もう一度、あなたと   作:リディクル

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ちょっとずつ進み始める物語。まだ大きく動くことはありません。

それでもよろしければどうぞ。






五「茜色の残響」

 

「――そういう訳で、俺生徒会に入ったから」

 

 廊下を歩きながら、一夏は照彦に楯無と話したことを簡単に説明した。

 

「……相変わらず唐突だな、お前は」

 

 彼の話を聞いた照彦は、少し呆れながら言う。そんな照彦の様子に、まあ自分でもそう思うよ、と一夏は答えた。

 しかし、と照彦は前置き、口を開く。

 

「お前がそういった組織に入るとは、珍しいな」

 

 何があった、とは口に出していないが、そのように理由を聞きたいのだと、彼の短い言葉から一夏は察した。

 

「ヘッドハンティングみたいなものだよ」

 

 少しだけ迷った末、一夏はそんな当たり障りのない言葉を返した。

 一夏の言葉に照彦はそうか、とだけ答えた。そして表情を真剣なものに変えた。

 

「それで、クラス代表に関してはどうするつもりだ」

 

 まあ、聞いてくるよな、と一夏は思った。幸い、そのことに関しては楯無から答えをもらっていた。

 

「一応、生徒会長からはクラス代表の方を優先していいって言われてる」

「……普通、逆じゃないか?」

「詳しくは聞かなかったけど、あちらの都合らしいぞ。生徒会に入ったと言っても、今のところは庶務として暫定的な登録で済ませるらしいし」

 

 落ち着いたら、またしっかりとした手続きを踏むと楯無は言っていた。つまり、しばらくは仮の身分なのだ。

 

「ただ、特に忙しくない場合はなるべく生徒会の方に出席して欲しいとも言っていたな」

「となると、文化祭が終わったらしばらくはあちらがメインになる形か」

「そうなるな」

 

 その言葉を聞き、照彦は少しの間考え込んだ。そして、一つため息をついたあと、一夏に再度目を向け、口を開く。

 

「色々と破格だな」

「俺もそう思うよ」

 

 確かに、自分でも色々なメリット・デメリットをよく考えた。そして、そうしたことを考慮に入れ、よく吟味した上で悪い話ではないという結論に達し、一夏は楯無の手を取ることにしたのだ。

 だが、今になって思えば、その選択をとる上で、少し結論を急ぎすぎたかもしれないとも思えてしまうのだ。

 

「……お前が自分で考えて決めたのなら、俺は何も言わんぞ」

 

 そんな一夏の心情を察したのか、照彦は一夏の肩を軽く叩きながらそんなことを言った。

 

「まあ、お前がこれから大変になるかもしれないし、出来る限りサポートしてやる」

 

 だからあまり気負うなよ、と照彦は付け加え、笑みを浮かべる。そんな彼の気遣いが、一夏には有難かった。

 

「悪いな、テル、恩に着る」

「気にするな、親友が困っているなら手助けするのが道理だろう」

 

 それよりも、と前置き、照彦は口を開く。

 

「今日はどうする、生徒会に行くのか?」

 

 その問い掛けに、一夏はおう、と頷いて答えた。

 

「昨日の今日だし、どんな仕事をするのか見る必要もあるからな」

「確かに、そういうのは最初が肝心だしな」

 

 そう言って、照彦は納得の表情を見せた。そして、何かを思いついたのか、一息ついてから口を開いた。

 

「じゃあ専用機持ちの方には俺から言っておく。もちろん、生徒会云々のことは伏せてな」

「――本当に助かる」

 

 本当に、一夏は目の前の親友に迷惑を掛けっ放しだ。そう思うと、自然に申し訳なく思ってしまう。

 そんな感情が表情に出ていたのか、気にするな、と照彦が声を掛けてくる。

 

「少しぐらい迷惑をかけてくれた方が、頼りにされて嬉しい時だってあるからな」

 

