この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります   作:ひびのん

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第十三話

「"ライト・オブ・セイバー"ーーっ!!」

 

 魔法に打ち倒されたモンスターは、魔法の光剣に当てられ、過ぎ去った後には炭になって足をひくひく動かしている。

 手の周囲で幾重にも重なった黄色の魔法陣が収縮して、役目を終えて消滅した。魔法発動のあとには、ゆんゆんと俺。そして消し炭となり、かろうじて生きているモンスターしか残らなかった。

 

「やっぱ凄いな。あれだけのモンスターを一気に倒すなんて!」

「ごめんね。パーティーメンバーでも、最後に倒さないとあんまり経験値は入らないんだけど……はやくアークウィザードになってもらって、一緒に冒険したいなって、すごく張り切っちゃった……」

「う、うん。更新するのが楽しみだな! ……といっても、まずはこの街を出ないといけないんだけどさ。ギルドカードの更新もできないし……よっと」

 

 ダガーで一通り止めを刺したあと、気恥ずかしくなってギルドカードに視線を落とした。

 レベルは相変わらず変わっていない。でも、この強い敵をバッタバッタ倒していくゆんゆんのおかげで、レベルは上がっているはずだ。かなりの数トドメを刺した。いくつになっているだろう。もうアークウィザードになれるくらいレベルは上がっただろうか。

 

「そろそろ街にもどろっか。えへへっ、お腹も空いちゃったね」

「そうだな。ところでカズマのパーティーは大丈夫かな」

「うん。連れてきちゃったのわたしだもんね。ううっ、まさかこんなことになるなんて、みんなにいっぱい迷惑かけちゃったよね……」

「いや、ゆんゆんのせいじゃないって。悪いのは毒をばらまいたやつだから! そんな落ち込まなくてもいいって!」

 

 体の周囲に黒いオーラが纏わり付いた。

 思ったよりも、アルカンレティアまで連れてきてしまったことを気にしているらしい。こんなことになるなんて想定できるはずがないのだから、ゆんゆんに非はないのに……

 なんとか励ましながら、そのまま何事もなく徒歩で街まで戻った。

 

 

 水の都アルカンレティア。

 最近起きた騒ぎもなかったかのように、すっかり元の様相を取り戻していた。

 アクシズ教の信者がほとんどを占めるこの街で、ご神体のアクアが舞い降りたというのは大層なニュースであるはず。魔王軍襲来の可能性だってある。

 それにもかかわらず、街は来た日と同じ、日常に戻っていた。

 アクシズ教徒には「アクア様はお疲れだ。安心して過ごしていただけるよう、普段通り過ごすように」というお触れを出しているらしい。だが……こうも普段通りにできるものだろうか。アクシズ教徒ならできそうだから怖い。

 そして今日も歩いていると普段通り、おばちゃんが大きなカゴを持って近づいてきた。

 

「あら、お若いカップルさん。アルカンレティアへようこそ!!」

「へぇっ!? か、かか、かかかっ、カップルだなんて、そそ、そんなっ……」

「パーティーですから! 冒険者です俺たち!!」

「あーらやだ。すっかり赤くなっちゃって、若いっていいわねぇ~! それはそうと、長旅大変だったでしょう。これね、アクシズ教団の作ってる洗剤なんだけどね」

「あの。俺たち、この街に滞在してるアクア様の知り合いなんです!」

「ええっ!? あら、あらあらあらまあまあ! そういえば従者の方がいるとか。おばさん、お邪魔しちゃったみたいでごめんなさいね! お勤めご苦労さまね!」

 

 そのアクシズ教徒のおばちゃんをきっかけに、しつこかった勧誘はピタリと止まった。

 ごく普通に挨拶を交わしたり、すれちがうだけ。店は普通に営業しているし、勧誘してきたあの大男も、ちょっと可愛い子も、おじさんも、挨拶はしてくるけれど全く声をかけてこない。まるでアルカンレティアが普通の街に戻ったみたいだった。

