この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります 作:ひびのん
キールのダンジョンは、まるで古代遺跡のような佇まいであった。
城を思い起こさせるその建築物だが、時間の流れからか、いまやその風格を全く異種のものに変えていた。一体どれほどの年月が経過したのだろう。入り口を構成する石材は劣化し、ダンジョンであることを示す固有の紋章もボロボロに欠けてしまっている。
ある種の威圧感を放つ建造物を前にして、もしこれが探索されつくしたと言われているダンジョンでなければ、軽い気持ちでダンジョンに潜ろう、などと言ったことを後悔していたに違いなかった。
入り口は冒険者達を闇に誘うべく、奥の暗闇へと長く続いている。
物語でダンジョンは地獄への入り口と表現されるが、よく言ったものである。俺たちの前に現れた下り階段を前に、案の定尻込みしてしまっていた。
「ここがダンジョンか、なんか物々しいな」
「見たことない紋章に古びた建物か。うわ、なんか、すげえ異世界って感じする……」
「ほら。二人ともバカなこと言ってないで、さっさと潜るわよ」
異世界情緒というものが分からないアクアに呆れられた。
まず俺たちはパーティーの隊列を考えることにした。だが隊列といっても、この場には全員後衛しかいないのでよく考える必要がある。
冒険者にアークウィザード二人、そしてアークプリーストという微妙な組み合わせ。
初心者ダンジョンに挑むには十分すぎる戦力といえる。とはいえ、ゆんゆんとアクアは前に出せない。ここは男が、という見栄と意見の一致によって、カズマと俺が先行することになった。
「ここがダンジョン……なんだな。嫌な雰囲気だ……」
ダンジョン内に足を踏み入れると、得体の知れない何者かに肌を撫でられたような錯覚に陥る。カズマが思わず後ずさってしまったのも無理はないと思うくらい、不気味な空気に満ちていた。
用意していたギルド貸し出しのカンテラを掲げて、中に踏み込んでいく。
既に何人もの冒険者が探索済みであるという情報を事前に聞いていても、とても気を抜くことはできなかった。道が狭いという点だけでも、未知の環境は相当なプレッシャーだ。いつどこから敵がやってくるかもわからない。今にも、背後から襲いかかってくるかもしれない。奥に進んでいるうちに、そんな不安が胸から溢れてくる。
「いったいどこまで降りるんだろうな、この階段」
「まだしばらく続いてるわよ。それよりカズマ、敵感知スキルはちゃんと発動してるんでしょうね」
「当然だろ。っていうかアクア、さっきから危なげなく歩いてるけど、もしかして見えてるのか?」
「もちろん。カズマは知らないかもしれないけど、女神の目には全てを見通す力があるの。今は地上に降りているから全てとまではいかないけど、闇を見通すくらいは余裕よ」
「す、すごいです、アクアさん!」
「ふふん。もっと褒めてもいいのよ」
ゆんゆんが尊敬の眼差しを向け、アクアは増長してまた胸を張った。
「それよりカズマ、気をつけたほうがいいかもしれないわね。この先から嫌な気配がするわ」
「女神が嫌な気配ってお前、アンデッドの臭いでも嗅いだか? まさかカエルじゃないだろうな?」
「そりゃカエルは苦手ですけど……ってそうじゃなくて! くんくん……アンデッドでもないし……うーん、わからないけど、とにかく気をつけなさい。なんかすっごい嫌な臭いがしてるの」
「そうか? 俺は何も感じないけど。二人はどうだ?」
俺もゆんゆんも鼻を嗅ぐが、カビ臭い臭いこそすれ、特に何も感じない。
「そうじゃなくって……この臭い、どこかで嗅いだことがあるのよねー……なんだったかしら」
「ちょっと待て、前から何か来てるみたいだ」
カズマが手で三人を制する。どうやら、敵感知スキルに反応したらしい。
何が来ても対応できるように、身構える。すると次第に聞こえてくる。低い声のような音……白い、包帯? 人? いや、違う!!
