この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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第十四話

「アクアさまーっ!!」

「女神さま、アクアさまっ!!」

「「「アクア! アクア! アクア!!」」」

 

 ゆんゆんの顔が、いよいよ引きつったまま、固まりそうだ。

 つい数時間前まで閑静としていた教会前の広場が、十秒としないうちに、人で溢れかえるさまを見れば、誰でもこうなるだろう。たぶん俺も同じ表情をしてるはずだ。

 話を聞くところによると、どうもつい先ほどお触れが出たらしい。

 ちょうどこの時間から教会前で待つことが許可されたとか。

 

「つい先ほどって……えええ。それじゃあ、一瞬で飛んできたんですか?」

「ああ。みんな、隠しててもアクア様の御姿を一目見たいと願っているからな!」

 

 信者の一人がにこやかに言い放った。笑顔が太陽以上に眩しすぎて直視できない。

 つまり、このアクシズ教徒たちは”テレポート"の魔法を使ったかのような速度で、聞きつけた順にこの広場に駆けつけたことになるわけだ。

 うん、ちょっと信じられない。半日聞き込みをしててわかったけど、この街そんなに狭くないはずなんだけど。

 

「……ど、どうしよう。あっ、あれカズマさんたちじゃ!?」

「ほんとだ。おーい、カズマ!! カズマぁーーーっ!!」

 

 ゆんゆんと一緒に手を振って、腹の底から大きく手を振り上げる。

 だが、敬虔なアクシズ教徒たちの熱気に、姿も音も阻まれて何も届かない。全くこちらに気づくことなく、めぐみん、ダクネス、そしてカズマに背負われた問題のヨハネスは、普通に正門を通って中に入っていった。

 だ、だめだ聞こえてないのか。そうだ門番の人に開けてもらおう!

 慌てて追いかけようと、アクシズ教徒の集団に突っ込むが。

 

「ちょっとあなた! 割り込みはダメよ!」

「いくら熱心なアクシズ教徒でも、順番は守りなさい。でないと、とてもこれから降臨されるアクア様に顔向けができないわよ!」

 

 と、一糸乱れぬ動きで振り返ったアクシズ教徒の皆さん。

 総じて視線を浴びては、「あ、はい……あの、すみません。横入りするもりはなかったんです」と、すごすご引きさがるしかなかった。ゆんゆんはずぅん、と落ち込んだ。

 どうやら、正面から入ることは不可能になってしまったらしい。タイミング悪すぎじゃないか……。

 

「ど、どうしよう。これじゃあ、とてもカズマさんやめぐみんに伝えられないよ……い、一刻もはやく伝えないと、危ないかもしれないのにっ……どうしよう、どうしようっ!?」

「とりあえず裏口に回ろう。ここからじゃ無理だ。向こう側にも教団の人はいるだろ!」

「う、うん。そうだね。正面からじゃ、だめそうだもんね」

 

 こそこそと、どんどん集まってくるアクシズ教徒の人たちをよそにぐるりと回りこむ。

 広場は、人生の中で見たどんなお祭りよりも高揚しており、騒ぎはひどく大きなものとなっていた。自分たちの信仰する女神様が現れたというのは、それほどのニュースなのだろう。神様に直接祈る機会なんて、俺とカズマの過ごしてた世界じゃ生きていても決して訪れないのだから、無理もないなと思った。少し離れた路地でも、すぐ隣にいるかのような声量で聞こえてくるのは、ちょっと恐怖すら感じたが。

 

 そして教会の裏手は、表通りとは対照的に閑散としていた。

 だがさすがに信仰している女神が滞在しているというだけあって、二人の教団員が警備に勤めている。建物の陰から様子を伺ってみたが、隙がない。

 ひとまずカズマ達のところに行こうとするが、裏口の前で道を阻まれた。

 

「あ、あのっ。すみません。わたしたち……」

「あーダメダメ。君たち、いくら熱心なアクシズ教徒といってもここは立ち入り禁止だよ」

「あの違うんです。俺たちはカズマのパーティーに……」

「カズマ? そんなプリーストはいないよ。いいから、正面のほうに行って。ほら、行きなさい!!」

 

 裏手の人は、どうやらカズマ達の名前を知らないらしい。話も聞かずに追い出されてしまった。

 取りつく島もないとはこのことである。

 止むを得ずすごすごと引き下がってきた。正面のアクシズ教団の人たちの熱狂が、どこかもの哀しく聞こえる。

 

「こ、これじゃあとても伝えられないよ……ど、どうしよう」

 

 ゆんゆんが慌てた。

 確かに、もしかすると一刻を争う事態かもしれない。もし一連の魔王軍騒ぎがアルカンレティアを狙ったものなら、街の人が一箇所に集まっている今に何かが起きる可能性が高い。

 正直、俺もゆんゆんも自信があるわけじゃない。だから何としても会って相談したいのに。

 

