この素晴らしい世界でゆんゆんのヒモになります 作:ひびのん
この日、アルカンレティアの夜はお祭り騒ぎであった。
街のほとんどがアクシズ教徒で占められているこの街で、一つの噂が駆け巡ったためである。
「あなたはもう聞きました?!」
「ええそりゃもう!! この街に、アクア様が降臨なされたというじゃないですか! ああっ、わたしも是非一目お会いしたいですわ……!!」
「俺はアクア様を見たぞ! あの美しい水色の髪、水色の瞳、滑らかな羽衣……まるで噴水の神像の生き写し! あれがアクア様でないはずがない!!」
「聞けばこの街の危機を救ってくださったとか。ああっ、ありがたい。アクア様は私たちを見ていてくださった……」
「天から降りてまで私たちをお救いくださったって。今は、従者とともに教会に滞在されてるみたい。ああっ、生きていてよかった!」
熱心なアクシズ教徒の中でも特に地位のある教会のプリーストが触れ回ったため、異様な熱気に包まれていた。
町中の人が高ぶり、ある者は教会へ一目見ようと押しかけようとした。
「俺はアクア様を一目見にいくぞ! みんな、行くよな!?」
「お止めなさい、アクア様は街の浄化でお疲れです。今晩はもうお休みになるとおっしゃっておられます」
「そ、そうでしたか! アクア様がそれを望んでおられるなら……みんな、絶対行くんじゃないぞ!」
「おう、わかってらぁ!」
「アクア様のためですものね!!」
教会にはアクシズ教団による厳重な警備が敷かれ、誰も立ち入れないようになっている。
女神アクアを守るための厳戒態勢。
しかし遠巻きに教会を眺める人影は絶えないものの、近づいてくる人は一人として存在しなかった。
アクシズ教徒の人が律儀に「迷惑をかけてはいけない」という命令を守ったためである。知らない人は教えられ、それでも教会の前を通ろうとするものなら、引っ掴まれ、路地裏に引っ張り込まれ、十数人に囲まれながら入信書を渡され、ペンを持たされた。
おかげで、街のお祭り騒ぎからぽっかり外れたように、教会前の広場はがらんどう。
篝火だけがごうごうともえさかり、たまに本当に用事のある街人が、入り口のプリーストに話しかける程度だ。
そして、そんな騒ぎから外れたその建物の中。
「ささ、アクア様。こちらを……これはアルカンレティアで手に入る最高級の葡萄酒でございます」
「ありがとう。けど、あまり気を使わないでちょうだい。私はあなたがたが信仰してくれる、その気持ちだけで十分ですから」
「おおっ、なんという素晴らしいお言葉。私共一同、感服いたしました……!」
「……それはそうと、ちょっと飲んでみたいから……一口だけ。一口だけ頂けないかしら?」
「はい。それはもう、どうぞどうぞ。アクア様のために用意したものですゆえ、ご堪能くださいませ!」
教会内の、本来は街会を行うような長テーブルの上座に座って、ニコニコと信者の接待を受けるアクアに、カズマが耳打ちする。
「おい……俺は名乗るなって言ったよな。言ったよな?」
「何よ。カズマさん、いい? 今日はこの街のピンチだったのよ? 女神としての力を明かしてでも救わなきゃいけなかったの。可愛い子たちを守るのは当然のことでしょ!」
「聞いてるんだからな。お前が、自分で不必要に名乗りを上げたこと。知らないと思うなよ!」
「え、えっとそれは……そ、それよりカズマさんも食べて食べて! あっ、この葡萄酒すっごく美味しいわね! さすがは私の可愛い子たち、お目が高いわね!」
「お気に召されたようで何よりです。あ、そちらの従者の方も、ささ。どうぞどうぞ」
「従者かよ俺たちの扱い……」
機嫌がよさそうなアクアに、誰が従者だ! ……と言わんばかりに睨むカズマ。隣には時間が止まったように停止しためぐみん、料理と一緒に盛り付けられたドッグフードを、うっとり眺めて居るダクネスと続いて座っている。
「か、カズマ。まずいですよ。いくら女神アクアの特徴によく似ているからって、アクシズ教の人たちをここまで信じこませちゃって……!」
「……大丈夫だ。何かあったら、全部あいつの責任にして俺たちは逃げよう」
「わ、私は、どんな結果になろうと、この街に居続けてよいと思っているのだが……」
「いやマジで逃げろよ? 頼むぞ。てかほんとペンダントさっさとしまえ!」
そんなアクア以外微妙な雰囲気なカズマのパーティーを対面に、ゆんゆんと食事をとっていた。
「ね、ねえ。どうしよう。ま、まずいよショウくん。もしかしてわたしたち、大変なことをしちゃったんじゃ……」
「大丈夫。どんな結果になってもゆんゆんのせいじゃないから。なっ。もっと落ち着いて? 震えなくても大丈夫だからな」
本当に何もしていないはずなのに、カタカタ怯え震えるゆんゆんの背中をそっと撫でる。
かわいそうに。
