戦闘描写に苦しみ、あれもこれもと盛り込んでいたら後編に収まりきらなかったので、急遽前中後の三話構成となりました。
そして、相変わらず独自設定があります。
それでもよろしければ、どうぞ。
堕ちていくセシリアの姿を見ながら、襲撃者――エムはこんなものか、とほとんど無心に近い境地で思った。
弱かった――とは思っていない。むしろ自身と相対していた敵対者は、
経験値の差を覆すことが限りなく困難に近いことは、エムもよくわかっている。何せ同じチーム内での模擬戦は、未だに古参であるスコールやオータムの両名には勝ち越すことが出来ず、いけ好かないと思っているが実力は確かなミスティからは、いくらやってもただの一度も勝利をもぎ取ることができていないのだ。機体の相性の問題という面も多少はあるだろうが、大部分は自身が経験できなかったことを経験しているというのが理由であるはずだ。
だからこそ、エムは今回の戦闘結果を当たり前のこととして受け止め、そこに喜びや蔑みといった感情を抱くことはなかったのだ。
ただそうした感情を抱かず、ほぼ無心と言える心境ではあるものの、彼女は自身と戦ったセシリア・オルコットに向けて、少なからずの礼賛を向けていた。
それは単に、様々な悪条件を顧みず、他者のことを考え、恐らく勝てぬとわかっていても自身の役割を遂行する為に立ち向かってきたことに対してのものであった。エム自身も、そうした輩は個人的な好みからしたら、好ましいと思っており、IS操縦者としての一般的な実力の評価で測ることは、ある意味で無粋であるとも考えていた。
――だからこそ、エムはここでセシリアを葬ると決めたのだ。
彼女がイギリスの代表候補に下した評価が、今でこそまだ発展途上であるが、確実に大成する、というものであった。それは杞憂ではなく、実際に彼女の実力を肌で感じ取って初めてわかったものであり、ある程度の確信を持って言える事柄であった。
だからこそ、今はこうして自身が勝ったが、次に相対した時、負けてしまうのは自分ではないか? という一種の疑念が心に芽生えたのだ。
別にそれが単なる模擬戦の場であれば、相手が強くなるということはむしろ望むところであり、自身の腕を磨くという点において、拒否する理由などない。しかし、今エムが身を置いているのは、
もし、今この場で確実に打倒できる敵を逃したとしよう、そうなれば高確率で敵は生き残り、今回のことを教訓として訓練に励むだろう。そして、次にその敵と戦場にて相対した時、今回のように自身がすんなりと勝てる確率など、一桁を切っているだろう。それは即ち、
その時に自分だけで被害が済めばまだいい。しかし、エムは亡国機業という組織の一員である。故に、自身が倒れることによって他の人員に被害が行く――そして最悪遂行中の作戦が失敗してしまうという事態に繋がる可能性があるのだ。それだけは何としてでも避けたい。
だからこそ、不穏分子は排除しておく。いずれ組織の障害になるだろう要因は芽吹かないうちに摘み取ってしまうのが最善であるのだ。
――それが、
そうであるが故に、彼女は手に持ったBTライフルの銃口をセシリアの方へと向け、チャージを開始する。既に視線の先で堕ちゆく敵対者に対して、何か特別な感情を抱くことはしていなかった。
「恨むなよ」
彼女がそう呟いたのとほぼ同時に、チャージは完了した。
あとは、撃つだけ。そう思いながら、ゆっくりと引き金にかけていた指に力を入れようとし――何の前触れもなく背後に飛来した四本のビームの直撃を受けた。
直撃による衝撃で照準が狂い、自身が放ったビームが空へと消えていったのを確認する暇すら惜しいと言わんばかりに、エムは自身の顔に浮かんだ苦悶の表情を隠すことなく、ハイパーセンサーで周囲を見渡しながらセシリアから距離を取った。
幸いビームを放った存在を、彼女は時間を掛けることなく発見することができた。それははるか後方、気を配っていなければ見つけることが困難なほど微弱な反応しか見せてはいない代物だった。
――ブルー・ティアーズが格納していた、BTビットである。
頼りなく浮遊しているように見えるそれらは、よく目を凝らして見てみれば所々損傷が目立っている箇所があり、今にも細かく砕けてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
しかしエムにとっては、そんなビットの現在の様子は気にする程の事ではなかった。彼女は、もっと根本的なことを問題視していたのだ。
――元来、第3世代機というものは、操縦者のイメージ・インターフェースを用いた特殊兵装を搭載することを目的とした世代である。しかし、その特殊兵装というものが厄介で、稼働・制御の為に莫大な集中力が必要となってくるものであり、端的に言ってしまえば
だからこそ、
――セシリア・オルコットは、間違いなく気絶していた。
それは即ち、特殊兵装を操る為に必要不可欠な担い手の意識が失われているにも関わらず、特殊兵装が稼働しているということを意味しており、特殊兵装の前提条件を熟知しているエムからすれば、間違いなく異常な光景なのだ。
「……何が起こっている?」
率直な感想を口から漏らしながら、エムは再度セシリアへとライフルの銃口を向けた。
