありながら、夜は部屋でゆんゆんの持ってきたトランプで大富豪。
「あれ。ダクネス、お前はやらないのか?」
「もうしばらく待ってくれ。鎧の手入れが終わったら参加するから」
「ふふふ、カズマ! 余所見しているうちにさっきの仕返しをさせてもらうわ!! 革命!! これで私の逆転勝利よ!」
「ほい革命返し。8切り、んであがり」
「ちょちょっと!? 何してくれちゃってるの?! わ、わたしの手札がヒキニートのステータス並みの最弱手に……」
「おう上等だ。表に出ろ、お前の宿代を返却してもらって一人で野宿させてやる」
「あがり! どうですかゆんゆん、私のほうが早かったですよ!!」
「ぐぬぬぅ……こっ今回はわたしの負けみたいね……も、もう一回よめぐみん!!」
まるで修学旅行のような一日を過ごした俺たちは、かつてないほど平和に、この日を終えた。
なぜかベレスは団体客用の宿ばかりだったのだが、男2と女4で部屋を分けられたのでちょうどよかった。「この辺りには団体客用のお宿しかありませんよ」との女将の言葉が不意によみがえり、強くひっかかった。
だが、浴衣姿のゆんゆんが楽しそうにカードを握る姿を見て、気のせいだと思い直した。
「……平和だ」
男部屋で、カズマがぽつりとそう呟いた。
「平和でいいじゃないか」
「い、いや。なんか平和すぎて……おっとダメだ、これ以上はフラグになってしまう。平和最高だなぁー! なあショウ!」
「いつもは大変そうだもんな。噂は聞いてるぞ。いつもパーティーメンバーをカエルの粘液まみれにしてるって。カエル粘液ヌルヌルプレイがどうとか」
「誤解だ! いや、事実ではあるけども!! 違うから!!」
確かにジャイアントトードは、初心者パーティでは苦戦しそうだ。めぐみんは一匹退治したら終わりだし、アクアはアークプリーストで、ダクネスは攻撃が当たらないんだっけ。
結局、カズマに頼るわけだからな。最弱職で攻撃力のステータスも高いわけじゃないのに。
……そう考えると、こいつも結構苦労しているんだな。
「なあ、カズマ。お前異世界にきてよかったと思うか?」
「はぁ? 何だよ突然」
明かりを消した男組の部屋でぼんやりいったら、変な顔をされてしまった。
「いや、ほら。俺たちアクアに転生させてもらった仲だろ。でも、こういうのをゆっくり話す機会はなかったなと思って」
「それもそうか。なんて言うかなー、思っていた異世界生活とは違ったっていうか……」
「神器とかチートスキルを貰ったほうがよかったと思うか?」
「貰ってたら、いろいろ苦労はなかっただろうな。あれだ。馬小屋生活をすることもなかっただろうし、高難度のクエストを受けまくって、ガッポガッポ金が入ってきて、異世界ハーレムとか作ってた絶対」
「分かる」
カズマほど不満があるわけでもなかったが、神器やチートスキルを持っていけば、もっと別の異世界生活になったにちがいない。
襲われた馬車を助けて、乗っていたお姫様に好かれて王都に行っちゃったりして、王国騎士団に入っていたか。それとも魔王軍をバッタバッタなぎ倒して、美少女だらけのハーレムパーティとともに魔王城まで攻め込んでいたか。
「待てよ。カズマ、お前は今もハーレムパーティじゃないのか」
「バッカお前。あのメンツ見てハーレムパーティってまだ言うのかよ! うちの変態クルセイダーけしかけんぞ!」
「まあまあ。色々問題はあっても、あんな可愛い女の子に、嫌われてないんだからいいだろ。ニートだった頃からすると、大進歩じゃないか」
「それは、まあ否定はしないけど……まあ。そういう意味じゃ、ほんの、爪の先ほどちょっとは、よかったと思ってなくはないのかも。っていうか、お前はどうなんだよ!」
「俺はアクアにゆんゆんと会うことを願ったけどさ。ちゃんと役に立てる日がくるかなって、不安になってるよ。そうじゃなきゃ、異世界に来ないほうがよかったとも思うし」
「……なんかお前らどっちも重いな。もっと気楽に生きていいんじゃないか?」
起き上がってみると、腕を頭に回して天井を眺めるカズマがいた。
「俺だって未だにジャイアント・トードの討伐は一人じゃできないしさ。今なにもできないからって、そんな深く考えんなって。お前だって、嫌な顔されてねーだろ」
「ま、まあ……」
「むしろお前に強くなられると、俺の心の拠り所がなくなるから、このままずっと魔法覚えないままでいてくれ」
「おい」
「あっ! 俺の枕返せ!!」
