この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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 ボス戦なので長めです


第十六話

 全員が、あのモンスター少女を追いかけてアルカンレティアの頂上を目指して走っている。

 街にはほとんど明かりが灯っていなかった。

 女神が来るというお触れが出た今、ほとんどが教会前に集まっている。今も、まだ時間があるにもかかわらず、女神の登場を全員が待ち望んでいる。それにしたって、こんなに人がいないというのは。伊達にアクシズ教の総本山といえるだろう。人っ子一人見かけない。

 

「……まったく。けど、おかげで誰もいないのは助かるな。被害が出なくて済む!」

「くっそ。どこに行きやがった?」

「ここからは一本道です。頂上の階段があるだけですが……あっ。あれを見てください!!」

 

 ぐねぐねと頂上に向けて伸びる階段を駆け上る人影。

 ちょうど街の切れ目となる木造の門は、半開きになってキィキィと揺れている。

 間違いない。この向こうに逃げたんだ。

 

「こっちには何があるんだ?」

「こちらは山頂の水源があるだけです。逃げられるような場所は、ここにはとても……」

「いいから行きますよ!! 嫌な予感がします!」

 

 走りだす。階段を途中まで登ったあたりで、疲れた俺たちのペースはどんどん落ちていったが……。

 

『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報!! 現在、魔王軍と思われる敵影を確認。住民の皆さんは直ちにアクシズ教団の教会まで避難してください!! 繰り返しますーー』

 

 ヘロヘロになりながら登っている途中、街のほうから切羽詰まった声色の放送が聞こえてきた。

 ……あんな騒ぎになってる場所が避難場所になってるのか。

 一応エリス教徒の人もいるのに、アクシズ教以外の人も避難させていいのか……一体何が起こるのか想像もつかない。ただ無事を祈ることしかできなかった。

 

 真っ先に頂上に到着したのはダクネス。ゆんゆん、めぐみん、カズマと俺、アクアとプリーストの皆様の順にたどり着いく。

 そして、皆が一様に足を止める。

 岩の広場の中央に、それは立っていた。

 

「ふふふ。よく来たな、馬鹿な冒険者ども。こんなところまで追って来るなんてなぁ!」

「馬鹿なのはそっちだ、もう逃げられないぞ。お前、魔王軍の手先だろ」

「愚かな人間どもよ! 追い詰められたのは貴様らだと知れ。教えてやろう! 我の正体をっ!!」

「おおっ! なんか敵ながら超かっこいいです!」

 

 手を広げて高らかにそう宣言する幼女を見て、めぐみんが興奮していた。あ、ゆんゆんもちょっと興奮してる。どうやら今の口上は紅魔族の琴線に触れたらしい。

 しかしすぐに、そうも言ってられない状況に陥る。

 

「な、何ですかあれは!?」

 

 少女の瞳が紅色に輝きだした。

 紅魔族特有のものとは異なる、ひどく邪悪な赤色で。

 広げた腕からは中心に紫色のオーラが湧き出し、指先からドロドロと、毒々しい液体が溢れ出す。

 ぽちゃん、と岩に落ちた液体が蒸気をあげる。

 直接落ちた岩の周囲が溶け出したのを見て、カズマと俺の異世界転生組は顔を見合わせた。

 あいつは、絶対ヤバいと、お互いの意見が一致する。

 そして、全身から分泌した紫色のローションのような物質に包まれる幼女。

 グニャグニャと陰影すら変異する。小さな背丈から、大人のような体のシルエットへ変異し、粘液は体内に吸収される。

 

「……えっ」

「……はい?」

 

 幼女の形は消え失せ、そのあとに出てきたのは、毒々しい異形の魔物……などではなく。

 何の変哲もない男であった。

 黒髪でムキムキの。どこにでもいそうな何の変哲もない成人男性。

 

 

「あれ……あのヨハネスは? 俺の膝の上で可愛らしく微笑んでくれた幼女はどこに行ったんですか? なんだあのおっさん」

「カズマ! あれは明らかにスライムです。スライムの上位種ともなると、捕食した対象に化けることができるのです!」

「ってことは何か!? 俺はあんなオッサンを幼女だと思って、ずっと抱きかかえてたってことか!!?」

「あっ、おいカズマしっかりしろ! カズマーーー!?」

 