その瞬間、彼女の機体のハイパーセンサーが、
しかしエムは、しばらくその様子をじっと見ているうちに、ふとある可能性を頭の中に思い浮かべ、もしかしたら、という思いに突き動かされ、その可能性が正しいかどうかを試す為、ゆっくりとBTライフルを持った腕を上げていく。
そして、浮かぶビットから目を離さずに、
向かってくるビームをシールドビットでやり過ごしながら、エムはやはりか、と小さく毒づいたが、その言葉こそが、彼女の考えが当たっていたことを示す証拠でもあった。
その考えとは即ち、
本当に厄介なものだ、と思いつつ、意識の無いセシリアへ睨むように目を向け、ため息をついたエムであったが、改めて彼女の方目を向けて、ようやく
――セシリアが堕ちる速度がひどくゆっくりとしたものであるのだ。
セシリアが気絶してからまだ3分も経っていないが、それだけの時間があれば、彼女は既に物理法則に従って地面に叩きつけられているはずである。そうであるにも関わらず、彼女の身体は未だに地面に到達していないのだ。その姿を例えるならば――まるで無重力の空間に浮かんでいるように見えた。
その事実を認識したエムは、直ぐにハイパーセンサーの
しかし、結果はエムが予想していたものとは全く別のものであった。
「――待機状態だと?」
そう、ブルー・ティアーズは未だセシリアが装甲を纏っているにも関わらず、既に起動していなかったのだ。
意識がないのにビットが起動していることといい、既に機能が停止しているのに物理法則を無視して浮かんでいることといい、何が起こっているのか皆目見当もつかないエムであったが、操縦者が気絶しており、ビットの動きや稼働条件に気を付ければさして驚異はないと結論付け、それならば、とブルー・ティアーズのISコアを奪うべく動き出し――
――その刹那、セシリアとブルー・ティアーズが光に包まれた。
不意に起こった出来事であった上、バイザー越しでも眩いと感じてしまう程の強さである光をその目で捉えてしまい、エムは思わず目を細めつつ距離を取るが、すぐにISによる最適化が完了し、平常の状態でも目の前の光を直視できるようになった。
光に包まれたセシリアに反応はない。そしてハイパーセンサーで解析してみても、解析不能という答えのみが返ってきた。しかし、エムは今この状態になるまでに起こった異常の数々を知っているからか、特に驚いた様子はない。
――ただ、何が起こっているのかわからない現状の中で、なにか良くないことが起こっている、と彼女の直感は告げていた。
その直感が正しいということを裏付けるかの如く、エムは自身の背後から無数の光の粒が目の前の光の塊へと吸い込まれていくのを目撃した。
その様子を目の当たりにしたエムは、もしや、と思いハイパーセンサーで後方にあったBTビットを確認してみれば、まるで細かく分解されるようにビットがその形を失いながら、光の粒へと変化していく光景が目に入ってきた。
限界が来たのか? と一瞬思ったエムだったが、すぐにその考えを撤回し、もう一度光に包まれたセシリアの方へと目を向けてみれば、そこでは既に変化は始まっていた。
――ブルー・ティアーズの装甲が、復元を始めていたのだ。
ゆっくりと、包む光が欠けたところを補うかのように復元を行っているそのISの姿を見て、まるで光の中だけは時間の流れが違うような錯覚を覚えた。
そうして少しずつ――元の形にとは言えないものの、また戦うことができるように万全の状態へと戻ろうとしている青いISを認識したエムは、どこか嫌な予感を感じつつも、他のことを考えるよりも先にBTライフルを構えつつ、BTビットを展開した。
先程と違い、敵のビットを展開していない上に、光に包まれて復元が完了するのを待っているからか、エムがわかりやすく攻撃の意志を見せても相手からの目立った妨害はない。
そんな降って湧いたような好機をエムが逃すはずもなく、ライフルのチャージが完了した瞬間、まるで待ちわびていたかのように攻撃を再開した。
彼女がその手に持ったライフルから、そして自機の周囲に展開したビットから放たれたビームは、障害物も何もない空を裂き、無防備だと思われるセシリアへと迫り――相手を包む光に阻まれ、霧散した。
自身の嫌な予感が当たったことに舌打ちしつつも、エムは攻撃を加え続けるが、一向に光の障壁と呼べるそれを、彼女の攻撃が抜けることはなかった。
「何が起こっている……!」
自身が反撃されていないとはいえ、自身からの攻撃も全て効果が無いという現状に苛立ちを募らせたエムは、思わずそんな言葉を口から吐き出す。
そんな彼女の苛立ちをよそに、ブルー・ティアーズは光の中でその装甲の復元を終えつつあった。
復元されたブルー・ティアーズの装甲は、エムに破壊され尽くす前とその形状をほとんど変えてはいないように見えるが、よく目を凝らしてみると細かいところが微妙に違うことがわかる。
それ故に、明確に変わったと言えるのはただ一点、顔の上半分を覆う青いバイザーの存在だ。機械的な形状でありながら、猛禽類の顔を思わせる意匠が施されたそれを見ていたエムは、自らの背に冷たいものが走った。
――私が、恐怖を感じている?