 

 どうやら、この街でアクアの知り合いであることは、大いに役立つらしい。

 カズマのパーティーとは別行動になってしまったので、二人でちょうど見かけた店で食事をとることにした。観光地というだけあって割高だが、出てきた食事は、それはもう豪華なものだった。

 テーブル席で向かい合って舌鼓を打つ。夢中にいっぱい食べるゆんゆんもかわいい。

 

「んっ、この藍海老の天丼いけるな。ゆんゆん、そっちの紅海老と一本交換しないか?」

「うんっ!! もちろん! ……ねえ、ショウくん。ほんとにこの街に魔王軍がきてると思う?」

「そうだったら大変なことだよな。アクアはいつでも出られるように教会に釘付けになってるし……カズマのパーティーも、あんまり自由に動けなくなっちゃったし」

「魔王軍の目的は何なのかな。街を滅ぼすこと?」

 

 いつの間にか箸を止めたゆんゆん。深く考え込んで、じっと丼の中を見つめていた。

 どうしたんだろう。もらった海老天をもぐもぐ噛みしめる。

 

「そうだろうなあ。今は最高司祭の人は留守だっていうし、アクアがいなかったら、街中にばらまかれた毒でやばかっただろうなあ」

「そう……だよね。わたしたちがくるの、魔王軍の人はきっと考えてなかったはずだよね」

「どうかしたのか。何か、思いついたことでもあるのか?」

「うん。いま、あんまり良くないことを思いついちゃって……あ、あのね。この考えがあってるかどうか、ショウくんも一緒に考えてくれないかな?」

 

 と、囁くように前置きをした。

 何か思いついたらしい。でも、全く自信はないのだろう。手元はふるふる震えて、眉もしゅんと下がっていた。そんなゆんゆんの手に、手を重ねる。

 

「へっ!? しょ、ショウくん!?」

「いいから話してくれ。いつも役に立てないんだから、こういうとき役に立たないとな」

「う、うん。あの……えっと、て、手を離してくれないと……うぅぅ」

 

 熱した鍋に触れた後のごとく、超反射的に手をビュッと引っ込めた。

 二人の頭から煙があがり、いよいよ周囲の街の人の視線が生暖かくなってきたのを感じた。

 

「そ、そそそ、それで。なんだって?」

「う……うん。えっとね、もしわたしが魔王軍だったらって考えてみたの……わたしだったら、妨害した人が誰かなって、まず探すと思うの」

「街にはアクシズ教団のプリーストの人がいるだろ」

「アークプリーストの人がいればいいんだけどね。でもプリーストの人たちだけじゃ、とても浄化は難しかったと思うから……最高責任者のゼスタさんっていう人がいないところを狙われたんだと思うの」

「確かに。前にも話してたけど、あからさまに怪しいタイミングだったし」

「それでね! えっと、街にはアクシズ教の人が浄化を手伝ってっていう噂が流れたよね! だ、だからね、魔王軍なら、どんな人なのかを確かめたいんじゃないかな……って、思うの」

「街にまだ、魔王軍の人が隠れてるってことだろ。たしかに人に化けられるならまだ逃げてないかもしれないけど……」

「いると思う。じつは、この人じゃないかなって疑ってる人がいるの」

 

 核心に触れるべく一呼吸おいて、ごくりと唾を飲んだ。

 

「毒が撒かれた日の夜に、小さな子が運ばれてきたよね。今、カズマさんのパーティーと一緒にいる女の子」

 

 ゆんゆんは真剣そのもので、冗談で言ってるわけではないらしい。

 まさか。

 そんなことがあるものだろうか。

 でも、確かに何だか変な気もする。

 続いて理由も説明してくれた。昼に浄化を終えた致死性の毒を飲んでしまった割に、教会に来たのは深夜。連れてきた人は行方不明。

 言われてみれば、怪しい。

 確かに超怪しい。

 

