本当は短編を投稿したかったのですが、この作品の方が気になってしまい、結局こちらの執筆をメインにしてしまいました。
今回も独自設定がありますので、ご注意ください。
それでもよろしければ、どうぞ。
羽をもがれれば蝶が飛べないように、BTビットを使用することのできないブルー・ティアーズが、その性能を半分も発揮できないのは当たり前のことだ。故に、単騎になったセシリア・オルコットがサイレント・ゼフィルスを駆る襲撃者に追いすがることはできるが、勝てる道理はほぼ無いと言えた。
撃って、躱されて、撃たれて、被弾して。住宅街上空に戦場を移してから、ずっとそれらの繰り返しであり、時間が経てば経つほど、セシリアは追い込まれていった。そんな状況の中で幸いと言えることが、眼下に広がる家々に被害がないということだけだ。
――しかし、それは今の戦況を好転させる要素にはなり得なかった。
サイレント・ゼフィルスのBTビットから、ビームが射出される。それをセシリアは回避するが、直ぐに偏向射撃で軌道を修正され、何発か直撃してしまう。既にブルー・ティアーズのシールドエネルギーは三分の一を切っており、戦闘不能への秒読みは始まっていたが、そんな中でもセシリアの眼に諦めの色は浮かんでいなかった。
何故ならば、彼女は未だ切り札をあと一つ隠し持っているからだ。
今でこそ、打つ手なく相手にいいようにされているように見えるが、彼女が隠し持つそれは、今この状況において、使えば形勢逆転を狙えると確信できる代物である。ただし、その手はたった一度しか使えず、それを失敗してしまえば文字通り後がなくなってしまう。それ故に、セシリアはその切り札を使うのに相応しい時が来るまで、静かに耐え忍んでいるのだ。
まだか、まだか、と逸る気持ちを理性でねじ伏せ、自身の被害をできるだけ最小限に抑えつつ、相手の動向を観察し――
――ついにその時はやってきた。
なんてことはない、傷つきながら尚追いすがるセシリアの急降下と、いつの間にか地上に近づいていた襲撃者の急上昇の瞬間が偶然一致しただけのことだ。その時の襲撃者の思考が、たまたま上昇し、すれ違いざまに銃剣で斬り付け、そのまま離脱するという手段を取ろうとしただけなのだ。
勿論、追いかけることに必死になっているセシリアは、そのようなところまで気が回るはずはなかった。しかし、ようやく巡ってきた好機を逃すほど、彼女は愚かではない。それ故に、この瞬間こそが
「ブルー・ティアーズ――」
急降下の途中に急停止をかけ、BTビットと連結している全てのスラスターを上昇してくる襲撃者へと向ける。そして、急停止で自身の体に掛かる負荷に顔を顰めながらも、セシリアはまるでBTビットへ呼びかけるように呟き、そして――
「――フルバースト!」
まるで号令を下すように叫んだと同時に、スラスターの噴射口が吹き飛ぶ。
これこそが、今のセシリアの切り札。高速機動パッケージの仕様上、BTビットを全て推進力に回しているが故、決してやってはならないとされている禁止動作――砲口を閉じているパーツを吹き飛ばしての、四門同時の一斉射撃だ。
この動作を行えば、最悪機体が空中分解をしてしまう可能性がある。しかしセシリアは、これこそが襲撃者を打倒する最善手であると考え、一歩間違えば大惨事になりかねない危険を犯してでも、この一斉射撃を強行したのだ。
吹き飛んだ青い装甲が空中で四散する中、四本のビームがサイレント・ゼフィルスへと襲いかかる。
しかし、自らに迫る危機を前にしても、襲撃者は慌てることはなかった。彼女は自身の駆る機体の上昇速度を緩めることなく、セシリアが放ったビームを全て高速ロールで避けながら、肉薄し、口を開く。
「それは悪手だ――もらったぞ」
セシリアに聞こえるようにそう言った襲撃者は、左手にナイフを展開し、そのまますれ違いざまに振り抜いた。
左腕の肉を裂かれる感覚と、それに伴う痛みを知覚し、思わずセシリアはくぐもった悲鳴を上げた。そんな彼女の声を聞き流しつつ、彼女と位置を入れ替えることができた襲撃者は、少し距離を離したところで反転し、眼下のセシリアへとBTライフルによる射撃を放つ。
痛みをこらえながら、どうにか立ち直ろうとしていたセシリアは、襲撃者からの攻撃への反応に遅れ、放たれたビームを全て受けることとなった。
直撃の影響でバランスを崩しつつも、セシリアはなんとか襲撃者に反撃しようとBTライフルを構える。しかし、偏向射撃によって曲げられたビームの一本に撃ち抜かれ、まるで割れるように破壊された彼女の唯一の武装は、光の粒となって消えるという呆気ない末路を辿った。
