ただ最初に言っておきます。
今回の話、詰め込みすぎました。
あと相変わらず独自設定が多いです。
それでもよければ、どうぞ。
水のヴェールが消えると同時に、銃弾が音を立てて床へと落ちる。どうやら、不敵な笑みを浮かべ続ける楯無の体には、かすり傷一つ付いていないようだ。その事実に、一夏はまるで我が事のように安堵した。
「さて、色々と聞きたいことはあるのだけれど――」
このロッカールームの唯一の出入り口を背にして立ち、楯無はランスの穂先をオータムへ向ける。対するオータムも、一度小さくため息をついた後、ゆっくりと体を楯無の方へと向け、マシンガンと装甲脚の銃口を突きつける。
「大人しく縄についてもらえると私は嬉しいな、なんて」
「……はん! 心にもないこと言ってんじゃねえよ」
そう言いながら、オータムは楯無を睨む。しかし、睨まれた本人はどこ吹く風だ。
「悪いがこちらの目的はもう達しているんでね、さっさとおさらばさせてもらうぜ」
「まあまあ、そう言わずに」
もう少し私に付き合ってよ。
そんなおどけたような楯無の声が、
偽物か、とオータムが叫ぶように言い、背後を振り向こうとしたが、それよりも早くなぎ払うように振るわれたランスによって、彼女は壁に向かって吹き飛んだ。
だが、吹き飛びつつもPICを操作していたのか、想像以上に早く体勢を立て直した彼女は、既に接近していた楯無が突き出すランスを急遽展開したカタールと背部の装甲脚でいなしつつ、マシンガンの引き金を引く。
放たれた銃弾が楯無の体を目指して突き進み――再度展開された水のヴェールに阻まれた。防がれることを予測していたのか、オータムは舌打ちこそするものの、マシンガンによる射撃自体はやめず、機体を出入り口の方へと動かし始める。
「逃すとでも?」
そう言った楯無は、いつの間にか展開していた蛇腹剣を操り、オータムの動きを制限する。鞭のようにしなりながら迫り来る刃を、オータムは八本の装甲脚で器用に捌いていく。その顔には徐々に焦りが浮かび始めていた。
戦況が徐々に傾きつつ、しかし未だ攻防が続いている戦いの傍らで、しびれと痛みがだいぶ治まった一夏は、楯無の姿から目を離さないようにしながら、ゆっくりと体に力を入れて立ち上がる。
足に力を入れ、再び倒れないようにこらえながらも楯無の戦う姿を見ていた一夏は、その戦いぶりにどこか違和感を覚えた。
訓練でよく見てきた楯無の実力と、つい先ほどまで肌で感じていたオータムの実力、そして彼女らが纏うISの世代などの条件を比べると、楯無の方が勝っている部分は多いはずなのだ。しかし、楯無は現在目の前の相手と
倒そうと思えば、いつでも倒せる。しかし、そうしない。それは何故?
そんな一夏の疑問をよそに、戦況は徐々に楯無の方へと傾き始めていた。
「さっさと倒れるか、私を見逃せよ!」
自身が不利に立たされていることがわかっているオータムが、顔を歪ませながら叫ぶ。その間も攻撃をやめてはいないが、全て水のヴェールで防がれている。
「それはできない相談ね」
そう言いつつ、蛇腹剣でのなぎ払いを囮に、ランスの突きを叩き込む。その攻撃をまともに食らったオータムは、ぐう、とくぐもった声を上げて吹き飛びかけるが、どうにか踏みとどまった。
「畜生、時間がないってのに……」
小さく呟かれるようにオータムの口から漏れ出た言葉が、偶然一夏の耳に入ってきた。戦闘中であれば聞き逃してしまいそうなその言葉を聞き、一夏は何か引っ掛かりを覚えた。
思えばオータムは白式のISコアを奪ってから、言葉ではほとんど表さないものの時間を気にしているように思える。
もしかすると、亡国機業の方から言い渡された任務には時間制限があるのかもしれない。だが、そのような任務を帯びた人間がISの持ち主を殺害する選択をするだろうか、そうしている暇があるのであれば、さっさとISを使って脱出した方が早いのではないか?