 カズマが致命的なショックを受けて、ダクネスの胸の中にぶっ倒れた。

 

「な、何者ですかあなたは! 早く名乗りなさい! っていうか名乗ってください!」

「……よかろう。フフッ、俺はデッドリー・ポイズン・スライムの変異種、名をハンスと言う……!!」

「"デッドリー・ポイズン・スライム"っ!?」

「なんだそりゃ。確かにやべー毒出せそうな名前だけど、スライム? てっきり人に化けた悪魔か何かかと……」

「何を落ち着いているんだショウ!? それに……そうか、思い出したぞ。ハンスといえば、八人の魔王軍幹部の一人ではないか!!」

「はぁっ!!?」

「な、なんだそりゃ!? 魔王軍はわかってたけど……か、幹部ぅぅっ!!!?」

 

 ショックから立ち直れないでいたカズマまで、素っ頓狂な声を上げた。

 魔王軍はわかってたけど、幹部っ!? 出会うの早すぎないか! この世界でまだ一年も過ごしてないのにっ!?

 

「馬鹿な、その存在は何十年も昔に滅ぼされたと聞いていたが……生きていたのかっ?!」

「そうなっているらしいな。とは言っても……魔王様の御力で、永き眠りから覚めたばかりでな。俺のことを知っているやつがいるとは。なかなか、勉強しているようだなぁ」

「あっ、そういえば紅魔の里でも習ったかも……そ、そうだった! 八人の魔王軍幹部の中にそんな人がいたって習ったような……!」

「おや。ゆんゆんは覚えていなかったのですか。私はもちろんちゃんと覚えていましたよ。習いました。ええもちろんですとも」

「張り合わんでいい! いやそんな場合じゃねえ!! ま、魔王軍幹部って……やべえ、俺たちの冒険はここで終わりだ……」

 

 異世界転生組が絶望している最中、ふぅ、と。

 幼女ヨハネス改め魔王軍幹部”デッドリー・ポイズン・スライム”のハンスが声を上げた。

 

「それにしても……よくも、まぁやってくれたな冒険者ども」

「うわやばいぞカズマ。なんかお前にお怒りみたいだぞ、あのオッサン」

「えっ俺何もしてねえよ!? 俺じゃねえ、悪いのはこいつだ!!」

「ちょっと! なんで私を指差すの!? してませんから。私今回ばかりは何にも悪いことしてませんから!! むしろ被害者なんですけど!!」

「黙れえええぇ!!! お前らのおかげで!この街をイカれたアクシズ教徒ごと滅ぼす計画が台無しだよ!! 何なんだお前らは! 水源もろとも汚染するように仕組んだ俺の自慢の致死毒を、一晩であっさり浄化しやがって!! しかも街に出れば、アクシズ教団に入れだの、石鹸だの洗剤だの、もううんざりなんだよ!! おい、そこのクソアクシズ教団ども。お前らには常識ってものがねぇのか!! そんなんだから俺みてぇな奴が派遣されてくるんだ!!」

「……なんだかお怒りのようですね」

 

 そういえばこのオッサン見たことあるぞ、と後ろのアクシズ教団プリーストの方々がこそこそ囁いた。

 ……こいつらか! お怒りの原因こいつらかよっ!! 

 全員の視線を集めたアクアは、気まずそうに視線を逸らして、口笛を吹き始めた。

 

「おいアクア、あいつを早いとこ浄化してくれ。お前の力で毒は浄化できるんだろ」

「そんな幹部クラスを浄化できる魔法、いきなり打てるわけないじゃない。ちょ、ちょっとカズマ!? 逃げないで!! そこの……えっと、なんちゃらスライムのハンス!! よくも私の可愛いアクシズ教徒たちを傷つけようとしてくれたわね!! 絶対に許さないんだから!!」

「ふざけんな! テメェが一番の害悪だってんだよ!!」

「えっ」

 

 意気揚々と、がっつりハンスを指差したアクアだが、言い返されて凍りつく。

 

「どんな手を使ったか知らねえが、渾身の毒は効かねえし。あのクソ不味いうえに悪酔いする、潜入向けの都合のいいモンスター(安楽少女)に擬態までして、やっとの思いで教会まで潜入したはずが……とんだ目に遭ったわ!! 初心者冒険者のアークプリースト如きが調子に乗るんじゃねえよ!?」

