もう一度、あなたと   作:リディクル

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 セシリアの口調に少し不安を感じながらの投稿です。
 それ以外にも少し違和感があるかもしれませんが、ご了承ください。

 それでは、どうぞ。





十四「座して語るは」

 

 

 今日はここまで、という千冬の言葉とともに、授業は終わった。

 生徒達が思い思いのことを話しつつ、しかし制服へと着替える時間がある為、気持ち急ぎながら教室へ向かう中、一夏は本音に呼び止められた。

 呼び止められた一夏は、一緒に更衣室へ行くはずだった照彦へ、先に行くように促した。照彦の方も、どのような要件で本音が一夏のことを呼び止めたのかわかっているらしく、彼の言葉に答えるように頷き、先に行っているぞ、と言い、ゆっくりと歩いていった。

 照彦の背中が校舎の中へと消えたのを確認した一夏は、改めて本音の方へと向き直った。

 

「それで、楯無さんはなんて?」

 

 本音が一夏に声を掛けるとき、ほとんどの場合は楯無からの伝言がある時だ。

通常、一夏に何か伝える事がある場合は、楯無が直接伝えに来る。しかし、何らかの理由があり彼女が学園にいない時や、放課後すぐに学園を離れなくてはならない時は例外として、本音が楯無からの伝言を届けに来ることになっているのだ。

 何故、楯無が自身の付き人である虚ではなく、その妹である本音をこの役目に頼んだのかは、彼女らと本格的に関わり出して日が浅い一夏でも、すぐにわかるものだった。

 ――簡単に言ってしまえば、楯無自身と一夏双方に()()存在であるからだ。

自身の従者の妹である上、生徒会の一員であり、更には伝言を届けるべき相手と同じクラスで、かつ友好的な付き合いをしている本音の存在は、なるべく早く自身の言葉を一夏に伝えたいと考える楯無にとって、まさしく望んでいた存在だといえよう。

 そんなメッセンジャーは、一夏がいつもの調子で言った問い掛けに対して、ほんの少し困ったような笑みを浮かべながら、口を開いた。

 

「実は今日ねー、おじょーさまは本家に呼ばれちゃってて、生徒会も訓練もないんだー」

 

 ある意味予想通りの本音の答えに、一夏は特に驚くことなく、そうか、と小さく言った。

 そんな一夏に、本音はわかってたんだ、と尋ねれば、彼は薄々ね、と口にして首を縦に振った。

 

「あの人は、休み時間にしょっちゅう俺の顔を見に来るからな」

 

 来なければ、何かあったと考えるのは普通だろう? と一夏が答えれば、そうだねぇ、と本音はのんきな声のまま同意を示した。そんないつもの調子を崩さない彼女を見て、相変わらずだな、と思いながら、一夏は苦笑した。

 

「とりあえず、今日は自由ってことでいいのか?」

 

 一夏の問い掛けに、そうだよー、と肯定の答えを返した本音は、じゃあそういうことだから、と手を振りながら、先に教室に向かった友人を追いかけるように、小走りで校舎へと去っていった。

 そんな彼女を見送っていた一夏は、その背が見えなくなったことを確認した後、自身も更衣室へ向かおうとし――

 

「織斑」

 

 千冬に呼び止められた。

 はて、自分は何かしてしまっただろうか? と考えつつ、一夏は彼女の方へと体を向ける。

 

「何でしょうか、織斑先生」

 

 ――こんな時、苗字が同じだと不便だ、と少々見当違いなことを考えながら、一夏は千冬の呼びかけに応じる。千冬はしばらくの間じっと彼のことを見ていたが、やがてふっと口元に小さな笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

 

「――今夜、予定は空いているか?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「納得いかん」

 

 夕食時で人がごった返している食堂で、照彦と一夏以外の専用機持ちとともにテーブルを囲みながら、箒は不満を隠さずに言った。

 その様子を見て、また始まったか、と内心辟易しながらも、それを表情に出さないよう努めながら、セシリアはゆっくりとパスタを口に運ぶ。他の専用機持ち達も、箒の()()にはもう慣れたのか、適当に相槌を打ちつつ、夕食を食べ進めていた。

 そんな彼女たちの反応を気にせず――あるいは、反応が返ってこないことを受け入れているのか、箒はむすっとした表情を一切変えずに、言葉を続ける。

 

