この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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第三話

 俺は異世界に来たおかげで魔法を使えるようになった。

 そう、魔法だ。日本にはなかった魔法。炎や氷を出したり、仲間を回復したり、身体強化したり。そんな魔法の才能を開花させ、バッタバッタとモンスターをなぎ倒した。

 パーティーメンバーのゆんゆんが。

 

「ショウタくん、今日はお疲れさまっ!」

「そんなかしこまった呼び方じゃなくても、あだ名でいいんだぞ? こっちもゆんゆんって呼んでるわけだし」

「へっ? え、えっと……では、せめてショウくん……で、どうかな」

「お、おー……なんか恥ずかしいな。あっ、あとずっと聞きそびれたんだけど、ゆんゆんの本名ってなんだ?」

 

 ぽかん、と首を傾げた。

「へっ? え、えっと……名前? で、では、こんな場所でちょっと恥ずかしいけど……我が名はゆんゆん!! アークウィザードにして!」

「違うって! 名乗りじゃなくて、本名聞きたいだけだから!」

「え、えっと。わ、我が名はゆんゆんっ!! です……けど。ショウくん?」

 

 あちゃー……まさかゆんゆんって、本名なのか。あだ名だと思ってた。

 異世界すげぇ。

 そんな言葉は一言もおくびにも出さず。そっかー、いい名前だね。となだめて何度も頷いてみせる。が、ゆんゆんは流石に胡散臭そうにぷぅっと頬を膨らませた。かわいい。

 

 と、こんな充実した日々がしばらくは続いた。

 ゆんゆんのパワーレベリング。紅魔族的には養殖と呼ぶらしい行為のおかげで、上位職のアークウィザードには確実に近づいている。こんな楽に冒険してしまってよいのだろうか。

 女神特典でスキルや武器もらわなかった代わりだけど、破格じゃない?

 かわいい女の子と一緒におんぶだっこで楽して冒険とか、すごいけど、バチが当たりそう。いや、女神様が叶えたんだから絶対大丈夫。うーん異世界生活バンザイ。

 討伐報告にいくたび、受付のお姉さんに「すごいすごいですよっ! こんなに早くレベルが上がるなんて。これならアークウィザードまで、もうすぐですよ!」と、嬉しそうに言われさえしなければ、完璧なのだが。

 ごめんなさい、それ俺の力じゃないんです。ほんとすいません。

 

「今はステータスも上がりづらいかもしれないけど、でもアークウィザードになったら一気に強くなれるからっ!」

 と、ゆんゆん談を信じて、今日もレベリング。

 クエストで手にした大金を一切使わずレベリング。

 明日も、明後日もレベリング。

 ステータスがあがるの最高。ははは……は、は。俺は養殖される魚の気分だ。

 

 

「ショウくんっ、今日はどこに行く? 森? 川? 平原のクエストに行くついでにね、サンドウィッチいっぱい作ってきたんだ。一緒に食べようね!」

「うん。今日もお願いします。あ、これなんてよさそうじゃないか? 今日もクエストいっぱいあるなぁ」

 

 ゆんゆんとは別の宿……馬小屋で寝泊まりしながら、二人で冒険する。

 冒険から帰ってくると、ギルドはいつもお祭り騒ぎ。冒険者たちの宴が飽きもせずに繰り広げられている。

 

 

「かんぱーい! お疲れさまっ!」

「うん、新しい冒険に乾杯っ!」

 

 他の冒険者に混じって夜食に舌鼓を打ちつつ、今日あったこと振り返る。

 それが終われば、壁一枚を隔てたアクセルの公衆浴場で、肩まで浸かりながら汗を流して疲れを癒す。

 

 

「はぁー……明日でまた強くなるなあ。アークウィザードまではどのくらいなんだろうな……」

「今日も楽しかったな。えへへぇ……女神さま、ありがとうございます。本当に、願いを叶えてくださってありがとう……はふうぅ」

 

 ありきたりな異世界生活を楽しみにしながら今日も異世界で生きてゆく。

 

 

 

 そんなある日の昼下がり。場所は冒険者ギルド。待ち合わせたゆんゆんと一緒に、今日も今日とてクエスト掲示板に向かった。街で見かけた、水鳥に火の輪をくぐらせていた不思議な大道芸人の手品のタネは何か、なんて。他愛もない話をしながら扉をくぐる。そこで、俺は真っ先に気付いた。

 どこかで見たことがある気がした、その後ろ姿を見つけて立ち止まる。

 

「あれ? 待ってゆんゆん。もしかして、あれは……!?」

「ショウくん、どうかしたの?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あの二人……青い髪の人、もしかして。いや、間違いない! あのときの女神様!?」

 

 間違いない。あの女神……だよな。なんで冒険者ギルドに?!