「うるさいモンスターね! むしろ泣きたいのは私よ! せっかくこの私が、自分の誇りに反してまで宴会芸を披露したっていうのに!! 裏切り者! 恩知らず!! 毒殺魔!!」

「誇りだと? ケッ。教会に軟禁して、自分に懐くようにと四六時中、何度も何度も何度も何度も聞きたくもねえ教義を聞かせまくりやがって!! 逃げても、そこの冒険者仲間どもが連れもどしやがるしよぉ!!」

「お前……俺たちがいない間に、そんなことを」

「え、ええっと……も、モンスター如きに、崇高なアクシズ教団の教義が理解できるはずがないのだから、潜入なんてしてたあなたが悪いわ! ねえ、私の可愛い子たち。そうよね!?」

 

 俺たちは誰も返事をしなかった。しかしもちろん、背後で様子を見守っていたアクシズ教団のプリーストたちは口を揃えて擁護。

 

「そうよ!! モンスターに崇高な女神アクアさまの教えが理解できるはずがないわ!!」

「我らがアクア様を毒殺しようとした罪は万死に値しますわ!! 地獄の炎で永遠に焼かれなさい!!」

「恩知らずのスライムめ!! アクア様の神罰を受けやがれェ!!」

「神罰です! そのモンスターに神罰を下すのです!!」

「「「神罰! 神罰!! 神罰!!!」」」

 

 ハンスの額にピクンと青筋が浮かび上がった。

 ノリノリで魔王軍幹部を煽りまくり、異世界転生組の俺たちと紅魔族組の二人が揃って頭を抱えた。

 

「初心者冒険者のパーティー、イカれたアクシズ教団のプリーストよ。よほど死にたいようだな。クククッ、ならば冥土の土産に一ついいことを教えてやろう」

「うわ……い、嫌な予感がする。このタイミング、ろくでもない事実を明かされるやつじゃ……」

「ついさっき、この街の水源に仕掛けておいた汚染魔法を発動させた! 今頃、この街の水は水源ごと毒水と化している頃ッ!! これでアルカンレティアも、アクシズ教も、終わりだァ!!」

「な、なんですってええええええ!?」

「ほらあああああ!! やっぱりいぃぃ!!!」

 

 この言葉をきっかけに、ハンスの魔法が発動した。

 この街の上部にいくつか点在する全ての水源から注がれる液体が、汚泥のような紫色に染まり尽くす。

 純粋で清純な水をあっという間に飲み込み、染める。

 闇に包まれた水の都アルカンレティア中を流れる水路を、蛇のように這いはじめる。

 この言葉を受けてアクシズ教団のプリーストの人が何人か階段下に向かったが、おそらく、浄化はできないだろう。

 

「最初の仕掛けは、そこの青髪のプリーストに浄化されたようだが、今度はそうはいかねえ。全ての水源となりゃぁ、どんなに腕のいいアークプリーストでも浄化しきることは不可能ッ!! 滅びろ、こんな街、とっとと滅びちまえっ、はははははははは!!!」

「そんなことさせっこない!! ふふん、なんか大きく出たけど、あんたはこの私にあっさり水源を浄化されちゃった雑魚モンスターよ。これだけの数に勝てるのかしら? ねっそうでしょカズマさん!」

「馬鹿、んなわけあるか!! この上挑発すんな!!」

「……いい度胸だアークプリースト。そんなに黙らせてほしければ、いますぐ黙らせてやろう……おらぁっ!!」

「うわわぁっ、危ないっ! みんな逃げろ!!」

 

 真っ先に異変に気付いたカズマが叫んだが、とっさに動ける人間はそうはいなかった。

 こちらに伸ばしたハンスの腕。

 肘までの変化が解けて異形のスライムに変化し、毒々しい紫色が一直線にこちらを目指して、飛び込んできて、そして。

 

「荒れ狂う暴風よ、その大いなる力で守護せよ! "トルネード"ッ!!」

 

 暴風が立ち上る。

 砂を巻き上げ、目に見えるほどに天高く舞い上がった一陣の旋風。ドロリとした毒々しい粘液ごと巻き上げたため、一直線に向かうだけだった液体は、巨大な岩石に派手な音を立ててぶち当たる。

