この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります 作:ひびのん
前回のあらすじ。
女神様のお願いで引き合わせてもらった女の子、ゆんゆんに冒険者ギルドに連れて行ってもらった。冒険者登録で魔法使いとなり、その子の力で何もしないままレベルを上げてもらって、日本円にして5万円を借り受け、武器である杖とその他ちょっとした装備をプレゼントされた。
いやぁ。異世界転生一日目は、充実した素晴らしい一日だったなぁ。
もはや死んだ魚の眼。
あるいは濁った水晶玉のような目で思い返しながら、握った木の杖を目の前に掲げてみる。
何もなければウキウキするくらいに、空はどこまでも青かった。
「だめだ。早くこの状況からは、なんとしても抜け出さないと! 正真正銘生ゴミになる!!」
ハロワに連れて行ってもらって、一緒に仕事をするも女の子の成果だけを横からかすめとり、終業後に5万円を借りたうえ、欲しいものをプレゼントさせる。現代風ならこんなとこか。彼女どころかヒモだ。でもちょっとだけヒモ最高なんて思ったりもして……じゃなくて!!
とにかくレベルアップするべきだろう。宿から出てすっかり覚めた頭で、まず真っ先に異世界で出会った美少女に頼ることを決意した。レベルアップさえすれば、いずれ強い魔法が使えるようになるらしいのだ。
それまでだから。
自力で稼げるようになるまでの辛抱だから。辛抱だから。超頑張れ俺。
そんなことを考えながらギルドまでたどり着くと、入り口で超かわいい胸のおっきな美少女が手を振ってくれてた。ゆんゆんである。
「あっショウタくん。お、おはようっ! ……ちゃ、ちゃんと言えたよね?」
「ゆんゆん、おはよう。え、えーと。まず聞きたいんだけど、ほんとに今日もあの蛙を倒しにいくのか?」
「へ? なんで?」
「初心者だから俺はありがたいけど、無理しなくていいんだぞ? 一人でなんとかするから、ゆんゆんは自分の冒険をしてくれていいんだぞ?」
昨日散々考えたセリフが決まった。が、ゆんゆんはむしろ……
……えっ、なんでそんな絶望したような顔するの。無理に付き合ってくれているだけじゃないの。あ、あれっ待って。なんで泣かれそうなの、俺。うっ、うっ、なんて声まで聞こえてきちゃってるんですけど。
ねえ待って? めっちゃ通行人から見られてる。ヒソヒソ話までされてる。
「いやー、でもできれば付き合ってくれると助かるなー。早く魔法が使えるようになりたいしなー」
「まっ任せて!! 今日もいっぱい討伐して、目標に届くまでレベルを上げようね!!」
泥沼脱却の道は、他でもないゆんゆん自身の手によって塞がれた。
うん。今日も一日ゆんゆんの力でパワーレベリング頑張ろう。ああ、レベリング中は暇だから冒険に異世界文字の単語帳でも持っていければいいのにな。
……いや、いやいやいや。そんなことじゃいけない。
せめて背丈の2倍ほどのデカさのあるカエルに慣れておこう。
ゆんゆんの戦い方もしっかり目に焼けつけよう。
そうだ。上位職のアークウィザード、熟練の魔法使いの戦い方をこの目に焼き付けるのだ。
この経験は、きっと自立したときに役にたつはずだ。
「それじゃあ張り切って行こう! 目標は昨日の倍のレベルだよ!!」
「はい。ほんとよろしくお願いします。ほんとすいません」
「そ、そんなに畏まらないで!? ねえ。なんでそんな敬語なの? もっと気安くていいのよ?」
「あっ、ゆんゆん。レベル上がったよ」
「本当!? よかったぁ。じゃあ、これでようやく魔法が使えるようになるね!」
最後のカエルに止めを刺し、とうとう25匹目が養殖の犠牲になった。
うん……なんの参考にもならなかった。
カエルが出てきたかと思ったら光の柱で戦闘不能に陥らせ、10匹くらいまとめて出てきても、まとめて魔法で作られた泥沼に沈んで行動不能に陥らせた。強すぎる。貰い物じゃなければ、持っているダガーを放り投げてたところだった。
手元のギルドカードを見れば、さらに二レベル上がっていた。目標としていたレベルよりずっと高い。途中でやめなかったのは、ゆんゆんが調子よさそうで止める暇がなかったから。
