もう一度、あなたと   作:リディクル

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今回の話は、この作品の根っこの部分の説明みたいなものになります。
作者の過去作を読んだことがあるなら、絶対に見覚えのある場面がほとんどを占めています。

それでもよろしければ、どうぞ。





一「追体験ドリーム」

 

 

 懐かしい(知らない)景色を見た。

 そこはどうやら、IS学園の部屋の一つのようだった。

 

『織斑君、あなたは守る人ではない』

 

 自分の目の前には、■■■■がいる。彼女が浮かべている表情は真剣なものだ。

 

『あなたは――誰かを救う人なのよ』

 

 真剣な表情のまま、■■■■は自分に向けて言葉を紡ぐ。

 しかし、彼女の目の前に座る彼の中にあったのは、迷いと恐れであった。

 何をしたらいいのかわからない、本当にこれでいいのだろうか。そんな感情を心に満たしたまま、彼は■■■■の言葉に返答するように口を開く。

 その返答を、一夏は静かに聞いていた。

 

 ……俺には、そんな力なんてない。

 

 彼の口から出たのは、なんとも情けない自己否定だった。しかし、そんな言葉はすぐに否定される。

 

『救うことに力の有無なんて関係ない。力――暴力が必要なのは、いつだって守ることなのよ』

 

 たった一言、そんな言葉を投げ掛けられるだけで自分の心は揺らいだ。当たり前だ、ネガティブな感情で満たされた人間の言葉などに宿る力など、たかが知れている。そんな言葉など、真に強い言の葉によって否定され、かき消される。

 そしてそれは、一種の存在否定のようなものであると、その時の一夏は考えていた。

 ……だが、どうしてだろう。

 

『織斑君には守るために振るう暴力がないのかもしれない。でもそれは恥ずべきことではないわ』

 

 彼女の言葉が紡がれる度、自分という存在が否定される度に、自分の心の中にある迷いと恐れが別の感情へと置き換わっていく。

 

『何故なら、あなたは救う人――暴力が必要とならない世界があなたの戦場なの』

 

 目の前の彼女の言葉を理解する度に、心が軽くなっていく。

 

『だからね、織斑君。もうあなたは、誰かを守らなくていいの。それと同じ分だけ誰かを救えれば、それでいいの』

 

 それはどこか、自身を縛り付けていた鎖が外されていくようにも思えた。

 ただ、それでも自分の中に残っていた迷いと恐れが反論を言葉にする。

 今ここで消えたくないと精一杯叫んでいるようにも思えるその言葉を、一夏はまるで他人事のように聞いていた。

 

 ――じゃあ、俺が今まで守りたかった何かは、これから誰が守っていくんですか?

 

 そんな彼の不安が紡いだ言葉を■■■■は予測していたのか、一切の迷いを見せることなく即答する。

 

『私が、今まであなたが背負い続けていた守るものは、全部私が背負うわ』

 

 不安が、また一つ消えていく。そしてまた、心を何かが満たしていく。

 そして■■■■は、声色を変えて続ける。

 

『――だからね、織斑君には、私を救って欲しいの』

 

 優しげな声で、彼女は言った。

 その言葉を聞いたとき、一夏は最初何を言っているのか上手く理解ができなかった。

 だからなのか、彼は自然と問いかけの言葉を口にしていた。

 

 でも、どうやって。

 

 そんな問いかけに、とても簡単なことなのよ、と■■■■は前置いた上で口を開く。

 

『――あなたが私を頼るだけ。それでいいのよ』

 

 自分の中で、何かが割れる音がした。

 

『あなたはね、いるだけで価値かあるの』

 

 ■■■■が言葉を紡いでいく。

 

『あなたが救う人だからというだけじゃない』

 

 それは自然と、彼の心に染み入ってゆく。

 

『あなたという存在そのものが、私にとってなくてはならない存在だから』

 

 そんな自分を見つめながら、■■■■は続ける。

 まるでその一言こそが、全てだと言わんがごとく、彼女は口を開く。

 

『――私にとって、あなたは他の何者にも代え難い、大切な存在なのだから』

 

 その言葉に、自分の心が確かに震えた。そして、その震えに突き動かされるように、彼は■■■■へと問い掛ける。

 

 本当に、俺を、必要としてくれるんですか?

 本当に、俺はあなたを頼ってもいいんですか?

 俺は――貴方のそばに、いてもいいんですか?