ずっと一人ぼっちだったゆんゆんが、こんなに多くの人を巻き込んだ大変な騒ぎが起こってしまった。その中心に、自分が座っているのだ。人付き合いになれていないゆんゆんが想像できないほどのプレッシャーを感じていることは想像できた。
街で水戸黄門の正体をうっかりばらしてしまった、従者の気分というとこだろうか。
……よしよし。前を向けずにカタカタ震える頭をそっと撫でた。
「しかしアクアの騒ぎで忘れがちだが、毒がばらまかれたなんて、かなり酷い事件じゃないのか?」
「はい。町中に致死性の毒がばらまかれるなんて、どう考えても普通じゃありません。具体的には、アクシズ教徒の人もさすがに『エリス教徒の仕業だ!』と言いださないくらいの一大事です」
「なんつーか、それはかなり大事だな……」
「被害がなかったのも運がよかっただけだ。聞けば、この教会の最高責任者も他の街に出かけたばかりという」
「その隙を狙われたってことか……な、なんかやばそうな感じがビンビン伝わってくる……」
カズマ達と一緒に、改めてことの重大性を理解した。
すでに街の自警団やアクシズ教のプリーストが数人が巡回しているらしく、少なくとも今夜は大丈夫とのこと。本当なら水源の一つが根本からダメにされてしまったようだが、アクアの聖なる力ですっかり元通り。
根本からダメにされたものを、元に戻す。この能力は教団の人によると、魔法の存在するこの世界においても、途方もない奇跡らしい。
すごい、アクアが水の女神してる。
「けど犯人は一体誰なんだ? わざわざそんな通り魔みたいなことするなんて……」
「ショウくん、もしそんなことをする人がいるとしたら……うん。一つしか考えられないよ」
「はい。ゆんゆんも気づいているようですね。私もそう思います」
「なんだよ、二人揃って。どういうことかちゃんと言ってくれ」
「つまり二人は、魔王軍の仕業と言いたいわけか?」
「んなっ!?」
ダクネスの言葉に、カズマが椅子を飛ばして立ち上がった。
「……そちらの紅魔族のお二方のお察しのとおりです。私どもアクシズ教団も、このたびの非道は、魔王軍の仕業ではないかと考えております」
「ってことは。街に魔王軍が入り込んでるってことか?!」
「その可能性は十分ありますね。事実、モンスターに街を滅ぼされた例はいくつもありますし……」
「……これは他言無用なのですが。ここ最近、このアルカンレティアで、これに近しい事件が頻発していたのです」
「ええっ!? それって今までも毒が!?」
「いえいえっ!! これまでは毒などではなく、ただ毒々しい色になるだけの絵の具のようなものがばらまかれるだけでした。ですので今回も大したことはないだろうと思っていたのですが……我々の目は誤魔化せません。本物の毒と、色付きの水など、すぐに見分けがつきます」
「さすがは水の女神を祀るアクシズ教団。そういったことに関しての専門家というわけか」
ダクネスが関心して、腕を組んでうんうんと頷く。
「けどモンスターなんて入り込んだら、すぐ街の人に見つかって終わりだろ?」
「えっとね、こういうのを見つけるのはすごく難しいんだ。中には人間に化けて入り込むモンスターもいて……過去の例だと、モンスターだけじゃなくて、主犯が悪魔だった例もあるんだよ」
「悪魔ですって!? モンスターでも絶対に許せないのに、悪魔だったら絶対に容赦しないわ!! だから安心してね、私の可愛い子たちよ!」
「おおぉぉ……素晴らしいお言葉。アクア様がいれば、たとえ悪魔の仕業であろうと、この街は安心です……」
アクアが拳を掲げて、それを周囲のアクシズ教団の人たちがキラキラした瞳でもてはやした。
「なあ、俺たちはいつごろこの街を出られるんだ?」
「この様子……しばらくは出られなさそうだな!」
「そ、そんな……アクシズ教団で溢れたこの街でしばらく過ごさないといけないなんて……」
めぐみんがこの世の終わりのような顔で帽子を抱きかかえたが、それに追い打ちをかけるように、控えていた教団の人がにこやかに言い放つ。
「アクア様の従者の方は、教会にお泊まり頂けるように準備しております!!」
「ああっ! めぐみん、めぐみん!!? 気を確かに持つんだ!!」
ぶっ倒れためぐみんを介抱するカズマをよそに、アクシズ教の人は次は俺たちのパーティーに微笑んだ。
「そちらの付き添いの方も近くに宿を用意させて頂きましたので。どうぞ、アクア様が滞在されている間はそちらにお泊まりください」
「ゆ、ゆんゆんっっ!! ご、後生の頼みです! 今すぐ私とパーティー変わってください!!」
「ええっ!? めぐみん!! そんなことでパーティー変えるなんて、冗談でもいったらだめだよ!」
「そこをなんとか! ああっ、引っ張らないで! や、ヤメロー……」
いきなり復活しためぐみんに面食らいながらも、その後カズマ達はアクシズ教団の人たちに連行されていった。
