この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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第六話

「カズマさあああぁぁぁん! お金かしてぇぇ、お願いよ、お願い!! ツケ払う分だけでもいいからぁ!」

「だああっ、知るか!! キャベツの時も報酬は別々にするって決めてただろ!」

 

 冒険者ギルドではいつも通り、元気なカズマたちのパーティが争っていた。

 涙まみれのアクアがカズマの前で跪いてがくがくと揺さぶっている。すがりついている。逆じゃないのか普通。

 

「えっと。アクア様、どうしたんだろう」

「思ったより換金ができなかったんじゃないか? あれから毎日、カズマのパーティ以外の冒険者とも酒盛りしてたみたいだし」

「そ、そうなんだ。大丈夫かな……」

 

 心配しなくていいと思う。いざとなったら飲まず食わずでも生きていけそうだし。なんたって女神だから。

 そして一旦、様子を見ようということでバーカウンターで時間を潰した。ゆんゆんと二人でジュースをコクコク飲んでいるうちに、徐々に理性的になっていく。いやでも聞こえてくるほどの声量で、泣きじゃくるアクアがクエストを受けたがった。聞いていた通りお金がスッカラカンらしい。あ、借金はカズマが立て替えたみたいだ。借金をせがむ女神とは一体……

 

「わたし超全力で頑張るから、お金になるクエストを受けたいの!! お願いカズマさん。お、お願いよおおおぉぉ!!」

「そうは言ってもなぁ……」

「わたしもまだ、この前のマナタイト製の杖が完成していませんし……」

「行きたいのは山々なのだが、その、新調した鎧の引き渡しもあってな……」

 

 パーティメンバーの三人とも乗り気ではないみたいだ。

 可哀想に、という感想が出てきたところで、ゆんゆんが立ち上がる。あ、行くのか。彼らもすぐに気がついたようである。

 

「あっ……あ、あ、あのっ!! アクア様!」

「へっ。あなたは、この前一緒だった紅魔族の……誰だっけ?」

「ゆ、ゆんゆんです!! このペンダント、この前見てもらいましたよね!?」

「あっ! そうそう!! この私の敬虔な信者のゆんゆんじゃない! 今日はどうしたの? もしかして、この女神アクア様に直接お布施しにきてくれたの?」

「おいやめろ馬鹿。いくら元女神とはいえ、友達から金を取ろうとするんじゃない」

「ちょっと。現在進行形で女神なんですけどっ!!」

 

 アクアが抗議したところで、ゆんゆんが続けた。

 

「も、もっ、もしクエストをお探しなら。わたしがアクア様に依頼をしたいのですが!」

「へっ。わたしに直接? なになに!? つまり指名クエストってことよね!?」

「……嫌な予感しかしねえ」

 

 カズマと同意見だ。俺も、一応反対したぞ。

 

「はい! えっと、わたしちゃんとアクシズ教団に入信したいと思っててっ……その、御神体のアクア様に直接見守って頂ければって……あっ! 報酬はこのくらいお支払いしますので!!」

 

 と、ゆんゆんは懐からギルド指定の依頼書を取り出してアクアに渡す。本来なら掲示板に貼られるはずのものだ。

 ふーん、となんでもないように受け取ったアクア。その顔色が、みるみるうちに変わる。

 

「さ、ささ、三百万エリスっ!!!?」

「はぁ!? ちょっと貸せ。ま、マジで?」

 

 ひったくったカズマから「ちょ、ちょっと返しなさいよ! 私の受けた依頼よ!?」と手を伸ばす。だが、めぐみんとダクネスの周囲をぐるぐる追いかけっこして、なかなか捕まらない。

 

「ゆんゆん……さすがに、お金の使い道は考えたほうがいいですよ。アクアが完全に固まってしまったではないですか」

「い、いいの!! 友達をいっぱい作ってくれたんだもの。今度はわたしがお返しする番だと思うの! 額の大きさは、お礼だと思ってもらって……」

「カズマの今回の報酬と同じくらいか。さすがは、紅魔族の冒険者だな」

「そ、そんなに儲けてたんですかカズマ!? ……というか三百万なんてどこからそんな大金湧いてくるんですか。わたしは今注文している杖を買うために、貯金のほとんどを費やてしまったというのに」

「ふふん。この街に来てから、ショウくんと一緒に高難度のクエストをいっぱいこなしたんだから。それに、街に来たあとに一人で冒険者登録して、一人でモンスターいっぱい倒して、使い道もなく溜まる一方だった冒険者貯金がまだいっぱいあって」

 