 散り散りに弾け飛んで毒煙を上げたのを見て、全員が表情を引きつらせた。

 間違いなく、当たったら死ぬような猛毒である。

 ゆんゆんが恥ずかしそうに詠唱を終えて、役目を終えた魔法陣が霧散した。

 

「ナイスだゆんゆん!」

「ほう、紅魔族の魔法か。小賢しい真似をする。だがその程度単なる時間稼ぎにしかならんぞっ!!」

 

 体内から湧き出してきた粘液が、どるん、とハンスの腕を再構成する。

 

「みんな早く逃げてください!! 急いで下ればまだ間に合います!! わっわたしが魔法で時間を稼ぎますから!」

「できないわよゆんゆんっ! ここで私が見捨てたら、大勢の可愛い子達が犠牲になってしまうもの! 残ってあいつをしばき倒してやるんだから!」

「おい! 一応聞くが……お前分かってるんだろうな! あれは魔王軍の幹部だぞ!!」

「魔王軍の幹部だろうと関係ありません! ここで見逃せば多くの犠牲が出ます! カズマ、我らが大切なパーティーメンバーを置いて、ここを逃げるわけにはいかないです!」

「私も残るぞ、カズマ。クルセイダーとして、アクアを傷つけようとした奴を絶対に許すことはできん。それに街の壊滅などという事態を放ってはおけん!」

 

 最初は青い顔で頭を抱えていたカズマも、仲間のアクア、めぐみん、ダクネスが立ち向かおうとする様子を見て、ヤケクソ気味に叫んでいた。

 

「……ああもうっ! ほんとに俺の仲間はろくでもないやつばっかだっ!! ああそうだよ、仲間を傷つけられて黙っていられるかってのは大賛成だ!! やいハンスとやら! お前は必ずぶっとばしてやる! うちのパーティーメンバーがっ!!」

「自分でやれよっ!?」

「もちろんやるさ! 一箇所に固まったら危ない。アクアは俺についてこい! ダクネスは撤退するやつらの援護、めぐみんは今こそ出番だ。爆裂魔法を打てるようにしとけっ!!」

 

 ハンスを指差し、まさかの堂々たる宣戦布告。

 さらに次々指示を飛ばすカズマに、アクアは思わず感動に打ち震えていた。

 

「カズマさん……!! そうよ! この神聖なる私を害そうとしたんですもの。天罰を与えてやらないと気が済まないわ!! みんなでぶっ倒してやりましょう!」

「ああ。実は俺も頭にきてんだ。そんでもって一つ考えがある。そっちのパーティーの二人もだ。よく聞いてくれ。まず……」

 

 カズマは、聞こえないように6人の輪を作ってこそこそと策を述べる。

 やる気になった冒険者たちを見て、好戦的な笑みを浮かべるハンス。

 

 やがて作戦会議を終えためぐみんが、漆黒のローブを華麗に翻して高らかに名乗りを上げた。

 

「ううっこれは何という燃えるシチュエーションでしょう!! 我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! いずれ魔王を倒す者として、魔王軍の幹部ハンスっ! あなたはここで倒させて頂きます!」

「めぐみんがやるなら、わ、わたしも!! ……我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、あなたを倒し、やがては紅魔族の長となる者!!」

 

 めぐみんが「おおっ!? あの、名前を恥ずかしがってゆんゆんが、恥ずかしがらずに名乗りをあげるなんて!」と、感動していた。

 すぅ、と思いっきり息を吸って言い切ったゆんゆんは、しかし顔を真っ赤にして首を引っ込めてしまった。

 やっぱり恥ずかしいのね、それ。

 

「……しょ、ショウくん! 考えがあるの。お願い、魔法をかけて!」

「おう。いくぞ!!」 

 

 パーティーメンバーの成長に感動しながら、今日覚えたばかりの唯一の魔法を発動する。

 地面に浮かび上がった魔法陣が、白色に輝くと、カズマやダクネス、ハンスまでもが感心するように目を見開いた。

 