中でもアクアは教会の中でも、最高管理者の使っている部屋で寝泊まりするらしい。教団の人にズゾゾゾと、引きずられていく無気力めぐみんを、哀れに思った。
「ああ……めぐみんが……めぐみんが、行っちゃう……」
ゆんゆんが見送りながらぽつりと呟く。
ライバルのあんな姿を見ては、思うところがあるにちがいない。俺には肩をぽんと叩いて、励ましてやることしかできなかった。さようならめぐみん。おやすみめぐみん。
「お二方。あちらのアクア様の従者の方には既に申し上げましたが、我らが女神であられるアクア様が滞在されている間、アクア様が私どもの教会にお泊まり頂いていることは、アクシズ教の方以外には、くれぐれも他言無用でお願いします」
「いろいろと面倒ですもんね。わかりました」
「それでは宿までお送りします。こちらへ……ん? 何か騒々しいな……」
「あ、アクア様! お待ちを、お待ちくださいっ!!」
「何だね君は。何かあったのかな?」
背後から突然あがった声は、奥に行こうとしていたアクア一行の足を止め、振り返らせた。
助かった、とあからさまに目に光を蘇らせるめぐみんだったが、その場の雰囲気が、あまり良い知らせではないことを伝えていた。
「お、お休みのところ申し訳ありません! 実はですね、先ほど教会の方に、毒を飲んで倒れたという子供が出まして……」
「何だとっ!? 被害者か! ……しかも子供とは。その子はどこにおるのだ!」
「旅の冒険者の方が連れてきて……こちらの子です」
アクシズ教の一人が抱っこして連れてきたのは、顔を異常に青くした、まだ年端もいかない白髪の女の子だった。
可愛い外見とは裏腹に、体のところどころか傷だらけなことに、全員が目を剥いた。
「なんと!! 浄化したのは昼だというのに、被害者が出てしまっていたとは……何ということ!!」
「おお、なんということか……こんなに血色も悪く、ひどい汗だ。このような症状を治せる方といえば、ゼスタ様か……あるいは……」
「ちょっと、どきなさい!! ひどい状態ね……”ピュリフィケーション”!!」
教団の人が何かいう前に、押しのけたアクアが、誰にも物言わせぬまま魔法をかける。
光が女の子を包んだ瞬間にはひどく苦しげに腕の中で悶え、喉を押さえて暴れたが、光が消えると、硬直が解けた。今までによほど苦痛を感じていたのか、額からで続けていたであろう、脂汗が流れ落ちた。
やがて、薄っすらと目を開ける。
「……あれ? ここは」
「おおっ、奇跡だ!!」
「あのような状態から一瞬で回復させるとは……」
「さすがはアクア様、凄まじい御力だ……」
疲れたように目をぱちくりさせた女の子は、まるで女神のように優しく微笑むアクアをじいっと見つめる。
アクア、カズマ、ダクネス。そしてアクシズ教団の人が覗き込んだ。
「お姉ちゃんは……?」
「これでもう大丈夫。安心して、あなたの中にあった毒を消す魔法をかけたからね」
「ど、どく? うぅ……すぅ……」
やがて力尽きたように、幼女は目を閉じて腕の中で眠ってしまう。
顔色も徐々によくなってきたみたいでほっと安心した。
「……どうやら寝てしまったようです。いやはや、素晴らしい御力でした。二度も奇跡を目の当たりにできるとは、ああっ生きて、アクシズ教団でプリーストの務めを果たせて、本当によかった!」
「そうでしょうそうでしょう。それにしてもっ、こんな幼い子まで……許せないわ魔王軍っ!! 必ず見つけて、とっちめてやるんだから!!」
「いや、まだ魔王軍の仕業と決まったわけじゃないだろ」
唯一カズマは冷静に突っ込んだ。
「あ、あの……ところで、この子どうしましょう」
「その子がどうかしたのか?」
恐る恐る、後ろのプリーストの人が申し出て、アクシズ教団の人が聞き返す。
「この子を連れてきた旅の方を探しているのですが、見当たらなくって。メイスを持ったプリーストの方なのですが……」
「何ですと!? 困りましたな……この子を起こすというわけにも……」
「それなら、もう夜も遅いしひとまず教会のほうで預かってあげたらいいんじゃないかしら?」
アクアが何かをするか、何かを言うたびに、すべてのアクシズ教団の人たちは感動して涙を流しかねない勢いで喜んだ。ついでに、歓喜のたびにめぐみんがビクンと恐怖に震えた。
「おお……そうおっしゃっていただけるなんて、この子もさぞ幸運でしょう!! 我々を導いてくださるアクア様に感謝を……
これ。旅の方とアクア様をお連れしなさい」
「はい。ささ、お二方はこちらに。宿はとってありますので、どうぞご安心ください!」
その振り返りざまに、カズマが何か言いたそうにこちらを見ていたけれど、両者ともアクシズ教徒の人に連れられていってしまった。杖を抱きかかえためぐみんもズザザザと連れて行かれた。
……まあ明日聞けばいいか。
そう思いながら、俺とゆんゆんはその場を後にした。
新キャラじゃないです