もう一度、あなたと   作:リディクル

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 今年最後の投稿です。
 今回はいつもより長いです。
 あと、ようやく例の彼女が出ます。
 
 それでは、どうぞ。





二十二「霧と踊る」

 

 

 

 睨み合う――とまではいかないが、少なくとも交わし合っている視線には、友好的な感情は一切無い。スコール・ミューゼルも、更識楯無も、顔に笑顔を貼り付かせているが、その裏では様々な思考が脳内を巡り続けていた。

 

「ようやく尾を掴むことができたわ、亡国機業(ファントム・タスク)

 

 逃げ惑う人々の喧騒が遠くに聞こえる中、最初に口を開いたのは楯無の方だった。貼り付かせた笑顔をそのままに、少々刺々しい言葉をスコールへと投げ掛ける。

 

「わざと尾を掴ませた、とは考えなかったのかしら? 生徒会長さん」

 

 対するスコールも、浮かべた笑顔を崩すことなく言葉を返す。彼女の言葉を聞いた楯無は、馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑い、口を開いた。

 

「そんな拙い判断を、組織の上層部に食い込んでいる貴女がやると考えるほど、私は愚かではないわよ」

 

 情報を集めてきた諜報員への信頼とその情報を精査した自身への自負、そして決して間違うことはない相手への評価。それらを乗せて口から出てきた楯無の言葉には、齢16の少女には似合わない、更識家という一つの組織を背負う者としての貫禄があった。

 そんな楯無の言葉を聞いたスコールは、少々驚いた表情を浮かべ、口笛を吹く。

 

「そこまで評価してもらえるとは――もしかして貴女は私のファンか何かかしら?」

「貴女がテロリストではなくハリウッド女優だったら、なっていたかもしれないわね」

 

 スコールが投げ掛けてきた冗談をさらりと流した楯無は、さて、と仕切り直すように口を開く。

 

「そんな貴女が大人しくお縄についてくれると、私は嬉しいのだけれど」

 

 如何かしら? と楯無はスコールに問い掛ける。しかし、楯無の言葉を聞いたスコールは、ふうむ、と声を出してから顎へと手をやり、わざとらしく悩む仕草を取った。

 

「私も部下を持つ身だから、貴女の提案には乗ることができないわ」

 

 そうして彼女は、しばらく悩んだ()()をしてから顔を上げ、自身の方へと視線を送る楯無へと返答した。もちろん、その顔には清々しいと言えるほどの笑顔が浮かんでいた。

 ほぼ予想通りの答えを、笑顔のまま返してきたスコールを見ながら、楯無は苦笑を浮かべ、全く、残念ねぇ、と特に残念そうには聞こえない声色で言うと同時に、自身の専用機を纏い、そのまま同時に展開した蛇腹剣(ラスティー・ネイル)で斬りかかった。

 鞭のようにしなりながら迫り来るその斬撃を見ながらも、どうやらスコールはそういった展開になることをある程度予測していたのか、特に慌てることなく後方へ跳び、楯無の不意打ちを回避した。自身の攻撃が簡単に避けられる様を目の前で見せられた楯無であったが、()()()()ではこのような結果になるとわかりきっていたからか、さして驚きはしなかった。

 

 故に、楯無はスコールを追い詰める為の次なる手を既に打っていた。

 

 スコールが後方へ跳び、その足を地面につけようとしたほぼ一瞬の空白。そこで楯無は蛇腹剣を持っていない方の手の指をパチリと鳴らした。

 指が鳴る音を聞いたスコールの表情から笑みが消え、代わりに何かに驚いたような顔になった。しかし、楯無の方から彼女の表情の変化は確認しきれなかった。何故なら、表情が変わるか否かのところで、スコールの周りの空間が突如として爆発したからだ。