「あ、あれっ!? おいめぐみん、どこ行った!?」

「わたしはここにいます! 魔法で見えなくなっているだけです。……これは、紅魔族がよく好んで使う魔法ですね。ゆんゆんが教えたのですか?」

「うん! カズマさん、あの人の気をひいておいてください! わたしたちに考えがありますから!」

「任せとけっ! 囮は俺らが引き受けたっ!」

 

 親指を立てたのを見届けて、俺たちは三人で背後を移動する。

 カズマは続けて、その場に残ったダクネスとアクアに振り返った。

 

「ダクネス、あいつのこと知ってんだろ。特徴とか弱点とか知らないか!?」

「そう言われても……一般的に、スライムは物理攻撃が一切効かない。我々に勝ち目があるとすれば、アークウィザードである二人の魔法攻撃、そしてアクアの浄化魔法だろうか」

「凄腕ウィザードと、一撃必殺ロマン砲、そんで女神……まるっきり勝ち目がない戦いってわけでもねえ! ……アクア! あいつを浄化できるような魔法は当然あるよな?!」

「誰に口きいてるわけ? この私を誰だか言ってみて……って、うげぁっ!?」

「何を企んでいるか知らんが。そこのアークプリーストに何かされると面倒なのでな、まずは葬らせてもらう! 死ねやぁ!!」

 

 人一人飲み込んでしまいそうな毒の粘液触手が降ったが、間一髪。

 カズマ達が飛びのいてかわした地面が、新たな毒の蒸気を上げてジュワァァァと溶かされる。打撃では、これほど綺麗な痕は残らない。触手が持ち上がると、地面の毒液がボコッと泡を立てた。

 

「む、無理無理! いくら私でもこんな毒々しいの浴びたくないから!! ちょっとカズマさん! まずはあいつの気をひきつけてくれないとっ!!」

「くそっ、アクアを集中狙いする気か! うおわっ!?」

「わぁーっ!! なんでよーっ!! なんで私ばっか狙われてるわけーー!!?」

 

 一度落ちた触手が再びうねり、鞭のようにビシバシと、アクアを叩きつけようとする。

 必死の形相で、なりふりかまわず情けなく叫びながら逃げ惑う。だが、執拗にアクアだけを追いかける。

 なぜかカズマと一緒に逃げてる。

 

「おい!! こっち追いかけてくんな、お前を追いかけてるんだろ!! そっちに行け、あれ当たったくらいじゃ死なないんだろ!!」

「カズマあぁぁぁん!! なんとかしてぇ、無理無理! あんな汚いの無理だからぁ!! カエルに食べられるほうがまだマシよぉーーー!!」

「くっそぉぉぉ!! ダクネス!!」

「任せろ! "デコイ"!! ……ってあれ。全然効いてないぞ!?」

「当たり前でしよ! この聖なる私を狙い撃つくらい知能のある魔物に、そんなの効くわけないでしょ、うひぇゃあああ!! かすった、いま掠ったああああ!! 服がシューシューいってるんですけどおおお!!?」

 

 平らだった広場が毒液の水溜まりだらけになっていく。

 その背後で、一人たりとも逃げ出さなかったアクシズ教団のプリースト達が、ハンスに必死の形相で浄化魔法を唱え続けている。だが、ハンスは髪をかきあげて、ため息を吐いた。

 

「「「「「"ピュリフィケーション"! "ピュリフィケーション"! "ピュリフィケーション"!!!」」」」」

「フン、無駄だ。たかがウィザード如きの魔法、何人束になったところで魔王軍幹部たる俺に敵うはずがなかろう」

「そいつはどうかな!」

「うん。いくよ、”ライト・オブ・セイバー"っ!!」

「何ッ!?」

 

 ハンスが慌てた様子で振り返るが、もう手遅れだ。

 回り込んだ俺たちが魔法を解除し、姿を現したゆんゆん。

 発動した魔法が、防ぐ間もなく、ハンスの肉体に鋭く突き刺さり、薙いで、突き抜ける。

 驚いた表情のまま停止し、アクアに対する攻撃がぴたりと止まった。

 

「おおっ、真っ二つに。やったか!?」

 

 ズルッとハンスの体がずれた瞬間に、ダクネスの歓喜にカズマが「それフラグだからっ!!」と頭を抱えた。

 そして、そんなカズマの不安は的中した。

 切り裂かれた箇所はずれ落ちることなく、切断部がスライム化して結合し、元の形を取り戻す。倒したと一瞬でも思っていた人たちは絶望の表情を浮かべた。

 