「……なあ。ゆんゆん、紅魔の里にはアークウィザードになるための学校があるんだよな。こういう時に使える便利な魔法、知らないか?」

「えっ? な、なくはないけど。ううっ……ごめんなさい。わたしのは、モンスターと戦うための魔法だから……」

「そうじゃなくて。今俺が取れるスキルの中から、何かいいものはないか?」

「……っ!! ちょ、ちょっと待って!」

 

 はっと気づいたように顔を上げた。

 どうやら心当たりがあるらしい。冒険者カードを渡すと、読めない異世界文字スキルの中から一つを探し出し、選択してみせた。

 だけれども、ふと気づいたように手が止まる。冒険者カードを返してくれなかった。

 

「……ショウくん、待って。スキルっていうのはね、一度とったらもう二度と変えられないの。その人の一生に関わる……」

「いいから!! ああ、もう。これだな、このスキルなんだな?!」

「えっ!? そ、そうだけど……ああっ!!」

 

 制止を振り切って、ギルドカードを指で軽くタップした。

 スキル欄に書かれた文字が、燃えるようにゴウッと光り輝いた。その熱気は指先から全身に燃え広がり、けれど熱くはない。体内の遺伝子が根本から書き換えられていく。時間にして、1秒もかかっていない。けれど、決定的に何かが変わった。

 感じることができた。

 これが魔力。ウィザードになってスキルを得て、初めて力の流れを感じた。

 

「あわわ……スキルの説明からしようと思ったのにっ。なんで押しちゃうのショウくんっ!?」

「だって! どうみても、このままじゃあの中に入れないだろ! それで、これなんのスキルなんだ!?」

「ああっもう! せっかく貯めたスキルポイントだったのに、内容も知らないで取っちゃうなんて……上級魔法、一つとれなくなっちゃったんだからね!」

「うぐっ」

 

 ゆんゆんが恨みがましそうに見てきたが、仕方ないと言わんばかりにため息を吐いて。

 でもしっかりとスキルの説明はしてくれた。

 取得したのは人の目を欺く魔法で、光を屈折させるらしい。そのおかげで、魔法の効果範囲内にいる人が見えなくなるのだとか。

 

「平たく言えば、透明人間になる魔法ってことか。ごくっ……」

「……ショウくんはもちろんわかってると思うけど。近づいたらわかっちゃうから女湯とかでは使えないからね?」

「う、うん。なんで突然そんな話を?」

「紅魔族でも、突然消えるのがかっこいいからってこの魔法をとる人は多いんだ。でもたまに、この魔法をとったからって覗きをする男の子もいて……みんな分かってるから、ぜったい捕まるみたいだけど」

「そ、そんなことしないって。な? 分かってるって!」

 

 どこの世界でも、男の考えることは一緒らしい。

 ちょっと膨れたゆんゆんをなだめすかす。

 

「と、ところで、もう一度確認しよう。カズマ達はこの教会の中にいて、俺たちは聞き込みの結果を伝えにいく。ゆんゆんは、サポートをお願いする。それでいいか?」

「うん。わたしに一つ考えがあるの。わたしが魔法を使って引きつけるから、プリーストの人たちがよそ見している隙に、あの扉を通ってくの。どうかな?」

「そのへん全部任せる。けど変な感じだな……初めて覚えたはずなのに使い方が分かるぞ」

「うん。魔力は大丈夫だから、さっそく使ってみて!」

 

 ゆんゆんに教えてもらった通りに魔法を唱えると、何かが体から抜ける感覚とともに、足元で白い魔法陣が輝いた。

 いつも見ている"ライト・オブ・セイバー"に比べれば、ひどく弱々しいもので。

 けれど、これがこの世界に来て、自力で初めて発動した魔法。

 本当に、こんな自分でも、魔法が使えるんだ。

 拳を握りしめて感動した。すると一緒に魔法陣の中にいるゆんゆんが、目を閉じてぶつぶつと何かを唱えはじめる。何か状況を打破してくれる魔法を唱えているのだろう。

 そのまま、少し待っていると、異変が起こった。

 

「……あっ、おい。なんだアレは!!?」

 

 見張りの一人が、そんな声を上げたのでびっくりした。

 バレたのかとも思ったが、プリーストの人の指先は全く別方向を指していた。釣られてもう一人の見張りが、その先の道が奇妙な灰色に蠢いているのを目にした。

 何だアレ……ね、ネズミ?!

 ゆうに百を超える有りえないほどの大軍のネズミが、断末魔のような声を上げながら道端を駆け回っている。

 

「な、何だ。アレは!!?」

「どこから湧き出してきてるんだ、くそっ!」

 

 まるで地震の前に逃げ出すように慌てて駆けていく世紀末のような様相に、見張りの二人は立ち竦んでいるようだった。

 えっ、扉の前にい続けられたら困るんですけど。

 ゆんゆんもそっちに行ってくれると思っていたらしく、ええっと、ええっと、と戸惑っていた。

 あっ……この手があった!!