 声をかけようとしたけれど、隣にジャージの男を連れているのを見て止まる。あ、どう見ても異世界転生してきたばかりの人だ。もしかしてわざわざ冒険者ギルドまで導いてあげてるのだろうか? うーん。それなら邪魔してはいけないだろう。

 あ、せめて拝んでおこう……ナムナム。

 

「ねえ、どうして神様の前でもないのに手を合わせてるの?」

「一瞬、俺をゆんゆんと引き合わせてくれた女神さまが見えた気がしたんだ。だから拝んどかないとなって思って」

「そ、そうなの!? じゃあ私もっ! ありがとうございます……!! 本当に、ほんとに一生のお願いを聞いてもらってありがとうございます……!!」

 

 ははぁー、と柱の陰に隠れながら頭を下げた。

 頭を上げると、変なものを見るような視線を浴びまくってて、二人で顔を赤くしてギギギ、と機械のように掲示板の方に逃げ去った。

 

 さ、さあ今日はどのクエストを受けよう。

 ゆんゆんに半ば強引に「パーティーメンバーだもん、ちゃんと分け合わないと!」と、押し付けられているお金が、実は100万エリスを超えた。あっ。返そうとしてるのに、一向に受け取ってくれないお金だからな。それにはあまり手はつけられないから、結局貧乏なわけだが。

 実は……ここ最近、幸せすぎる。

 経験値も金も貢いでもらって、もういっそ一生ヒモでいいような気がしてきている。

 ……異世界転生の目的を思い出せ。お前は何をしにきたんだ。彼女を作るためだ。ヒモになるためじゃない。思い出せ。

 

「今日はこれにしようよ! ゴブリンの群れの討伐クエスト!」

「おお。なんか聞いたことのあるモンスターの名前だ……あれ、危険度の髑髏けっこうあるんだな。これは難しいんじゃないのか?」

「うん。1匹1匹はそこまで強くないけど、集団だとやられる初心者の冒険者も多いんだって。あとは”初心者殺し”っていう強いモンスターが出てくるかもしれなくて……でも大丈夫! 紅魔族直伝の魔法でみんなやっつけちゃうんだから! というわけでね、経験値もおいしいし今日はこれを……」

「あ、あのー……ちょっといいかしら?」

 

 つんつん。ガッツポーズを決めたゆんゆんと二人で掲示板を見ていると、後ろからつっつかれる。

 振り返って、絶句。

 俺は突っつかれたゴキブリのようにピョンと飛びのいた。

 

「うわ! か、か、かっ、神!? 女神さまっ!?」

「あっ、やっぱり! どっかで見たことあると思った。カズマー、ちょっと来なさい。登録料なんとかなりそうよー!!」

 

 手を大ぶりする女神さまは、さっき一緒にいたジャージの転生者を呼び寄せる。

 登録料? 

 何なんだ。呆然としているとゆんゆんが耳打ちしてくる。

 

「あ、あの、ショウくん。このすごい髪型の人は?」

「あっ。なんて説明したらいいか……俺が崇めるべき人というか、恩人というか。あの、ちょっと言葉を整理する時間をくれませんか?」

「う、うん。わかった」

「おーアクアどうした。ってこの人は?」

 

 ゆんゆんと喋ってると、日本人っぽいジャージの異世界転生者がやってくる。

 それから女神様には待ってもらって。5分ほどかけて頑張ってゆんゆんに、この人が俺に祝福をくれた女神さまであることを説明した。その間、女神さまと転生者の人は律儀にそこで待っててくれた……登録料で困っているなら、待つしかなかったのかもしれないけれど。