「お、おおおおっ!!?」
「ななな、なんじゃありゃあ! ほ、ほ、包帯巻いた干からびたおっさんだ!」
「落ち着いて二人とも! ただのアンデッドだよっ!?」
暗闇の中、カンテラの明かりに照らされたのは、干からびたミイラのような物体だった。剣を片手によろよろと近づいてくるのが見えて仰天し、頭が真っ白になりかけた。
アンデッドの群れは前にも遭遇したことがある。しかも今回はたった三匹。
だというのに突然のことすぎて、慌てて何も考えられなかったのは、初めてのダンジョンで気が張っていたせいにちがいない。冒険者としては致命的な隙を見せた俺たち一行だが、一人だけ冷静なパーティーメンバーがいた。
「迷える死者の魂よ、女神アクアの名においてあなたたちを浄化します……天に還りなさい、"ターンアンデッド"!!」
身体を蒼く輝かせながらそう告げると、三匹のミイラの立っていた地面に淡い青色の光が浮かび上がる。
光にあてられたアンデッドのうめき声は徐々に弱くなり、こちらに伸ばしていた腕を垂れ下げる。死体は光の粒子となり、ふわりと空に消えて、その場には何も無くなった。
暗闇でパニック気味だった俺ら三人はぽかんと一部始終を見ていた。
「ふふん、アンデッドならアークプリーストであるこのアクア様に任せなさい!」
まるで絵画に描かれる女神のように慈悲深い表情は、一転して子供のような威張った表情……どや顔に様変わり。
「たまにはやるじゃないか、アクア。ほんのちょっとだけ、見直したぞ」
「何よ、ちょっとだけなの? ま、いいわ。とっとと行きましょ。言っとくけど宝は見つけたもの勝ちだからね!」
「探索され尽くしたダンジョンにそんなものがあるのかね……」
「……これは、俺たちの出番はないかもな」
「油断しないでね。こういうところは、いろんな種類の危険なモンスターが生息してるって紅魔の里の学校で習ったから……」
勇んで先に進んでしまったアクアを追いかける。すると、前で再び青色の光が輝いた。
またアンデッドが出たのか。
これはしばらく俺たちの出番はないだろうな、と思っていると再びダンジョンの廊下が青く光る。消えて、光る。繰り返す……さすがに多くないか?
「おーい、アクア。前に出過ぎだぞ、戻ってこーい!」
「そんな場合じゃないわよ! ちょ、ちょっと三人とも! 早くこっち来て!! "ターンアンデッド"! いやぁぁぁ! 多すぎよ、こっち来ないでーー!!」
「お、おい!? 大丈夫かよ!?」
「ま、待っててください! ええと、”ボトムレス・スワンプ”!!」
ゆんゆんが魔法を唱えると、アクアの正面の廊下が沼に変わり果て、押し寄せようとしていたアンデッド達の足がずぶりと沈み込む。しかし、それでも沈んだアンデッドの背中を踏みつけて、耳のでかい猿のような生物が何匹もこちらに迫ってくる。
仲間を犠牲にするなんて。な、なんて執念深いモンスターだ!
沼が越えられそうだと分かるや否や、カズマが、前線で慌てふためくアクアの手を引っ張ってこちらに引き寄せ「ちょっと静かにしてろ!」口を塞ぐ。
「おい、いいから静かにしろ! な?」
「んーー! んーっ!!」
俺もゆんゆんと一緒に、女神の口を塞ぐカズマの近くに寄りそった。その目の前で、奇妙な小柄なモンスター達があたりを見回した。
あれは……グレムリンか?