 ゆんゆんは言葉を続けたが、全員が目を逸らした。「カズマ。今度、ギャンブルか何かで絞りとってやりましょう」とめぐみんが囁き、頭をコツンと叩かれる。

 

「で、肝心の依頼内容は……"洗礼を受けます。その立会人をお願いします"?」

「ふふん。しょうがないわねー、そこまで言われちゃ仕方ないわ。アクシズ教団の御神体である、このアクア様にまかせなさい!」

「お前。いいのかよ……女神の立場で金取って」

「だ、だってしょうがないじゃない。このままだとカズマに立て替えてもらった借金だって返せないのよ? それに、アクシズ教団に入ってくれるって言っている子の願いを突っぱねるわけにはいかないし……」

 

 それからしばらく相談した結果。

 さすがに三百万はやりすぎという満場一致の意見で、借金分と、クエスト中の雑費に加えて、個人には三十万エリスを支払うことになった。

 アクアはふくれたが「宗教で大金を取り始めたら終わりだぞ」とカズマとめぐみんに言われ、渋々、受け入れて、内容と文面を少し変えた依頼書を提出しに行く。やがて戻ってきたアクアは複雑そうな顔をしてた。

 

「ねえ。なんか受付のお姉さんに変な目で見られたんですけど……なんで?」

「だろうな。それより、本当に俺たちは行かなくて大丈夫なのか?」

「総本山のアルカンレティアの途中までは馬車だけど、そのあとはテレポートサービスを使っていくだけだし平気よ。それに、彼女は優秀な紅魔族なのよ」

「そうだった。どこかの爆裂魔法しか使えないロリっ子と違って、ゆんゆんは冒険に便利な、いろんな魔法が使えるもんな」

「おい。今なんていいました。わたしに文句がありそうですね。爆裂魔法はあらゆる魔法の頂点なのです。その身で理解させてあげましょうか?」

「い、いや。なんでもない。俺が悪かったから、その詠唱をやめろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、なんで私の依頼にカズマたちまで着いてきてるわけ?」

「考えてもみろ。俺たち、この世界に来てからまだ一度も冒険の旅をしてないんだぞ。そりゃあアクセルである程度のレベル上げするまで我慢しなきゃっつっても、行ってみたいじゃないか。金もあることだし。安全な旅だっていうし」

「はい。幸い、私もダクネスも、キャベツと宝島のクエストでお金には困っていません。それに温泉の町ドリス、水の都アルカンレティア。行ってみたいじゃないですか!!」

「うむ。だが……ゴホン。我々に関しても、道中のクエストも目的の一つだということも忘れないようにな」

「あっそうだったわね! でもでもっ、今回のクエストでわたしの借金もチャラ。受けたクエストの報酬ももらえるわけだし、えへへ。お酒も飲み放題となると、素晴らしい旅になりそうね!!」

 

 商隊の馬車に乗せてもらいながらの旅、ということで落ち着いた俺たちは、思い立ったがさっそく出かけることを決意した。

 最近は宝島のおかげでアクセルの街は大いに潤い、商人の出入りも激しくなっている。街の屋台は数が増えたし、冒険者ギルド内の雰囲気も明るく変化していた。

 さすがは十年に一度のビッグイベントと呼ばれるだけあるだろう。

 馬車の近くに集合し、和気藹々と騒ぐカズマのパーティーを眺めていて、仲良しだなと思った。なんだかんだ言っていいパーティーのように見えるんだがな。

 

「めぐみんのパーティ、楽しそうだなぁ……」

「さ、俺たちも用意しよう。馬車の予約もしないとな」

「うんっ!」

 

 そうして馬車を探し始めると、相乗り馬車はもうどれも一杯で、せいぜい一人しか乗れるスペースが残っていなかった。

 今日急遽決まったクエストだから、仕方ないといえば仕方ない。

 残っていたのはかなり高値の高級馬車か、三人乗りの小さな馬車が二台。俺たちは顔を見合わせる。

 

「どうする? 四人まとめては乗れないってさ。後ろの荷物席になら乗せてくれるっていうけど」

「わ、私は嫌よ……あっ、そうよ!! あっちのパーティは二人よね。余った席に座るっていうのはどう?」

「あ、それもそうだな。ショウ、ゆんゆん。そういうことで頼めないか?」

「俺はいいけど、どうだ?」

「う、うん!! もちろんっ。でも、誰がこっちに来るの?」

「それなら、私が行きましょう。ゆんゆんとは色々積もる話もありますので」

 

