それでは、どうぞ。
楯無の口から出た言葉に、一夏は眉をひそめた。何故なら、彼女の言った要素とは即ち、一夏自身の強さの問題だからだ。
「俺が弱いことと、あなたの生徒会への勧誘が、何か関係しているんですか」
普通、弱いとわかっている人間を自分の組織に入れたいと思うだろうか? もしも自分が楯無と同じ立場であったなら、もっと慎重になるか、場合によってはそういった提案はしないだろう。
しかし、楯無は誘ってきた。違う人間と言ってしまえばそれまでだが、何故その選択肢を取ったのかその真意がわからない。
だから一夏は、思い切って聞いてみることにしたのだ。
そんな一夏の問い掛けに、そうよ、と楯無から肯定の返事が返ってくる。
「あの時、私はあなたに“心だけが強い”と言ったわね?」
「はい、覚えています」
楯無の確認するような言葉に、一夏は肯定の言葉を返す。それは忘れられるわけがない、保健室で投げ掛けられた言葉だ。
「あれは言葉通りの意味……と言っても、理由がわからないと意味がわからないわよね」
その言葉に、頷く。それを確認した楯無は、結構、と満足そうに言った。そして表情を真剣なものに戻し、言葉を紡ぐ。
「私がそう言った理由の前に、確認したいことがあるのだけれど――」
――織斑君、あなたは自分の中にある弱さを受け入れているわね?
心臓が掴まれたような感覚を、一夏は味わった。
「そんなわけ――」
「無い、と自信を持って言えるかしら、今のあなたに」
そんなこと、出来なかった。
だから、素直に疑問を口にした。
「どうして――どうして、わかったんですか」
一夏のその言葉に、楯無は少しだけ苦い表情を浮かべながら、口を開く。
「……見たことあったからね、貴方みたいな人」
まあそんなことより、と楯無は強引に話題を戻した。
浮かべていた苦い表情は、既に跡形もなく消えていた。
「弱さを受け入れられる人間は、自分も他者もよく見ることができる人なのよ」
そして、と前置き、楯無は付け加える。
「そういう人間はね、大体が自分の抱えているものの
だから、貴方が欲しい。そこまで言った楯無は、静かに紅茶を口に含む。
そこまで言われて、ようやく一夏は目の前の女性が言わんとしていることを理解した。
要は、彼女がほしい人材像に自分がぴったりと合致していただけなのだ。
人間の弱さというものを直視してなお、それ特有の
馬鹿馬鹿しい、自分はそんな人間ではない――などと言うことは出来なかった。もしも自身があの時あんな夢を見ていなければ、何か反論しただろうか? 否、おそらくではあるが、見ていなくても楯無の言葉に反論はしなかったのだろう。
――何故なら、全て当たっているから。織斑一夏という存在を端的に現わした記号が、まさしく今言われた通りのものだからだ。これこそが、自分が心の中に抱えていたものの一欠片なのだ。反論の余地など、最初から無い。
それ故に、脳裏にあの夢の光景がちらつく中、一夏は楯無の言葉を何も言わずに受け入れた。
そんな一夏を尻目に、楯無はティーカップを置き、話を続ける。
「まあ、それ以外にも狙いがあるんだけどね」
「――例えば?」
楯無の言葉を聞き、頭の中に残響する夢を払いながら、一夏は問い掛ける。
一夏の問いに楯無は静かに答える。
「君と専用機持ちの距離を離すことかな?」
――虚をつかれた。楯無のその返答こそ、今までで一番わけがわからなかった。何故今まで自分だけのことだったのに、いきなり専用機持ち達のことが話題に上がったのだろうか。
そんな一夏の考えが表情に出ていたのか、楯無はすぐその変化に気がつき、ああ、ごめんなさい、と謝った。
「これもちゃんと理由があるのよ」
時に織斑君、と楯無は言い、質問を投げかける。
「専用機持ちと一緒に訓練していて、まともな訓練になったことは何回あったかな?」
その言葉を聞いて、何が言いたいのか薄々察した一夏だった。
「片手で数えられるくらいですね」
とりあえず、律儀に答えておいた。
実際、夏休みに入る前も合わせてそれだけなのだ。自分が関わっている専用機持ちの3分の2が国家代表候補生のはずだ。そのことを加味して考えると、少しおかしいことがわかる。
――そして、まともな訓練の内の3分の2が、照彦と二人でやったものであることも、おかしいと思った。
一夏の答えを聞いて、楯無はやっぱりか、と呟くように言い、ため息をついた。その顔には、どこか呆れたような表情が浮かんでいた。
「影から見ていたけど、あんな環境で強くなれっていう方が難しいわよ」
楯無が言うあんな環境とは、彼女らの誰かが自身と訓練を始めようとすれば、他の誰かが横から入ってきてそのまま口論を行い、一夏がどうにか仲裁しようとすると、何故か結託してそのまま模擬戦が始まるという環境のことを言っているのだろう。
なるほど、まさしく楯無の言う通りだ。そんな環境でこのまま専用機持ちとの訓練を続けていても強くはなれないだろう。成長を阻害していると言い換えてもいい。そこは一夏も認めなければならない所だった。
そう思いつつ、一夏はここにはいない彼女達を擁護できないことを心の中で詫びた。
そんな一夏の心情をよそに、だから、と楯無は少しだけ一夏の方へとその身を乗り出す。
「彼女達から離れて、少しの間私のもとでやってみない?」
しっかりと見てあげるから、と言った楯無に、一夏は少し待ってくださいと答えて、彼女の提案について考えてみる。
条件は破格だ。要は首を縦に振り、生徒会役員になるだけで訓練のコーチをすると楯無は言っているのだ。彼女の実力のほどはわからないが、しっかりと見てくれると言うからには、相応のものを持っていると考えてもいいだろう。
そして、専用機は――持っているのだろう。企業代表であるか、国家代表候補生であるかはわからないが、訓練機の貸出許可についての状況は、生徒会長という地位に就いている彼女からしたら容易に把握することができる筈だ。まさか、自身は専用機を持ってもいないのに、専用機を持っている人間に指導するわけではあるまい。というよりも、今までの言動や行動から察するに、よほどのことがない限りそういった指導をすることを目の前の彼女はあまり好ましくないと思っていそうだ。なんとなくだが、彼女は妥協したくないところは妥協しない感じの性格だと一夏は思っている。
そうした考えがあるからこそ、彼女が専用機を持つ人間であるということを半ば確信していた。
――しかし、何故そんな彼女がただの男性操縦者である自分を構うのだろうか?