 ――それは、清き情熱(クリア・パッション)による爆発だった。そもそも楯無が初手で蛇腹剣を振るったのは、周囲の空間へ爆破用のナノマシンを散布する為だった。しかし、それによって空気中に散布できるナノマシンの量は高が知れている。それ故に、今回の爆発は通常の時より規模も小さければ、威力の方も限定空間ではないということもあってか、推定十分の一以下という到底実戦では使えないお粗末なものであった。

 しかし、爆発によって発生した爆風と、それによって巻き上げられた埃は一級品であった為か、彼女が想定していたよりも視界が閉ざされてしまい、それが結果としてスコールの表情を確認することはできなかった。

 この場に他の誰かがいれば、楯無の行為にやりすぎだ、と答えたかもしれない。しかし、もし他者がいても、楯無はこの手を迷うことなく使ったし、やりすぎだ、と言ってきた人間に対しては、これでも足りない、と答えただろう。

 

 ――その証拠に、楯無の機体のハイパーセンサーが、スコールの健在を知らせていた。

 

 やはりか、と楯無は自身が予想していた通りの結果になったことに若干辟易しながらも、蛇腹剣を格納し、代わりに大型ランス――蒼流旋を展開し、油断なくスコールが存在しているだろう地点を見据えていた。

 その顔には既に笑みは浮かんでおらず、真剣そのものと言える表情があった。

 楯無が向ける視線の先で、ゆっくりと視界が晴れていく。そうして徐々にスコールの姿が見えてくるのと合わせるかのように、楯無の表情もどんどん険しいものへと変わっていった。

 

 そこには、黄金のISが存在していた。

 

「――黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)

 

 自身の専用機が告げる敵機の名称を、楯無は読み上げるように呟く。

 その名称は、楯無の記憶に覚えがあるものだった。と言っても、まことしやかに囁かれていた噂話を覚えているというだけだ。

 曰く、炎を武装として使うISが存在しているらしい。そのISは、とある研究所で開発され、とある人物の専用機となった。

 ――そして、その人物はある作戦の最中、そのISとともに行方不明となった。

 世界最強(ブリュンヒルデ)に匹敵する腕前を持った操縦者に使われた、そのISこそが――

 

「いつかこの世に戻る、黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)

 

 謳うように、再度敵機の名称を楯無は言葉にする。

 そんな楯無の言葉を聞いた当の機体の操縦者は苦笑を浮かべながら、よくその噂話を知っていたわね、と口にした。まるで昔の思い出を懐かしむような口調で紡がれたスコールの言葉に、楯無は本当にただの噂だったら良かったのだけれどね、と返した。

 

「まさか、()()()()()亡国機業に落ちていたとは思ってもいなかったわ」

「――まあ、色々あったのよ」

 

 楯無の言葉に、スコールはどこか悲しげでありながら、何かを懐かしむような表情を浮かべた。彼女のガラリと変わった雰囲気を怪しみつつも、何故目の前に立つ彼女がそのような表情を浮かべるに至ったか――その理由に興味を持った楯無がそのことを尋ねるべく口を開こうとしたが、そうするよりも早く、スコールはさて、と仕切り直すように声を上げた。

 

「貴女にも時間がなく、私も同じく猶予はない。そこで提案なのだけれど」

 

 ――私のことを、見逃してはくれないかしら?

 

 先ほどの謎の表情と雰囲気は鳴りを潜め、代わりに余裕のある笑みを浮かべたスコールが、楯無に対してそう問い掛けた。しかし、そんな彼女に対して、楯無は満面の笑みを浮かべて、口を開く。

 

「それは出来ない相談ね」

 

 その言葉を言うと同時に、楯無は蒼流旋に内蔵された四連想ガトリングガンを起動し、弾丸をばら撒きつつ横から回り込むように接近を試みた。

 対するスコールも、向かってくる楯無を視界から外さぬように後退しつつ、炎の鞭(プロミネンス)を高速回転させて発生させた防御シールドで弾丸を防ぎ切った。

 しかし、彼女がガトリングガンによる()()に意識を割いた僅かな隙を見逃さず、楯無は瞬時加速で自身の持つ得物が届く距離まで接近した。そして、ほう、とスコールが上げた感嘆の声を聞き流しつつ、腕部装甲に展開していた水のヴェールを蒼流旋の切っ先へとらせん状に纏わせ、勢いよく目の前の敵へと刺突を叩き込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 出口へと駆けていく観客達の姿をハイパーセンサーで把握しつつ、一夏はアリーナ上空へと目を向けていた。