自らの武器が破壊されてしまったという事実に、セシリアは思わず絶句し、動きを止めてしまった。その瞬間を襲撃者は見逃すことはなく、待っていたと言わんばかりにビットを展開し、攻勢に出てきた。
突如として始まった一斉射撃を避けようと足掻くセシリアであったが、唯一の武装は破壊され、機体のスラスターは先の禁止動作の影響からか出力が全く上がらないという状況となっており、今まさに降り注いでくる蒼い光の雨をどうにかすることは、不可能だった。
「――――――」
そして、まるで絶対に逃がさないと言わんばかりの広範囲に放たれたビームは、その全てが偏向射撃で曲げられて、左右上下、そして前後からセシリアへと襲い掛かる。彼女の機体が穿たれる度に、それを纏う体に痛みが走り、口からは声にならない悲鳴が溢れる。
その過程で、ブルー・ティアーズの青い装甲はどんどん破損していき――
――ついには絶対防御が発動し、セシリアの意識は糸が切れたように途絶えた。
◆◆◆◆
――おきて。
誰かの声が聞こえる。
ねえ、おきて。
無垢で幼い少女の声が聞こえる。
その声に従い、私は目を開こうとした。否、もう開いていた。
しかし、目の前に広がっているのは、一粒の光すらない暗闇だ。おかしい、自分は確かに目を開けているはずなのだ。なのに、先程まで自身が見ていた景色すらその目は映さない。どういうことだ? 何が起こっている?
あきらめちゃうの?
また、少女の声が聞こえた。諦める? それは一体何のことだ?
そう思い、考えてもわからない。何せ私は、今自分が置かれている状況すら理解できていないのだから。何をもって何を諦めるのかなど、わかるわけもない。
――はやくしないと、なにもかもおわっちゃうよ。
……何もかも、終わる? それは、それ、は――
――思い出した。そうだ、私はあの時サイレント・ゼフィルスの攻撃を受けて、気を失ったんだった。
終わる、ということは、命を失う? 多分、少女の言葉はそういうことを意味しているのだろう。ということは――
――少女は、私に生きろと言っているのか。
サイレント・ゼフィルスとの戦いで、手も足も出ないまま気を失い、今の状況になったのなら、刻一刻と
――でも、それでも私は。
『もう、いいのです』
その言葉は、自分でも驚く程すんなりと口から吐くことができた。
――どうして?
心底不思議そうな声色の、少女の言葉が耳に届く。
その言葉が、私には何故かおかしなものに思えてしまって、小さく笑みを零してしまった。
何故、と問われれば、私はこう答えるしかない。
『今のこの状況は――私に対しての報いなのですわ』
そう言いながら、私は浮かべている笑みを自虐的なものへと変える。ただ、理由はわからないが自身の心は感情を抱くことはなく、自分でも驚く程冷えていた。
――ただ、脳裏には一夏さんの影がちらついていた。
『私は、取り返しのつかないことをしてしまったのです。そして、それは決して許されることではないのですわ』
一度言葉を吐けば、後に続く言葉は自然と口から出ていく。その声色は優しいものではあるが、心と同じく感情が乗ってはいなかった。
『それ故に、神は私に裁きを下したのでしょう』
傑作だ。自身の不手際を神のせいにするとは、自分のことながら恐れ入る。
だが、その一方で自身の今までを振り返れば、当然そうなるだろう、と思った。神が愛想を尽かす程、私は
こうして、自身の行いが自身に返ってくることを、確か――
『しかしそれは、単なる
そう、確かそれで合っていたはずだ。罪には罰を、とも言えなくもないが、私が
『
それがこの世界の摂理。誰かを虐げれば、誰かに虐げられる。それが今回は自分の番であった、ただそれだけのことなのだ。
一夏さんに暴力を振るったから、私は襲撃者の暴力によって堕ちたのだ。
『それに、私のような醜女が生きていても、誰も得しないでしょう?』
誰かに暴力を振るう。それも、輝く義憤の為ではなく、薄汚れた嫉妬を晴らす為にだ。到底許されることではないが、私は実際にそれを為してしまったのだ。
だから、こうなったのだ。これでは、私があんなにも否定していた篠ノ之箒と大して変わらない。
――振り返れば振り返るほど、自分の浅はかさに涙が出てくる。本当に、救いようがない。
『――だから、もう
もう目覚める必要もないだろう。私よりも、一夏さんの隣はあの生徒会長の方が似合っている。用済みの役者である自分が
いやだよ。
しかし、返ってきた声は、私の切なる願いを否定するものだった。
あやまらないの?
