また、今回の話はかなり地の文が多くなっています。
それでもよろしければ、どうぞ。
文化祭から終わってから十日程経った。生徒たちは夢から覚めたようにいつもの学園生活へと戻り、これまでと変わらない日常を過ごしていた。
それは、優先的にアリーナを使用できる専用機持ち達も変わらない。放課後となり、他の生徒達が思い思いの行動を取る中で、彼女達もまた第3アリーナにて模擬戦を行っていた。
BTビットから放たれたビームは、赤い機体に当たることなくアリーナのバリアに当たり霧散した。
その事実に、ブルー・ティアーズを纏うセシリアは苦い表情を浮かべる。既に彼女のISに残されたシールドエネルギーは少なく、兵装の残弾も心もとない。対して赤い機体――赤椿は未だ十全な状態であり、それを纏う箒はというと、相対する相手の苦悩など知らぬと言わんばかりの気迫をあらわにして、手に持った二振りの刀による連撃で、セシリアを追い詰めていく。
「どうした、セシリア!」
その程度か、と吠えるように挑発してくる箒に対し、セシリアは言葉を返さない。否、返す余裕など、彼女には残されていなかった。
この模擬戦が始まってすぐの攻防で、ミサイルビットという近距離戦での手札を無理やり切らされ、箒に対抗する手段を一つ潰されたセシリアにとって、相手の距離で戦うということはもはや自殺行為に等しく、絶対に避けねばならないことだった。そんな彼女の勝ち筋は、箒を近づかせずにシールドエネルギーを削りきる事の他にはなく、最初の攻防の後から引き撃ちに徹し続けていた。
ひたすら位置取りに気を遣い、静止している時間を限界まで削ることで、なんとか今の今まで撃墜することなく戦うことができているが、ここに来て別の問題が浮上してきた。
――圧倒的に、手数が足らないのだ。
現状のセシリアの実力では、BTビットを動かしながら行動をすることは不可能であり、それらを使用する場合、その都度動きを止めなければならない。しかし、この模擬戦では動きを止めることがそのまま敗北に繋がる可能性が高く、それを避ける為にひたすら動き続けなければならない為、自然とビットを使用する回数が減ってしまうのだ。
ビットによる攻撃の回数が減るということは、それだけ弾幕を張れる回数も減ってしまうということを意味する。ビットによる弾幕と、レーザーライフルによる狙撃のコンビネーションを主な戦術としているセシリアにとって、一方の武器が封じられながら戦っているに等しい。
それでも今まで耐え切れていたのは国家代表候補生としての矜持か、それとも狙撃手としての集中力の賜物か。いずれにしても、精神力で耐えていたのには変わりがない。
しかし、そういった精神力にも限界は訪れるもので――
「捉えたぞ!」
セシリアの集中力が切れ、攻撃の手が緩んだほんの一瞬の隙を逃さず、箒は瞬時加速を使用して彼女の懐へと潜り込んだ。
「イ、インターセプ」
「遅い!」
セシリアがショートブレードを展開するよりも、箒が刀を振るう方が断然早い。雨月を縦に、そして空裂を横に、十字を描くように振るう。それは防がれることなくセシリアの機体へと吸い込まれていき――
そのふた振りの斬撃をもって、今回の模擬戦の勝者は決定した。
さあ、次だ! と猛る箒に、シャルロットがISを展開し、アサルトライフルを構えて向かっていったのをピットから見つつ、セシリアは暗い表情でため息をついた。
また、勝てなかった。というよりも、彼女はこの頃ずっと負け続きだった。努力を怠っているというわけではない、それどころか1年の専用機持ちという括りの中に限れば、誰よりも訓練に時間を費やしていると言えるだろう。だが、敗北の原因は、訓練だけでは補いきれないものであった。
セシリアが負け続けている理由は、自身のISで取れる戦術の少なさだ。彼女のISであるブルー・ティアーズの装備は、レーザーライフルにBTビット、そして近接用ショートブレードと数が少ない。故に、取れる戦術もそれらに依存したものになることが多く、増やしづらいのだ。
これに関してはセシリアもまずいと思い、本国の担当者に連絡して装備を追加する許可をもらおうとしたが、データのサンプリングを優先するという理由で却下されている。
装備が増えない以上、自身が取れる戦術のレパートリーが底を尽きるのも時間の問題だった。夏季休業前まではまだ互角に戦えていた。しかし、その時期が過ぎてからは他の専用機持ちもそのことに気がついたのか、徐々に対応されていき、それと比例するかのようにセシリアの模擬戦での勝率も低下、ついには最下位まで落ちる結果になっていた。