 めぐみんがずいっと前に出たので、すぐ話が決まった。

 アクアの分はゆんゆんが出し、他のみんなはそれぞれチケットを買う。俺も今回は自分の金で買えたぞ。この前の宝島クエストで、ちゃんと自分の力で稼いだお金が入ってきたのだ。よかった。

 しばし待っていると、ガタンと馬車が動きだす。

 やがて門を出るまで、みんな無言だった。

 みんな、冒険者として思うところがあるのだろう。特に俺とカズマ、アクアは初めてアクセルの街から出たのだ。今の自分と同じように、遠足に行くときのような感動を胸に抱えていることだろう。

 

「よく来たわね我がライバルめぐみん! 歓迎するわ!!」

「……今日は勝負をしに来たわけではないのですが」

 

 馬車が走り出して、アクセルが見えなくなったころにめぐみんがぽつりとそう言った。

 

「私が来たのは、ちゃんと聞いておかなければいけないと思ったからです」

「へっ? 私と勝負してくれるわけじゃないの?」

「違いますよ。だいたいこんな狭い中で、どうやって勝負しろというのですか」

 

 真面目な雰囲気を出していることに気づいたゆんゆんは、意気込んで体の前で両拳を握った体制のまま、きょとんと隣に座った親友のことを見つめる。

 

「ゆんゆん。あなたのことを邪険に扱ってきましたが、実は私も、ちょっぴり、ほんの少しだけ、あなたのことを、あなたの言う通りライバルであると思っています」

「えっ? ね、ねえ、突然どうしちゃったのめぐみん……今までそんなこと、一度も言ってくれたことないのに」

「失礼な。あなたも、多少は分かっているものだと思っていましたが……まあ、それはよいでしょう」

 

 めぐみんが突っかかるが、ゆんゆんは本気でライバルの言葉に戸惑っているみたいだった。何度も「ねえねえ」と聞いているが、以降は全てそっぽを向いて無視している。

 仲がいいのか悪いのか。久々に再会した二人の会話が、めぐみんの「あなた誰ですか?」で始まったことを、不意に思い出した。

 

「そんなあなたが、パーティーメンバーを見つけたと聞いた時には驚きました。里では挨拶すら恥ずかしがり浮いていたあなたが、街でもぼっちの紅魔族と噂されていたあなたが、パーティーメンバーを見つけ、あまつさえ友達とさえ呼ぶ人を見つけたと聞いた時は、それはもう耳を疑いましたよ」

「ちょっと!? わたしそんな噂流されてたの!? いくらわたしだってパーティーメンバーくらいできるからね!?」

「そこです!」

「へっ? そこって?」

「それを、確かめにきたんです。本当にそこの男がパーティーメンバーと呼べる存在なのかを……」

 

 めぐみんは勢いよく、ビシッとこちらの顔面向けて指先を突きつけてきて、たじろいだ。

 

「聞くところによりますとっ!! あなたはウィザードという職につきながら、魔法は一切使えず。しかも紅魔族であるゆんゆんの”養殖”だけでレベルを上げているそうではないですか!」

「そ、それがどうかしたの、めぐみん?」

「どうしたの? ではありません! ……わかりました、はっきり言いましょう。私は、その男がゆんゆんの能力を利用するだけに近づいてきた、悪い虫ではないかと思っているのです!」

 

 あ、これ全く言い返せないやつだ。

 めぐみんの追及に、ゆんゆんは口をぱくぱくさせるばかりで、俺は黙ったままだった。

 

「答えてください。あなたはなぜゆんゆんのパーティーメンバーなどやっているのですか!

 ゆんゆんの持っているお金ですか。それとも"養殖"目当てですか。それとも女だからですか。答えてください!! 場合によっては、この場で……」

「めっめぐみん!! いくらなんでも、そんな言い方……」

「ゆんゆんは黙っていてください。それに、この旅だって、あの悪名高いアクシズ教に入信するためというではないですか。一体、ゆんゆんに何を吹き込んだのですか!?」

 

 幼くはあるが、鋭い真紅の瞳が、真っ直ぐに睨みつけてくる。

 ゆんゆんも何も言えなくなったのだろう。しょぼんと俯いて、居心地が悪そうに様子を見守っている。

 

「……ああ、そうだよ。確かに俺はゆんゆんとパーティーメンバーになってから”養殖”させてもらってるし、パーティーメンバーだからって報酬は半分いつも手渡されてる」

 

 めぐみんと目を合わせたまま、逸らせない。

 本気で怒っているように見える。確かに今までの行動からそう思われて当たり前だ。異世界に来てからの自分の行動を振り返り、今までで一番恥ずかしくなった。

 