悪魔に分類される十匹程度のモンスターは、ゆんゆんの作り上げた沼を越えたあと、近くにいる俺たちに気づかなかった。カズマはもごもごと呻いて、手をはずそうとして暴れるアクアを抑え続けている。
真正面にいるグレムリンたちは、しばらくあたりを探しているみたいだったが、やがて奥に引き上げていった。
ようやくアクアの力が、カズマの手の力を上回り、荒い息遣いが聞こえてくる。
「ぷ、ぷはっ。な、な、何するのよ!! あやうく窒息するところだったわよ!」
「何って、助けてやったんだろうが! ったく。アンデッドもわんさかいるみてーだし、パーティーから離れて一人で先に進むなよ、いいな?」
グレムリンもまた暗闇を見通すことができる魔物。あらかじめ、そういう魔物が出ることは知っていたので、あらかじめ俺が覚えていた透明化の魔法を発動していた。
最初から目のないアンデッドには効かなかったようだが、小悪魔の目を欺くことはできたようだ。
「ってアクア! まだ来てる来てるっ、今度はゾンビだ!!」
「へ、またぁ!? あーもうなんなのよーっ! ”ターンアンデッド”!! ”ターンアンデッド”!! ”ターンアンデッド”ーっ!!」
沼をものともせず近づいてくる、廊下一杯の死者の群れ。ついでに今度は人型だけでなく、蝙蝠の屍までもが襲いかかってくる。
しばらくすると、押し寄せてきたアンデッドはようやく途切れた。アクアがぜー、ぜー、と息を吐く。
「はーはー……ここ駆け出しのダンジョンよね。なんでこんなにアンデッドが出てくるわけ?」
「確かに妙だな」
憤慨し、誰もいなくなった闇に向かって怒鳴り散らした。
もちろん既にアンデッドはすでに浄化されており、魔法の効果が消えたため、ゆんゆんの作った沼も無くなっている。
「初心者用ダンジョンって話なんだがな。それこそアークプリーストでもいないと、駆け出しの冒険者がこんな量を相手にできるはずないだろ。入るダンジョンを間違えたんじゃないのか?」
「でも、アクセル周辺には他のダンジョンなんてなかったような……」
「もしかして、ダンジョンに何かあったのかもしれないな。どうするカズマ、もう少し奥まで行ってみるか?」
カズマは少し考えているみたいだったが、すぐに結論を出す。
「もし何か異変が起きているなら、素直にギルドに戻って報告するのがいいのだろうな」
「ってことは、一旦引き上げるのか?」
「えー……私としては、奥からなんか嫌な気配がするから、それを確かめに行きたいんですケド」
「無茶言うな。こういう場合は、ちゃんとギルドに報告して、調査してもらうのが筋だろ」
……そうだな、撤退しよう。
俺たちがそんな雰囲気になったときだった。ゆんゆんが、キャッ、と可愛らしい悲鳴をあげた。
「どうした!?」
「あ、あの、あ、あれなんだろ……?」
全員が、今やってきたばかりの方向に振り返る。
カンテラを掲げると、紅色の光に照らされて小柄な姿のそれの姿がはっきりと見え、背後に影が色濃く映し出された。一瞬、モンスターかと思ったが、そうではなかった。
「な、なんだこのちっこいの」
その背丈からゴブリンかと思ったが、光源に近づくと、思っていたそれとは姿が異なっていることがわかった。
人型のそれは蛮族のような姿ではなく、それどころか、小さな礼服にスカーフのような紳士風の格好をしていた。二頭身で、顔に仮面のようなものをつけているのが特徴的。どう見ても小型の人間だ。
いや、デフォルメ感があるので、ぬいぐるみといったほうがいいかもしれない。
俺たちの前で足をぴたりと止めたその仮面紳士をしばらく見守った。
「……なんだろう、これ」
襲いかかってくる様子はなさそうだったので、みんな首を傾げた。
ゆんゆんが不思議そうに屈んで、その小さな人形を観察する。小さな仮面の紳士に「ねえ、あなたはどこから来たの」と語りかけると、”それ”は思い出したように、ゆんゆんに向かって歩き始める。すると、紳士はゆんゆんに抱きつかんとばかりにジャンプした。
「待って、そいつ危ないっ!!」
「えっ?」
振り返るや否や、アクアがゆんゆんを突き飛ばした。
抱きつかれようとした人形は、そのまま宙を舞い……地面に落ちる直前に、白く輝いた。
そして廊下に、響く軽快な爆発音。