戦術も増やせず、装備追加も却下された。せめてビットとレーザーライフルを同時使用しながら機動戦ができる、とまではいかずとも、
このまま自分はどうなるだろう、と考えを巡らせれば暗い未来しか思い浮かばず、そんな自分が情けないと思いながら、セシリアのため息の数は増えていった。
「――お疲れ様、セシリア」
そんな彼女に労わりの声がかけられる。その声を聞いたセシリアは慌てて表情を取り繕い、声の主の方へと振り向いた。
声の主――鈴音は振り向いたセシリアの表情を見て少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに快活な笑みへと変わった。
「まぁた手酷く負けちゃったみたいだけど、大丈夫?」
笑顔で痛いところを突かれ、セシリアは表情に怒りを浮かべそうになったが、寸でのところで押さえ込んだ。鈴音はこちらの状態を察したのだろうから、先のような調子で話しかけてきたのだろう。悪気は無いはずだ。
「……大丈夫ですわ、鈴さんはお気になさらず」
そんな彼女に、セシリアはどうにか言葉を返す。怒りと悲しみが混ざったような感情のせいで、油断していると今にも取り繕った表情が崩れてしまいそうになる。それでは、せっかくこちらを労わってくれた彼女に失礼だろう。
そんなセシリアの葛藤を鈴音は察したようで、そっか、とだけ答えて模擬戦の方へと目を向けた。
模擬戦は、やはり箒が優勢のようだった。いくら
「それにしても、箒は強くなったわね」
そんな彼女達の模擬戦を見ている時、鈴音がセシリアへと話題を振ってきた。彼女の言葉に、セシリアは表情を取り繕いつつ、ええ、と返した。
「短期間でここまで強くなるとは、想定外でしたわ」
そう言ったセシリアに、鈴音は苦笑を浮かべ、言えてるわね、と言って同意を示す。
実際に、箒の成長速度は男子を含めた1年の専用機持ちの中では三番目くらいに位置しているだろう。
そうした点を踏まえて自分たちの中で格付けをするのであれば、一位はおぞましいという言葉が似合うくらいISでの戦闘センスがずば抜けている照彦だ。そして二位は、楯無のもとでその潜在能力を表し始めた一夏。その二人のすぐ下にラウラか箒か、といったところだろう。その後は鈴音、シャルロットと続き、最後にセシリアとなる。
その中でも箒の成長速度は最早異常と言える域にまで達しており、専用機持ちの中では最短の日数で瞬時加速を体得するという事態が、それを如実に表している。そして、その成長で得た力は飾りではなく、こと模擬戦においては、男性操縦者を抜きにすると実はラウラ以外に勝ち越しているのだ。
いつ頃からそうなっていたのか、そしてどのようにしてそうなったかは、セシリア自身詳しくはわからない。ただ、何を原動力にしたのかだけはわかった。
――恐らく、嫉妬だ。一夏と共に過ごす時間が長いあの生徒会長への醜い感情こそが、彼女が強くなるための
そう考えながら、セシリアは意識を模擬戦へと戻す。
アリーナの方では、箒がシャルロットを捉えたようで、既に箒の得意な距離での戦いに移行していた。対戦相手であるシャルロットは、その顔に浮かぶ焦りを隠す余裕はないようで、箒の連撃を捌く事に精一杯のようだった。
そうした戦況でも、箒の表情は変わらない。嫉妬を気迫に変え、顔に浮かぶ苛立ちにも似た感情をぶつけるかのごとく、一撃一撃を必殺のものとして振るっている。
あれは、醜女だ。模擬戦を見守っていたセシリアの頭に、そんな言葉が浮かんだ。事実戦い続ける箒の表情は、客観的に見ても
荒々しさ、力強さ、そして容赦のなさ。それらを兼ね備え、湧き上がる暗い激情のままに手にした力を振るう。およそ女性が持ち合わせる必要がないものを、箒は強くなるために取り込んだのかもしれない。それが、自身の美しさを失う事になろうとも。
見目麗しいものが弱く、見てはいられぬものが強い。まるで、出来の悪い物語のようだ。
だが、セシリアは思う、思ってしまう。
もしも、箒と同じく激情にまみれることで強くなれるのであれば――
そんな考えが頭を過ぎった時、セシリアはため息をついた。同時に、何を馬鹿なことを、と考えた自分自身を自嘲する。自分は自分、他人は他人。強くなる手段には向き不向きがあり、箒がああして強くなったとはいえ、自身もああやって強くなれるとは限らない。
そう思い、セシリアはひと時の気の迷いを振り払い――切れない。
思えば思うほど、考えれば考えるほど、その暗い誘惑は心へと染み込み、その外道へと誘おうとしてくる。
箒のようになるのが嫌で、だが箒の強さに惹かれている自分がそこにいる。
もしも、自分も箒のように強くなれたら。
もしも、ああなることで自分が誰よりも強くなることができたら。