 その言葉を聞くと、本当に秋月照彦が出来た人間だと実感する。

 

「……じゃあ、お前が迷惑をかけてきたときはしっかり助けてやるよ」

 

 そしてそんな親友に、一夏は不敵な笑みを浮かべて言葉を投げ掛ける。

 一夏の言葉を聞き、照彦もまた不敵な笑みを浮かべた。

 

「その時が来たら、な」

 

 じゃあまたな、と言って先に教室に入っていく照彦の背中を一夏はしばらく見た後、教室へと入っていった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あら、奇遇ね」

「――こんにちは、楯無さん」

 

 放課後になり、照彦と教室で別れた一夏は、生徒会室に向かっている途中で楯無と鉢合わせした。

 そのことに少し驚きながらも、一夏はしっかりと挨拶をしておいた。そんな彼に、はいこんにちは、と挨拶を返した楯無は、さっと彼の隣まで移動する。そして、じゃあ行きましょうか、と一夏に言い、その手を引きながら歩き出した。

 一夏はその一連の動作にドキリとしながらも、すぐに彼女の隣に並び、同じ歩調で歩き出した。

 そんな一夏の様子を見ながら、それにしても、と楯無は口を開く。

 

「生徒会に入ると言った翌日から来るとは、勤勉なのね」

「こういう仕事は最初が肝心だと思ってますからね」

「うん、よろしい」

 

 そういう所も含めて評価高いわよ、という楯無の言葉に、またまたお世辞を、と言いながらも、彼女に褒められた一夏の心には少しだけ嬉しさが広がった。

 そんな一夏を尻目に楯無はそうそう、何かを思い出したように口を開いた。

 

「訓練の日程なんだけど、明日でもいいかしら?」

 

 その言葉を聞いた一夏は、いいですよ、と答え、そのまま彼女にあることを聞く。

 

「他の奴にはどうしますか?」

「昨日、君と決めた通りでいいわ。だから、今日は秋月君だけね」

 

 そう言った楯無に、一夏は了解、と返した。自身の返事に気分を良くしている彼女を見ながら、一夏は昨日のことを思い出していた。

 

 彼が生徒会に入ると決めた直後、楯無とともに訓練についての詳細を話し合ったのだ。そうして、彼と彼女の話し合いの中で決められた条件は二つある。

 まず一つ目は、訓練を行う日は楯無が決め、楯無自身が一夏に通達するというものだ。コーチをすると言っても、楯無側にも都合が悪い時がある為、なるべく楯無の余裕がある時にしたいらしい。その代わり、楯無から特に通達がない時は、基本自由にしていいとのことだ。

 一夏からしてみれば、コーチをしてくれるだけでも有難いので、特に断る理由はなかった。その為彼は、彼女から出されたその提案をほぼ二つ返事で承諾した。

 二つ目は、楯無の許可が無い場合、一夏以外に訓練に呼ぶことができるのは照彦のみにして欲しいというものであり、これは意外なことに一夏の方から提案したのだ。昨日楯無から言われたことや自分自身の現状、そして専用機持ち達との関係を考慮した上で、その選択をすると決めたのだ。

 そんな一夏の提案を聞き、楯無はしばらく何かを考えた後、承諾した。

 その後も、細々としたことを二人で話し合ったが、基本的には先に決めた二つでいいだろうという結論で締められた。

 

 今思い返してみれば、二つ目の提案は少々我が儘なものだった、と一夏は考える。何故なら話し合いの時も、流石にこの提案は通らないだろう、と自分の価値観のみで勝手に決めつけ、予想していたからだ。

 しかしその予想は裏切られ、楯無は一夏の提案を承諾したのだ。

 その時、一夏は内心かなり驚いた。まさか、自分で自覚できるほど子供の我が儘みたいな案が通ると思っていなかったからだ。ただ、冷静になってみれば、楯無の方も専用機持ち達に対してなにがしかの感情を持っているからこそ、一夏の案に乗ることにしたのだろうと考えることができる。