「あああああっ、だから言わんこっちゃない!」

「なっ、今のは私なのか!? 私のせいなのかっ!?」

「ふんっ、なかなかいい魔法の腕をしている。流石はイカれた紅魔の一族といったところか。だが、この程度通用せんわぁ!」

「まだだ。ゆんゆんっ!!」

「うん! "ボトムレス・スワンプ"っっ!!」

「うおわぁっ!! なんだこりゃ、くそっ、面倒くさい魔法使いやがって!! こんなもの!」

 

 隙のない連続魔法により、おっさん姿のハンスは避けられずに、ズブズブと足から沈んでいく。

 忌々しそうにゆんゆんを見ていたが、ふと、血相を変えて、一筋の汗を流した。

 天を駆け巡る真紅の魔力波を目にしたのだろう。

 そちらに視線を向ければ、その正体を見つけることができた。

 

「純然たる我が黒紅の魔力よ、魔王を討つ銀の弾丸となりて、崩壊の(ことわり)を齎さん……!!」

「なっ……その魔力の密度……まさかっ!?」

 

 全員を見下ろせるほど高い岸壁。

 その上で整然と位置して杖を握りしめためぐみんの杖。そして異常な量の魔力の集合。

 詠唱の通りに紅黒い魔力が羽衣のように杖の宝玉に纏わりつく。毛糸玉のように見えるそれだが、そのような生易しいものではないことは、ハンスの表情からも明らかであった。

 

「くそっ、足がハマって……な、なぜだ。なぜあんな初心者冒険者がこれほどの魔法をっ!?」

「これが私たちの結束! これが人類最大にして、究極の攻撃魔法ッ! さあ、我が最強の魔術で獄炎に落ちよ魔王軍っ!」

 

「いいぞ、やれぇぇ! めぐみんっ!!」

「……カズマさん? ここにいたら私たちも危なくないですか。ねえ?」

「えっ…………うおおおおおおっ!? に、逃げろアクアあああああ!!!」

「ふあああぁ、待っためぐみん、ちょっとタンマあああああぁっ!!!」

 

 事態に気付いたカズマとアクアが慌てて転がるように離れた瞬間、ハンスの頭上に何重もの魔法陣が浮かび上がる。

 全員が理解し、岩陰に隠れようとする。

 中央に取り残されたハンスの瞳に、美しい紅い輝きが映り込んだその瞬間。

 

「"エクスプロォオオーージョンッッ"!!!!!」

 

 ーー解き放たれた魔力は、暴力的なまでの爆破を引き起こした。

 暴風が肌を掻き毟り、土塊が服にばらばらと衝突する。髪が乱暴に梳かれ、思わず腕で目をかばった。

 やがて暴風は風となり、風は大人しい凪に変わる。

 残されるは閑静とした広場。

 魔法陣の中心地は、毒溜まりを全て完膚なきまで蒸発させる。

 さながら不発弾の爆心地のような爪痕を残し、人類最強にして最高峰の魔法の発動後は、跡形も無くなっていた。

 

「……ふぁぁ」

 

 その魔法の主人である魔術師は、へたんと地面に力なく崩れ落ちる。

 魔力を消費しすぎたのだろう。

 物陰から、恐る恐る、様子を伺うアクシズ教団のプリーストたちが、その姿を見て。

 

「おおっ!! 見よ。あの邪悪な魔王軍が跡形もないぞ!」

「素晴らしい! さすがはアクア様の従者!! 一撃で葬ってしまわれた!!」

「あのような強力な魔法は見たことがない……!! さすがアクア様の従者だ!!」

 

 目を輝かせながら、本当に感動して褒めちぎりまくった。

 自慢の爆裂魔法を褒められたものの、従者扱いされためぐみんは一体どのような表情をしているのだろうか。ぶっ倒れているから確認できないけれど。

 

「倒した……!!」

「なぁんだ! 大したことないじゃない!! なーにが魔王軍の幹部よ。私の出る幕もなかったわね!! んんぐっ!?」

「この大馬鹿女神が!! さっきフラグだって言ったばっかだろうが!」

「……全く。やってくれるな、紅魔の小娘風情が」

 