もしも、もしも、もしも――
――今のセシリアは、そんなありもしない
◇◇◇◇
使用していたノートと教科書を閉じ、ぬるくなったお茶を飲み干した一夏は、机の上に置かれている時計を確認する。短針と長針双方ともに12に近づいており、あと10分程で日付が変わることを確認した彼は、もうこんな時間か、と呟いた後に椅子から立ち上がり、ゆっくりと伸びをした。
予習・復習という少々面倒な頭脳労働から開放され、張り詰めた気持ちと集中が解かれた一夏の頭に、ふと隅に追いやっていた思いが浮かび上がってくる。
――それは、楯無への恋心。
一夏が彼女へのそれを自覚してから早十日、諸々の事情により未だ誰にも打ち明けず、自身の心に秘め続けているその感情を、彼は事あるごとに考えていた。
なぜそうなったのか、と問われても、一夏はそれに対しての明確な答えを出すことが出来ない。いつの間にか、恋をしていたからだ。一目惚れというものなのだろう。楯無と関わってきた今までを思い返せば、そうとしか言えなくなってしまう。
もちろん、彼女への憧れも確かにあった。しかし、それは自身の胸に宿る恋心を勝手にそう解釈していただけなのでは? と考えてしまう時があるのだ。どちらが先か、などということはわからない。本当はどちらも最初からあって、単に心を占める割合の問題だったということも、大いに有り得るのだ。
ただ、そんなことを考えられるようになった自分自身に一夏は困惑しつつも、そんな自分の現状を悪くないと思えるくらいには心に余裕を持つことができていた。
しかし、彼はそんな余裕の只中でも、自分のなかに生まれた感情を疑い、それを誰からも悟られぬようにひた隠すことをやめてはいなかった。その原因となった、自分ではない自分の夢をここ最近は見なくなっていた。しかし、いくら見なくなったとはいえ、楔で穿たれたように自身の記憶の中に残り続け、今なお時たまに脳内を過ぎり、夢の光景を忘れることを許してくれない。
そうして自身の夢に苛まれていくうちに、ある時ふと、夢の中の自分も楯無にただならぬ想いを寄せていたということに気がついた。もしかしたら、自分の恋心とは、夢の中の彼が抱いていたそれを写し取ったまがい物ではないのか、そして、それをまるで自分のものであると
――だがその度に、くだらない、と考えて一夏は首を横に振る。ただそれでも、一夏の心の中から楯無への想いと自分自身への疑念が消えることはなかった。
自分は本当に楯無を想っているのか、自分は楯無と向き合えているのか、そもそも自分自身を理解しているのか――
そんな自問自答を繰り返していた時、一夏はふと、ベッドで一足先に眠りに入った楯無へと視線をやる。
小さな寝息を立てる楯無の寝顔は、まるで悩みなど無いかのように安らかなもので、まるで現実世界の柵から開放されたかのような具合だ。そのようにして、あどけない表情を浮かべながらこんこんと眠る彼女の様子を見た一夏の頬は、自然と綻んだ。
――実際に、幸せなのだろう。そう思いながら、一夏は眠る楯無の顔立ちを観察する。
艶のある髪、健康的な色合いの頬、そして瑞々しい桜色の唇。女性にとっての命とは、即ち美しさであると何かの話で聞いたことがあるが、なるほど、その話は真実なのかも知れない。そう考えれば、今一夏の目の先で眠る彼女のバイタリティの秘密を少しだけ垣間見ることができたのかもしれない。
そんな彼女に――触れたい。あの髪を撫で、そのまま頬へと手を滑らせ、唇を指でなぞりたい。ほんの少し動き、手を伸ばすだけでそれが叶う。あの美しい
そう考え、一夏は椅子から立ち上がり、ゆっくりと足を動かし――
――自分のベッドまで行き、寝転んだ。
何を馬鹿なことを考えているのだろうか、寝ている女性へと手を伸ばし、あまつさえ触れて撫でようなどと、大馬鹿者がやる所業だろうが。
恥を知れ、織斑一夏。頭を冷やせ、織斑一夏。
「……もう寝るか」
これ以上起きていると、さらに頭の悪いことを考えてしまう。そんな事を考えた一夏が、ため息をついたあとに小さく呟いたその言葉は、誰にも聞かれることなく消えていった。
6巻分の話はセシリアの出番が多くなります。
一応、1期ヒロインズも少しだけ性格改変されていますし、実力も変わっています。
それに伴い彼女らの心境も、物語が進むにつれて徐々に変化していく予定となっております。
ついでに言っておくと、キャラが初めて登場する場合、登場するタイミングは原作の時系列に準拠するつもりです。
なので、一部の方々が待ち望んでいる彼女の登場はもう少し先です。
このような作品ですが、感想をお待ちしています。