今回も独自設定が少し入っています。
後、一応確認しながら書きましたが、少し粗い部分があるかもしれませんが、ご了承ください。
それでは、どうぞ。
――ああすまん、こんなに笑うつもりはなかったんだ。
しかしそうか、お前が更識を、か…… わからないものだな。
そういえば、お前にとってはこれが
うん? 私はどうだったかって? それはお前も知っているだろう。
――
っと、私の話はこれぐらいでいいだろう、今はお前の話だ。
まあ、覚悟していたさ、お前もそういう歳頃になったしな。
しかし、同年代のあいつらではなく、一つ上の更識に恋するとはな……
――そういえば、あいつに恋した理由はなんだ? なに、一目惚れ?
ほうほうほう、初遭遇からあいつのことを意識していたということか。
いいんじゃないか? 私の時は違ったが、何もそこまで私のようにしろとは言わんさ。
しかし、ふむん、そうであるならば少々アドバイスはしづらいな……
……いや、一つだけ
なに、たいしたことじゃないさ。
なあ、一夏――
――ひとつ、愛と恋を履き違えた馬鹿者の話をしてやろう。
◇◇◇◇
「おい、織斑」
自身を呼ぶ照彦の声を聞き、一夏は思考に沈んでいた意識を現実へと戻す。そんな彼の目に最初に飛び込んできたのは、こちらを心配する照彦の顔ではなく、よく磨かれた戸が眩しい更衣室のロッカーだった。
そういえば、ベンチに隣り合って座っていたな、と今更ながら思い出しながら、一夏は照彦がいるだろう方向に顔を向けてみれば、案の定顔を向けた方向に照彦はいた。しかし、その顔にはこちらを心配しているといった表情ではなく、こちらを咎めるような厳しい表情を浮かべていた。
「……すまない、何の話をしてたっけか」
「お前の話だよ……まったく」
相変わらず、考え込むと周りが見えなくなるな、と呆れたような表情を浮かべて言った照彦に、治そうとはしているんだけどな、と頬を掻きながら一夏は返した。そんな一夏に対し、小さくため息をついた照彦が、まあいいさ、と答える。
「とりあえず、聞いていなかったようだからもう一度問わせてもらうが――」
お前、この頃“守る”という言葉をあまり言わなくなったな。
照彦の問いに、一夏はああ、小さく声を上げた。そして少しだけこれまでのことを思い返し、彼の言う通り、まったく言っていないことを思い出した。
「確かに、そうだな」
そう照彦に答えながら、一夏は何故
守る――その言葉は、一夏にとってある種の誓いにも似た言葉だ。幼い頃、もう
しかし、世間はISの台頭による風潮の変化によって、自身のような考えを持っていたとしても、ISという絶対的な
そのまま想いを燻らせたまま生きていくのか、と思った矢先、一夏はこの世界で最初にISを起動した男になった。
そこからはあれよあれよという間に時は進み、IS学園に入学し、専用機を手に入れ、そして仲間達と出会い、様々なことを経験し、その都度自身の想いを強くしていき、いつしかその想いを一言の言葉に乗せて、口に出すようになっていた。
――しかし、更識楯無との出会いがまた一夏を変えた。
正確には、楯無と初めて出会った時に見た
夢の中の自分――即ち、
自分と同じ存在であるはずなのに、自分と違う答えへとたどり着いた自分に対して、一夏は怒りこそ抱いたが、その答えとそこに至るまでの過程を否定することはできなかった。もちろん、もっと上手くやれた筈であるし、同じ過程ではあるが、もっと別の――より良い答えがあった筈であると考えている。
――しかし、彼らがその瞬間に直面した時は、選び取った選択肢こそが最善であったのだろう。それこそ、守るという誓いを放棄しなければ、最悪の結末へと転がり落ちる可能性だってあったのだろう。
そんな夢を見続けるうちに、いつしか一夏の心の中に小さな疑問が芽生えた。
――自身が掲げた、守るという誓いに対しての、とても小さな疑問だ。
無論、その疑問に至った原因は、その夢だけではない。現実の問題として、夏季休業前までは一緒にいることが当たり前だった専用機持ち達から、自身の心が少しずつ離れ始めていることも原因の一つではあるし、文化祭の時に自覚した楯無への恋心も、夢の内容を補強するという意味では原因の一つといえよう。