「……あっ、えっと、あの、かなり突拍子もない話だったよね! ご、ごめんね! 困らせるようなこと言ったよね!! わ、忘れていいから!!」

「確かにそんな気がする。ゆんゆん! これ、カズマ達にも教えておいたほうがいいと思うんだけど」

「で、でも……証拠もないし……間違ってたら……」

「知ってるのと知ってないのじゃ、違うと思う。ぜったい、カズマ達にも相談したほうがいいって」

「……そ、そうだね!! うんっ!」

 

 そうと決まれば。

 二人で急いで飯をかっこんで、カウンターにお金を叩きつけて店を飛び出した。

 

 

「会えない?」

「申し訳ありませんが、ここは誰も通すなと言われておりますので……」

「な、なんでですか? 今朝は普通に通ってもよかったのに!」

「色々な理由がありまして……」

 

 入り口のプリーストの人は、困ったように頭を掻いてみせた。

 

「何かあったんですか?」

「はい。今夜、熱心なアクシズ教徒の強い要望で、さささやかながら女神降臨祭が執り行われることになりましてな。アクア様は準備にとりかかられております」

「えっ? そんなの聞いてないですけど……」

「はい。今朝お触れが出まして。それまでは、教会に勤める者以外は通すなと言付かっておりますので……その」

「で、では、呼んでいただけるだけでもいいんです。アクアさまとはいいません。カズマさんか、めぐみんか、それかダクネスさんを呼ぶことはできませんか?」

「それがですね……お二方とも、今はお出かけになっておられます。なんでもこの前運ばれてきた子供の姿が見えなくなったとかで」

 

 ゆんゆんと顔を見合わせた。

 子供がいなくなった? ううむ……何か起きたのだろうか。けどとにかく、今は誰もいないというわけか。

 

「わ、わかりました……あの、ありがとうございます」

「いえ。お力になれず申し訳ない。戻られたときに、あなた方がこられたことを伝えておきますので」

 

 親切そうなアクシズ教プリーストの人にお礼を言って、見送られながら教会から離れた。

 

 これからどうしよう。

 まさか教会に入れなくなってしまうとは。

 近くのベンチに隣り合って腰掛けた。水の流れていない水路が、街の荒廃を予期させた。

 調査が終わればすぐにでも水門も開放されるらしい。

 しかし嫌な雰囲気が漂っているのも確かに感じた。

 街の人も平気に振舞っているように見えるけれど、ちらりと水路を見てはため息を吐く人もいる。なんとなく、元気がないようにも見えた。めぐみんなら、これでちょうどいいくらいです、と言いそうだが。

 

「ショウくん……これからどうしようか」

「とりあえず街を探してみようか。いや、夕方まで待ってた方がいいのか……?」

「下手に探し回っても見つからないかも……あ、あのね。なら聞きこみとかしてみない、かな?」

「カズマ達を探すのか?」

「ううん。そうじゃなくって……その。あの子供のこととか、あとは不審なものがなかったかとか……そういう感じで……」

「うん。どうせ何もやることないし、行ってみようぜ。夜になる前に戻ってくればいいしな!」

「う、うん!! じゃ、じゃあ急いで行かないとね! ついてきて!」

 

 元気よく立ち上がったまま手を引かれ、転げそうになりながら、いまいちど街に繰り出した。

 それからしばらくゆんゆんと二人で色々な人から聞き込みを続けた。

 勢いに反して、芳しい成果はあがらなかった。

 

 そもそも白髪の子供は、この地域では珍しいらしい。

 だからすぐに見たことある人が見つかると思った。しかしそんな子供はそもそも誰も知らず、見かけたことすらないという。かなり広い地区を探したのに。

 門番ですら見ていないというので、ますます俺たちの疑念は深まった。

 容姿だってよくて、超特徴的な白髪で、血の滲んだ包帯を巻いたような子を見逃すものだろうか。

 また、事件が起きてから不審なものがなかったかという質問に関しては、こちらはアルカンレティアの自警団が聞いて回った後らしく、特に新しい情報があるわけでもなかった。

 

