もう一度、あなたと   作:リディクル

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 ようやくキャノンボール・ファスト当日です。
 例にもよって原作と展開が結構変わっていますが、ご了承ください。

 それではどうぞ。





二十「砲弾よりも速く」

 

 

 時は移り、キャノンボール・ファスト当日。天気は憎らしいという言葉が相応しい快晴であり、絶好のイベント日和と言えるだろう。

 それを証明するかのような盛大な歓声が、ピットの中で待機している一夏の耳に聞こえてくる。現在、一般生徒の部は2年生のレースが行われている。どうやら、抜きつ抜かれつのデットヒートであることが、ピットに備え付けられたモニターからうかがい知ることができた。

 今行っているレースが終わったら、次はいよいよ専用機持ち(自分達)の番だ。そう考えながら、一夏はピットの中をざっと見渡してみる。

 彼の目で見る限りだと、ピット内では専用機持ち達が思い思いの行動をしていた。

 スラスター等の最終調整をしたり、目を閉じて精神を統一していたり、入念にストレッチを繰り返したりと、各々の性格がよくわかる。

 そうして、いつもとは違う彼女らの雰囲気に感心しながら、一夏がピット内の様子を静かに眺めていると、今まさに最終調整を終え、空間投影ディスプレイから目を上げた照彦の目が合った。

 一夏が手を小さく手を挙げれば、照彦も同じく手を挙げ、ディスプレイを消してからゆっくりと一夏の方へと歩いてきた。

 

「いよいよだな」

 

 そう言って一夏の隣に立った照彦に対し、そうだな、と返した一夏は、モニターの中で行われているレースに集中する。

 もうすぐ終盤ということで、徐々に首位に立っている選手が、後続を引き離しに掛かっている。

 

「――負けるつもりはないぞ」

 

 モニターを眺めていた一夏の耳に、照彦の声が届く。その言葉を聞き、一夏はモニターから目を離し、彼の方へと顔を向けると、彼は真剣な表情を浮かべて一夏を見つめていた。そんな彼に釣られて一夏もまた、表情を真剣なものへと変え、こっちこそ、と言葉を返した。そんな一夏の返答に満足したのか、照彦はにやりと不敵な笑みを浮かべる。一夏もまた、彼の表情に答えるかのように、顔に笑みを浮かべた。

 そうして二人が不敵な笑みを浮かべ合っていると、ピットの自動扉が、気の抜けたような空気音とともに開かれた。

扉が開く音に一夏も含め、部屋の中にいる人間全員が開かれた扉の方に目を向けると、開かれた扉から、何か用事があって外に出ていたはずのラウラが入ってきた。

 帰ってきたラウラの姿を確認した専用機持ち達は、一人を除いてすぐに興味を失い、次の瞬間には各々のやるべきことへと戻っていた。ラウラもまた、そんな彼女らの視線に特に反応を返さないまま、しきりにピット内を見渡していた。そんな彼女の様子は、一夏の目にはまるで誰かを探しているように映った。

 諸々の疑問が沸いてくるが、とりあえず彼女にとって何か困ったことがあったのだろうか、と考えた一夏は、事の次第を聞こうと思い、ラウラの方へと歩き出そうとし――照彦に手で制された。

 横目で照彦へと視線を送れば、照彦が小さく、任せてくれないか? と言ってきた。その言葉を聞いた一夏は、少し思案した後、何も言わずに頷いた。一夏の頷きを確認した照彦は、すまないな、と苦笑を浮かべながら謝罪の言葉を述べた後、ラウラの方へと歩み寄っていった。

 

「どうしたんだ?」

 

 自身に声を掛けられたラウラが、照彦の方を振り向く。一夏の目から見た感じでは、特に表情に変化は見受けられない。しかし、感じられる雰囲気に、少々の困惑が混じっていることだけは理解できた。

 秋月か、とラウラが言えば、その言葉を聞いた照彦が、そうだが? と答える。

 

「――何でもないぞ、大丈夫だ」

 

 答えるまでに間があったが、ラウラの返答には特に慌てた様子はない。そして、微妙に聞き耳を立てていた他の専用機持ち達も、ただ一人を除き、疑問には思わなかった。ただ、一夏も照彦も、そんな彼女の様子に引っ掛かりを覚えた。確かにラウラは軍人であり、感情を隠すのはお手の物だろう。しかし、今回は何故か()()()()()()間があった。それが何を意味するのかまでは分からないが、重要な意味を持つのは確かなのだろう。

 ただ――

 

「……何かあったら力を貸す」

 