 

 そんな彼の問いかけを全て肯定で返した■■■■は、満面の笑みを浮かべて答える。

 

『それでいいの』

 

 彼女のその言葉が、自身の心を満たしている感情の正体を明らかにした。

 それは、安心感であった。

 そして、彼がそれを自覚したとき、瞳から一筋の光が流れ落ちた。

 

 

 

 ――宿った安心こそが“織斑一夏”にとって一つ目の救いだった。

 

 

 

 

 

 場面が変わる。一夏の目の前に、また覚えのない(懐かしい)景色が広がった。

 そこは、どうやらレストランの中のようだ。内装を見るに、夏季休業中にテレビで特集が組まれていた場所であることがわかった。

 そして、先ほどの場面と同じく、一夏と■■■■はテーブルを挟み、向かい合って座っていた。

 

 すみません、■■さん。

 

自分が笑みを浮かべて彼女の名を呼ぶその光景を、一夏はただ黙して見守っていた。

 

『何かしら、織斑君』

 

 自分の目の前に座る彼女が、笑顔を浮かべて答える。

 言葉が返されたことに笑みを深めながら、一夏は彼女に一つの質問を投げ掛けた。

 

 ――あなたは今のこの世界をどう思っていますか?

 

 質問を投げ掛けられた■■■■は、目に見えて困惑している。当然だ、そのような哲学的とも文学的とも取れるような質問はこの場でする方がおかしい。

 一体この()()()()()()()()は何を考えているんだ、と一夏は仮にも自分のことながら呆れていた。

 そんなことを彼が考えている間に、どうやら目の前の彼女は言葉を選び終わったのか、そうね、と前置いたあとに質問への答えを口にする。

 

『私にとって、世界は面白いわ』

 

 でもね、と言って彼女は続ける。

 自分は彼女の語りに口を挟まず、ただ黙し、笑みを浮かべたまま続きを促す。

――そんな自分の笑みを、()()()()()と一夏は思った。

 

『それと同時に、歪なものであるとも感じているの』

 

 彼女の言葉に、それは何故ですか? と一夏が問う。

 

『ISと女尊男卑、この二つがある限り、世界は歪なままだと思っているわ』

 

 彼女はその答えとともに、理由を語り始める

 

 まず、ISは絶対数が限られているという前提条件がある。そうであるにも関わらず、さも我ら女性全員が乗れるのだというように根拠のない自信を持つ女性たちは今の世の中にありふれている。

 だが、スポーツなどと同じく実際に学び、携わってみればそれが不可能であることと、彼女らが謳うような万能性がISには存在しないということがわかるのだ。

 それでもなお、何故かISは万能なものであると信じ込む女性は後を絶たない。そしてその思い込みは、ISというものが万能で、かつ彼女らが望む力そのものであるという誤認を招いている。

 

 彼女はそこで一息つき、そのまま続きを語る。

 

 さらにその誤認が、ISを兵器として定義付け、(ぼうりょく)として扱うことを是とし、一種の風潮となり世界中に蔓延している。それはすなわち、争いの種が世界中至る所に撒かれており、それらが常に自分たちの身近で芽吹く可能性があることと同義である。

 

 では、その誤認をなくすためにはどうしたらいいか、と彼女は言う。

 一夏も、笑みを浮かべ続ける自分もその答えが分かっている。だからこそ黙するという形で彼女の言葉の続きを促す。

 

 極論を言ってしまえばISに乗ることが出来る存在――すなわち、女性という存在を根絶やしにすればいい。ただ、それを成すとなれば()()()()()()()()()()()()()。すなわち、ISという力に対抗して核兵器という力を使用するというものだ。その結末など、わざわざ言葉にしなくても分かりきったものだ。

 ――人類種絶滅。それがいつでも起こる状況だからこそ、今の世界は歪なのだ。

 

 彼女は語り終えると同時に、笑顔を浮かべる。

それとほぼ同時に、自分の口が開く。

 

 ――ああ。

 

 それは、万感極まったかのような声色だった。

 そして、ここで初めて一夏は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 同時に、初めて一夏は自分の心を満たすものが、慈愛だけだということに気がついた。

 

 ――■■さん。

 

 慈愛で心を満たしたまま、自分は彼女への言葉を紡ぐ。

 

 ありがとう。

 

 そう言った彼の左目に、いとも簡単にフォークは突き刺さった。

 

 

 

 ――満たされた慈愛こそが〈織斑一夏〉にとって一つ目の死だった。

 

 

 

 

 