 全部説明が終わったあたりで、ゆんゆんもようやく信じてくれたらしい。口を押さえて「う、嘘。女神さまが……地上に顕現されるなんて!?」と、超びっくりしてた。信じてくれるのか。そうだよな、俺もびっくりした。

 

「ふふっ。どう、カズマ。これが女神様の威光よ。カズマも私のことをこのくらい敬ってくれなきゃね!」

「考えとく。ところで、あんたも異世界転生者なんだな。俺は佐藤和真、よろしく」

「よろしく、俺は伊藤翔太だ。カズマはもしかしてこの世界に来たばかりか。なんで女神さまと一緒にいるんだ?」

「……それは説明が長くなるから、省かせてもらうよ。まあ見ての通り、この女神と一緒にこの世界に来たばかりでさ。やっとの思いで冒険者ギルドについたとこだ」

「そ、そうか」

 

 なるほど今来たばかりの人なのか、で済んでいた。

 隣で「あんたが無理やり連れてきたんでしょうがーっ!!」と、わーわー騒ぎ続ける女神様さえいなければ。

 てか、よく見ると周りの視線がいつの間にか俺たちに集中してないか? あと、受付のお姉さんが物珍しそうに俺たちを見てる……あれ? ゆんゆんどこいった……あっ、いつの間にか隠れてる。

 

「ねっ! そんなことより……なんだっけ、ショウタさん? あなたお金持ってない!? なんたってこの私が転生させてあげたんですもの。その風体からして、けっこう持ってるわよね、ねっ!?」

「転生してきたばっかってことは、もしかして二人とも登録手数料で困ってるのか」

「そう! それよ!! ね、もう冒険者登録してるんなら、たかが二千エリスくらい持ってるわよね!? その金、私たちによこしなさい!」

「……おいアクア。人に頼み事をするんだ、言い方ってものがあるだろ」

 

 この女神、アクアっていうのか。

 そういえば名前初めて聞いたかもしれない。そんな女神様とは反対に、カズマは丁寧に頭を下げてお願いしてくる。

 

「異世界転生者の先輩。お願いします、登録料だけでいいんで。お金かしてもらえませんか。あとで必ず返すんで」

「そ、そんな畏まらなくていいって。二人で二千エリス。そこの女神さまには恩があるから、お布施だと思って受け取ってもらっていいから。な?」

 

 そのときのカズマは、すっごく俺に物申したそうな顔をしてた。何となく言いたいことは分かった。伝わったよ。でも女神アクア様に感謝しているのも事実だから、できれば何も言わないでくれると助かる。そんな意思を込めた無言の表情で返した。

 言葉を飲み込んで、おさえたカズマから「ありがとう、ありがたくいただくよ」と感謝の言葉を頂いた。

 うん。なぜ女神が冒険者になろうとしてるのか知らないけど、アクアには返しきれない恩があるから、気にしないで。

 

「ふーん、あっ。あそこに隠れてる子もどこかで見たことあるわねー。どこだったかしら」

「え。あの……あの子のこと覚えてないんですか?」

「そりゃそうよ、毎日何人も死者を相手にしてるんだもの。あんたは最近会ったばっかだからなんとなーく覚えてたけど……んーどこだったかしら。ごめんね!」

「おいアクア、もういいだろ。すまん、ありがとう。この恩は必ず返すから!」

 

 とカズマに何度も頭を下げられた、女神さまは金貨を手にして「どうカズマ? これが女神様の実力よ。これからはちゃんと私を崇めること、いいわね?」と、胸を張りながら、二人はそのまま冒険者登録に行ってしまう。

 人の目も離れ、受付のお姉さんがのほうに行った二人の手続きをし始めたころ。

 ゆんゆんがトテトテと戻ってくる。

 そしてカウンターの二人を見て、小声で囁いた。

 

「……あの、ショウくん。あの人、”あの”女神アクア様なの?!」

「うん。え、”あの”ってなんだ。なんか妙なニュアンスに聞こえるんですが」

「そ、そっか。あのね、アクア様といえば、魔王軍も恐れるくらい、悪名高いアクシズ教が崇める神様で……」

「悪名高いって……魔王軍を恐れさせるって、みんなモンスターを倒せるくらい強いけど、信者からお金を巻き上げてるとかそういうやつ?」

「詳しくは知らないの。で、でも、アクシズ教ってあんまり関わっちゃいけない人の集まりだってみんな言ってて……じゃ、じゃあもしかしてわたし、アクア様にお願いを……どうしたら……ショウくん。アクア様から祝福を受けたってことは、もしかしてわたし、もうアクシズ教徒なの?」