 ビクッと、ゆんゆんと、ぶっ倒れためぐみんが小刻みに震えた。カズマは「間に合わなかった……」と愕然とする。

 未だ爆破の余韻で煙る爆心地。

 波紋状に広がった爆破の中心地点から、ぬるりと。押し出されるようにようにぐにゅぅと捻り出された、紫色の毒々しいスライム。それが、人形に変化する。

 

「そんな……めぐみんの魔法が直撃したはずなのに……」

「なめるなよ。爆裂魔法など飛んでくるとは思ってもみなかったが……初心者冒険者の未熟な魔術など! 効くかぁ!!」

 

 残っていた土煙が、ハンスの作り出したであろう空気の波動で一気に晴れ渡る。

 爆破の中心に立っていた。

 あれほどの魔法を受けて立っているのかと、誰もが恐れ、おののき。しかし表情が「えっ」という風に変わった。

 

「よくもやってくれたな、この報い、たっぷり受けさせてやる……ん?」

「おお……なんだよ、しっかり効いてるじゃねーか」

「な、なんだ。声が妙に甲高く……何ぃ!? な、なんだこれはあああっ!!」

 

 肉体を形成したハンスは指さされ、自身でもその違和感に気付いた様子。

 そこに立っていたのはハンスではなかった。ハンスのつもりなのか男口調で喋る、幼女姿のヨハネスであった。ちなみに声も幼女のものなので、男口調がひどく新鮮であった。

 ハンスは再びスライム体に戻り、変異を繰り返そうとするも、上手くいかない様子。

 

「くそっ、身体が蒸発しちまって、元に戻れん……く、くくくっ……よくもやってくれたな、紅魔の娘ども!! そんなに死にたければ貴様から葬ってやるわぁぁ!!!」

「……!? やばい! 避けろめぐみんっ!!」

 

 腕をスライム触手に変えたヨハネスが、関節を最大限に折り曲げ、拳を振りかぶる。

 明確な意思を持った、真空を揺らす正拳突き。先ほどより少しだけ細い触手は真っ先に岩場で倒れ伏すめぐみんを狙い撃つ。遮るものなく、一直線状に。

 鮮明な破砕音に、全員が目を剥いた。

 

「めぐみんっ!!?」

 

 カズマは知っている。

 パーティーメンバーのぽんこつウィザードが、爆裂魔法を撃った後に一切動けなくなってしまうことを。

 爆裂魔法専門のアークウィザードは、発動後は自力で避けることはできない。

 大砲でも撃ったかの如く、岩石が飛散し、めぐみんのいた場所はもうもうと土煙に包まれる。

 しかし、幸いだったのは、それを知っているのはカズマだけではないということ。

 

「くっ、大丈夫かめぐみん!」

「ダクネス……ダクネスっ!? よ、鎧がっ!?」

「う、ぐぐぅぅっ……へ、平気だ。この程度……」

 

 ダクネスが、ぶっ倒れためぐみんを引っ張り、寸でのところで避けたのだろう。

 しかし無傷とはいかず白銀色の鎧は煙を上げていた。その一部に毒液が染み込んだらしく、紫色に染め上げられていた。内部まで達しているかどうかは外見ではわからない。だが、確実に顔色が悪くなっているのを見て、めぐみんは息を呑んだ。

 俺たちもぞっとした。

 毒耐性のあるアクアがおかしいだけで、本来はこれほどの猛毒。

 もしも掠ってしまえば、それだけで最悪な未来が訪れる。

 

「チッ、小賢しい真似をッ! ならばそちらの紅魔の娘!! ……あれ、どこいった? うおおおおっ!? なんだこいつらはぁっ!! 邪魔だぁっ、このっ、このぉっ!!」

「なんだぁありゃ!? ネズミの大軍がどっかから湧いてきたぞ!」

「なんでわざわざあいつに向かっていくんだ!」

 

 ヨハネスの小さな足を避けて、どこからか湧き出して一直線に列を成す、薄汚れたドブネズミの大軍。ハンスが毒液の鞭で払おうとするが、まるで幻覚のようにすり抜け、擦りもしない。