 彼の視線の先では、セシリアと襲撃者、双方の機体に備え付けられたスラスターから発せられる光が空中に軌跡を描き、展開されたBT兵器から放たれるビームが閃光となってよく晴れた空を裂く。そんな、非常時でもなければ美しいと思えてしまう彼女らの戦闘の様子は、まるで踊っているかのような錯覚を抱かせるには十分なものだった。

 そんな芸術的とも言える空中戦に茶々を入れるかのように、時折地上から砲弾が放たれている。ラウラのレールガンによる支援だ。しかし、いつもとは違い砲撃を放つ頻度は少なく感じられる。

 ――その答えは、上空で繰り広げられている戦いにあった。彼女らはBT兵器を扱い、多角的に展開されていく状況の中で、複雑に絡み合うような戦闘機動を取っている為か、そもそも静止している時間が圧倒的に少ないのだ。その事実は、地上から狙っているラウラにとっては、一歩間違えれば誤射に繋がりかねないものである為、機を待ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()として援護を行わなければならなかった。

 

 ――そのラウラの選択が、セシリアを一層不利にする結果となっていたのは、皮肉としか言えなかった。

 

 現在セシリアの専用機であるブルー・ティアーズは、高速機動パッケージの仕様の関係上、主兵装とも呼べるBTビットが使えない状況にあり、それが現在の戦闘において手数が激減するという形で浮き彫りになっていた。しかしその問題は、本来であればラウラのレールガンによる砲撃支援が十分であれば全く歯牙に掛けることはないものであるのだが、ラウラが彼女の身を案じ、回数ではなく精度を優先した結果、本来補われる筈の手数は補われることなく、事態は不利な方向へと徐々に傾いていた。

 勿論、一歩離れた場所から見守っている一夏でもここまでわかるのだ。現在戦闘中の二人はこれ以上のことを考えているに違いないし、現状を打破する為に今も必死に思考を巡らせているに違いない。

 

 そんな彼女らの姿を見ているしかできないことに、一夏は一種の歯がゆさを感じていた。

 

 何もなければ――ここが、観客がいない学園のアリーナであれば、彼はすぐに戦闘へと参加していただろう。そうすれば、恐らくではあるが今現在よりかはマシな戦況になっていたに違いない。

 しかしそれは、()()()の話だ。ここは市のアリーナであり、戦う力を持たない観客達もいる。そして戦う力がない彼らのことを、誰かが守らなくてはならない。それが、今回のこの状況においては一夏と照彦だった、というだけなのだ。

 早く、早く、と時間が経つにつれて一夏の心の中で焦りが大きくなっていく。しかし、ハイパーセンサーが映し出す観客達は、混乱からか一斉に出口に殺到しているようで、なかなか数が減らない。

 ――いっそ、早くしろ、と怒鳴ってしまおうか。そんな乱暴な考えが一夏の頭を過ぎるが、すぐにその考えを振り払う。仮にも彼らの盾となっている自分が、そんな傲慢な真似をしてどうするのか。自身が怒鳴って解決するなら、もうとっくに上空の戦闘に参加している頃だろう――

 そう考えながら、一夏は観客席に背を向けて浮かびながら、じっと避難が終わるのを待っていた。

 

 ――しかし、彼がそうして神経をすり減らしている間に、上空では動きがあった。

 

 このままでは埓があかないと判断したのか、セシリアが襲撃者の隙を突き、再度体当たりを敢行したのだ。その時彼女と襲撃者の距離はかなり近くなっており、相手の方もまさかまた彼女が自身に向けて突っ込んでくるとは思っていなかったのか、回避行動を取る暇もなくセシリアの突進を受ける結果となった。