ま、まあいいや。手間もかかってなさそうだったし……ゆんゆんからすれば。
「それで、どの魔法をとったらいいんだ!? ってかこれで魔法で戦えるんだよな。なっ!?」
「へっ? ええとね。わたしのおすすめは"ライト・オブ・セイバー"かな。昨日から使ってるピカって光るやつなんだけど、熟練すると、どんな物でも斬れるようなすごい魔法なんだよ!」
「あれ? そんな項目ないぞ。あれ?」
「あっ。そうだった、アークウィザードになったら取れるスキルだから……他のだと、たぶん中級魔法はとれると思うの。ちょっと見せてもらってもいいかな」
「スキルは一回振ったらもう振り直しはできないんだよな。アークウィザードのゆんゆんから見て、ウィザードのおすすめはどれなんだ?」
「わたしの住んでた紅魔の里ではみんな、魔法攻撃力と魔力を上げるスキルを最初にとるのはほとんど決まりなんだ……けど……あれ? ちょ、ちょっと待ってね……」
「どうした?」
「紅魔族のみんなよりスキルポイントがもらえてなくて……それに今のステータスだと、中級魔法を使うにも魔力が心もとなくて。あ、あれれ……」
「えっ。攻撃魔法とれないのか?」
「と、とれなくはないんだよ?! でも、これからウィザードで強いスキルをとっていくなら、どんどん使わなくなっていくし、ちょっともったいないかなって」
え、ええ……。
冒険者カードを見て凍りついたゆんゆん。ついでに、若干持つ手が震えてる。
えっ、茨の道なのウィザードって。いや、確かにスキルポイントさえ貯めれば、いきなり色々すっとばして上級魔法をとれる世界だ。アークウィザード視点で、無駄なく優秀な冒険者にさせようとすると、最初がきっつくなるのだろう。
普通の冒険者は、いまとれるスキルで冒険をするにちがいない。てかゆんゆん、そんなに動揺しなくても。雑魚すぎるって言われてるみたいで悲しいぞ。
「じゃ、じゃあ……もしかしてまだレベル上げ?」
「いえ。わたしが知らないだけで、いいスキルもきっとあると思うの! きっとだよっ! ……とりあえず魔力や魔法攻撃力とかを上げるスキルをとって。あとは、ええと、ええっと……」
「あ、ああ。とりあえず戻りながらゆっくり考えよう。ところでゆんゆんはどんな魔法が使えるんだ?」
「見、見たいのっ?! えっと、これだよ。どうぞ。えへへ、なんだか恥ずかしいな」
ゆんゆんの冒険者カードを見せてもらう。
う、うわなんだこれ。なんかすげー文字が並んでる。オススメしてたスキルは全部とってるのか。あとは……文字が読めないせいでちょっとわかんない。数字は何となく覚えたけど。
あれ。今考えると、異世界ガイドブックに言葉で困ることはないって書いてあったような……なんで読めないんだ俺。
「ゆんゆんはもうレベル二桁あるんだ」
「はい。お金稼ぎとかでいろんな冒険をしてたので」
「……この成長速度だと同じ強さになるまで絶対レベル足りない……種族の差って強い」
4つもレベルが上がったおかげでステータスは劇的に上がった。
でも、紅魔族強すぎる。このペースじゃ追いつけない。
俺の最高の夢が……女の子とパーティーメンバーになって、過酷な冒険の果てに仲を深めて、最終的に惹かれあって彼女になってもらう……ああ、夢が遠のく……ステータスの壁……
時間のおかげか、街は活気で溢れていた。
るんるん、スキップ歩きで楽しそうだが、そんなに楽しいことがあっただろうか。一日中経験値を吸われただけだというのに。
受付のお姉さんに討伐報告を済ませたら、なぜか受付までついてくれないゆんゆんのせいで、さらにお姉さんの「凄い。今日は昨日の倍も狩ってきたんですか! しかも、肉片も残らないほどの魔法で!?」などと言われ勘違いを深めてしまった。
昨日よりもずっと厚い札束を手にしたまま、背中に罪悪感の悪魔を引き連れつつ、ゆんゆんとオススメされた食堂に入った。適当な席に座って、昼飯を注文する。
「この唐揚げ、あのカエル肉なのか。こんなに美味いのか」
「えへへ。誰かと一緒に食事なんて……へ、えへへえっ。嬉しいな……」
ゆんゆんから変な笑いが聴こえる。
な、なんだ。一緒に昼飯って別にそんなに嬉しいことじゃないだろ……?