 ダクネスとめぐみんのすぐ側に移動し、俺の魔法陣の上で目をつむったゆんゆんが、詠唱を続けていた。

 

 透明化の魔法を発動させたまま、屈んでダクネスの様子を伺う。

 さすがのクルセイダーでも、染み込んだ毒には勝てなかったらしい。

 アクシズ教徒のプリーストが、傷ついたダクネスに回復魔法と浄化魔法をかける。その甲斐あって、毒の苦しみも幾分か和らいだようだ。

 

「どこ行きやがったぁぁ、紅魔の娘ェ!! こんなくだらない囮魔法が何になるというのだ!!」

「……そりゃ時間稼ぎのためさ! 今だっ、やれ、アクアぁっ!!」

「何だと!!?」

 

 声の方を見たヨハネスは、小声で呪文を唱え続けるアクシズ教のプリーストと、汗を流しながらもドヤ顔な冒険者を目にすることとなった。

 青髪のプリーストが唱え続けていた呪文は、完成する。時間は十分に稼げた。

 

 眷属達の力を蒐集し、水の魔力をその手に収縮させるその瞬間だけは。

 この街に祀られる水の女神の御姿のように美しく思えた。

 怪我人のめぐみんと、毒を受けたダクネスに回復魔法を唱えるアクシズ教団も。

 俺とゆんゆんも。

 普段は駄女神と罵るカズマでさえ、息を呑むほどに。

 

「魔王軍幹部、ハンス。私どころか、私の可愛い子たちまで傷つけようとした。あなただけは絶対に許さない……水の女神の名において、ここで散りなさいッ!!」

「な、なんだこの力は……貴様っ!! ただのアークウィザードではないな!?」

 

 ハンスが慌てた様子で問いかけ、目を瞑ったまま答える。

 

「あなたには名乗ってなかったわね。冥土の土産に教えてあげる、耳の穴かっぽじって、よく聞きなさいっ! 我が名はアクア! アクシズ教団で崇められている水の女神アクアその人よ!!」

 

 まさかこいつが、という。

 信じ難いものを見るような目でアクアを見ていた。

 モンスターを殺して奪い取った姿のスライムに立ちはだかる、羽衣のように自在に舞う水色の魔力帯が、その手に収束し、一つの魔法を作り上げる。

 あれが先の六人の作戦会議で聞いていた魔法。

 詠唱に時間はかかるが、一発当たれば確実に浄化が叶う女神の魔力が創り上げる魔法だ。

 

「な、なっ……女神、女神だと。永き眠りからようやく復活したというのに、女神と鉢合わせるなどと! そんな馬鹿なことが、あってたまるかああああああぁぁっ!!」

 

 ドルンッと。肉体の全てが元の紫の毒々しい粘液に戻り、小刻みに震える。

 見る見るうちに、風船を膨らますように膨らんだ。冒険者たちの身長の三倍以上のデカさになったとき、誰かが恐怖で尻餅をつく。

 カズマ達も、俺たちも、この瞬間に自分が何を相手にしていたのかを、このときになって理解した。

 

 魔王軍の幹部足るに相応しい、禍々しく恐ろしい終末の怪物。

 どの生物にも当てはまらない、自在に蠢く二十の牙。何者をも飲み込む巨大で虚ろな腔内。粘体を通り抜ける血管。

 女神に楯突く悪魔が、天を目掛けて。

 アルカンレティア中に、魔物の不気味な咆哮を発した。

 

「危ない、アクアっ!!」

「アクア!!」

「アクアさまっ!!?」

 

 最悪の敵を滅ぼさんと、迫る。地上に生きる地球上のどの生物をも超える体格を持った、恐ろしい巨体が、恐るべき水の女神へと。

 だが、モンスターの恐れた魔法は、既に完成していた。

 カッと目を見開いたアクアは解放する。

 神にしか扱うことが許されない、女神足るに相応しい、聖なる魔術を。

 

「水の女神の浄化の力を受けて、懺悔なさい! 

 "セイクリッド……っ……ピュリフィケーショォォォンッッ"!!!!!」

 

 天の薔薇の杖から放たれた輝き。

 それは真夜中のアルカンレティア中に救いの光を届け、終末の怪物を跡形もなく飲み込んだ。

 

 




 次回、最終話です。

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