また、今回の話にも独自設定があります。
それでもよろしければ、どうぞ。
ぱん、と乾いた音が射撃訓練場に響く。その音が響いた刹那、
その様子を、セシリアは自らが構えた銃と共に、一切の感情を排した目で見つめていた。
諸々の所用を終わらせたその足で射撃訓練場に入ったセシリアは、途中一息つくこともなく射撃訓練に没入していた。本当はもっと早い時間に開始をしたかったが、本国からの連絡が急遽入り、それに予想以上に時間を取られてしまい、予定していた時間より大幅に遅れた開始となった。
ただ、それからほぼ1時間、何も考えずに彼女は銃を撃ち続けていた。
そんな彼女が、ふう、とため息をついた時には、既に採光用の窓から入る夕陽の光が弱くなっており、灯りをつけなければ視界が心許なくなり始めるくらいには訓練場内が薄暗くなっていた。少し気になって備え付けられた時計を横目で見てみれば、時針と分針が縦一直線となっていることを確認することができた。
――道理で室内が薄暗くなっているわけだ、と自身に関係があるはずの変化を、まるで他人事のように捉えながら、セシリアは耳あてを取り、手に持っていた銃とともに借りた時の場所へと返却し、壁際に併設されたベンチにゆっくりと座る。
来た時には2名程いたはずの他の生徒も、自分よりも早く訓練を切り上げて撤収したのか、訓練場の中は不思議なほど静かで、締め切られているにも関わらず、部活動をやっている生徒達の喧騒が微かに耳に聞こえてきた。
そのような静けさの中で、セシリアは先程まで撃ち抜いていた的をベンチから眺めながら、本国からの連絡について思い出していた。
担当者が彼女に連絡してきた内容は、亡国機業によって奪われたサイレントゼフィルスについてのことと、BT兵器の稼働率についてのことだった。
まずサイレントゼフィルスについては、調査を続けた結果、現在日本に反応があるということを確認できたことを報告された。しかし、それ以降の進展はなく、本国も引き続き調査を続けるので、何かあったらそちらにも連絡し、場合によっては調査の協力をしてもらうということだ。
報告はもとより、調査の協力に関しては特に言うことはなかったので、セシリアは担当者へ了承の返答をし、次の話をするように促した。
次のBT兵器の稼働率については、担当者曰く、稼働率自体は平均値のみを見ればゆるやかな上昇傾向にあるとのことだが、全体の稼働率をグラフとした場合、数値の変動が激しくて安定には程遠い上、稼働率の最大値も微増という結果になっているようだ。
現状では特に言う事はないが、長期間このような状態が続くのであれば、上層部が
その担当者の報告は、端的に言ってしまえば最終通告――その一歩か二歩手前、と言ったところだろう。自身に残された猶予はあるにはあるが、それは決して長いものではないということだけがわかった。
担当者の話を聞いている限りでは、すぐに最悪の状況にはならないとはいえ、彼女の言葉の調子からして、恐らく年内に自身は本国へと召還命令が下されるだろう――このまま何もせずに、無為に時間を浪費すれば、だが。
無論、そのつもりはないセシリアではあるが、BT兵器の稼働率が一日二日で上がるかと言われれば、否と言わざるを得ない。ではどうするのか、と問われても、現状返す答えをセシリアは持っていない。
一番手っ取り早いのはひたすら訓練を続け、稼働率を一定値まで持っていき、
検討が付かぬまま訓練をやっても仕方がない――そう思い、こうして射撃訓練場に来たのだ。要は、一種の気分転換である。
しかし、結果は何も考えることなく、ただ無心に的を撃ち続けていただけだった。銃を撃っている時は何も考えずに済んだが、一度やめればこうしてまた思考に囚われてしまう。
失敗だったか、と思った途端、暗い気持ちになってしまう。だから、今日はもう休もうか、と考えたセシリアは寮に帰ろうとベンチから立ち上がり――
「のひょわぁ!」
首筋に何か冷たいものを押し付けられ、情けない声を上げてベンチに座り込んだ。
一体何だ、と少々混乱しつつ、セシリアは押し付けられたものがあるだろう方向へと反射的に顔を向けた。
「――油断しすぎにも程があるぞ」
そこには、呆れた顔をしながら缶ジュースを彼女の方へ差し出しているラウラがいた。
「……何故ここに?」
差し出されたジュースを受け取り、ラウラが自身の隣に腰を下ろしたのを確認してから、セシリアは困惑した表情で切り出した。何故なら自身がここにいることは、一般生徒はもとより、いつも一緒にいるはずの専用機持ち達にも、自身がここにいることを話していないからだ。
そんな彼女の問い掛けを聞き、ラウラはああ、と今気がついたかのような声を上げた。
「なんとなく、ここに来れば誰かに会えると思ってな」
だから、あまり気にするな、という予想とは違った返答が返ってきた。てっきり自分の様子を隠れて伺っていたと思っていたセシリアは、そんなラウラの返答に、はあ、と間の抜けた相槌を打つことしかできなかった。
「そういうセシリアは、何故ここに?」
そんなことを考えていたからか、逆に聞いてきたラウラの問い掛けに、セシリアは思わず言葉が詰まってしまった。自分の場合、なんと言えばいいだろうか。一人になりたかった? それとも自分自身を見直したかった? いや、敢えて言うならば――
「――気分転換、ですわ」