 ――相変わらず、そういうところの考え方が甘いものだ、と自嘲するように一夏は思った。

 

 そんなことを考えているうちに、二人は生徒会室の前まで来ていた。さて、と扉の前で一夏の方を向いた楯無が口を開く。

 

「今日から生徒会役員として活動してもらうけど、しばらくは簡単な仕事しか振らないから、そのつもりで」

「はい、分かりました。でも大変だったらどんどん仕事を回してください」

 

 俺、頑張りますから、と自信満々に言う一夏に、あら、頼もしいわね、と笑みを浮かべながら楯無は言う。しかし、すぐに真剣な表情になる

 

「でも、無茶はさせるつもりはないから」

 

 そんな楯無の言葉に、一夏は表情を引き締め、はい、と答えた。その返事を聞いた楯無は、よろしい、と言い、再度笑みを浮かべながらドアノブへと手を掛けた。

 

「じゃあ、改めまして――」

 

 今日からよろしくね、織斑君。

 その楯無の言葉とともに、二人は生徒会室へと入っていった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ――今日はここまでにしておきましょうか。

 午後4時になった生徒会室に、楯無の言葉が響いた。その言葉を境に、生徒会室の中の空気が和やかなものになっていく。虚がお茶を入れますね、と言って席を立つその隣で、あくびをしながら本音はお菓子がしまってある棚の方へと歩いていった。

 一夏は座ったまま伸びをして背筋の凝りをほぐしつつ、楯無の方を見た。何故そうしようと思ったかはわからない。ただ、この状況で彼女が何をしていたのかが気になったからだ。

 楯無は椅子に座りながら、窓の外を見ていた。

 窓の外から入ってくる夕暮れどきの赤い陽光が、彼女を照らしていた。

その姿に、一夏は思わず見とれてしまった。彼女の綺麗な髪の色と整った横顔、そして柔らかな陽の光が作り出すコントラストを美しいと感じたからだ。

 ただそれ以上に、一夏はその光景を()()()()と感じた。どこかで見たことがある、この生徒会室の中の光景。夕暮れの光が入り、彼女の顔はそれに照らされていた、そう、あれは――

 

 あれは確か、()の中で――

 

 

 

『……駄目なんだ』

 

 夢の中での自分は、■識■■に――と言われた後にそう言った。何を言われたかは思い出せない。ただ、その時の自分の心は、悲しみを始めとし、怒り、悔しさ、そして恐れといった様々な感情が入り乱れ、とても平常の状態とは言えなかった。

 ■■楯■は、そんな自分を静かに見つめていた。

 

『それじゃあ、駄目なんだ!』

 

 吠えるように自分が言う。それは慟哭にも似た、とても悲痛なものだった。自分ではない自分だと認識している一夏でもそう思うのだ。目の前に座っている■識■■はもっと生々しい感情をぶつけられているのだろう。

 

『あいつらから離れたら、誰があいつらを守るって言うんだ!』

 

 自分の叫びはなおも続く。

 

『……彼女ら自身が、自分を守るのよ』

 

 そこで初めて、■■■無が口を開く。

 しかし、自分は彼女の言葉を聞いても止まらない。

 

『それができない状況になったら、どうするんだ』

 

 責めるように、言葉を紡ぐ。

 一夏はそんな自分自身を責めたかった。

 

『それでも自分で守らなきゃいけないっていうのかよ』

 

 心に宿した激情を、そのまま言葉に乗せる。

 そんな心を、一夏は握りつぶしたかった。

 

『手を差し伸べる誰かがいなきゃ、あいつらが困ることだってあるだろ』

 

 ただひたすらに言葉を吐き出し続ける。

 そんな自分の言葉に、一夏は吐き気がした。

 

『それじゃあ、駄目なんだ。あいつらは不幸になったらいけない』

 