 動かない二人に迎えって、俺は咄嗟に叫んだ。

 

「あーーーー!!! アクシズ教団のプリーストさーーん!! エリス教徒が、あっちに逃げて行きましたよーーー!!!」

「な、何だって!?」

「邪悪なエリス教徒め!! これもやつらの仕業か。アクア様の降臨祭を知って! くそっどこにいった!!?」

 

 ”エリス教”という単語を耳にした途端、先ほどの足すぼみは何だったのか。プリーストは血相を変えてネズミの大軍のほうへ突っ込んでいった。

 扉から離れたのを確認したところで、隣にグイッと手を引かれた。

 

「ショウくん。魔力もいつまでも持つわけじゃないから、行かなきゃ!!」

「お、おう。あのネズミ、ゆんゆんだよな。こんな魔法も使えるのか!」

「モンスターをおびき寄せる魔法だったんだけど……いまのでうまくいったみたい! さ、術者のショウくんが移動したら魔法陣も移動するから。行くよっ!」

 

 言われた通りに飛び出すと、確かに魔法陣が移動する。

 見張りの二人があっけにとられ、叫んでいるうちに、こっそり扉を開けて、中に滑り込んだ。

 

「おい、こりゃ魔法の幻覚だぞ!! どうなってんだ!」

「何だって!? やはり、エリス教徒の悪戯か! くそっ、許さんぞ暗黒神の手先め!!」

 

 まだ見ぬ女神エリス様。

 悪評を広めてしまい本当にすみません。ほんとすみません。

 あとで教会で祈りを捧げますので、どうかお許しください。

 願わくば、どうか寛大な女神様でありますように。

 

 気づかれなかったようだ。あたりに人がいないことを確かめて、まずは二人でほっと一息。

 人の気配もない。落ち着いてくると新しい魔法の凄さに感動した。あれが幻覚だなんて、信じられない! それにほんとに見えてないみたいだった。

 

「すごいな。あの二人、気を引かれてたとはいえ、堂々と移動してるのにぜんぜん気づかなかったぞ!」

「えへへ、役に立てたならよかったな。でもあの魔法は、臭いに敏感なモンスターにはぜんぜん効かないっていう欠点もあってね」

「そこに誰かいるのか!?」

 

 ビクンッと、奥の方から聞こえてきた声に、二人揃って震えた。

 やばい。まだ廊下で、隠れる場所がっ……!?

 奥から女性プリーストがヌッと顔を出し、声が漏れかけ、ガバッとゆんゆんの手で口を塞がれた。そ、そうだった、俺の発動した魔法のおかげで見えていないんだった。

 

「……気のせいか? んっ、扉が開けっぱなしだな」

 

 や、やばい。

 急いで来たせいで、閉めたつもりの扉が、まだ少し開けっぱなしになってた!

 プリーストの人は少しづつ歩み寄ってくる。魔法陣の中に足を踏み入れたら、きっと見えてしまうのだろう。ゆ、ゆんゆん。何とかならないか!? と助けを求める……泣きそうな顔で首を振ってた。

 それは手段がないことを顕著に示しているのだとわかって、さぁっと青ざめる。こんな魔法使って侵入しているとこ見つかったら、逮捕だ。犯罪者だよ俺たち。

 プリーストはどんどん近づいてくる。

 そして、とうとう魔法陣に爪先を踏み入れ、ブゥン、と淡く輝いた。ああ終わった。

 

「おい!! 持ち場を離れるんじゃない。降臨祭の準備はどうした!」

「あ、すみません! おーい、見張り番。扉閉めとけよ!! まったく、アクア様がおられるというのに、表の者は信仰心が足りなすぎだな……」

 

 踏み入れかけていた爪先がくるり、と反転する。

 結界は鼻先を擦り、半分ほど入り込んでいた。しかし反転して、とん、とん。離れる。途中まで来かけていたプリーストの人が見えなくなってから、へなへな……力が抜けた。

 

「い、行ったみたい……よかったぁ。もうだめかと思ったよぉ……」

「き、緊張したぁ……こんな魔法使ってるとこ見つかったら、いくら何でもとっ捕まるしな……今のうちにカズマを探しに行こう……」

「たぶん、こっちだよ。まだまだ大丈夫だと思うけど魔力が尽きないうちに行こっ!」

 

 魔法を発動させっぱなしのまま、今度はこっそり扉を閉じてから、なるべく離れないように移動を開始する。

 その直後。

 閉じたはずの扉がもう一度開いて「一体なんだったんだ」と、見張り番の人が内側を覗いてきてた。しかし何事もなく、そのまま、扉を閉めて引き返してくれた。

 魔法のギリギリ有効範囲から外れていたらしい。 

 あ、危ない……

 しかし中にさえ入ってしまえば、こっちのものだ。

 ゆんゆんと顔を合わせ、一緒に頷いて、俺たちはさらに奥に進んだ。

 

 

 


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