そうした考えを抱き続け、晴れることのない疑問を直視し続けたからこそ、一夏はその答えにたどり着いてしまったのだ
もしかしたら、自身も夢の自分と同じ選択――
そんな結末になど至るはずは無い――と、一夏は自信を持って言うことが出来なかった。
だからこそ、一夏は守るという誓いを言葉にすることがなくなったのかもしれない。
「――なあ、照彦」
だからこそ、彼が
「守るって、どういうことなんだろうな」
――だからこそ、織斑一夏がその問いへの答えを求めたのかもしれない。
「……どうしたんだ、急に」
突然一夏の口から出た問い掛けに、照彦は真剣な表情を浮かべて反応する。一夏はそんな照彦に対して首を小さく横に振り、視線を
「わからなくなったんだ」
その言葉を皮切りに、一夏はゆっくりと語りだした。
これまで、俺はあいつらを守りたいと思って頑張ってきた。でもさ、これまであいつらから受けてきた仕打ちを思い出してしまうと、段々とその思いが小さくなっていくのがわかったんだ。
――最初にそのことに気がついたのは、夏休みに入る前だったかな? その時はまだ、そんなの気の迷いだと思って振り払えた。でも、徐々に時間が経っていくにつれてその思いが振り払えなくなってきたんだ。
そして、完全に振り払えなくなった時期と同じくらいに、自分の中にまた違う考えが浮かんできたんだ。
――今までの自分の行いは本当に正しかったのかって。
もちろん間違っているわけないって自分では納得しているつもりだ。でも、何故かその考えが頭から離れないんだよ。
本当に、俺はあいつらと仲良くなって良かったのかって。
本当に、俺はあいつらを守っているのかって。
本当に、俺は誰かを守っても良かったのかって。
情けないよな。自分で守るって言っておいて、その言葉自体を疑っているんだぜ。あいつらのこと、俺は信用しているはずなのに、
誰かを守ったと思えば、本当に守れていたのかと疑問に思う。
誰かと仲良くなったと思えば、それで本当に良かったのかと苦悩する。
別にそれが悪いことじゃないってことはわかっているつもりだ。だけど、そんなことばっかり考えてしまって、前へと進めなくなってしまっているのは駄目だとわかってる。
でも、そろそろ
あいつらの相手をしていて疲れたとか、あいつらのことを考えると頭が痛くなるとか、悪いことばかりじゃないはずなのに、悪いことばかり頭に浮かんでくるんだ。
そんな中途半端な想いしか抱けない男が、あいつらを――誰かを守ることってできるのかな?
そんな自分の誓いすら見失いかけている男が、大切なものを持ってもいいのかな?
だから……なあ、照彦――
「俺は、これからどうしたらいいんだろうな」
そう言って、一夏が自らの心を語り終えた。照彦は、彼の口から吐き出されたそれらの懺悔にも似た言葉を、途中から目を閉じ、ただ黙して聞いていた。そして全てを聞いた後、なるほどな、と小さく呟き、目を開いた。
「なあ、一夏」
――そんなに、俺達って頼りないか?
照彦の口から出たその予想外の言葉に、一夏はえっ、と小さく声を上げ、驚いた。そんな一夏の反応が分かっていたのか、彼へと顔を向けずに真正面を見つめたまま、照彦は少し的がズレていると思うが、と前置き、口を開く。
「人間は、たった一人で生きていけるほど強い生命ではないと俺は思っているんだ」
そう言って、照彦は一夏に見えるように自身の手のひらに、指で人の字を書いた。
「
そんな照彦の問いかけを聞き、有名な話だよな、と一夏は答える。そんな答えを返した一夏に照彦は、そうだな、と答えてから話を続ける。
「じゃあ、人が支え合う為にはどうしたらいいのかと言ったら、お前はどう答える?」
照彦が出した更なる問いに、一夏は少しの間思考を巡らせる。しかし、一分の経たないうちに答えが出たのか、一夏は照彦の方へと顔を向けた。
「――やっぱり、一緒にいることだと思う」
そんな一夏の答えに、照彦は小さく笑みを浮かべ、そうだ、と肯定の言葉を口にした。
「俺たち人間は、誰かと一緒にいて支え合うことで
誰かと一緒にいることは、誰かを守ることと同義ではないのか?