 そこにあったのは耳に心地が良い偽善そのものだった。

 その思いこそ、茜色に染まったこの部屋にふさわしくないと一夏は考えた。

 

『守って欲しかったら、守らなくちゃいけないし、助けて欲しかったら、助けなくちゃいけないんだ!』

 

 自分は壊したくないと考えていた。

 一夏は自分が壊れていると考えていた。

 

『そうじゃなくちゃ駄目なんだ!』

 

 尚も自分は思いを吐き出し続ける。

 もう一夏は吐いてしまいたかった。

 

『あいつらが求めたら、俺が手を差し伸べる。そうじゃなくちゃいけないんだ!』

 

 どこまで行っても、自分は周りが見えていない。

 そんな自分を、一夏はもう見たくなかった。

 

『俺は、俺は――』

 

 夕暮れどきの生徒会室。心を激情で壊しながら、自分が最後の言葉を吐き出すさまを、一夏は苦々しげな気分で見ていた。

 

 

 

「――織斑君?」

 

 楯無のその声を聞いたときには、もう夢の光景は消え去っていた。我に返った一夏が楯無の方へと顔を向けると、そこにはどこか心配そうな顔をしている楯無がいた。いや、楯無だけではなく、虚も本音も心配そうにしていた。

 やってしまった、と一夏は思い、口を開こうとしたが、それよりも早く楯無が口を開いた。

 

「どうしたの? 何か悩んでいたみたいだけど」

「――ああ、何でもありません」

 

 楯無の問い掛けに、一夏は辛うじて即答することができた。

 

「ちょっと考え事をしていただけですよ」

「何を考えていたの?」

 

 一夏が即興で考えた答えに、楯無はさらに問い掛けを重ねる。

 

「ああ、今日の夕食を何にしようかということですよ」

 

 情けないと思いながらも、さらに即興で考えた理由を返す。そんな一夏の答えを聞き、楯無は小さく笑う。

 

「あら、結構可愛いところがあるのね」

 

 どうやら、楯無は一夏の返答を信じたようだった。そのことに胸をなでおろしつつも、小さいこととはいえ彼女に嘘をついたという事実に、一夏は少しだけ心が痛んだ。

 だが、自分じゃない自分がここを訪れたことがあり、ましてやこの部屋で自身の感情を吐露したと答えても、頭がおかしいのかと突っ込まれるか、寝ぼけているのかと心配されるのが関の山だ。

 だから、一夏はさっきまで考えていたことを胸の奥にしまい、嘘をついたのだ。

 

「織斑君」

 

 そんな一夏に、今度は虚が声をかける。その顔には、未だに心配そうな表情が浮かんでいた。

 

「疲れが溜まっているなら、無理して参加しなくていいですからね?」

 

 本気で心配している声色で、虚は一夏にそう言った。

 虚の言葉を聞いた一夏は、分かりました、でも大丈夫です、と返し、なるべく快活に見えるように笑う。

 一夏の受け答えを聞き、虚は心配ないと判断したのか、硬い表情を崩すように笑顔を浮かべる。

 そこに本音が、お菓子食べるー? とバウムクーヘンを持って一夏の方へと近づいていく。あくまで自分のペースを崩さない本音の様子に、一夏は苦笑を浮かべ、もらおうかな、と答えた。その言葉とともに、少々緊迫していた生徒会室の空気が和やかなものへと戻る。

 そして、虚が紅茶を淹れ直した頃には、一連の出来事は忘れ去られていた。

 

 

 

 その中でただ一人、楯無だけは口元を広げた扇子で隠し、真剣な眼差しで一夏を見つめていた。

 

 

 

 

 




自身の他の作品でも言えることなのですが、うちの楯無さんはおちゃらけ成分が少し減っています。あくまで少しだけですが…
だから彼女の行動がいちいち意味深に見えるのは仕様です。

こんな作品ですが、感想をお待ちしています。




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