『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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第二部


 試作機がネオゼネバス帝国軍の奇襲部隊を撃退したにも関わらず〝シュピーゲルフューラー〟開発プロジェクトはヘリック共和国軍から注目されることはなかった。

 奇襲を受けたノヴァヤゼムリャ市が臨時政府の置かれたロングケープより遠距離に位置することもあるが、なによりこの時期、中央山脈共和国造兵廠で秘密裏に建造していた新型主力機〈ZGG〉が完成したことが二郎たちの功績を霞ませてしまっていた。

 2105年9月下旬、〈ゴジュラスギガ〉の制式名を与えられた新たなフラッグシップゾイドは単機を以って敵の防衛ラインを突破。その後中央大陸でゲリラ戦を展開していた共和国軍と合流し目覚ましい進軍速度で反撃を開始する。

 2104年次に立ち上げられたフューラー改造プロジェクトは本来〈ZGG〉完成までの場繋ぎ的意味合いが強くプロジェクト完成が急かされ二郎の過労と結びついたことは前述した通りである。結果フューラーの完成は遅滞、一方〈ZGG〉はステルススティンガーの襲撃によって計画より早く戦線に投入されることとなり、フューラー改造プロジェクトの位置付けは一層低下してしまう(なおゴジュラスギガの前倒しの完成の理由には、偏にゾイテックを離れ共和国造兵廠に合流したベルナー・バラクリシュナンの貢献と失踪した共和国大統領ルイーズ・キャムフォードの遺した〈プロトゴジュラスギガ〉の設計図が工期の大幅な短縮を可能にしたことも付け加えておく)。

 それでも希少なギガノトサウルス野生体の確保と機獣化施設の整備は共和国軍にとって大きな負担であり、ギガは月産で一桁に満たない生産数しか確保できなかった。当然〝シュピーゲルフューラー〟を含めたその他の大型ゾイドを製造する余力もなく、ゾイテック社の動向を顧みる機会も激減する。

 ゾイテック社では国債をパテント料に補填する見返りにゴジュラスギガのライセンス生産を臨時政府に提案するが、技術流出を恐れるヘリック共和国政府は慎重姿勢を崩さず提案を辞退する。

 ネオゼネバス帝国軍のバーサークフューラー、ジェノザウラー系の荷電粒子装備ゾイドは元より、デスザウラーでさえゴジュラスギガの猛威を食い止めることは出来ず、レイ・エナジー・アキュムレーター装備の〝シュピーゲルフューラー〟量産は共和国軍で見送られ、ここに至りゾイテック社によるバーサークフューラー改造プロジェクトは完全に暗礁に乗り上げた形になっていた。

 

 共和国反攻を報じる記事の中心には常にゴジュラスギガの雄姿があった。

「おめでとうバラクリシュナン。どうやら君は君の〝竜〟を完成させたのだね」

 海の向こう側から届いた猛り狂う暴竜の画像に、嘗てこの製作所でコンセプトを競い合った技術者の顔を思い浮かべた。

〝ギガ〟の名を冠した新たな共和国軍の主力ゾイドは、永年共和国軍を苦しめ続けてきたダークスパイナーのジャミングウェーブを物ともせず次々に敵を打ち破っているとある。多分に過大な戦績記事であることを差し引いても、歴史に残る傑作ゾイドを完成させたと言っても過言ではないと感じていた。

「次は僕たちの番だ」

 蒼き龍を見上げる二郎に後悔はなかった。自分が生み育てたゾイドに絶対の自信があったからだ。

「必ず君が必要とされる時は来る。それまで僕のもとで君を立派に育てて見せる」

 共和国軍が荷電粒子砲対策を軽視したことが、結果的に二郎に時間を与えた。サポートブロックスとして設計しながら未完成であった飛行ブロックス〝フライヤー〟のクリーンアップとゾイテック本社での承認手続き及び試作機の製造の段取りを済ませ、先行して製造が完了していた試作機の受け取りを二郎が行う。

 試作機到着の際は共にディバイソンの荷台に揺られながら悠然とノヴァヤゼムリャに帰社する余裕まで生み出した。

 季節は巡りまた初夏を迎え、製作所周辺には一面に菜の花が咲き乱れていた。

 皮肉なことにタケオたちノヴァヤゼムリャ製作所を離れた技師は、ゴジュラスギガや小型ブロックス、そして新たに再生され戦場に再投入されるゴルヘックス、アロザウラー等のゾイド製造に忙殺されることになっていた。