軽い爆風に服がはためき、突然の出来事に、俺とカズマはあんぐりと口を開けた。すぐに、我に返る。
「お、おいゆんゆんっ!? 大丈夫かっ!!?」
我に返った俺は、煙を払ってゆんゆんに駆け寄った。手を引くと、のそりと起き上がって、何が起きたかわからないという風にぽかんとした表情で見返してくる。
一方でアクアは「てて……」と頭をさすりながら、カズマに手を引かれて起き上がった。
よかった、無事だった。しかし安心する前に、とこ、とこっ。何かが近づいてくる音が聞こえる。なんの音だ。嫌な予感しかしない……カンテラを掲げて、今度こそ全員青ざめた。
「……みんな、逃げろッ!!!」
そう叫んだのは誰だったのか。地面から弾かれるように立ち上がり、すぐさま、反対方向~~ダンジョンの奥に向かって走りだした。
照らし出された、百を超える自爆紳士の軍団が、足並み揃えて近づいてくる。さながら軍隊のようだ。
ニヤニヤとした笑顔で、てくてく。てくてくと。これまた廊下を埋め尽くしていた。
「なんなんだあいつらっ。さっきは、どこにもいなかったのに!!」
「ま、まって、みんな、おいてかないでぇー!!?」
これは、明らかな異常事態だ。舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、罠が出ないように祈りながら、まだ探索していない廊下を走り抜ける。しばらくして、開きっぱなしになった小部屋が見えて、飛び込んだ俺たちは扉を閉めた。
部屋の中にモンスターの気配がないことがわかると、ずるずると、背中から壁にもたれて四人同時に座り込んだ。
「はぁっはぁっ、な、なんなんだあれ」
「わ、わかんない。あんなの見たことないよ……」
「あーーーーーっ! わかったわ!!」
視線が、唐突に立ち上がったアクアに集中する。
「はぁ、おいアクアっ、お前なんか知ってるのか?」
「ダンジョンに入ったときから若干感じてたのよ! この臭いの正体っ!」
「臭いって。そりゃ、まあ。この部屋はさっきよりカビ臭いけど」
「ちっがうわよ!! 悪魔よ!! このダンジョンの奥にいくほど、悪魔のイヤ~な臭いが充満してるの!!」
悪魔、ねえ。
カズマを顔を見合わせるが、どちらも具体的なイメージを持っていないみたいだった。
「さっき言ってたグレムリンとかいうやつのことか?」
「あんなのは大したことないわ。そうじゃなくて、もっと強くてくっさい悪魔の臭いよ。この悪臭だと上級悪魔ってとこかしら。カズマさんたちは感じないわけ?」
「まったく感じない」
「これっぽっちも」
「わ、わたしも……」
カズマもゆんゆんも首を横振り。ならきっと、女神特有の感覚なのだろう。
しかし……上級悪魔か。名前からして、なんかやばそうな感じがするな。真っ先に三叉の槍を持った赤鬼や、三頭犬を思い浮かべる。
このダンジョンにそんなやつがいるのかとぞっとした。悪魔の名前が出てから、震えはじめたゆんゆんに尋ねてみる。
「……参考までに、上級悪魔ってどんなやつなんだ。どのくらい強いんだ?」
「じょ、じょじょ、上級の悪魔っていったら……魔王軍の幹部くらい強いって言われてる悪魔のことだよ……どんな姿かは、習わなかったけど……」
そう言われて、事の重大さを遅まきながらようやく理解した。世の中の理不尽に、カズマが叫ぶ。
「はぁ!? なんでそんなやつが、こんな駆け出し冒険者のダンジョンにいるんだよ!?」
「私だって知らないわよ! ふふん、でも任せなさい。あなたがたの目の前にいるのは一体誰だと思っているのかしら?」
「宴会芸の神様」
「ちっがうわよ!! 水の女神だって言ってるでしょ!! たかが悪魔ごとき、この女神であるアクア様に敵うはずがないんだから! これから、みんなで悪魔退治をするのよ!」
「馬鹿言うな! ハンス並みのヤツなんてもう二度とごめんだっつうの! おい、今すぐ逃げるぞ。準備しろ!」
「はぁ!? カズマさんこそなに言ってるの。地上が悪魔に汚されようとしてるのよ? この神聖なる女神アクア様が悪魔ごときから逃げ出すなんて、ありえないわ!」
「ふざけんな! お前はいいかもしれないけどな、こんなとこで魔王軍の幹部並みに強いやつにこられたら、俺たちは即死だっての!! いいから脱出だ、脱出!」