彼女の任務の内容に一夏、もしくは目撃者の殺害があったのであれば、別に疑問は起こらない。しかし、楯無が現れるまでの彼女の言動からは、そのような内容を感じ取ることはできなかったし、そもそも銃口を向けられても敵意を向けられることは一度もなかった。
――ならば、
一夏が思い当たるものは二つ。
まずはISだ。何かの機会に聞いたことがあるのだが、世界のどこかにIS適性を無理やり上げる薬が存在するらしい。もちろん、国際IS委員会が定める決まりでは違法とされているそれは、様々な危険が付き纏うものの、一度行使すれば
ただ、今回の襲撃者を見る限り、そのようなものを行使していないことが分かる。その理由は単純で、自身、そして楯無と連戦をしている関係上、かなり長い時間戦闘していることと、ごく短期間という言葉通り、そうした薬によって上げられた適性が持つ時間はモンドグロッソの平均的な試合時間の半分程度しか持たず、時間切れになれば強烈な反動が体全体を襲い、戦闘どころではなくなるのだ。
そうした観点を踏まえて戦いの様子を観察してみれば、一夏の目で見ることができる範囲では、襲撃者にはそのような兆候は見られない。つまり、彼女は薬を使いIS適性を上げてはいないので、時間制限がないことが分かる。
そうなれば、残るは一つ――
「――ああ、そういえば」
何かを思い出したかのように、楯無は口を開く。その間も、攻撃の手を緩めることはなかった。
「ねえ、この部屋暑くない?」
「……なんだと?」
楯無の言葉の意味がよく理解できなかったのか、攻撃を捌き続けながらオータムは聞き返す。
「貴女ならわかっていると思うけど、不快指数っていうのは湿度に依存するのよ」
その言葉を聞き、オータムはあからさまに顔色を変えた。気付けば彼女の周りには、まとわりつくように異様に濃い霧が漂っている。してやられた、そう呟いたオータムの驚愕を隠そうともしない表情を見て、楯無は一層笑みを深めた。
「はい、どかん」
そう言って、楯無は指を鳴らす。それを合図としたかのように、オータムの周囲で爆発が起こり、彼女の体が機体ごと爆風に飲み込まれる。
――
一夏にとっては模擬戦で幾度も見て、そして食らってきた能力だ。その威力はよくわかっている。さすがのオータムも、この一撃はきついはずだ。
一夏がそう思っている間に、視界は晴れ、清き情熱を食らったオータムの姿が晒されていく。彼女が纏うアラクネには細かい傷が付いた程度で済んでいるが、搭乗者本人は肩で息をしており、その表情は優れないように見える。彼女の足元を見てみれば、どうにか踏みとどまってはいるものの、その足は震えてふらついているようだった。
「ちく、しょう……!」
既に満身創痍といった様子のオータムは、様々な感情を宿した目で楯無を睨む。しかし、そんな彼女の睨みに対して、楯無はどこ吹く風のように受け流していた。
「さて、そろそろカーテンコールといきましょうか」
そう言い、楯無は一夏へと視線を送る。それが何を意味するのか、オータムはわかっていた。
「――
そうオータムが言うと同時に、一夏は口を開く。
「――来い」
彼はこの時を待ち続けた。それは数値上では短く、しかし体感ではとても長い時だった。その間、行き場のない無念だけが心にあった。
歯痒かった、悔しかった、涙が出そうだった。ただ見ているしかできないということが、こんなにも苦痛を伴うことであると初めて知った。
――だが、それもここで終わる。
「戻ってこい、白式!」
その声に呼応するかのごとく、オータムの手から白式のコアが消失し、一夏の目の前に転移する。白く眩い光を放つそれを、一夏は左手で握り締めるように掴み取る。それを待ちわびていたかのように、白式のコアから放たれる光が強くなり、部屋全体を覆い尽くす。
――その光が止んだ時には、オータムの懐に白式を纏った一夏が飛び込んでいた。
オータムが何かを言おうと口を開く前に、一夏は零落白夜を発動し、大上段まで振り上げていた雪片弐型を振り下ろす。
その突然の攻撃に、さっと顔色を変えたオータムは、八本の装甲脚を頭上で集中させてその一撃を受け止めた。しかし、それができたのもほんの一瞬。一夏はそんな防御など知らないと言わんばかりに力押しで切り裂いた。無理やり押し切ったからか、割れるように破壊された装甲脚の破片が、二人の間に降り注ぐ。
世代による馬力の差は分かっていたものの、実際に直面すると驚愕を隠せないのか、オータムが一瞬だけ硬直する。その明確な隙を逃す一夏ではない、彼は相手の動きが止まったと確認するやいなや、機体に備え付けられている全てのスラスターを器用に操作し、その場で回転するように勢いを付けて彼女の体に蹴りを叩き込んだ。