 今は余計な詮索をせず、そう約束しておくのが最善だろう。そう思いながら、照彦は彼女の返答を待った。

 ラウラは彼の言葉を聞き、少し思案した後、わかった、と今度は迷わずに言葉を返した。

 彼女の言葉に、照彦が無言で頷きを返した直後、またしても自動扉が開かれる音が聞こえた。再度開かれた扉の所に立っていたのは、プログラムの紙を手に持ったバインダーに挟んだ真耶だった。

 真耶はピット内を見渡し、()()いることを確認した後、口を開いた。

 

「皆さーん、そろそろ入場の時間なので、準備をお願いしまーす!」

 

 よく通る声で言われたその言葉を皮切りに、各々がそれまでしていた事をやめ、カタパルトの方へと動き出す。

 誰にも返事をされない真耶が、あ、あれ? と困惑の声を上げたのを尻目に、照彦は一夏の方へと顔を向ける。

 示し合わせたかのように目が合い、ほぼ同時に不敵な笑みを浮かべた二人は、ゆっくりと、同じ歩幅でカタパルトの方へと歩き出した。

 

 

 

「誰かを探していらっしゃったので?」

 

 隣り合って、自身の少し前を歩く一夏と照彦の姿を見ながら、ライバルとはああいった関係のことを言うのか、と感心しながら見ていたラウラへ、セシリアが確信を持って問いを投げかける。

 セシリアの声を聞き、ラウラはそんなところだ、と答えつつも、二人の男性操縦者の様子をつぶさに観察していた。

 

「――探し人は見つかりましたか?」

 

 声を潜めて投げ掛けられたセシリアの新たな問いに、ラウラは首を横に振り、痕跡すら見つからん、とため息混じりの声で言った。

 

「もしかしたら、この会場にも来ていないのかもな」

 

 しかしその可能性は低い、とラウラは心の中で付け加える。今回のような大規模イベントにおいて、専用機持ちは病欠等の()()()()()()()()がない限り、原則参加するように義務付けられている。

 その理由として最も挙げられるのが、一部の例外を除く専用機――即ち、次世代型の量産機候補の宣伝目的だ。国際的なシェアを獲得したい開発元(メーカー)にとって、今回のような場を利用することで、制作した専用機の性能等を披露する。

 それを蹴るというリスクは、専用機持ちとして重々承知している筈だ。そうであるにも関わらず、今年度行われた宣伝向けの学園行事には全て不参加となっている。

 ――これでは、何かあったと言っているようなものではないか! 調べた当初、そう憤慨したラウラであったが、彼女が考えを巡らせることができるのは、そこまでだった。単純な情報不足故に、それ以上情報を広げることが不可能だったからだ。

 憶測ではいくらでも考えることができるが、それは自身が望む答えを出せる保証はない――それが身にしみてわかっているからこそ、ラウラは口惜しさを感じながら、4組の専用機持ちへの考えをそこで一旦打ち切った。

 そして今まで考えていた事を振り払うかのように、それよりも、と前置いた後、セシリアの方へと顔を向けたラウラは、自身の些細な疑問を話題へと変えるべく、口を開いた。

 

「少し雰囲気が変わったようだが、何かあったか?」

 

 投げ掛けられたラウラの問い掛けに、セシリアは特に何かを気にした様子はなく、ただ小さく笑みを浮かべ、ええ、と肯定の言葉を返す。

 

「見つけたのですわ、私の原点(ルーツ)を」

 

 セシリアが脳裏に浮かべるのは、トランクを片付けていた時に偶然見つけた()()()()。あれこそ、迷い続けていた彼女にとって光明になるものであった。

 ――それは余りにも小さい灯火であるが、それでも、今のセシリアにとってはかけがえのない(しるべ)には違いなかった。

 

「恐らく、ラウラさんがあの時アドバイスをしていなければ見つけられませんでした」

 

 まだ迷いは完全には晴れていないし、気を抜けば贖罪の感情に飲み込まれてしまう。それでも、その灯火がある限り、自身はまだ立っていられるし、前を向くことができる。

 それは、他でもない、ラウラのおかげだ。

 

「だから、改めてお礼を言いますわ」

 

 ありがとうございます、ラウラさん。

 

 本当は、深く頭を下げたかったセシリアであったが、現在は移動中なので、言葉だけの感謝だ。それでも、しっかりとした感情を込めた言葉はラウラの心に届いたようで、その言葉を聞いたラウラは、彼女と同じように小さく笑みを浮かべ、そうか、とだけ答えた。

 その短い返事に、セシリアは無駄に飾らないラウラらしさを感じ、笑みを深めながらも、そういえば、と前置きつつ口を開く。

 