「あ、あの……でも、入り口のほうからはさっきの小人が来てるんじゃ……」
「え? あっ……」
恐る恐る言ったゆんゆんの言葉で、今自分たちが追い詰められていることを思い出した。
「嘘だろ……ってか、なんか俺たちダンジョンの奥に誘導されてないか? もしかして詰んでね?」
「ふんふん。おそらくあれも悪魔の策略ね、さっきのやつからも臭いがしてたから。でもこれは好都合ね!」
「なあカズマ。行くしかないんじゃないか? 上に戻ろうにも、あの数の小人爆弾はどうにもできないだろ」
「……マジかよ。俺たち、ここで死ぬのか?」
「安心しなさい。女神たるこの私がついているんですもの、心配ないわ!」
カズマは頭痛がした。確かに魔王軍幹部を倒した経験はあるパーティーだが、あれはたまたま、偶然だ。
魔王軍の構成員は本来、王都の高レベルの冒険者が相手取るレベルの強さで、幹部ともなれば、さらにその比ではない。アクアが側にいるから倒せるかも……と思わないでもないが、危ない橋は渡るべからず。所詮俺たちは、駆け出しの街アクセルの初心者冒険者なのだから。
「とにかく、今はここに隠れておこう。あの妙ちくりんな人形に見つかったら面倒だ。アクアを連れてきたのがせめてもの救いか……」
「私としては今すぐ悪魔退治に行きたいんだけど……ところでカズマ、ここはなんの部屋なのかしら? って、ちょっと待って。ねえ……あれ、宝箱じゃない?」
「えっ。どこだよ、全然見えないけど」
「あ、待ってね。よいしょ……あれじゃないかな、ショウくん」
本当だ。ゆんゆんの掲げたカンテラの先に、小さな宝箱が置かれていた。
しかもただの宝箱ではない。黄金色の装飾で彩られ、所々に紅色の宝石までついちゃってる。おもわず固唾を飲んだ。宝箱だけでも相当な価値がありそうだ。
「え、なに!? 宝!? やったわ! こんなところに宝が残ってるなんて、今日はツいてるわね!」
「待て待て! バカ、こんなところに無造作に、あんな宝箱が置かれてるわけないだろ!」
「えー……何よ、つまらないわね」
聞いたことがある。ダンジョンには宝箱があり、貴重なアイテムが手にはいる場合がある。だがそれを逆手にとって、モンスターが宝箱に擬態して冒険者を待ち受ける……そんなトラップのようなモンスターも、このダンジョンには生息しているらしい。
しかし、カズマの表情が変わった。
「……いや待て。敵感知スキルに反応しないぞ。罠感知スキルにも反応なしだ」
アクアはすっくと立ち上がった。
「お、おい待て! 危ないかもしれないだろ!? こんな何度も探索されたダンジョンに宝があるわけないだろ!」
「大丈夫よ! "ダンジョンもどき"でもなければ、宝箱に擬態するモンスターなんてそうそういやしないわ!」
俺は念のためその辺に落ちていた石を投げてみていた。
コツン、と宝箱に当たった。だが、それ以上の反応は示さない。
ゆんゆんも頷く。どうやら本当にあれは宝箱らしい。ほらみなさい、という風にカズマにどや顔を投げつけたアクアは、意気揚々と縁に手をかけた。
「一体どんなお宝が入っているのかしら……それっ!」
思い切って宝箱を開いてみせる。
何か起きる--そう思って、おもわず目を瞑った。しかし、なにもおこらなかった。
「…………」
「……”はずれ”、だとよ」
「なによこれーーっ!!」
うがーっ、と、女神は天井に怒鳴り散らした。
三人で宝箱を覗いてみる……そこには”はずれ”と記された一枚の紙が入っていた。箱はこんなに豪華なのに……おや、これは。
「……この宝箱についてる金色の装飾、ペンキを塗っただけだ」
「ルビーかと思ったけど、全部ガラス玉だなこれ」
「て、手が込んでますね……こんなの、わざわざ作った人がいるんですね……」
「うがーーーっ!! 悪魔よ、これは悪魔の仕業だわ!! 女神たるこの私を騙すなんて、絶対許さないんだからー!!!」
何者かに騙されたであろうアクアが叫んで、木箱を乱暴にバンッと閉じた。その衝撃で紅色のガラスが部屋の隅に吹っ飛び、そんな俗っぽいことばかり言う女神の姿に、カズマの尊敬の眼差しはゴミを見る目に変わった。
長くなったのでいったん区切ります。