そう、気分転換。悪く言えば、現実逃避とも言える。何も考えつかないから、考えるという行為から逃げていた。何か別のことに集中すれば、その間だけはそのことを考えなくて済む。それがセシリアの場合は、射撃訓練だっただけだ。
もちろん、セシリア自身このままではいけないとは思っている。本来であれば、こんなことをしている暇などない。ひたすら訓練を行い、偏向射撃を発現させる以外に彼女が専用機持ちとしてこの学園に残る道はないと言っていい。しかし、いくら訓練をしても一向に発現せず、時間だけが過ぎていく。
やれるだけのことはやった。しかし、結果が伴わない。そんな自分が情けなくなり、逃げたくなった。
――しかし、自分の周囲が逃がしてはくれないのだろう。今、この瞬間のように。
「そうか」
しかし、セシリアの予想に反して、ラウラは特に何かを追求することはしなかった。その意図を探ろうと彼女の方を横目で見るが、その横顔からわかったのは、何を考えているのか分からない――もしかしたら、何も考えていないのかもしれない相変わらずの無表情だけだった。彼女が自身に対して何を思っているのか、また、自身の考えていることを彼女は薄々勘付いているのか、ラウラの内面を見透かすことができていないセシリアには判断することができなかった。
そんなセシリアの思考を無視するかのごとく、そういえば、と何かを思い出したかのように、ラウラが口を開く。
「相変わらず、いい腕をしているな」
そう言ったラウラの視線をセシリアが追っていけば、そこには先程まで自身が撃ち続けていた訓練の的があった。彼女が言いたいのは、的に空いた穴のことだろう。一つは頭部のちょうど眉間のところに、もう一つはちょうど心臓があるだろう場所に、それぞれ空いていた。
「……お世辞は言わなくて結構ですわ」
セシリアにとって、
しかしそんなセシリアにラウラは、お世辞ではないさ、と返し、小さく首を振った。
「ああして、同じところを射抜き続けるのは常人には難しい。ましてや、それを1時間近く続けられる人間は――この学園の中でもほんのひと握りだろうさ」
無論、私は出来ない方に入るがな、と自嘲気味にラウラは締めくくり、隣に座る少女の方へと顔を向ける。はらり、と銀の髪が揺れ、彼女の特徴とも言える紅い瞳が、冷たい刃のような雰囲気を醸しながらセシリアを見据える。
――だからこそ聞きたいのだが、と静かに発せられた言葉と、向けられた視線の無機質さをその身で感じ取り、セシリアは思わず身構えながらラウラの次の言葉を待つ。ラウラはそんな彼女の様子をさして気にせず、ゆっくりと口を開く。
「お前は、ここで何を考えていたのだ?」
聞かれると思っていたその問い掛けを聞き、セシリアは小さくため息をつく。
彼女にとってラウラが問い掛けてきたそれは、現状一番聞かれたくはないものであった。はっきり言って、ラウラの
そんな彼女に対して、セシリアが取ることができる選択肢は二つ。即ち、真実を話すか否か。
どちらにしても、面倒なことになることは目に見えている。真実を話せば未来が、話さなければ現在が、という違いしかない。しかし、セシリア自身、ここで考えようとしていた内容はあまり人には話したくはない。故に、ラウラの性格を加味し、自身が開示する情報を最小限にしてこの場を切り抜けるには――
「……本国からの連絡についてですわ」
「――機密か」
「ええ、まあ」
こうして対処するしかない。触りぐらいは話してもいいのだろうが、敏いラウラが相手では、ほんの少しの情報で確信へとたどり着く可能性がある。だから、機密としてはぐらかすのが一番だ。こと軍人であるラウラであるならば、機密という言葉を使い、言いにくそうな表情をして答えれば、それ以降は必要以上に突っ込んでこない。
――このような方法で
そんなセシリアの言葉を聞き、そうか、機密か、と呟いたラウラは、それ以上特に何か言うことはなく、空になったジュースの缶を自身の脇に置き、ゆっくりと的の方へと目を向けた。
「私は、何も聞かんよ」
的を見ながら、ラウラが口を開く。
え、と小さく声を上げ、セシリアがラウラの方へと顔を向ける。しかし、セシリアが見たラウラは先程と同じく無表情であった。
「誰にだって、誰かに聞かれたくないと考えている事があるものさ」
お前にも、そして私にも、な。
どこか悲しそうにそう言ったラウラは、セシリアの方には視線を向けず、ずっと的の方を見据えていた。表情こそ変わってはいないものの、隣に座るその姿はどこか落ち込んでいるように見えた。
そんな彼女の様子に、セシリアは何も言うことができなかった。否、何かを言う資格など無いと思っていた。元々彼女の申し出を断ったのは、自分だ。そのことでラウラが気を使う必要など無いのだが、気を使わせてしまった。その時点で、セシリアには彼女を気遣う資格は無いことが確定してしまった。
ただ、沈んでいるように見えるラウラの様子を見てしまったからか、セシリアには彼女との間にあるささやかな静寂が、ただの重苦しい空気にしか思えなくなってしまった。そして、自業自得とはいえ自分で生み出してしまったその空気が気まずくなったセシリアは、なんとかそれを変えようと方法を考えた末――口を開いた。
後編へ続きます。
後編は火曜までに投稿します。
ここまでの話の感想をお待ちしています。