 

「チェンジマイズによるモード変更試験を開始します」

 二郎の背後より新型ブロックスゾイドが姿を現す。クヌート・ルンドマルクが設計し、ゾイテック本社での生産承認を待っていたサポートブロックスゾイドは、格闘戦用のメタルクラッシャーホーン、バイトファング、メタルクロー、スパイクシールドに加え、火器にマルチプルキャノン及びマイクロミサイルポッド、そして中型ゾイドには過剰武装とも言える3連ロングレンジキャノンを二基備え自律型AIを装備し有人無人での運用が可能なマルチファイター型ゾイドとして完成していた。

〝シュピーゲルフューラー〟進攻に際し先陣を切って突進するdispel(追い払う)と、飛燕の名によって宙に浮いてしまっていた〝スパロー(sparrow)〟の言葉を合わせ〈ディスペロウ〉と名付けられた新型ブロックスは、二郎たちが見守るなか蒼き龍との合体・変形実験を繰り広げた。

 両機はリョウザブロウの操縦によりシミュレーションに基づく幾つかの合体パターンのトライ・アンド・エラーを繰り返し、最終的に最適と思われる〝デストロイ〟モードの完成に努める。またディスペロウ自体も標準モード、砲撃モード、格闘モードの三形態へのチェンジマイズが設定されており、稼働実験は終日に亘って実施されたのだった。

 

「ご苦労様でした。これでまたこの機体の拡張性が増えます」

 実験を終えコクピットより降り立ったリョウザブロウには任務を果たした達成感からか充実した表情が読み取れた。

「感謝したいのは自分の方ですよ。

 二郎さん、あんたは素晴らしいゾイドを作ってくれた。もしもう一度戦場に行けと言われたら、自分は迷わずこのゾイドを選びますよ」

 朴訥なテストパイロットが本音で語っていることは何よりも嬉しかった。

「ディスペロウもいいブロックスだ。

 明日の予定は何でしたかねえ」

「明日は僕が考えた飛行用サポートゾイドとのチェンジマイズ実験になります。〈エヴォフライヤー〉と名付けました。明日もよろしくお願いします」

「それは楽しみだ」

 リョウザブロウは破顔一笑し〝シュピーゲルフューラー〟を見上げた。

 

 暫くの後、再度二郎を見て語った。

「そろそろコレにもちゃんとした名前をつけてやってください。いつまでも借り物の名前じゃ可哀そうですよ」

「そう……ですね」

 いつになく二郎は口籠るのであった。

 

〝シュピーゲルフューラー〟の呼び名は飽くまで仮称であった。命名権はゾイテック社側に一任されていたが、共和国軍ゾイドとして参戦する以上敵側の〈バーサークフューラー〉との混乱を招くような名称は避けなければならない。何より〝フューラー〟が「総統」を意味し、共和政を唱えるヘリック共和国にとって望ましい名称ではなく、クライアント側にコンセンサスを得られるとは思えない。

 二郎にとってこの機体への愛情が深いからこそ命名が悩ましかった。

 一度だけ、ウェストリバー製作所でK・静男と共に小型ブロックスゾイド開発に携わるタケオ・Dに連絡を取ってみたが、彼の答えは「主任にお任せします」と返ってきただけであった。「飛燕」の命名からもタケオがこの機体に拘りがない筈はない。しかし一度プロジェクトを離れてしまった以上命名に関わるのは避けるべきと判断したに違いなかった。

 タケオ、バラクリシュナン、ルンドマルク、ツェリン。蒼き龍に関わった者達の想いをインテグレトした名称とは何なのか。

 二郎は未だに決めあぐねていた。

 

 その夜、製作所より独身寮への帰路についた二郎の頭上に美しい月が浮かんでいた。

 月光が足元に短い影を落とす。月と菜の花畑を眺め、二郎は命名についての取り留めのない思いを巡らせていた。

 

「彼女は〝ギガ〟を超える〝エクサ〟の龍。

 そして輝きを纏う龍。

 (がい)の力を持って約束の地に凱旋を果たす龍」

 

 脳裏に言葉が閃光のように浮かんだ。

 

「がい・龍・き……凱龍輝」

 もう一度呟く。

「君の名は〈凱龍輝〉、凱龍輝だ」

 

 月光の下、静かに歓喜する青年技師の姿がそこにあった。

 


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