そして、私が何かを言う前に、問いが投げ掛けられた。
――何故、謝らないのか。その問いにどのような意味が込められているかは、今までこの声に答えを返してきた私にはよくわかった。
しかし、その言葉は、その言葉だけには、
『何を今更――私は、許されてはいけない存在なのですよ?』
それが、私が導き出した答えだ。今更、彼に謝ることなど、虫が良すぎるにも程がある。あんなにも彼に理不尽を強いたのに、今更善人のようになって、彼に謝罪する? 阿呆か、そんなことは到底許せるはずがない。だからこそ、私は許されてはならないのだ。
どうして? ゆるされちゃいけないから、いきてちゃいけないの?
『それは……』
しかし、声は私の心をぴたりと言い当てたかのような問い掛けを投げてきた。
その問いに対して、私はその通りだ、と即答すれば済む話であるのに、言葉を言い淀んでしまった。
その根元にはあるのは――困惑だった。何故、声の主は自身に親身であるのか。そして何故、しきりに私のことを
だからこそ、何故なのかわからないのだ。
そんな自分をよそに、声はまた聞こえてくる。
なんで
その言葉に私は答えを返そうとして――しかし寸でのところで声が出せなかった。
理性が、その先を言葉にすることを拒んでいた。
どうしてあきらめようとするの?
その言葉に、私は何も返すことができない。
しかし、声はどんどん私の
ほんとうはあきらめたくないんでしょ?
声に、私は言葉を返すことができない。もしもこの場で自分の姿が見ることができたのならば、恐らく大量の冷や汗を流している姿を見ることができただろう。
声に抉り出されたそれこそが、私が隠していたかったこと。即ち、一夏さんだけではなく、クラスメイトの皆さんとも一緒にいたかったということ。その隠しておきたかった願望を思い出すだけで、皆さんの笑顔が頭を過ぎっていくのだ。
――本当は、みんなと一緒にいたい。だが私は許されるべきではないから、そう願うのは駄目なのだ。
でも、でも、でも、と迷いが生まれ、積み重なっていく。
あなたは、どうしたいの?
『私は……』
声が出せない。否定しようとしても、その言葉を発すること自体を自身の心が拒む。
いまのままでいいの? まだあなたにはやらなきゃいけないことがのこっているでしょ?
声が、心に染み込んでくる。抑え込んでいたものが、溢れてきそうになる。駄目だと自分に言い聞かせても、止められなくなっていることがわかった。
ねえ、こたえてよ――
『わたくし、は』
駄目、その先を言わないで。これ以上私を傷つけないで――
ほんとうのことをいってくれないと、わからないよ!
これいじょう、わたくしにきぼうをみせないで!
『私は、生きたいですわ!』
――いってしまった。
『誰が、好き好んで、命を捨てようと思っているのですか!』
こころのおくにあった、わたくしのほんねをはいてしまった。
『償って許されるのであれば、いくらでも償います!』
じぶんでは、もうとめられない。
『でも、それで許されるほど世界は甘くはない!』
かくしていたことが、ぜんぶでていく。
『そんな世界で――私はどうすればよかったのか!』
いやだ、わたくしのことばをきかないで。
『腹を切って詫びればよかったのか! それとも大人しく本国へ逃げ帰ればよかったのか!』
おねがいだから、こんなみにくいわたくしをみないで。
『それらが――それらの贖いができればどんなに良かったか!』
でているのかわからないなみだがながれだす。
『今となってはもうそれすら叶わない、もう全てが手遅れなのですわ!』
まるでなにかにしがみつくように、わたくしのくちはことばをはきつづける。
『贖罪すらできない
そんなじぶんが、だれかにすかれるわけなんてなかった。
『そんな私なんて――』
そう、そんな
『――この世界から、いなくなってしまえばいい!!』
――そんなことないよ。
――え?
