この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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第七話

 俺達はアクセルを出て、温泉の町ベレスへ向かってる。ベレスに到着した後は、街にあるテレポートサービスを使って水の都アルカンレティアに向かう予定だ。

 馬車を引き連れたベレス行きの商隊は夜間に動くことができない。

 なぜなら、見通しのきかない夜に下手に移動してモンスターに襲われたらなす術もないし、まともに移動することすらできない。夜になれば、凶暴なモンスターも多く出没する。

 

「さあ、とくとご覧なさい。この何もない箱をチョロッとひっくりかえして……ハイっ!!」

「うおおおおっ!? さっきまで何も入っていなかったのに、大量の鳩が飛び出してきたぞおぉっ!?」

「ど、どうなってるんだ。アクア様、も、もう一度、もう一度お願いします!!」

 

 そんなわけで俺たちは停車した馬車をよそに、焚き火のもとでわいわいと夜食を楽しんでいた。

 向こうは、アクアのおかげで大盛況のようだ。こんな真夜中だというのに、箱から飛び出したずんぐりした鳥が、地面のパンくずをつついているのは、まあ奇妙な光景である。

 

「そういえば、カズマ達はクエストを受けたって言ってたよな。どんなのを受けたんだ?」

「ああ、このあたりに出現するゾンビメーカーの討伐だよ。うちにはアークプリーストがいるからさ、駆け出しの俺たちでも受けやすいクエストだと思ってさ」

「このあたりで命を落とされる商人の方も少なくありませんからな。わたしのようなしがない商人にとって、冒険者と一緒の移動は心強いものです」

 

 ふっくら太った、人のよさそうな商人のおっさんが首を縦に振った。

 カズマはいえいえ、そんな。と否定する。

 

「俺たちなんてただの駆け出しですよ。そこのおさげのアークウィザードを頼りにしてやってください」

「へっ、わたしですか?! そ、そんな。私なんて……とても」

「ほう。その瞳、紅魔族の方ですか!! それは心強い。紅魔族の方はいくつもの強力な魔法を操ると聞きます。ぜひ今後も懇意にさせて頂きたいものですな!」

「そそ、そんな、あ、ありがと……ございます……っ」

 

 じろりと、めぐみんはカズマに対して目を細める。ダクネスも物欲しそうな表情だ。

 

「ちょっとカズマ。私もれっきとした紅魔族です。パーティーメンバーである私の紹介はどうしたんですか」

「お前は爆裂魔法一発ぶっぱなして、ぶっ倒れてるうちにゾンビに捕まるのがオチだろう。むしろ爆発の明かりと音で、余計なモンスターを呼びかねないだろうが」

「わ、わ、私は? 私もクルセイダーだ。盾として仲間を存分に守ることができるぞ?」

「そういうことは攻撃が当たるようになってから言え。でもま、今回はゆんゆん達や、他の冒険者もいることだし本当に出番はないだろうな。全部終わったあとに討伐クエストを進めよう」

 

 ぼんやり、紅魔族随一の甲高い抗議を聞き流しながら、ごろんと寝ころんだ。

 ……はやくアークウィザードになりたいなあ。

 空は日本にいた頃よりもずっと透き通っている。綺麗に見えるよう作られているはずのプラネタリウムよりもずっと美麗な、満天の星だ。あのどこか一つに地球があるのだろうか……そんなはずないか。異世界、だもんな

 冒険者カードを眺めた。スキルポイントは、とっくに上級魔法をとれるほどに溜まっている。足りないのはステータス。レベルを二桁まであげても届かず、まだまだ頑張る必要があるということだった。もっとも、頑張るのは、隣でニコニコしてるゆんゆんだが……褒められて顔が緩みっぱなしだ。

 

「生まれて初めてこんなに一杯、いろんな人とお話しできて、疲れちゃったな。えへへ……」

「うん。なあ、まだしばらく眠れないし、トランプでもするか?」

「えっいいの? 何する? ババ抜き。ポーカー。ブラックジャック。ど、どれにしよう。本当に旅の途中で楽しくトランプができるなんて思ってなくて……ね、寝てないよねわたし。ちゃんと起きてるよね」

「おーい、カズマ。お前たちもやらないか?」

「へぅっ!?」

 

 カズマのパーティーに呼びかけると三人ともやってきて、ゆんゆんの緊張度が上がった。

 

「へー、トランプか。この世界にもあるんだな。いいぞ。こんな大勢とトランプするのもしばらくぶりだなぁ」

「なんでそんなものを持ってきているのですか。いつものように一人で遊ぶために……」

「ち、違うもん!! 今回はちゃんとみんなで遊ぶために、ちゃんと傷のついてない新しいの買ってきたんだから! ほら、これ未開封のテープもついてるでしょ!!」

「……"今回は"?」

 