「何故、人探しを?」

「――その人に、会いたいと思ったからだ」

 

 セシリアの問いに、ラウラは一瞬だけ間を置き、答えを返す。そんなラウラの言葉を聞いたセシリアは、ふむん、と神妙な顔で顎に手を当てて、何かを考え始めた。

 そして、答えが出たのか、笑みを浮かべながら、ラウラへと言葉を投げ掛けた。

 

「――よろしければ、ラウラさんがしている人探しをお手伝いしてもいいですか?」

 

 唐突なセシリアの申し出に、ラウラはさして驚かず、少し思考した後、口を開いた。

 

「……ありがたい申し出だが、もう少しだけ自分の力で探させてくれ」

 

 そして付け加えるように、それでも難しいようであれば、こちらから改めて頼む、とラウラは答えた。ラウラの返答に、セシリアは特に追求することはなく快諾し、いつでも待っておりますわ、と答え、前を向いた。ラウラも彼女と同じく、前を向いた。

 前を向いた二人の表情には既に笑みはなく、それは真剣なものへと変わっていた。

 

 ――そして、二人の間にそれ以上言葉は必要なかった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 専用機持ちのレースは、予定通りスタートした。

 スタートと同時に、一夏と照彦が爆発的な加速によって他の専用機持ちを引き離しに掛かり、最初のコーナーに辿りつく頃には、二人と他の専用機持ちの差はかなり開いていた。その状況でトップをひた走っているのは一夏であり、そのすぐ後ろを照彦が追従するという形になっていた。

 そんな二人を追うように加速し、暫定3位の位置につけたのは、専用機持ちの中で唯一の第四世代型ISを持つ箒だった。彼女は二人のISを攻撃範囲に捉えるやいなや、雨月のレーザーや空裂のエネルギー刃で攻撃を仕掛けるが、容易く避けられてしまう。

 その事実に、箒は表情を険しいものにし、さらに距離を詰めようと加速しようとした。

 

 しかし、突如として背後から衝撃が加えられたが為に、彼女は加速できなかった。

 

 思わず舌打ちした彼女が後方へと意識をやれば、甲龍を纏った鈴音がかなり近くまで迫ってきており、衝撃砲の狙いを定めているのが確認できた。鈴音の方でも、箒が自身へと意識を向けてきたことに気がついたのか、顔に快活な――しかし好戦的でもある笑みを浮かべ、衝撃砲を連射し始めた。ついに仕掛けてきたか、と思い、表情をさらに険しくした箒はすぐさま回避行動をとり始める。

 前を走る箒が、自身の攻撃を避ける様子を見ていた鈴音であったが、攻撃が当たらないという事実に取り乱すことはなかった。むしろ、流れ弾で箒を削れるならばよし、くらいにしか考えていなかったからだ。何故なら、自身が衝撃砲を連射したのは、箒に攻撃を加えることが主目的ではない。彼女の真なる狙いは――その先の、未だトップ争いを続ける二人の男性操縦者なのだ。

 彼女としては、どちらか一方のスピードをある程度削げれば良く、上手くいけば前を走る男二人を自身の後ろへと送ることができるこの攻撃は、箒の攻撃が止んだ直後のわずかな隙をついたという自負があり、必ず一定の成果を上げると確信していた。

 しかし二人は、鈴音が思い描いていた展開とは違い、全くスピードを落とさずに容易く不可視の砲弾の雨を避け切った。その異常とも言える機体制動の技術をこの目で見た鈴音は、思わず目を見開いた。

 

 その隙を狙いすましたかのように、手榴弾の置き土産とともにシャルロットは鈴音を抜き去った。

 

 あっ、と鈴音が声を上げるのと、シャルロットが彼女に投げつけた手榴弾が爆発したのはほぼ同時であった。とっさのことで防御することができなかった鈴音は、爆発をモロにくらった影響によって、順位を一気に落としてしまった。

 彼女が自身の遥か後方へと下がっていったのを、ハイパーセンサーで確認したシャルロットは、よし、と呟いた後、手に持っているショットガンを格納し、代わりにアサルトライフルを展開した。既に彼女は後方のことは意識しておらず、その目は既に自身の前を走っている箒へと向けられている。目を向けられている当の本人は、シャルロットの厄介さを知っているのか、険しい表情をそのままに、さて、と呟いた。

 レースの方は二つ目のコーナーが見えてきており、もうすぐ半分といったところだ。箒としては、これ以上前を行く男性操縦者達以外の選手に手こずっている暇はなく、早めに憂いを絶たなければ勝利はないということを自覚し始めていた。