「アクシズ教? う、うーん。女神さまには恩はあるから、そうなるのか? 入信とか洗礼とかは受けてないけど」

 

 というか……そうなのか、アクア。でも、何だろう。あの女神様の言動を見てたら、アクシズ教徒は関わっちゃいけない人の集まりって言われるのもわかる気もする。どういうベクトルで関わっちゃいけない人たちなのかも何となく想像がつく。

 ……いやいや。ゆんゆんを遣わせてくれた女神様だということを思い出すんだ。

 

「はっ!? はああああっ?! すごい、何ですかこの潜在能力っ!?」

 

 振り返ってみると、アクアの触ったカードを見た受付のお姉さんが素っ頓狂な声をあげて、そしてギルド内にいた他の人たちも、俺と同じようにその方向を見ていた。

 あっこれ、あれだ。異世界転生して一日目にすごいステータスが出て、周りから注目されるやつだ。実際に目の前で繰り広げられる異世界転生テンプレと、それを受けている女神アクアを、俺とゆんゆんはぼんやり眺めていた。

 

 あ、あれ、カズマ。もう冒険者登録終わってるの?

 ドンマイ。

 

 

 

 

 

 

「おっカズマ、あとアクア……様。久しぶり。どうした?」

「ああショウタか。よかった来てくれたか! あとこいつに様づけなんてしなくていいぞ。もったいないから」

「何ですって!? ちょっとカズマ、敬虔な私の信徒になんてこと吹き込んでんの!! 女神としての格が疑われちゃうでしょ!!」

「お前にその羽衣以外に格なんてものが残っているのか。ところで話が……あっ、そういえばそっちの子の名前聞いてなかったな」

「ん? ああ、俺のパーティメンバーだ。な?」

「へ? わ、わたしっ!? う、うう……わかりました。それでは……」

 

 すぅ、大きく吸って。せーの。

 

「……わ、我が名はゆんゆんっ!! あ、アークウィザードにして上級魔法を操るもの! いずれは紅魔族の長となるもの……!!」

 

 と。

 ある日の冒険者ギルドでゆんゆんは高らかに名乗りを上げ。

 一通りの驚愕の停止が通り過ぎた後。恒例のごとく顔を真っ赤にし、ぷしゅぅと頭から蒸気を吹き出したゆんゆんの手を引いて、冒険者ギルドの四人掛けの椅子にそれぞれ腰掛ける。何やら悩みがあるらしい彼らの相談に乗ることにした。

 

「というわけで、先輩冒険者のショウに、安全な冒険の仕方を聞きたいんだ。ほら、毎日ここで見かけるけど土木作業の現場で見かけたこともないし。いっつも町の外でモンスター倒しまくってるんだろ?! ウィザードだったよな。バッタバッタ、敵をなぎ倒してるんだよな?」

「……ごめん。ほんとごめんなさい」

「は? なんで謝るんだ」

「俺、ゆんゆんにモンスター倒してもらってレベル上げてるんです。ヒモなんです。ほんとごめんなさい。寄生虫でごめんなさい」

「え。え、ええぇ……」

 

 久々に申し訳ないと思う気持ちが、津波のようにドバーッと俺を襲った。

 こいつもまともなやつじゃないのか、という視線が痛い。カズマはドン引きしながら、交互にゆんゆんと俺を見た。

 ゆんゆんは「あわわ、そんなことないよ! ショウくんはすごい冒険者なんだよ! ねっ?!」と俺を擁護した。やめて、それ辛い。一言一言が心に突き刺さる。心はとっくに蜂の巣のごとく穴だらけであった。

 

「……あれ? ところで、お前もアクアに転生させてもらったんだろ。凄そうな魔剣とか、スキルとかもらわなかったのか?」

「あ、うん。えっと……転生特典のかわりに、彼女が欲しいってお願いしたんだ」

 