 何か不穏な雰囲気をゆんゆんから感じ取ったのだろう。全員が目を逸らす。

 体を伸ばして奪い取っためぐみんが「ふんっ!」と、乱暴にテープを切って、ああっ!? とショックを受けるゆんゆんに束を手渡した。

 

 結局、途中から興味を持ったアクアも加わり、夜がふけるまで、俺たちのトランプ大会が続いた。

 ちなみに、ほとんどの試合が幸運値の高いカズマと、エキスパートであるゆんゆんの頂上決戦となり、なぜかアクアが巻き添えで真っ先にボコボコにされて「なんでよぉーっ!?」と、泣いていた。

 あとで教えてもらったのだが、アクアの幸運値は一桁らしい。

 ……女神なのに。

 

 

 

 やがて焚き火は細々と煙を天に昇らせ、集団のほとんどが寝静まったころ。

 ゴソゴソと誰かが起き上がった音がした。

 

「カズマ。何が起きた?」

「ダクネスか。みんなを起こしてくれ。何か妙な物音が……それに敵感知スキルが反応してる。何か見えるか?」

「いや、こう暗くては何も。モンスターか」

「ちょっと自信ないけどな。アクア、アクア。起きてくれ……起きないと、顔に油性マジックでヒゲ書くぞー」 

 

 話し声で、目が徐々に覚めてくる。体を起こしたが真っ暗で全く何も見えない。

 

「あの、どうかしましたか。カズマ」

「モンスターが出たかもしれない。みんなを起こしたほうが……」 

「おい、敵襲だっ! 近くにいる、全員起きろ!!」

 

 そこまで言いかけたところで、護衛の冒険者の一人が緊迫した声をあげた。

 のそりと起き上がると、確かに何か奇妙な音が聞こえた。こう、なんか……ぺた、じゃりという。まるで砂利の上を裸足で歩いているような。そこら中から。

 

「カズマ、これを!」

「サンキューダクネス。”ティンダー”!!」

 

 ボウッ、と指から飛び出した炎の明かりが、油を浸した松明に移った。

 他の冒険者も同じタイミングで松明を持った。辺りが見えるように掲げると、目がくらんだあと、取りかこむようにノロノロ近づいてくる人影が。

 

「あ、アンデッドの群れだぁっ!? 全員、戦闘準備にかかれぇーっ!!」 

「寝ているやつを叩き起こせ! 客もだ。くそっ、なんだこの数は!」

「こ、こんなに集まってきやがるなんて……異常だ! モンスター寄せの魔道具とか持ってたりしねえよな!?」

「そんな馬鹿な。昼はモンスターを見かけすらしなかったんだぞ!?」

 

 熟練の冒険者も次々に馬車から飛び出し、あるいは包まっていた布団を放り捨てる。

 取りかこむアンデッドは十や二十どころか……百はいるんじゃないか。ぐうすか寝ていた、ゆんゆんも、さすがに騒ぎに気付いたのだろう。緩んだ口元を晒し、いつのまにか目を擦っていた。

 

「むにゃぁ……めぐみん……お弁当全部持ってかないで……」

「なに変な寝言言ってるんですか!! 敵です。アンデッドの群れが近づいてきてますよ!!」

「えっ。ど、どこどこ? ひぃっ。な、なにこの数っ!!」

 

 ゆんゆんが怯えている間にも、護衛の冒険者たちは雄叫びを上げて突っ込んでいく。

 

「おい、この数はやばい。そっちのパーティーも応戦してくれ。俺はアクアを起こしてくる!」

「わ、わかった。じゃあ頼んだゆんゆん!!」

「うん!! いくわよアンデッド、"ライト・オブ・セイバー"!!」

 

 全てを任されたゆんゆんが放った上級魔法は、夜闇を照らし、数匹のアンデッドを一気に横に薙ぎはらう。

 光属性に弱いアンデッドたちは、光の粒子となって消滅する。だが、どこからか新たなアンデッドが出現し、薙ぎはらった空間もやがてゾンビで埋め尽くされてしまう。

 

「任せておけ、"デコイ"っ!! さあアンデッドども。好みではないのだが、死してなお絶えぬ貴様らの欲望、この聖騎士が受け止めてくれる! んっ……来い!!」

「す、凄い。上級魔法をあんな自在に……それに、あのクルセイダーの方、背中に仲間を守りながら、まとめてアンデッドを引きつけているぞ……!!」

「さ、下がってください。あなたがたはいまはお客様なのですよ! ここは護衛の冒険者に任せて……」

「いえ。見るからに手に負えない大群のアンデッド、放っておけません! この私がまとめて究極の魔法で消し去って……」

「おい馬鹿やめろ!! さっきも言ったが、こんな平地で爆裂魔法を使ったら、光と音でさらにモンスターを呼び寄せちまうだろうが!! おい、アクア!! 手遅れになる前に起きてくれ!!」

 

 カズマが揺り起こす。ひどい寝相で、よだれをたらしながら寝言を言う女神様。

 