「そもそも、何故一夏は私たちを蔑ろにするのか」

 

 そういった態度を、一夏が鬱陶しく感じているからだろう――とは思っても、決してそのことを口にすることはしない。セシリア自身、そのことに気が付いたのはつい最近のことであり、思いに気が付いた当初は彼にがっついていった自分の姿を恥じて、意識的に距離を離していた。

 ――当然、自分以外の専用機持ちとも。

 

「やっぱりこっちから行ったほうがいいんじゃない?」

 

 いっそあいつに突撃し続けるとか、とまるで他人事のように鈴音が言う。その声色はどこか楽しげで、この機会に箒をさらに陥れようとしているようにも思える。本人はそんな気など全くないのだろうが、第三者視点で見ると、そう取られても不思議ではない態度だからだ。

 そんな鈴音に対し、流石に迷惑だよ、とシャルロットが咎めた。普段は温厚な彼女には珍しく、少々怒ったような表情を浮かべていた。

 その怒りが、一夏に掛かる迷惑を考えてのことか、それとも鈴音の言葉通りの行動を取った箒の余波が自分に飛び火することを恐れてか、もしくはそのどちらでもあるのかは、彼女自身ではないセシリアではその内心を予想することしかできない。

 

「箒も鈴もさ、一夏のことを考えようよ」

「だが、このまま手を拱いていてもまずいことは確かだ」

 

 シャルロットの言葉に反論したのは、今まで黙々とサンドイッチを口に運び続けていたラウラだった。反論したとは言っても、その顔にほとんど表情はない。そんな彼女のポーカーフェイスは、軍人としてのものである為か、社交界で培ったセシリアの観察眼をもってしても、そのポーカーフェイスの裏に抱えているだろう感情を読むことができなかった。

 ただ口調から察するに、箒や鈴音ほど激しい感情を持っていないように思えた。

 

「今足踏みを続けていれば、あの生徒会長の一人勝ちになってしまうぞ」

「その通りだ」

 

 表情を変えずにラウラが口にした言葉に、箒が反応する。

 

「照彦もそうだが、あの生徒会長も()()にとっては邪魔な存在だろう」

 

 まるで、自分の意見が絶対に正しいと思っているような声色で、そう言い切った。しかし、そんな彼女の言い分に対して、それは言い過ぎだと思うよ、とシャルロットが反論する。

 

「確かに、生徒会長はいきなり一夏の隣に立ったけど、それを僕達がとやかく言うのは間違ってると思うんだ」

 

 そう言って箒のことをたしなめようとしたシャルロットに対し、言われた本人は、優等生らしい答え方だな、と苛立ちを隠すことなどせず、強い口調で言い返して睨みつける。そんな箒の態度に、シャルロットの表情がさらに険しいものになる。

 

「なにさ」

「同じ穴の狢の癖に、自分だけいい子ぶっているつもりか?」

 

 お綺麗すぎて反吐が出るな、とほとんど挑発とも取れる言葉を吐いた箒に対し、シャルロットの眉が釣り上がる。

 

「――どちらもおやめなさいな」

 

 一触即発の空気の中、流石にこれ以上は看過できないと判断したセシリアは、ため息が付きたくなる気持ちを我慢しつつ、努めて平静を保ちつつ、口を挟んだ。その途端、いがみ合っていた二人から睨まれる。その視線はまるで、私たちの邪魔をするな、と言わんばかりの鋭さがあったが、セシリアはそれをどこ吹く風と受け流し、口を開く。

 

「ここは公共の場でしてよ? 私達だけではなく、周りの方々のことも考えなさいな」

 

 セシリアが言った通り、箒とシャルロットが言い出す前――厳密に言えば、箒が一夏のことを言及したあたりから、自分たちは一般生徒達から注目されていた。それも、良い意味ではなく悪い意味で、だ。一国家代表候補としては、これ以上専用機持ちの品位が下がるのは頂けない。否、公共の場で必要以上に騒ぐこと自体駄目だろう。

 だからこそ、()()となるべき自分達がそのようでどうする、慎みを持てとは言わないが、節度は持つべきだ、という意味で、セシリアは二人だけではなく、今テーブルを囲んでいる専用機持ち達に対して注意を促すように、その言葉を口にしたのだ。