セシリアが、このせかいからきえるひつようは――無いよ。
どうして? わたくしは、いてもいなくてもおなじな、だれにものぞまれてないおんななのに……
それに、誰にも望まれてないなんてこともない。
うそだ。そんなことありえない。
――少なくとも、私はあなたが生きることを望んでいるよ。
あなたが、わたくしと?
うん、貴女と――セシリアと共にあることを、望んでいる。
どうして?
……それだけ?
うん。そしてそれを成す為に、貴女が罪を償わなきゃいけないなら、私も一緒に償いたいし、十字架を背負わなきゃいけないなら、一緒に背負いたい。
――だめですわ。
どうして?
わたくしは――私は、あなたが思っているほど素晴らしい人物ではありません。
好き
……そんな女に、あなたのような方が付き合う必要はありません。誰かと一緒に生きる資格など、私には無いのですから。
――確かに、貴女の
分かっているのならば――
でもね、貴女の
――そんなこと、有り得ません。私にはこれからを望む資格など無いのです。
もう一度言うよ、セシリア。貴女にこれからがないとか、
……それは。
望む資格とか、色々な理由をつけて目を閉じていちゃ駄目だよ。それこそ、今までのセシリアと何も変わらないよ。
『それ、は……』
何も、言い返せなかった。そしていつの間にか、自分の心が落ち着いていることに、私は気がついた。
貴方はね、望まれて産まれてきたんだよ、セシリア。
その言葉を受けて、私はふと、私物の整理を行っていたあの時に偶然見つけた写真のことを思い出す。
それなのに、望まれていないなんて言っちゃダメだよ。
諭すようなその言葉が、心に染み入ってくる。そして、気が付けば涙が頬を伝っていた。
その声の言う通りだ。私が見つけた写真には、自分の存在を望んでくれていた
『――そうだ』
在りし日の――今はこの世にはいない両親が、写真の中で穏やかな笑顔を浮かべていた。
父はベッドから身を起こしている母の肩に手を添えて、そして母はまだ赤子であった私をその手に抱いている――ごく普通の家族の姿が、その写真の中にはあった。
『私は、望まれていたんだ』
あの写真が撮られた時、両親が何を話していたのかは、当時赤子だった自分が覚えているわけがない。ただ、二人の間には確かな愛と、私への祝福があったことは、たった一枚の写真を見ただけでもよくわかった。
目から流れ出る涙は、止まらない。まるで、今まで抱いていた自分の感情を洗い流そうとしているかのようだった。
そう、貴女は望まれているの。だからね、セシリア――
――私と一緒に、この世界を歩んでいこう?
『嗚呼――』
それは、何の変哲のない誘いの言葉。しかし、それが私の心の闇を払っていく。
何度も間違え、その度に醜い姿を晒してきた自分にも、生きて欲しい、ともに居て欲しい、と望む存在がまだいたのだ。正直に言ってしまえば、何もかも遅すぎたと思っていた。誰からも見捨てられたと思っていた。
『まだ私には、やり直す機会があるのですね』
だが、今この瞬間、それが間違いであったと理解することができた。
『――わかりましたわ』
だからこそ、私は決意した。
『どんなに苦しくとも、蔑まれようとも、このセシリア・オルコットは、この世界を歩んでいくことを誓いますわ』
自身の命続く限り生き抜くことを、そしてこれから自らに降りかかってくるであろう現実から目を逸らさぬことを、私は言葉にした。例え、その誓いの根底に有るのが、
だから――
『だから、あなたも共に』
もうこの誓いは、私だけのものではない。そんな確信があるからこそ、声の主へと私は手を伸ばした。
うん、一緒に行こう。
快諾の言葉が耳に届くのと同時に、自身の指先から光が広がっていく。
その光はまるで覆っている闇を晴らすかのようにどんどん広がっていき、ついには私の全てを包み込んだ。
――不思議と、その光は暖かかった。
書いてて思ったことは、セシリアの口調が結構難しかったということです。
特に語尾には細心の注意を払わないと途端にすごい違和感のあるセリフが出来上がるというね……
さて、ここまで読んでくださりありがとうございます。
よろしければ、感想を残していただけると幸いです。
最後になりましたが、今年もよろしくお願いします。