照彦の言葉を聞き、一夏ははっと息を呑んだ。
何故ならば、現代の人間にとって他者との繋がりというものは、技術の向上等によってごく当たり前に知覚できるものに成り果てており、それに
もちろん、繋がりというものをどのように解釈するかで特別な意味の有無を決めることはできるが、それでも現代の価値観の中で生きてきた一夏達では、何かきっかけが無ければそんなごく簡単なことに気が付くことはなかっただろう。
――そのきっかけが、照彦にとっては自身の心情の吐露であり、自身にとってはそれに対しての照彦の回答だったのだ。
そんな照彦が出した小さな答えを聞いた一夏は、何故だか
それもあってか、すんなりと照彦の言葉を受け入れつつある一夏の様子を横目で見つつ、その言葉を言った本人はなおも話を続ける。
「さっきも言ったように、人は一人では生きていけないんだ。だから、誰かと繋がりを持ったり、自衛の為に力を得ようとしたりする」
そうした人の営みの中で、守るという言葉は生まれたんだと思うんだ、と語る照彦の言葉を、一夏は静かに、そして噛み締めるようにして聞いていた。
そんな一夏をよそに、照彦はああそうだ、と思い出したように声を上げた。
「一応言っておくが、俺は暴力を否定するつもりはないぞ」
お前には悪いと思っているがな、と付け加えられた照彦の言い分に対して、一夏はさして怒ることはせず、それも人の弱さが関係しているのか? と真剣な表情で問い掛けた。照彦はその問い掛けに、そうだ、と答えた。
「暴力というか、力というものを求める人間は、得てして弱い存在だろう?」
「――確かに。最初から強い存在はそもそも力なんて求める必要がないからな」
「そういうことだ」
人間は弱い。だから、力を求める。それは自分自身を守るためだ。だが、時が経ち、人々が繋がりを意識するようになってきてからは、その力は
そこまで聞いて、一夏はなんとなくだが照彦が言いたいことがわかってきた。それと同時に、
「そういった意味では、お前も俺も、
ゆっくりと、言うべき答えに向けて、照彦が語りだす。
「だからといって、誰かを守れていないかと言えば、それは違う、と俺は思っているよ」
一つ一つ言葉を選びながら、照彦は言葉を紡ぐ。そんな彼の言葉を、一夏は何も言わずに聞いていた。
「お前はみんなを守れている――それは俺が保証してやる」
だからな、一夏、と言い、照彦は一旦言葉を切り、一息ついて――自身の言葉を待つ一夏の方へと顔を向け、口を開いた。
「俺を、俺たちを頼れ。
「――ああ」
その
「
一夏の誓いを聞き、照彦は了解した、と答え、不敵な笑みを浮かべた。そんな照彦の笑みにつられるように、一夏もまた笑顔を浮かべた。
――その笑顔の裏で、自身を苛む
◇◇◇◇
……今の話が何を意味しているのかって?
おいおい、それが分からないお前ではあるまい。
いや、分かっていても自分の口で言いたくはないか。
まあ、その気持ちは分かるさ。
――だがな、
少なくとも、今のままではそうなることが目に見えているぞ。
焦る必要はないが、時間は有限だ。
だからもし、あいつと添い遂げようとするなら早めに
……なんの覚悟かって? それは決まっているだろう。
あいつへの想い以外を全て踏み躙る覚悟だよ。
今回の話は自分の作品を初期から見ている人なら1発でわかるシチュエーションですね。
ちなみに今回の話、前々から書きたいと思っていた反面、いつかは書かなくちゃいけないとも思っていた話でもありました。
八巻分でも同じ理由で書かなくちゃいけない話があります。
その為の伏線を、今回の話に仕込んでおきました。
その伏線がないと、その話に繋がらなくなってしまうので……
ちなみに千冬さんの元彼は登場することはありません。
いたことだけは今後も何度か匂わせますが……
このような話ですが、感想をお待ちしています。