ありえない、とその考えを振り払おうとしても、心の奥底から湧き上がるものは一向に止まらず、むしろ時が経つにつれてどんどんその感情が強くなりつつあった。
そんな感情に支配されつつあるエムの方へ、今まで意識を失っていたはずのセシリアが、バイザーを装着したその顔を向けた。
そんな何気ない動作すらも今のエムにとっては恐ろしいものであったのか、ほんの少し動きを見せただけであるにも関わらず、ほぼ反射的にBTライフルを構え、その銃口を向けていた。それに対し、セシリアもまたBTライフルを展開するが、エムとは違い構えることはしなかった。
そうして戦闘準備を整えたように見える二人は、そのまま何も言葉を交わさないまま睨み合う。しかし、何を考えているのか――そもそも現在意識を取り戻しているかどうか不明なセシリアとは違い、胸中を支配しつつある恐怖を抑えるのに必死なエムは、何もしていないはずのこの時間にすら苦痛を感じていた。
そして、沈黙を保っていたセシリアが動き出す。
スラスターを吹かして上昇しつつ、BTライフルをおもむろに構え、ビームを放つ。
しかし、相手の一挙手一投足に気を配り、警戒していたことが功を奏したのか、エムは射撃が放たれた瞬間すぐに反応し、回避行動を取ることができた。
しかし、そのまま彼女が反撃しようとセシリアへライフルの銃口を向けた時、サイレント・ゼフィルスが音声で警告を発してくる。
警告の内容は、
――そこには、先ほど放たれた筈のブルー・ティアーズのビームが迫っていた。
「
顔を歪めながら、思わず言葉を漏らしてしまったエムであったが、彼女は偏向射撃であると認識した瞬間、既に機体を操って回避行動を取っていた。
彼女が行ったのは、セシリアの初動と同じく上昇することであり、そこには相手の放った攻撃を避けつつ、制空権を取ろうとする思惑があった。
果たして彼女の行動は成功した。機体が上昇したことにより、背後から迫ってきていたビームは足元を過ぎ去り、セシリアよりも高い位置に自身の身を置くことができた。
しかし、それでもエムは感情を高ぶらせることはなかった。相手が先程までできなかったはずの偏向射撃を成功させたことによって、彼女の中で相対している少女への驚異度が増したからだ。
――油断など、するわけにはいかない。そう思いながら見下ろすエムを、セシリアはその場に浮かびながら、ゆっくりと見上げる。奇妙なことに、彼女はただそれだけしかしなかった。追ってくるのでも、手に持ったライフルを構え、もう一度ビームを放つわけでもない。そんな青いISを纏う少女の様子は、不気味という言葉のみで言い表すことができた。
ふと、心に巣食った恐怖を意識すれば、バイザー越しに向けられた無機質な視線がこちらに向けられているような錯覚に陥りそうになる。実際、どのような目で相手がこちらを見ているのかは全くわからない。ただその事実が、ありもしない想像を掻き立たせるには十分な塩梅になっているのは確かなのだ。
――しかし、そんな
そう思いながら、エムは改めてBTライフルを構えながら、離れたところへ行っていたビットを自身の元へと呼び戻す。勿論、呼び戻したそれらの砲口を全てセシリアの方を向けるのも忘れない。
既にエムの機体は武装へのエネルギーチャージを完了させており、後はエムが引き金を引くだけで、たちまちビームの雨がセシリアへと降り注ぐだろう。
そのようなわかりやすい危機が自らの身に迫ったその段階になっても尚、相手は迎撃の態勢に入ることすらしない上、機体を動かして回避行動を取ろうとすらしていない。そんなある意味で慢心とも取れるその悠長さに、エムは呆れにも似た感情を抱きながらも、ライフルの引き金を引こうとして――
――横合いから突如飛来した
やはり、空中戦は難しい。それを痛感した今作であります。
頑張って戦闘描写をうまく書けるようになりたいものです。
さて、ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。
よろしければ、批評であれ、賞賛であれ、感想を残していって下さると幸いです。
それでは、次回もよろしくお願いします。