 そうして襲撃者の体を捉えたセシリアは、そのまま襲撃者の両腕を掴んで押さえ込み、突進した時の速度を維持したままアリーナを覆っているシールドバリヤーへと突っ込んだ。

 甲高い音が一夏の耳に届くとともに、突進の衝撃を受けたシールドバリヤーが割れ、破片が宙を舞う。しかし、それらが地上に落ちることなく、空中で光となって消えていく。そんな中をセシリアは突っ切り、シールドバリヤーの範囲外まで出たことを確認した瞬間、手に持っていたBTライフルで強引に襲撃者を弾き飛ばし、間髪入れずにライフルを構え、撃つ。

 弾き飛ばされた襲撃者はというと、すぐに体勢を立て直し、自らの前面にシールドビットを展開してセシリアの射撃を防いだ後、後方へと退きながらライフルとビットの攻撃で牽制を始める。それらの攻撃を避けつつ、セシリアも襲撃者を追うべく前進を始める。

 追うセシリアと、退く襲撃者。どちらかが撃てば、どちらかが避ける。ただその状態は一進一退の攻防と呼べるものではなく、ラウラの支援砲撃ができる範囲から抜け出てしまったが故に、手数の面で完全に上回ることがなくなったセシリアの方が圧倒的に不利であった。

 しかし、当のセシリアはそのような状況でも怯むことはなく、襲撃者からの攻撃による損害を最低限まで抑えつつ、食らいつくように追いかけていく。

 

 そうして、もつれ合うようにして飛びながら相争う青色と蒼色(姉妹機)は、徐々に戦いの舞台を市街地の方へと変えていった。

 

 遠ざかっていく二機の様子を見ていた一夏は、自身の中にある焦りが大きくなるのを感じ取った。ラウラの方を見てみれば、焦った様子でどこかへ連絡している様子が確認できた。恐らくは、千冬に現状を報告し、指示を仰いでいるのだろう。

 ――それでは、何もかも遅い。そう考えると同時に、一夏はハイパーセンサーで自身の背後の様子を確認する。背を向けていた観客席にいた人々は、残り約半分といったところであり、全員の避難が完了するまでには、もう少し時間が掛かりそうだった。

 もうこれ以上は待ちきれない。そう叫んでしまいたくなるのをこらえながら、一夏はセシリアと襲撃者が飛び去った方向を睨む。そして、自身の専用機のスラスターにエネルギーを回し――

 

『一夏、聞こえるか?』

 

 照彦から入った通信に、飛び立とうとした瞬間を止められた。

 

「――どうしたんだ、照彦」

 

 早くしないとセシリアが、と続けようとしたが、それよりも先に、提案がある、と照彦の方から口火を切った。

 

『お前のことだ、これからセシリアを追おうとしていただろう』

 

 殆ど確信しているような口調でそう言ってきた照彦に、一夏はバレてたか、と申し訳なさそうな表情を浮かべ、彼の懸念が正しかったことを伝える。

 一夏の答えを聞いた照彦は、やっぱりか、と表情に呆れを滲ませながらぼやいた後、自身の予想が当たっていたという事実に小さくため息をついた。そんな彼の様子にむっとしながらも、一夏はそれで提案って? と先を促す。その言葉を聞いた照彦は、滲ませていた呆れを一瞬で引っ込ませ、代わりに真剣な表情を浮かべながら、再度口を開いた。

 

『セシリアのことは俺に任せてくれないか?』

 

 落ち着いた、しかしどこか力強さを感じられるその言葉に、一夏は思わず気圧された。しかしそれもほんの数秒だけで、すぐに気を取り戻した彼は、照彦にどうして? と問い掛けた。

 一夏の問いに、照彦は再度ため息をついた後、口を開く。

 

『――お前の方は、まだ観客の避難が完全に終わっていないだろう』

 