 しかし、セシリアの言葉を聞いた箒は、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、まるでお前達の顔など見たくないという感情を隠すことなく、食器を持って席を立ち、返却口の方へと歩いていった。

 反対に、シャルロットは言葉に込められた意味を理解したのか、ごめんセシリア、軽率だったね、と申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。

 意味がわかった者とわからない者、対極的な両者の様子を見ながら、シャルロットの謝罪に対して気にしていない旨の返事をしつつ、箒が食堂の出入り口から出て行ったことを確認したセシリアは、口を開いた。

 

「――私としては、一夏さんの件に関しては極力干渉しない方が良いと考えています」

 

 専用機持ちの視線全てが、自分に集まったのを感じながら、セシリアは言葉を続ける。

 

「どうやら生徒会長と一夏さんの関係には、織斑先生も一枚噛んでいるらしいですわ」

 

 鈴音とシャルロットの驚いた声と、ラウラの納得したような声が同時に耳に届く。どうやらこの情報は初耳だったらしい。

 

「教官が、か…… いつその情報を?」

「つい最近ですわ」

 

 きっかけは、文化祭後に偶然知った一夏のIS起動制限だった。廊下でそのことについて照彦と一夏が話していることを聞いてしまったセシリアは、その足で真耶の所へ赴き、土下座でもするかという勢いで頭を下げ、聞き出せるだけ聞き出したのだ。

 

「簡単に言ってしまえば、織斑先生は文化祭の前から色々と動いていた、と山田先生は言っていましたわ」

 

 細かい所を省き、噛み砕いて説明するならば、言うべき言葉はそれだけだった。しかし、鈴音とシャルロットはそれだけの説明で何かを把握したらしく、納得の声を上げた。

 

「そっかー、千冬さんがねぇ」

 

 そう言って、鈴音は背もたれに寄りかかりつつ、で、どうするわけ、と質問を投げ掛けてきた。彼女が言わんとしている事がわかっているセシリアはともかく、いきなりの鈴音の発言にその真意を測りかねているシャルロットは、どうするって、何を? と問いを返す。

 そんなシャルロットの方を向き、鈴音は一夏に対してよ、と答えた。

 

「干渉しないって言っても、いきなりいつもと違う態度を取ったら怪しまれるじゃない」

 

 そこの所はどうするわけ? と問い掛けられたセシリアは、フムン、と小さく呟き暫しの間思案してから口を開いた。

 

「基本的には普段通りで問題はないと思いますわ」

 

 ただし、とセシリアは付け加える。

 

「一夏さんの現状がどうなっているかわかりませんし、なるべくあちらを刺激しないように」

 

 ()()というものがどこに埋まっているのかわかりませんから、とセシリアが言えば、何を言わんとしているのかわかったという風に、鈴音は頷いた。セシリアの言葉を聞き、シャルロットもどうすればいいのかわかったのか、一夏の事情も考えながら付き合えばいいんだね、と言った。箒との言い合いから時間が経ち、幾分か気持ちが落ち着いてきたのか、その表情にはいつもの微笑みが戻っていた。

 

「――そういえば、渦中の嫁なのだが」

 

 今まで沈黙を保ってきたラウラの言葉に、セシリアたちは一斉にラウラの方を向いた。いきなり注目を浴びて少々たじろいだラウラだったが、すぐに持ち直して言葉を続けた。

 

 

 

「少し前に、教官の部屋に入っていったのを見たぞ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「好きなところに座れ」

 

 千冬の部屋――即ち寮長室に通された一夏に、千冬が投げ掛けた一言目がそれだった。その言葉を聞き、とりあえず部屋に備え付けられた椅子を引き寄せ、座る。

 そのついでに、さっと室内を見渡してみれば、少々机に書類の束が置かれていることと、ベッドの上にスーツの上下が無造作に脱ぎ捨てられていることを除けば、汚れや散らかりがないことを確認できた。

 まあ、つい最近()()()この部屋を掃除したもんな、と当時のことを思い出しつつ、一夏は疲れたような表情を浮かべ、小さくため息をついた。

 

「どうした、ため息なんぞついて」

 