ぞくり。深い闇のようなものを感じた気がしたので、楽しそうでいいな、と深く考えないことにした。
「これからもパーティを組むなら、ゆんゆんの役に立ちそうなスキルを取っていかないといけないよな。広範囲スキルと個別攻撃スキルどっちがいいと思う? それとも攻撃補助……ゆんゆん?」
「ぱ、パーティー!? ぱ、ぱ、ぱ……夢のパーティーメンバー!!? へ、えへへぇ……」
「ゆんゆーん。ゆんゆーん?」
「はっ! そっ、それならこういうのとか。あと、これとか、これとかこれとかっ……」
いくつか選んでもらったスキルと説明を聞いて、新しい方針のもと、改めていい感じのスキルを教えてもらう。
「これなんておすすめだよ。ちょっとスキルポイントは高いけど、魔法力が上がればあがるほど威力も上がるから。ずうっと主役で使えるよ!」
「それはさっきの”ライト・オブ・セイバー”と比べたら?」
「うーん……さすがに、アークウィザードの魔法と比べると……スキルはその人の一生を形作るものなの。だからね、今日だけで急いで決めなくてもいいんだよ?」
そう言われると……スキルポイント的には取得できるらしいが、ジョブが違うのでそもそも表示されていない。
ステータスの調子を見ると、まだまだかかりそうである。アークウィザードになってから魔法を覚えるとすると……遅いっ。それまで魔法使えないの……
「午後も討伐クエストにいって、いっぱいレベル上げしようね!!」
「なあ。ありがたいんだけど、なんでそこまで親切にしてくれるんだ? 俺なんてただの駆け出しの冒険者だし。それに比べてゆんゆんほどの実力ならいくらでも強いパーティメンバー集めて、それで髑髏がいっぱいついてる高難易度のクエストに行けるだろ?」
突然、闇がゆんゆんを覆った。
「えっ、なんでそんな暗い顔するの? というか、暗いを通り過ぎて目が死んでませんか?」
「……違うから。いろんな人のパーティに声をかけたけど一日で追い出されたり、断られ続けたわけじゃないの。ほんとだから……パーティーメンバーができないのをどうにかしたいって、パーティーメンバー募集しても誰もきてくれなくて、見境なく女神さまに祈りを捧げてたとか、それで初心者の人とだけどパーティー組めて嬉しいなんて、そんなことないから」
「…………」
どう反応すれば、傷つけずに済むだろう。
ぶつぶつと自虐モードに入ってしまったゆんゆんに、頬を掻きながら言った。
「そ、そうか。俺も早くゆんゆんに追いつけるようにがんばるからさ! もし暇ならしばらく強くなるために付き合ってくれよ! まだお金も借りたままだし、この魔法の杖の恩だって返せてないから!」
「へっ? いまのって私のことが嫌いだからパーティーメンバーから抜けるって話じゃなかったの?」
「いや違うよ! なんでそんな卑屈なの!? むしろゆんゆんとパーティー組みたいから、もっとレベル上げて強くなりたいって言ってるんだよ!?」
「あ、あれ? なんで目が熱くなってるの……あ、あれ? あれっ。おかしいな」
目が紅色にきらりと光って、溢れてきた一筋の涙を両手ですくいとるゆんゆん。こっちが涙出そうだよ。この子はいったい今までどんな人間関係を構築してきたんだ。
……いや自分も前の世界じゃろくなもんじゃなかったけど。
友達は俺もいなかったけど!
「ゆんゆん」
「はい……っぐ、ん。ひぐっ」
「なんだ。改めて言うのも恥ずかしいんだけどさ。追いつけるくらい強くなるから、パーティーを組んでくれないか?」
「わ、私で、いいんですか……えぐっ、うええん……」
「それと。パーティーメンバーだけじゃなくて、ゆんゆんと俺って同い歳くらいだよな? ついでに友達になってくれると嬉しいんだけど……えっ」
言い終えた後、呆然として言葉が聞こえているかすら怪しい状態のゆんゆんは天井を見た。
1分ほどそんな状態を続けたもんだから、周囲の冒険者から、ざわ、ざわと声が聞こえ始める。ど、どうしたんだ。何か言おうと思ったとき、ゆんゆんは自分の涙をつたったほっぺたをギュウッ、抓ってた。
「あ、わかった。これ、夢だ。よくこういう夢見るんだ。いい夢だからずっと覚めないでほしいな。このまま夢の世界で生きていけたらいいのにな」
「ゆ、ゆんゆーん。ゆんゆーん? おーい」
「わかってるわね、ゆんゆん。返事をしちゃだめ。はい、って頷いたら目が覚めて、わたしは一人でベッドで寝てるの。目の前に誰もいないのに、笑顔でいない人をパーティーメンバーに迎えてるんだ。握ろうとした手は、きっと自分の手を握ってるの」
「じゃ手握るぞ。ほら、夢じゃないだろう」
うわ、めっちゃ柔らかい。あったかい。指も細くて艶々な女の子の手だ。
「えっ。あれ? どうして。ショウタくん消えないの?」
「パーティーメンバーになってほしい。あと、友達になってほしいから」
「う、嘘だよね!? パーティーメンバーはともかく、わたしと友達になってくれる人なんて今まで……ほ、ほほほほほ、ほっほ、本当にっっ!!?」
「……なんで今まで友達ができなかったのかは、ちょっと理解できないけど。本当に」
両手を包み込むように握ると、めっちゃやわらかくて暖かくて、間違いなく女の子の手だ。
赤い眼がとても魅力的な同い歳くらいの少女。疑惑の表情は、やがてえへへ……と、蕩けた。な、なんだこれ。女の子のこういう顔は、もっと長年連れ添って好感度を高めてから見られるものじゃないのか。ハードル低くないか!? 嬉しいけど!?
「あの。オーケーなら、せめて頷いてほしいんだけど……ゆんゆん、ゆんゆーん?」
「友達、友達……? ともだち、かぁ。へっ、えへへ、えへっ」
面と向かって友達になってくれというのは恥ずかしかった。
でも、この子はあの女神様が遣わしてくれた子。せめて友達になることで、ゆんゆんに喜んでもらえるならよかった。よかった。早く恩返しもしないと。
「よーし、じゃあ新しいパーティとして、午後も頑張ろう!!」
「はいっ! パーティーメンバーとして、午後も一緒にクエスト頑張るよっ!!」
ゆんゆんのレベルっていくつなんだろう...