 彼が突きつけてきたのは、事実であり、正論だった。一夏が受け持った側の観客席では、確かに観客の数は減ってきているが、まだ避難が完了していない。彼の言葉を受け、一夏がそちらは終わったのか? と聞き返せば、照彦は首を縦に振ることによる無言の肯定を返した。

 そんな彼に、一夏はもうすぐ終わるから、大丈夫だ、と言うが、照彦はじっと真剣な表情を崩さず、何も言わずに一夏を見つめる。

 彼の鋭い視線を受けて、一夏は自身の背に冷や汗が流れるのを感じた。嘘は言っていない、現に、こうして照彦と話している間も背後の様子を確認してみれば、人が減っていくにつれて人々が避難する速度が上がっているのだ。

 その()()を、照彦もわかっているはずだ。しかし彼は、全くそのことに触れず、じっと一夏を見つめているだけなのだ。

 

 二人の間に、沈黙が流れる。

 

 時間は有限だ。しかし、どちらもこの話が終わるまで動く気はないと言っているかのように、空中で静止し、通信に集中していた。

 ――1分。その短くも長い時間が過ぎた後、先にしびれを切らしたのは、一夏の方だった。

 

「……どうしたんだ、照彦」

 

 これ以上時間を取られるのはまずい、と考えつつも、照彦が未だに何も言わないことに困惑しつつ、一夏は彼に問う。

 一夏の問いを聞いた照彦は、なあ、一夏、と落ち着いた口調で言った。

 

『お前が俺に問い掛けて来た時に俺が言った答え、まだ覚えているか?』

 

 照彦の言葉に、一夏は一瞬だけ虚をつかれた。自身が問い、彼が答えた事柄など、()()()()()()()()()()()()()()しかない。

 ――何故、今になってそんなことを? と問い掛けようと口を開きかけた一夏を手で制し、照彦が言葉を紡ぐ。

 

『今が、その時だ』

 

 かちり、と歯車が噛み合う音がした。

 

「――ああ、そうか」

 

 だから、お前は任せてくれって言ったのか、と一夏が聞けば、輝彦は何も言わずに首を縦に振った。

 ――あの時、あの場所での誓い。それを果たすのが今のような状況だと、彼は言いたいのだ。

 ならば、是非もなし。そう考えた一夏の口は、わかった、と無意識のうちに照彦に向けて言っていた。

 

「俺はここに残って他の人達を守る」

 

 ――だから。

 

「セシリアのことを頼むぞ、照彦」

 

 静かに、しかし強い意志を持って一夏は言い切った。そんな彼の言葉を聞いた照彦は、ああ、と首を縦に振った後、不敵な笑みを浮かべた。

 

『セシリアのことは俺に任せておけ』

 

 ――だからこそ。

 

『こっちのことは任せたぞ、一夏』

 

 同じく、力強い照彦の返答に、一夏もまた笑みを浮かべ、おう! と応えた。そんな彼の返答を聞いた照彦は、笑みを浮かべたまま、行ってくる、と言い、スラスターに火を灯した。そして、一気にアリーナ上空まで飛び上がると、セシリアと襲撃者が向かった方向へと向き直り、飛んでいった。

 一夏はそんな彼の姿を、何も言わずに見送りつつ、もう一度ハイパーセンサーで観客席の様子を確認すれば、残りの人々は約十分の一というところまで減っていた。

 この様子ならば、ここはもう大丈夫だろう。そう考えた一夏は、他の場所へと目を向け、逃げ遅れた人がいないか探し始め――

 

 ――アリーナ中央に、見慣れないISが存在していることに気がついた。

 

 一瞬遅れて、白式が所属不明機の存在を検知する。しかしそんな愛機の警告は、()()()()()()()()()()()()()()その機体を目の当たりにし、驚愕で思わず固まってしまった一夏が認識するのには、さらに数秒の時間を要した。そして警告を認識して尚、一夏は狐に化かされているような感覚を拭うことができなかった。