ふとそんな疑問を心に抱いた一夏は、その理由を考えてみた。
素直に考えてみると、彼女にはデメリットしかないような申し出だ。時間的拘束等の彼女への負担を考えれば、自分のことなど放っておけばいい筈なのだ。
つまり、彼女にとって一夏を構うということは、そうせざるを得ない状況下にある、もしくはそうしたマイナスを帳消しにできる何かがあるということなのだろう。
そこを起点に、一夏はその理由がなんなのか少し考えて、二つ理由が思い浮かんだ。
まず、一つ目の理由。それは、織斑一夏という男性操縦者の護衛である。
これは、更識楯無という人物が生徒会長だから考えられる理由だ。しかし、楯無自身が自主的に行っていることではない。恐らく、学園の教師――思いつくとすれば、自身の姉か、姉に近い人物、もしかしたら学園長直々に、織斑一夏の護衛を依頼されたのだろう。
生徒会長という地位で何ができるかよくわからないが、もし彼女がそうした依頼をされたとしたならば、それ相応の実力があり、尚且つ教師陣からの信頼も厚いという裏付けにもなる。何も生徒会長だからそうした依頼を彼女にするという愚かなことをするほど、この学園の教師は腐っていないと思いたい。
特にあの姉の場合は、そんな有象無象に頼み込むくらいなら自身で守ったほうが早いし確実だと考えている筈だ。そんな彼女がそうしないということは、彼女が考えている最低限の水準に楯無が達しているということだ。
二つ目の理由。それは男性操縦者とのパイプ作りだ。恐らく、こちらの方が彼女にとっては本命なのだろう。
本音は彼女のことをお嬢様と呼称し、虚は自身らの家が代々楯無の家に仕えていると説明した。即ち、更識楯無という人物は、この日本において
その前提を持って考えられる限りでの彼女の目的は、家の地位の補強か、IS業界での地位を確立する為か、はたまたその両方か。ただ、例えどれかが正解だとしても、彼女が一夏を無下に扱うことはほとんどないだろう。
そうしてしまえば彼女の沽券に関わるし、もしそんなことをして一夏の身に何かあった場合、世界最強と天災が飛んでくることが目に見えているのだから。見えている地雷を進んで踏みに行くほど彼女も愚かではないだろう。
むしろ、一夏と仲良くすればそうした二人とのパイプもできる可能性があるのだ。そうなれば、最初から無下に扱うという選択肢は生まれることはない。
ついでに言っておくと、もう一人の男性操縦者である秋月照彦の方は、天災――即ち
しかし、当のバックアップされている本人曰く、いつの間にか好かれていたらしく、そのことを臨海学校で他ならぬ束本人から聞いたときは、二人して首をかしげる他なかった。
――とにかく、それら二つの理由がそれぞれ根本的なところにある、学園側からの依頼と自身の家からの依頼のどちらか、もしくは両方を叶える上で、生徒会への勧誘と訓練のコーチを買って出ることは何ら矛盾しない。
生徒会長である彼女にとって、役員として庇護するだけで彼の護衛ができる環境が整うのだ。何故なら、現状楯無から開示されている情報からわかっている生徒会役員は、どちらも彼女の従者だ。いざとなれば彼女の手足として動かすことが出来るだろう。そして、彼女が仮に専用機持ちだったとするならば、訓練のコーチをしている間、彼女は一夏の近くにいて彼を守る事ができる。さらに、一夏を護衛し、彼の身を守る事が出来ていれば、彼とその関係者に恩を売ることができる。そうすれば、ISというものに関わっている人物の中で特に重要な人物とのパイプができる
その逆――即ち一夏が彼女から恩恵を受けるとなれば、まず身の安全がある程度保証される。さらに姉やその友人以外にも後ろ盾が増える
そこまで考えてしまえば、今回の申し出は一夏自身にとって存外悪くはない話であるということが否応なく分かってしまった。少々打算的な考えを持っているのではないかと頭に浮かべてしまうが、そこは自分も彼女も人間なのだから仕方がないだろう。
そして、一度そう考えてしまうと、断る理由など思いつくはずがなかった。
「――分かりました」
ならば、是非もなし。そう思いながら、一夏は楯無をしっかりと見据え、口を開く。
「生徒会に入ることと、あなたの下で訓練すること、どちらも了解しました」
そして姿勢を正し、座ったままではあるが、楯無に向かってしっかりと頭を下げた。
「これからよろしくお願いします」
一夏の言葉を聞き、楯無は笑みを深めながら、口を開く。
「こちらこそよろしくね、織斑君」
一応、今作の一夏は原作の性格がベースにあります。
本文を書いててその自信がなくなりかけてきましたが……
ここまで見て下さり、ありがとうございます。
このような作品ですが、感想をお待ちしています。