硬直から立ち直る事ができず、無防備なまま蹴りを食らったオータムは、カエルが潰れたような声を上げて吹き飛び、壁へと激突した。その衝撃が凄まじかったのか、彼女が激突した壁の一部が崩れ去り、穴が開いて向こう側が見えていた。
「――織斑君、早くその女を拘束して!」
ふう、と息を吐きながらも警戒を怠らない一夏の背に、楯無の言葉が投げ掛けられる。その声色が、彼女には珍しく切羽詰まったものであることを理解した彼は、彼女の声にわかりました、と返し、今さっき自身が蹴り飛ばしたオータムへと近づいていった。
――しかし、その行動を一夏が取るのは少しだけ遅かった。オータムは彼に吹き飛ばされている最中、
その光景を確認した一夏は、自身の迂闊さを呪いつつも、頭を回す。
回避――否、対象に近づきすぎた。今から退くことは不可能だ。では防御するか? そうしてもいいが、爆発の規模がどれほどのものになるかわからない以上、無事で済む保証は無い。
大怪我は免れない、そう結論づけ、覚悟を決めた一夏は、数秒後に襲い来るだろう爆風と衝撃に備えて身構えた。
「織斑君!」
楯無の声が耳に届いたのと同時に、アラクネが一際強い光に包まれた。その光の眩しさに一夏は思わず目を瞑った。その直後、轟音が鳴り響いた。すぐに爆風と衝撃が自身の身に届くと考えていたが、何時まで経ってもそれらが届かない。代わりに自身の体が何か柔らかいものに包まれている感覚があった。
不思議に思った一夏が恐る恐る目を開けてみると、眼前に見覚えのある外ハネの髪の毛が見えた。忘れていた呼吸をしてみれば、女性特有のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
誰かに抱きしめられている。そのことをうまく回らない頭で一夏が理解したのと同時に、ゆっくりと密着していた体が離されていき、自身を抱きしめていた
「……大丈夫だった? 織斑君」
心配そうな表情を浮かべながら、楯無はそう言った。
そんな彼女の心を代弁するかの如く、彼女の肩越しに見える水のヴェールが、少しだけ揺れた。
◇◇◇◇
――ああ、詰めが甘かった。
それがIS学園の敷地外へと離脱に成功したオータムが、小さな公園のベンチに座りながら最初に思ったことだった。実際、途中までは作戦通りに事が運んでいたのだ。
失敗した原因は、恐らく想定外の二つ。一つは、学園側――この場合は更識楯無の対応が想定よりも早かったこと。そしてもう一つは、ターゲットであった織斑一夏の実力が想定していたよりも遥かに高かったこと。
「全く、
エムの言うことは当てにできない、と仲間の一人が言い、警戒を促してきた。それに従い、細心の注意を払い、万全の準備をしてこの任務に臨んだ。
そこまで考えて、オータムは目を閉じる。思い描くのは、自身へ向かって来る一夏の姿。憎しみでも、怒りでもない、純粋な敵意を持って自身を打倒しようとした男性操縦者。今回は痛み分けという形で終わってしまったが、もし次の機会があるのであれば――
「――次こそは満足するまでやり合いたいもんだ」
そう呟き、オータムは口元に笑みを浮かべた。
「あら、浮気はダメよ? オータム」
そんな彼女に、声がかけられる。
オータムが目を開けてみれば、自身の目の前に女性が立っていた。夕焼けを受けて輝く金髪をなびかせたその女性は、その美しさを際立たせるような、ミステリアスな笑みを浮かべていた。
「そんなことしないさ、スコール」
おどけたようにオータムは言い、ベンチから立ち上がった。そんな彼女の様子を見ながら、スコールと呼ばれた女性は笑みを浮かべたまま、口を開く。
「それでどうだった? 彼」
「予想以上だったよ、織斑一夏は」
スコールの問いに即答したオータムは、凝りを解すように伸びをする。
「ああいう男なら素直に歓迎できるね、思わずスカウトしようかと思ったほどさ」
「あら珍しい、あなたが男性のことをよく言うなんて」
「おいおい、私はいつだって正当な評価をしているつもりだぜ?」
そう言いながら大げさに腕を広げるオータムに、スコールは笑みを浮かべながら、わかっているわよ、と答えた。
そんな二人の耳に、小さな電子音が聞こえると同時に、スコールの目の前に小さな空間投影ディスプレイを展開される。ディスプレイには、サウンドオンリーとしか表示されていなかった。どうやら、仲間からの通信らしい。
『二人とも聞こえるー?』
女性の声が、音声として出力される。その声が聞こえるのと同時に、二人は周りに人がいないことを確認した。
「――何かしら、
周囲の確認を終えたスコールが返した返事に、ミスティと呼ばれた声の主が、まだ時間の余裕があるんだけどね、と前置く。
『どうやら更識楯無と織斑一夏以外の専用機持ちがそっちに向かっているらしいのよ』