 また、場面が変わる。今度はいつか見た風景だ。

 そこは、福音事件の時の白い砂浜だった。

 あの時と同じく、自分の目の前には白い騎士が立っていた。

 

『――答えを』

 

 白い騎士の言葉が聞こえる。

 

『あなたの答えを、お聞かせください』

 

 無機質な様に聞こえるが、その声色には確かにこちらを思う気持ちがあることがうかがい知れる。

 その言葉に答えるがごとく、自分は口を開く。

 

 ――俺は…を救う。あるべきものを、正しい形へ戻す。

 

 その宣言は、知らない者からすると、ただの子供の夢物語であった。だが、それを聞いていた一夏と白い騎士は、否定などしない。

 その言葉を語るまでの葛藤を、そしてその解答に至るまでの苦難を、知っていたからだ。

 

『やはり、あなたと共にあれて、間違いではありませんでした』

 

 白い騎士は満足気な気持ちを隠さずに、そう言った。騎士の言葉を聞いた自分も、自然な笑みを浮かべて答える。

 

 俺も、お前が自分の…で、本当に良かったと思ってる。

 

 そう言って、彼は騎士に背を向け、ゆっくりと目を閉じた。それに呼応するように、一夏の視界も閉ざされる。

 

 ――さあ、目を開けて。

 

 透き通るような少女の声を聞くとともに、視界が開かれた。

 

 目の前に広がった景色の中に、■■■■がいた。

 ゆっくりと立ち上がる彼の存在に気がついたのか、彼女はランスに装備されたガトリングで敵を牽制しながら距離をとる。

 

『織斑君!』

 

 ■■■■が自分を呼ぶ。そこで初めて、彼は彼女のことをしっかりと視界に収めた。

 

 ■■さん。

 

 その声に、彼女は安堵の表情を浮かべた。だがそれも一瞬のものであり、次の瞬間には真剣な表情で敵へと向き直っていた。

 そこで初めて、一夏はその敵がいつか襲ってきた無人機に似ていることに気がついた。

 

『こいつを倒したら、すぐそっちに行くから。ちょっと待ってて』

 

 そう言った■■■■に向けて、大丈夫です、と彼は答えた。

 え、という言葉を漏らした彼女が、その顔に驚きの表情を浮かべながら、彼の方を見る。

 当の自分は、そんな■■■■の驚きを気に止めることはなく、左手をゆっくりと上げていく。

 

 もう大丈夫です。あとは――俺がやります。

 

 その言葉とともに、自分の左手にISの装甲が展開される。

 一夏はそれが雪羅であると思っていたが、完全に展開されたそれを見て、全くの別物であることを理解した。

 

 (クロー)は細く、そして短くなっており、一夏自身が雪羅を使用する上でどことなく感じていた怪物感は薄らいでいるように見える。

 また、腕にあたる部分に装甲がかなり追加されているが、全体的な形状は角張った箇所が少なくなっており、丸みを帯びたものになっていた。

 そして、一番の相違点は()()()()()()()()()()()()()()ということだろう。竜の鱗のように規則的に並んでいるそれらは、よくよく見てみると薄らと入っている線はあらゆる方向へ伸びており、見えている箇所だけで10を軽く超えている。付けられるだけ付けたと言われても仕方がないような数だ。

 

 それらが、一斉に開いた。全てが展開してなお、その一つ一つが相互干渉せずに開いているその様相を見た一夏は、まるで花のようだ、と現在見ている状況にそぐわないような感想を抱いた。

 

 そんな、花のように展開した装甲の隙間から白い光が漏れ出す。その光は、瞬く間に周囲を覆い尽くしていった。

 よくよく見てみると、その白い光は粒子のような感じでもあったが、そんな単純なものでもなさそうだ。

 そんな光のような何かが何もかもを飲み込み、全てを白く染めた世界が出来上がったとき――

 

 一夏の心に“織斑一夏”の想いが流れ込んできた。

 

 

 

 ――抱いた決意こそが“織斑一夏”にとって二つ目の救いだった。

 

 

 

 

 

 光が収まった時には、既に場面は変わっていた。

 目の前の景色は、一夏ですら知っている程、有名な場所だった。

 京都、清水寺。その舞台に自分と■■■■がいた。だがそこにいる人間はそれだけではない。薄ぼんやりとして細かいところまではわからないが、大人の女性が二人、気を失っている少女が一人、そして仲が良かったであろう青年――

 そんな幻想的な雰囲気ではあるが、今自分が直面している事態は思っていたよりも深刻なものだった。

 

 ――早い話、自分が死にかけていた。否、後は死を待つだけになっていた。

 

 何故そのような状況に陥っているのかが分からず、困惑している一夏をよそに、事態は進んでいく。

 

『私の本当の名前はね、□□っていうの』

 

 そんなことを、目の前の彼女は言った。前後に何があったのかがわからない一夏は、その様子を黙って見ていることしかできなかった。

 他でもない、自分の命が消えようとしているにも関わらず。

 

『私の願い事はね、あなたに本当の名で呼んで欲しいというものなの』

 

 紡がれた言葉に、彼と一夏はほぼ同時に困惑を示した。

 

 ――何故、その願いなんですか?