 

 そうであるが故に、第二コーナーに差し掛かった時、箒は仕掛けた。

 

 誰もが最短でコーナーを曲がろうとしている中、一人だけ大きく膨らむような進路をとり、()()()シャルロットとの距離を近づけた。当然、近づかれた本人はそのことを予想していたのか、アサルトライフルの引き金を引き、射撃を行う。しかし箒は、放たれた銃弾をほんの少しだけ機体の位置を調整して避けた後、今まで落としていた速度を急激に上げ、すれ違いざまにシャルロットを斬り付けた。

 物理シールドを構えるのが間に合わず、箒の斬撃が直撃したシャルロットは、ぐう、とくぐもった声を上げ、機体のバランスを崩し、その影響で大きく速度を落とした。しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに速度とバランスを元に戻し、前を行く箒を追うべく、スラスターの出力を上げようとした。

 だが、その行動を実行する直前になって、突如ハイパーセンサーが後方からの熱源反応を感知した。そのことを確認したシャルロットが、ほとんど反射的に回避行動を取れば。回避する直前までいたところへ、不可視の砲弾が着弾する。まさしく、衝撃砲による攻撃だった。

 シャルロットが急いで鈴音との距離を確認すれば、予想以上に近づかれていることに気がついた。何故、と彼女が思ったのはほぼ一瞬。すぐに原因が箒の攻撃を受けたときだと理解した。

 ――鈴音を対処するか、箒を追うか。どちらが自身に利があるか考えようとしたシャルロットであるが、徐々に密度を増していく衝撃砲による攻撃のせいで、ほとんど選択肢がないことに気が付きつつあった。

 追われる側であるシャルロットは、何とかして状況を打破しようと考えを巡らしつつ、後方からの砲撃をハイパーセンサーの反応を頼りに避け続ける。一方追う側の鈴音は、シャルロットへの攻撃を敢行しつつ、一刻も早く箒を補足できる距離まで近づこうと、徐々に速度を上げながら。

 

 そこへ、一条の青い閃光が飛来する。

 

 寸分狂わず鈴音の機体に着弾したそれは、シールドエネルギーをそれなりの量削りつつ、鈴音の速度を落とすのに十分な役目を果たした。

 そんな突然の事態が起こったことにより、態勢を立て直すのが一瞬だけ遅れてしまった鈴音の真横を、ほぼ同じ速度でセシリアとラウラが通り過ぎていく。

その光景を目の当たりにして、ようやく鈴音は理解した。

 おかしいと思っていた、セシリアはともかく、男性操縦者達を除いた場合で、この学年で最も()()()ラウラが何故最下位に甘んじていたのか、何故()()()()()()()()()セシリアと併走していたのか。ハイパーセンサーがその事実を映し出していたにも関わらず、自身は前ばかり見ていて、ほとんど無視していたといっていい。

彼女らは――手を組んでいたのだ。恐らく、このレースの最終局面まで。

 その事実に気がついた鈴音の頭に、一気に血が上ってくる。よくもやってくれたな、と自身の不注意を棚に上げつつ、衝撃砲のチャージを始める。最早、彼女は冷静な判断ができなくなりつつあった。

 

 ――()()()()

 

 既に男性操縦者二人が通り過ぎた三つ目のコーナーをその目で捉えた彼女達は、各々が次で終わらせるという気概になっていた。

 箒が雨月と空裂の柄をその手で握り締め、鈴音がチャージを完了させた衝撃砲の駆動音を聞きながら笑みを浮かべる。その様子を確認したシャルロットは、ちいさなため息を一つ吐き、グレネードランチャーを展開した。前を行く三人のただならぬ様子を感じ取ったセシリアが険しい顔を浮かべるその隣で、いつも通りの無表情を顔に貼り付けたラウラが、静かにリボルバーカノンの引き金に指を掛ける。

 いつ均衡が崩れ、レースそっちのけで乱戦が起こってもおかしくない雰囲気の中、第三コーナーを曲がった後、専用機持ちの誰もが動こうとした。

 

 

 

 ――その刹那、上空からブルー・ティアーズのそれより深く蒼い閃光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 




 早足でサイレント・ゼフィルス登場まで。
 レースに関してはゴールまで書けないので、これぐらいでいいかなぁ、と思っています。

 このような作品ですが、ここまで読んで下さりありがとうございます。
 次回も読んで下されば幸いです。
 感想もお待ちしていますので、どうぞよろしくお願いします。

 ――今話題のアーキタイプ・ブレイカーについては、そのうち活動報告で詳しいことを話しますので、それまでお待ちください。



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