 誰にも聞こえないようにそっと耳打ちすると、カズマは口をあんぐり開けた。今一度俺たちを口をばっくり開いたまま交互に見る。ゆんゆんは不思議そうに首を傾げた。

 

「はぁ!? そんなのありか!? くっそ、俺もそうしとけばよかった……一時の気の迷いでこんなアホ女神を連れてきた俺の馬鹿野郎……」

「ちょっとカズマ、それどういう意味よ!? 仮にもあなたが願ったのは女神、女神なのよ!? 女神アクアさまよっ!!? もっと喜んでもいいんじゃないの!?」

「馬小屋で涎垂らして腹出して寝っころがって、酔っ払いに自然に混じって酒飲んでなきゃ、爪の先くらいはそう思ったんだがな」

 

 ……どんどん、俺を転生させてくれたアクアの株が下がっている。

 ちなみにカズマの言っていることが嘘でないことは、この前夜中にクエストを終えて帰ってきたときに酔っ払っている二人を目撃した時点で知ってる。見間違いじゃなかったか。

 い、いや。ゆんゆんと出会わせてくれた恩を忘れてはいけないから。この隣でギャーギャーカズマを叩いてる人は女神だから。

 

「と、とにかく……ありがとな。俺もせっかくアクアがいるんだ。まずは討伐行って、いけそうならアクアとその”養殖”を試してみることにする。女神だし、そのくらいはできると思うからさ」

「あっ待て。最初は倒しやすいジャイアント・トードの討伐にしといたほうがいい。様子を見て、難易度を上げていくのがセオリー……らしいぞ! 万一ってこともあるし慎重にな?」

「ありがとう。じゃあアクア行くぞ。女神なんだから、モンスター倒すくらいできるだろ?」

「へ? そうね、モンスターごときにこのアクアさまが遅れをとるはずないわ。毎朝私に向かって、敬愛と感謝の祈りを捧げるなら同じように……”養殖”だっけ? してあげてもいいわよ。って、あ! 待ちなさいよカズマっ! カズマぁーっ!!?」

 

 そしてカズマを先頭に、アクア様はあとを追いかけるように行ってしまった。

 

「ショウくん。あの人、アクシズ教団の崇める女神アクア様なんだよね。女神さまなんだよね」

「うん。間違いない」

「ううん……やっぱりいい」

 

 あの女神の疑わしさとイメージとの乖離による困惑によって、何か色々と喉まで出かかっていたみたいだけれど、口にするのを諦めてた。

 そういえば最近、ゆんゆんはアクシズ教団の印のペンダントを買ったらしい。でもたまに複雑そうな表情をしてポケットに入れてるだけで、信仰するとかそういうのではないみたいだ。俺は自分で稼いだお金にはあまり余裕がないので買ってない。正直会いたければ本人がいるし、あんまり欲しくない。

 

「ところで、ね、ねぇ。今日はおいしいもの食べにいかない? すっごく美味しそうな料理を出すお店見つけたんだ。あっ、もちろんお金はぜんぶ私が払うから!」

「いや、午前中の討伐報酬ちゃんと残ってるから。ところでゆんゆん、俺たち友達だよね。友達なんだよね?」

「うんっ! 友達のご飯のお金をおごるのは当たり前だもんね!」

「こんなこと言うの心苦しいけど、それ友達の関係じゃないから。そういう人がいたんだとしたら、それゆんゆんのお金にたかりにきた人だから……もう一度言うけど、それ友達じゃないから」

 

 本当に気がついてなかったらしく、ゆんゆんの表情がピシッと完璧に凍りついた。

 なんかもう、ね。涙なしじゃ見られないこの子。

 さらに話を聞くと、いまでもその”友達”と文通しているらしい。最近では新しい友達ができたと意気込んでいっぱい手紙を送っているらしい。よかった。本当によかった……いやいや、なんでこっちが安心してるんだ。

 意識を取り戻したゆんゆんに「友達のためにアルバイトしちゃダメだからな」と、そんなことを延々と言い聞かせつつ、二人でテーブル席で異世界の食事に舌鼓を打つ。

 おっおいしい。

 異世界メシって味が薄かったり硬くて食えたもんじゃなかったりってイメージしかなかったけど、奇妙な海外料理に初めて出会ったときくらいの気持ちで食える。

 