 

 一夏の困惑を代弁するかのごとく、自分の言葉で問い掛ける。

 その問い掛けに、□□は笑みを消さぬまま、答える。

 

『愛している人が名前で呼んでくれるということほど、幸せだと思うことはないのよ』

 

 その言葉を聞いた一夏の中で、小さな驚きと納得が生まれた。

 なるほど、彼女は自分を愛していたのか。でも何故今になってこの願いなのだろうか?

 その疑問は、自分の言葉が解決した。

 

 こんな、俺でも…… 未だに想って、くれていたんですね。

 

 苦しげな自分の口から出た言葉を聞き、一夏は答えの一欠片を知ることができた。

 自分と彼女の間に尋常ではない何かがあったのだろう。そう考えた一夏の脳裏に思い浮かんだのは、何故かレストランでの最後の光景だった。

 奇跡的に助かったのか、はたまたもっと変なことがあったのか、いずれにせよ、あの時のことがきっかけになっているのだろう。

 そんな確証もないことを一夏が考えている傍らで、自分の体はどんどん終わりへと向かっていた。

 

 ――それでも、自分は□□の願いに答えようとした。感覚がなくなっていく、気を抜けばそのまま目を閉じて眠りについてしまいそうだ。

 それでも、彼は初めて自分の内で生まれたその感情に従い、自らの体に残っていた力を振り絞り、口を開いた。

 

――□□、さん。

 

 かすれた自分の声が彼女の名を呼んだとき、一夏は〈織斑一夏〉の内に生まれた感情の正体を知った。

 

 

 

 ――生まれた執着こそが〈織斑一夏〉にとって二つ目の死だった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 まるでブレーカーが落ちたように、一夏の目の前が黒い空間に変わる。立っているのか、はたまた座っているのか、前を向いているのか、後ろを向いているのかわからない暗闇の中だ。ここがどこだかはわからない。そして、今まで見ていた夢のような光景も、全く身に覚えがない。

 なのに、その光景の中に織斑一夏がいた。

 

「……何なんだよ」

 

 自然と言葉が漏れる。その声色に込められているのは、困惑と怒りだ。

 

「お前たちは何なんだよ」

 

 二度の救いを経験した“織斑一夏”と二度の死を経験した〈織斑一夏〉を見た、今この空間にいる織斑一夏の率直な感想がそれだった。

 

「なんで()なんだよ」

 

 知らない、何も知らない。

 宿った安心の中で抱いた決意も、満たされた慈愛の中で生まれた執着も、ましてやそれらの元となった■■■■という女性の存在も、自分にはあるはずもないものであるのだ。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが誰の記憶で、誰が経験したものであるかを一夏自身が否定しようとしても、消えることがない。

 他ならぬ、彼が持っているものであるからだ。

 

 そしてその現実こそが、織斑一夏の心に穿たれる楔になろうとしていた。

 

 過去か、現在か、もしかしたら未来なのか。いずれにしても、()()()()()()()()()()が為したことは、確実に彼の心を蝕んでいた。

 だからこそ、彼は追い詰められていた。

 だからこそ、彼はその言葉を吐き出したのだ

 

「もし、お前たちが、織斑一夏なら――」

 

 ――俺は一体、何者なんだ。

 

 自らを否定し、行き場のない困惑と怒りを胸に、彼は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 




今回の話を作成するうえで、過去作の本文とにらめっこすることになるとは思いませんでしたが、それこそがこの作品を作るきっかけにもなったものなので、致し方なし。
話を作る上で心がけたのは、過去作の純粋な写しにはしないということのただ一点。
何故ならこの作品の主人公はあくまでも今を生きる織斑一夏であり、“織斑一夏”と〈織斑一夏〉は幻影であるからです。

まあ、次からは現実世界の話になるので、そんなに変なことにはならないと思います。

このような作品ですが、感想をお待ちしています。





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