「でも、ゆんゆんと一緒にいるのは、"養殖"目当てでも、お金目当てでもない。そもそも受け取ったお金は、この前の緊急クエストの報酬以外は一切受け取ったつもりはない」

「……では、何のためにパーティーを組んだというのですか?」

 

 何のため、か。

 最初からヒモになるために近づいたわけじゃない。最初こそ彼女が欲しいという願いを叶えてもらって出会いはしたものの、それは今の自分の答えじゃない。

 

「この街に来て、最初に出会ったのがゆんゆんだったんだ。そこで右も左も分からない、知らない人の俺に色々親切にしてくれて。それで一緒にクエストに出たとき、こんなすごいウィザードになりたいって思ったんだ」

「…………」

 

 めぐみんは口を挟まなかった。

 ジャイアント・トード討伐クエストを受けたとき。見たこともないほど巨大。身長の何倍も大きなカエルが、地響きを立てながら飛び跳ねてくるような存在が、眩い一筋の光に葬られた鮮烈な光景。

 人間ではとてもありえないような強力な力。

 俺のために振るって、それが終わると頬っぺたを赤らめながら褒めて欲しそうに微笑んだ紅魔の少女。

 今あったことのように思い出した。

 だから異世界に来て、あんな魔法を使ってみたいと思った。

 

「幸いウィザードの才能はあった。ウィザードならレベルが上がれば転職して、上級魔法がとれるようになる。そうすれば紅魔族にだって負けないアークウィザードになれる」

「…………」

「俺は、ゆんゆんに負けないくらい、凄いアークウィザードになりたい」

「それでパーティーメンバーをやっているというのなら、私の思った通り、あなたは悪い男ですね」

 

 はぁ、とため息をついて、めぐみんは浮いた腰を落とした。

 

「ですが……あなたがゆんゆんにとって本当に悪い人かと言われれば、違うのでしょう。この私より先にパーティーを組んだのは気に食わないですが。あのひとりぼっちだったゆんゆんが、カズマやアクア、新しくできた友達と一緒に過ごして、全員で冒険しているのですから」

「めぐみん……」

 

 張り詰めた空気がフッと解かれ、ゆんゆんも感極まったように名前を呼び、そしてほっと息を零した。

 

「分かりました、今はあなたの言葉を信じることにしましょう……少なくともいまは、私の”友達”は傷ついていないようですし。確かに紅魔族の魔法に追いつこうと思ったら、そうでもしなければ難しいでしょうしね」

「……俺はゆんゆんにとって悪い男なのは間違ってないし、言うとおり間違いなくクズだ。だから、アークウィザードになったら、必ず凄い魔法使いになって、ゆんゆんと冒険することを約束する」

「はい。しかし、傷つけたときは容赦はしませんから。我が史上最強の爆裂魔法の破壊力を、その身をもって知ることになりますからね?」

「は、はい」

 

 恐ろしいほど低トーンで脅しをかけられ、背筋を真っ直ぐに伸ばしながら、俺はそう返事することしかできなかった。

 

「では、この話はここで終わりにしましょう。どうやって出会ったのとか、なんでアクシズ教団に入ることになったのかとか疑問は尽きませんが……ゆんゆんにも迷いはないようですし、ここは我が”ライバル”を信じることにします。カズマもアクアも、私が出会う前からあなたを信用しているみたいですし……ぶっちゃけ私も、口で言うほど疑っていたわけでもありませんし」

「あ、あれっ? めぐみん、さっきは"友達"って言ってくれたよね……?」

「何のことでしょう。 ……あっ。そういえば、まだあなたには名乗りを上げていませんでしたね。ちょうどいい機会です。まずはあなたの名前を聞かせてはもらえませんか?」

 

 そう聞かれ、雰囲気の変わりように一瞬だけ飛んでいた意識を取り戻した俺は、慌てて答えた。

 

「お、おう。俺は伊藤翔太。みんなからはショウって呼ばれている」

「分かりました、ショウですね。それではショウ。和睦の証に、あなたにも我が名乗りを聞いていただきましょうか」

「ああ。ぜひ、聞かせてくれ」

 

 いつの間にか左目には十字の装飾の施された眼帯をつけて、腕をばさりと広げて。

 狭い馬車の中にもかかわらず、めぐみんは無理矢理に立ち上がり、ローブを翻しながら格好良く言い放った。

 

「我が名はめぐみん!! アークウィザードにして、最強の攻撃魔法”爆裂魔法”を操る者! 未来の紅魔族の長ゆんゆんの最大のライバルにして、いずれ魔王を倒す者!!」

 

 

 




 めぐみん超かっこいいですよね。

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