「はあぁ~食った。美味しかった、また来たいな」

「ねえショウくん。最近ずっとモンスター狩りばっかりしてるからね。その、た、たっ、たまには息抜きに。今日は一緒にボードゲームとか、やってみない……?」

「うん、うん。やろう。いくらでも付き合うから。色んなのやろうな」

「あ、あれ。なんでそんな慈愛に満ちた瞳で私のことを見るの? なんでちょっと泣いてるの。ねえ。ねえっ!?」

 

 こんなことで恩を返せるなら、いくらでも返すから。

 ぜったいこの子に悲しい思いはさせない。

 お腹いっぱいに満足して、ゆんゆんに詰め寄られながら食堂を出る。それからゆんゆんの泊まっている宿で一緒にボードゲームをいっぱいやった。

 なんでこんな大量に持ってきてるんだ。

 そして初心者とはいえ、何戦かして全敗し続けた。ゆんゆんは得意げに。そして、対面を確認しては幸せそうに頬を緩ませながら、笑みを隠そうともしない。つ、強い……。

 こんな可愛い子がどうしていままで一人だったんだろう。謎は深まるばかりだ。

 

「そういえばさ。ゆんゆんはなんでこの街に来たんだ? ここは初心者の街だし、アークウィザード的には、もっと強い敵の出る場所にいったほうがレベルも上がるだろ」

「えっ。そ、それって、私がこの街にいると邪魔だから出て行けって……そ そういうのじゃないよね?」

「なんでそうなるんだよ!!? あっ、"ボトムレス・スワンプ"で行軍妨害するわ。二ターン休みな」

「ええっ!? そ、そんな手があったなんて……実はね。友達がこの街にいるの」

 

 ゆんゆんのいう”友達”には、もはや嫌な予感しかしなかった。

 

「ダメだぞ。変な人と付き合ったら……あっ俺も変な人だった」

「ショウくんは変な人じゃないよ!? えっとね、実は……紅魔の里のライバルを追ってここまで来たの。めぐみんって言う子なんだけど」

「……めぐみん、めぐみんね」

 

 この世界の他の人は、外人っぽい横文字の名前なのに、"めぐみん"。

 紅魔族とは一体何者で、どこから来たのだろう。

 

「その子とは会えたのか?」

「ううん。めぐみんより早く街に着いちゃって。それでね、お金を貯めなきゃいかなかったり、めぐみんにレベルは負けられないからって、パーティーメンバーを募集して……で、でも、みんななぜかすぐ辞めちゃって……一ヶ月もしないうちにギルドの人にかわいそうな子を見る目で……」

「泣かないで!? 今は俺たちパーティーメンバーだろ!?」

 

 虚ろ目モードに入ろうとしていたゆんゆんの肩を揺らすと、正気に戻って続きを話し出す。

 

「それでね、こっそりアクセルの街を探してるんだ。でも、人に話しかけられないせいで、聞き込みができなくて……」

「つまり会えてないんだな!? わかった。わかったから、この話はやめよう!!」

「うん……あ! じゃあマナタイトで回復してから爆裂魔法”エクスプロージョン”。これでわたしの勝ちだねっ!」

「あっずるいぞ! せっかく後方で準備してたのが一気に吹っ飛ばされた……そんなのありかよ」

 

 これでまた敗北。このゲームが一番勝てそうなのだが、あと少しのところで、まだ勝てていない。でも異世界ボードゲームは新鮮でどれも面白い。特に今やっているやつは、実際の魔法や職業をモチーフにしているらしいので、そういう意味でも楽しめる。

 

「んーっ、もうこんなに暗くなっちゃったね」

「今日はこのくらいにして、適当なところで飯済ませて明日に備えよう。その子もアークウィザードなんだろ? なら聞き込みをすれば、すぐにわかるだろうさ」

「そうだね、ありがとう。ふふっ、めぐみん、わたしがパーティーメンバーと一緒だって知ったらびっくりするだろうなぁ」

「できれば隠しておいてくれませんか? 経験値吸ってるだけの人なので……」

 


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