 単一仕様(ワンオフ・アビリティー)を使用したにしろ、他の方法を使ったにしろ、ISというものが何かアクションを起こした場合、同じくISであるならば何かしらの変化を感知し、何かが起こる前に兆候ぐらいは気が付くことができる。

 

 ――しかし、そうした当たり前の反応すらなかったのだ。

 

 最初は自身の機体に何かしらの異常が出ているのではないか? と疑い、機体の機能を精査してみたが、白式はセンサーを始めとする自らの機能が十全であることをポップアップで告げてきた。

 それは即ち、一夏が目で捉えているその機体は、文字通りいきなり現れ、そして当たり前のようにそこに存在しているということを意味していた。

 何か力を行使したわけでもなく、そして自身の機体の不調でもない。全くもって、何がなんだかわからない――そう思いながら、一夏は警戒を強めつつ、改めてその機体へと目を向ける。

 ただ、詳細を観察するまでもなく、その機体の形状を一夏は理解していた。しかし、それは何かの資料を見たときに載っていたというものではない。

 単純に、瓜二つだったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()に――

 

 ――そして、その機体を纏う者と、目が合った。

 

 バイザーによって顔の上半分が隠されているので、本当に合ったのかは定かではない。しかし、一夏は直感的に、()()()()()()()()()()()感覚をほんの一瞬だけ感じ取った。

 

『こんにちは、織斑一夏君』

 

 操縦者が、オープン・チャンネルで一夏に声を掛けてくる。ボイスチェンジャーで声を変えているが、僅かに残る地声の質と、操縦者自身の体つきから、相手が女性であると推測できた。

 どこか楽しげな調子で挨拶をしてきた女に対して、自身の名を相手が口にしたことはこの際気にせず、一夏は無言で睨むことを返答とした。しかし、そんな一夏の態度が心の琴線に触れたのか、その女は口元を歪ませ、()()

 女の嗤いを目にした一夏が、眉間にしわを寄せて詰問しようと口を開きかけた所に、白式がポップアップである情報を伝えてきた。

 

 ――敵機体名称:モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)

 

 その情報に、一夏は表情には出さなかったものの、内心で再び驚愕した。その機体の名も、彼はよく知っているものであったからだ。そして、その機体は()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 それが、なぜここにある? そんな疑問が、一夏の頭を過ぎったのとほぼ同時に、女がねえ、と呼びかけてきた。

 

『私と踊らない?』

 

 女のその()()は、一夏の警戒心を最大まで引き上げるのには十分な理由となった。そしてそうするのと同時に、一夏は白式が女の機体を()と呼称していたことを思い出し、言葉には出さないものの自身を叱咤し、格納していた雪片を再展開した。

 

 似ているから、なんだ。

 今自身の目の前にいるのは彼女ではなく、敵だ。

 何を惚けている――何を迷っている!

 目の前に敵がいるのであれば、自身の為すべきことは一つだろうが!

 

 そんな一夏の思考に呼応するかのごとく、女は()()()()()()()を浮かべ、言葉を口にすることなく、彼に対して手招きをした。

 それに答えるように、一夏は白式のスラスターを起動し、まっすぐ向かっていった。

 

 

 

 

 

――直感が、あの女はここで倒さなければならない、と彼に告げていた。

 

 

 

 

 

 




 謎のロシア産ISを使う女……一体何者なんだ?
 まあ、正体はわかりますよね。
 彼女の機体には色々秘密があります。
 その一部が出てくるのは、もう少し後です。
 それまで楽しみにしてくれたら幸いです。

 ちなみに来週はこの作品の投稿をする予定はありません。
 まあ、年始なのでゆっくりしつつプロットの調整がしたいのと、久しぶりに短編が書きたいなー、と思ったからです。
 プロットの調整がメインなので、短編は余裕があれば……みたいな感じになります。

 そのような作品ですが、感想をお待ちしています。



 

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