仕返しにカズマの枕をひったくって、壁の隅っこに放り捨ててやった。「あっ、おいやめろ。投げんな!!」と取りにいく。いい気味だ。
「カズマは、いずれ魔王を倒しに行くのか?」
「はあ? そんな気さらさらないね。レベルを上げて金を稼ぎまくれるようになったら、アクセルにでかい屋敷でも買って、のんびり第二の人生を浪費してやるさ」
「そ、そうなのか。もし冒険することになったら声かけてくれよって言おうと思ったんだけど……」
「いやいや。そんな危ない旅に出るより、俺は第二の人生を満喫するぞ。そういうのは、先にこっちに来た優秀な転生者様に任せればいいって。魔剣とかチートスキルとったやつがいるんだろ?」
「それがいいかもな」
どうやら全くその気はなさそうである。そのために転生させられたんだけどな、俺たち……
まあ別に魔王を倒さなかったからってバチは当たらないか。隣の部屋ですうすう寝ている、転生のときに魔王討伐を勧めてきた女神様や、魔王と戦う気満々のめぐみんが聞いたら何て言うかはわからないけど。
「ま、別に叶えて欲しい願いがあるわけでもないし。ってかもう叶ってる……あっ! おい、返せ! 俺の枕返せ!」
「お前が先にやったんだろ!! いいから、その手を離せ。窓から放り投げてやる!」
「旅館のだからやめなさい! 掃除の人が困っちゃうでしょ!!」
「ならよこせ! 今日は枕二つ使って寝てやるから!!」
「バカ騒ぎするな!! 宿の人に迷惑だぞ!!」
隣から飛んできたダクネスに正座させられました。
そして、ベレスでの朝がやってくる。
ああ眠い。でも今日でアルカンレティアまで行って、ゆんゆんのクエストも達成だな……ん?
「……何か建物中が騒がしいな。何の騒ぎだ?」
「ああ。カズマとショウか、おはよう。なんでもここの温泉がただのお湯になってしまっていたらしくてな。従業員が朝の掃除にいって気づいたらしく、原因がわかるまで少しの間使えなくなるそうだ」
「へえ、なんか大変だな。昨日のうちに入っておいてよかったな……カズマ?」
魔法使いの仕業だろう。妙なイタズラをするやつもいるもんだ、と思っているとカズマの顔色がどうにも悪い。
何か引っかかった、心当たりでもあるのだろうか。
「さあ今日も張り切っていこう。さっさとクエストを達成して、アクセルに戻ろうぜ! ……おいダクネス、アクアはどこにいる?」
「アクアか? いま部屋に戻って二度寝の真っ最中だが……あっ、おい! まだめぐみんとゆんゆんも寝ているのだ。入るな!!」
「何? 騒がしいわね。どうしたのよそんなに慌てて」
襖をあけて出てきたアクアは、まだ髪も結っていない状態で。肩をがっつり掴んだカズマは小声で何事かをひそひそと話すと、顔を青くした。震え始めたアクアを背後に、ぎこちない笑顔で俺たちに言った。
「さあー、今日は忙しいぞー。早くテレポートサービスを使わないと混むからなぁー!! 朝飯はアルカンレティアで食べようぜ!」
「いや、それほど急がなくてもテレポートは一瞬だから問題ないぞ。混むような時期でもない。それにまだ朝早いのだからもう少しゆっくり……」
「い、い、か、ら!! 早くめぐみんとゆんゆんを起こしてくれ。アクア、分かってるな?」
「はいっ!! め、めぐみーん! ゆんゆんー!! お、起きて、起きなさいってばぁ!!」
慌しくなった部屋で、何が起こったのか何となく察した。
だが、俺たちのパーティーには関係のない話だったので、知らないふりをすることにした。
そうして顔を逸らしていると、窓の外がざわついているのが聞こえる。
何となく耳を澄ますことにした。
「なあ、昨日のすごかったな。街中が騒ぎになってるみたいだが、地震だったのか?」
「いや、何でも城壁の外にすげぇー大穴が空いていたらしい。何にもない平地だったから、自爆系スキルを持ったモンスターの仕業ってもっぱらの噂だぞ」
「俺見てきたけど、何かが爆発したみたいだったな。いまこの街の警備団が調査に乗り出しているところらしい」
「あんなの爆裂魔法でもなければできないって、警備団長も首を捻ってたぜ。あんな何もないところで、どうして爆発が起きたんだろうな」
「魔王軍が攻めてきたんなら、せめて城壁に打つはずだしなぁ。やれやれ、何が起きたのやら」
そっと窓を閉じてカズマを見ると、汗がダラダラと滝のように流れ落ちていた。
その後ろで、同じように汗ダラダラのアクアが浴衣のめぐみんを引っ張り起こそうとしていた。
まずはハーレムパーティーで羨ましいなどと言ったことを謝ろうと思った。
動けない子を運んだのはアクア様。