「ゆんゆん、次はあっちだ。カズマ、そっちは大丈夫か!?」

「ああ! くそっ、ダクネスはそのまま敵を引きつけてくれ! めぐみんは……いざという時のために詠唱の用意ッ! 誰かがピンチにならない限り打つなよ!」

「わ、わかりました!!」

「アクア、さっさと起きろ! 非常事態だ! 起きなきゃエリス教徒のプリーストと取り替えるぞ!」

 

 ゆんゆんに見せないよう、苦戦していそうな場所を探しつつ誘導する。すると、とうとう女神様も目を覚ましたらしい。

 

「……かずまさぁん、何。もうお弁当いらないってぇ、お腹いっぱいだってばぁ」

「馬鹿寝ぼけんな!! アンデッドだよ、アンデッド。アホみたいな数のゾンビメーカーまでいやがる!!」

「何ですって、アンデッド!? アークプリーストであるこの私の出番ってわけね、任せなさい!!」

 

 とうとう飛び起きたアクアは、意気揚々に飛び起きて、目を輝かせた。

 

「さあよくもぬけぬけとこの聖なる女神様の前に姿を現したわね。まとめてあるべき場所に還りなさいっ、”サンクチュアリ”!!」

 

 どこからか飛んできた薔薇の杖を一振りすると、純白の魔法陣が広がった。湖に投げた石が波紋を作るように。

 アークプリーストの、女神の聖気に当てられたアンデッドは見る間に崩れて、砂と化してゆく。冒険者と剣を交えたアンデッドも、後方のゾンビメーカーも、天に還っていった。

 唖然とした冒険者たちは、おおおおっ、と歓声を上げる。

 

「な、なんて素晴らしい魔法だ。あれだけの数のアンデッドをたった一瞬で……」

「あれは先ほど素晴らしい演武を披露してくださったプリースト様ではありませんか」

「なんということ。まるで女神の生まれ変わりを見ているようだ……!」

 

 周囲からゾンビの気配は完全に消え去った。

 一瞬にして討伐を終えたアクアのもとに、ゾロゾロと、冒険者や商人がほめ称えながら近づいている。

 

「え、何? もしかして私褒められちゃってる? 褒められちゃってます!? ふふんっ、みましたかカズマさん。これがわたしの実力! 女神の本当の実力よ!!」

「すっすごいですよアクア! なんですか今の魔法は。あれだけ巨大な魔法陣、爆裂魔法以外でお目にかかったのは初めてです!!」

「ああ。あのような凄まじい魔法、一体どこで習ったのだ?」

「ふふんそうでしょう、そうでしょう。うへへ。ねえ、カズマももっと私のことを褒めて、敬っていいのよ?」

「なるほど。普段は呑んだくれの駄女神だが、腐っても女神ってわけだな」

「ちょっと!! 腐ってるのはアンデッドのほうなんですけど!? 大活躍だったんですけど!!」

「すまんすまん。たまにはやるじゃないか、見直したよ。アクア様」

 

 カズマの一言でコロッと機嫌を直したアクアは、ふふんと胸を張って賛辞を受け入れる。

 そんなお祭り騒ぎを遠目に見ていると、ゆんゆんが。

 

「ねえ、ねえっ!? わたしもっ、わたしも活躍したよねっ!?」

「ああ、うん。もちろん大活躍だった! やっぱ凄いなゆんゆん! あれだけのゾンビを……ゾンビを、何匹も……」

 

 少し離れた所でぽつんと、寂しそうに誰の賛辞も受けられなかったゆんゆんも、ゾンビ二桁を狩るという一騎当千の大戦果である。アクアの凄まじい大活躍のおかげで隠れてしまった感があるが、ほんとにすごい……すごい。

 そ、それに比べて俺は……やったことといえば、松明をかかげて見やすくする役目と、ゾンビの多い場所を探したくらい。昼に馬車でめぐみんに格好いいことを言ってしまったが、いつまで俺はゆんゆんを騙す悪い人をやらなければならないのだろう。罪悪感でとうとう明確に痛み始めた心臓を抑える。

 ゆんゆんは、もじもじと、アクアが受けている賛辞を見ながら、指を擦り合わせて。

 

「えっとね、できればでいいんだけど。その、褒めて……ほしいな」

「う、うん……ゆんゆんは凄い。凄いなぁ……ははは……」

 

 このときの、目の前で嬉しそうに微笑んでいるゆんゆんは、今日のMVPのアクアよりもよほど眩く輝いてた。アンデッドのような死んだ気分の俺はとても直視できず、とっくの昔に消えて炭と化した薪を、自嘲混じりに凝視し続けることしかできなかった。

 

 

 




 冒険者よりいち早く気づけるカズマさんは有能。
 ヒモ無能。


 追記:感想・評価・誤字報告ありがとうございます!
    ここまで読んでいただいている皆様も、ありがとうございます!!


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