 ついても得なことはないぞ、といつの間にかジャージに着替えた千冬が声をかけてくる。その手には、麦茶が入ったコップを二つ持っていた。

 じゃあ自分で部屋の掃除をしてください――とは口が裂けても言わない。何故なら、もし千冬が自発的に部屋の掃除をしたならば、開始前よりも悲惨なことになることを一夏は知っているからだ。

 ……千冬の名誉の為に言っておくが、千冬は家事全般が苦手というわけではない。料理も簡単なものならば作れるし、洗濯も普通にできる。ただ掃除だけは何故か出来ないのだ。

 本当に不思議な人だよなぁ、と思いつつ、一夏は千冬からコップを受け取った。

 

「それで、織斑先生」

()()、今は放課後だ」

 

 だからいつも通りでいい、と苦笑をこぼして言われた千冬の言葉を聞き、一夏もそっか、と小さくえみを浮かべながら呟いた後、小さく咳払いをした。

 

「じゃあ、()()()

 

 どうして俺を寮長室に呼んだんだ? という一夏の問い掛けに対し、千冬は、たいしたことではないのだがな、と前置いた上で、言葉を口にする。

 

「――単刀直入に聞くが、何かいいことがあっただろう?」

 

 全く予期していなかったその言葉に、はあ? と声を上げてしまった一夏は悪くないだろう。何故なら、千冬が言ったその言葉が、一体何を指して言っているのか分からなかったからだ。そして、言った当の本人である千冬も、一夏の反応を見て、ん? 違ったか、と首を傾げた。

 

「いや、なんでいきなりそんなことを聞いてくるんだ?」

「この頃のお前の様子が少々気になってな。ふむん、いいことではないとすると……」

 

 そう言って、千冬は目を閉じて思案を始める。普段は見ることができない姉の様子を見ながら、一夏は次の言葉を大人しく待つことにした。

 しかし、一分も経たないうちに次に言うことを考えたのか、多分これだな、という呟きとともに千冬がゆっくりと目を開け、一夏と目を合わせた。

 

「間違っていたらすまんが、一夏、お前もしかして――」

 

 誰かに恋しているな?

 

 たった一言、何気なく言われた姉の言葉に、一夏は心臓が飛び出しそうになった。そして、驚愕をそのまま顔に出して千冬を見れば、おお、当たりだったか、と言い、悪そうな笑みを浮かべた姉がそこにいた。

 

「あ、いや、千冬姉、そのさ……」

「……そんなにあからさまにうろたえていると、当たっていますと言っているようなものだぞ」

 

 もしかしなくても、ほとんど当てずっぽうである姉の言葉に、まさか言い当てられるとは思っていなかった一夏は、動揺を抑えることが出来なかった。そんな状態の中、不意打ちにも近い姉の言葉になんとか反論しようと必死に理由を考える一夏であったが、目の前の姉を納得させられそうな言葉がなかなか思い浮かばない。

 そんな弟の様子を見ている千冬は、相変わらず分かりやすい奴だ、と思い、小さく苦笑を浮かべた。しかし、それもほんの少しの間だけで、すぐに先ほどの悪そうな笑みを浮かべ、で、誰なんだ? と一夏に問い掛けた。

 千冬の問い掛けが耳に届き、いよいよ退路を塞がれた、と考えた一夏は、覚悟を決めた。実を言うと、一夏は自身の中にある恋心のことを、いつか千冬に相談しようと考えてはいた。彼の考えでは、多分相談するのはもう少し先になりそうだとは思っていたが、こんなに早くなるのは正直言って想定外だ。

 

 ――しかし、こうなってしまったからには、もう言ってしまうしかないだろう。

 

 そう考えた一夏は、ゆっくりと深呼吸をした後、姉へと声を掛けた。

 

 

 

「千冬姉、実は俺さ――」

 

 

 

 

 

 




 少しずつ、専用機持ち達も変わる準備をしています。
 徐々に「こいつ誰だよ」みたいな感じになればいいかなぁと思っています。
 千冬は自分の作品的にはいつも通り。公私混同することはない普通の姉貴です。
 
 さて、次の話は自分がこの作品を書く上で絶対に外すことができない話になっているので、一層気合を入れて執筆するつもりです。
 なので、もしかしたら遅くなるかも……

 ――話の内容のヒントは『胡蝶』

 このような作品ですが、感想をお待ちしています。



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