だから早く帰ってきてね、というミスティの問い掛けに、了解したわ、と答えたスコールは、通信が切れてディスプレイが消えたのを確認した後に、オータムの方を向いた。
「じゃあ、帰りましょうか」
そう言ったスコールに、オータムはそうだな、と苦笑しながら答えた。
◇◇◇◇
「ごめんなさい」
二人しかいない生徒会室の中で、楯無は一夏に頭を下げた。そんな彼女に、当の謝られた本人は困惑するしかなかった。何か言おうにも、原因がわからない以上言葉を口にすることはできないからだ。
そんな彼の内心をわかっているのか、下げていた頭を上げ、真剣な表情で一夏と目を合わせた楯無は、ゆっくりと理由を語っていく。
――未遂だったとはいえ、一歩間違えれば一夏はISを失うだけではなく、命を落としていた。そして、オータムをおびき出す為とはいえ、全く情報を開示せずに演劇に参加して欲しいと半ば騙すような真似をした。その劇でも、一歩間違えれば大怪我をしていた可能性があったのだ。
「今頃何を言っているのかって思っているかもしれない。私も許して欲しいなんて思ってない。でも、私は貴方に謝らなくちゃいけないの、だから――」
――ごめんなさい。そう言って、楯無は再度一夏に頭を下げた。
そんな楯無を見ながら、一夏は口を開く。
「気にしていませんよ」
思わず、え、と口から言葉を溢した楯無は、慌てて顔を上げ、驚いた表情のまま一夏を見る。そんな彼女の様子を見て、一夏は困ったような笑みを浮かべた。
「確かに、あの時は何かしら言って欲しかった」
でも、と一夏は言いながら、自身の胸に左手を当てる。
「俺は今ここにいます」
楯無の言うとおり危険に晒されたし、彼女が助けに来るのが遅ければ、今自分がこの世にいないこともまた事実なのだ。
――だが、
「だから、俺は貴女を憎んでいません」
「でも、私は――」
「楯無さん」
憎んでいないことが分かっても、なおも自分自身を責めている楯無に、一夏は彼女の名を呼んだ上で、しっかりと顔を見据える。彼の目に映る楯無は、どこか不安そうな表情を浮かべていた。その事実に、一夏は少しだけ心を痛めた。だからこそ、彼は彼女を安心させるような微笑みを浮かべて、その言葉を口にする。
「俺を助けてくれて、ありがとうございます」
一夏から素直な感謝の言葉をもらった楯無は、少しだけ俯き、うー、とかあー、とか意味を持たない言葉を口にしたあと、おずおずと顔を上げて一夏と目を合わせた。頬を朱に染めた彼女の顔には、少し恥ずかしそうな笑みが浮かんでいた。そんな楯無の表情すら、一夏は愛おしいと思えた。
「えっと、どういたしまして」
消え入りそうな声で紡がれたその言葉を聞き届けた一夏は、浮かべていた笑みを深めながら、自身の心に浮かんできた愛おしさの正体を知った。
それは、とても単純な
彼女の姿を自然と目で追ってしまう。
彼女と言葉を交わすと楽しい。
彼女と共にいると胸が高鳴る。
そして、彼女のことが愛おしい。
これだけの
織斑一夏は、更識楯無に恋をしているのだ。
――ホントウニ?
そう思うと同時に、一夏の脳裏にフラッシュバックするのは、夢の中の自分。悪意なく、時に感情的に、時に機械的に、幾度となく
そんな自分の姿を、一夏はあんなもの自分ではないとして振り払いたかった。だが、不可能だった。振り払おうとすればするほど、その光景は色濃いものとなり、自身の頭に残り続けた。まるで、これこそが貴様の罪であり、貴様の感情は全てこの罪の中から生まれてきているということを突きつけられているような錯覚に陥る。
それでも、一夏はその錯覚を振り払おうとし続けた。夢の中の
そう思いながら、一夏は楯無を見る。彼女の顔には、徐々にいつもの笑顔が戻ってきていた。
その笑顔に、一夏はまた愛おしさを感じた。その愛おしさこそが、恋心なのだろう。
だから、その想いこそまさしく自分のものだ。
――だから、一夏は自身の恋心を自分の内に閉じ込めることに決めた。
いつの日か、自身の想いが本物だと証明できる、その時までは――
そう思い、一夏は楯無の笑顔につられるように笑う。
その裏で、楯無への愛おしさと申し訳なさを抱きながら。
詰め込みすぎた弊害からか、ちょっと駆け足での進行になってしまいました。
徐々にこじれていく一夏の内面、スコールと通信した謎の存在であるミスティ。
順調に原作から乖離していっています。それがいいことなのか悪いことなのかは今後次第ですが……
ちなみに補足しておきますと、ミスティは一応オリキャラではなく原作キャラが名を変えただけです。彼女が誰であるかは……多分一発でわかるはず。
仮に彼女が何者であるかわかっても、感想等で言わないでいただけると幸いです。
このような作品ですが、感想をお待ちしています。