「うう……なかなかうまくいかないね……」

「聞き込みって初めてやったけど、大変なんだな。あとはこのあたりの人くらいか」

 

 山なりに作られた街の性質上、坂を登らなければならない。

 街は綺麗だけど移動も一苦労である。

 階段を登りきると、大きな岩壁が立ちはだかった。その岸壁には女神アクアの像が設置されており、裏側から水が流れ出ている。この像は詐欺だな、と呆れ笑った。

 ちょうどそのあたりで一休みしている、赤いアフロの人と、踊り子のような服装をした、アクシズ教徒らしき人に話を聞いてみることにした。

 

「えっ? ここって毒撒かれた事件があった場所なんですか?」

「ああ。知らなかったのかい嬢ちゃん。大変だったらしいぜぇ。なんせここはアクア様の加護を受けた大切な水源の一つだからなぁ」

「あ、あのっ。わたしたち、調べ物をしてて……このあたりで昨日、何か変なものを見かけたりしませんでしたか?」

「そんなの見かけてたらとっくに通報してるわよ。何せ、アルカンレティア、ひいてはアクシズ教団の一大事だもの!」

 

 それもそうだ。

 アクシズ教の人が事件の現場を目撃してたなら、多少怪しいだけでも事件が起きた時点で全力で通報しているはず。ゆんゆんがしゅんと俯いた。時間的には、ここが最後の調査場所になってしまうだろう。がっかりするのも無理はない。

 

「あの。じゃあ……このあたりで白い髪の子供を見かけませんでしたか?」

「ああ、それなら見かけたぜ。俺たちが旅のプリーストをアクシズ教に勧誘してるときに、そのツレが珍しい髪色だったんでよく覚えてるぜ」

 

 ゆんゆんと目が合った。そして唾を飛ばす勢いで、その話に食いついた。

 

「そ、そのプリーストの人、もしかしてメイスを持ってませんでしたか?」

「ええ。ムカつくけどすっごい美人だったので覚えてるわ。あのチャーミングな泣きぼくろ、なかなか忘れられそうにないわ。アクシズ教の人かって聞いたんだけど、誤魔化されて逃げられちゃったわよ」

「んっ、そうだったか? 女の子がそこの噴水で遊んでたのを見て『そこはアクシズ教団の神聖な場所だから、だめですよ』って注意してたから、俺ぁてっきりアクシズ教徒のプリースト様かと……」

「そ、それっ。いつごろの話ですかっ!?」

「毒騒ぎの前の日の、日が落ちたくらいのことだったよね?」

「ああ。なあ、そのプリーストの姉ちゃんがどうかしたのか?」

「いえっ。貴重な情報ありがとうございましたっ!」

「気にしないで。同じアクシズ教徒でしょう! 困った時はお互い様。特にアクア様が降臨なされている今こそ、助け合って生きていかないとね!」

「またな、紅魔族の嬢ちゃんと、兄ちゃん。今日の降臨祭に来るだろ? そこでまた会おうぜ!」

 

 ありがとうございました、と二人で頭を下げて立ち去ってから、建物の陰で話し合う。

 

 

「ショウくん! やっと、やっと目撃者見つけたね!」

「ただ遊んでただけかもしらないから証拠にはならないけど……あ。でも、あそこって毒が撒かれた場所なんだろ?」

「うん。毒騒ぎの直前に、あの子その場所にいたんだ……」

「一緒にいたプリーストの人が、あの子を預けたあといなくなっちゃったっていうのも怪しすぎる……」

「もしかして。昼に話していたみたいに、モンスターが人に化けてる……の?」

 

 カズマに懐いた幼女の姿が、真っ先に脳裏を掠めた。

 モンスターが化けてる説が正しければ、まずい。

 

「カズマ達に知らせに行こう!!」

「う、うん!!」

 

 

 


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