「天下に未だ将軍自ら戦い自ら死せることは有らず」と、古代の軍記に云う。
これを「指導者自らが戦い死んでしまった事例はない」とするか、「自ら戦い死ぬような者は、指導者に非ず」とするかは、解釈の分かれる部分であろう。
ヴォルフはエナジーライガーを駆り、共和国軍によるヘリックシティー大包囲戦の進攻を食い止め、その戦闘能力が決して飾り物ではないことを証明しているが、皇帝自らが出陣するリスクを知らぬ愚者でもない。
「幼少期から完璧を強いられ、社会的承認を求め蓄積してきたフラストレーションを一気に開放した
先に挙げた臨床心理学者ジュディー・ハーマンの分析である。彼女の言葉通り、レイ・グレッグとの邂逅に狂喜し戦闘に没頭していく姿は、到底皇帝とは呼び難い状況であった。
空力学を無視し、二匹の鋼鉄の獅子が空中でドッグファイトを繰り広げる光景を想像して頂きたい。それはまるで、おもちゃを両手に持った幼い男の子が、思い思いの擬音を口ずさみ想像の翼の中で両雄を対決させるようなノスタルジーを漂わせる。しかし紛れもなく、二匹の獅子には三人の人間が搭乗していた。
15:15
MGS(=マグネッサーシステム)max、零隼(=ゼロファルコン)ハイレートクライム。EL(=エナジーライガー)追撃。
マグネッサー出力を最大にして垂直上昇を行うゼロファルコンを、紅玉の翼端からベイパートレイルを曳くエナジーライガーが追い縋る。
15:16
零隼常態。ハーフロールダイブ→スピリットS、破爪(=バスタークロー)交錯、EL小破スピン。
ゼロファルコンは上昇限界で水平飛行に移ると、エナジーライガーに対し半回転し背面姿勢からの急降下を行いバスタークローの一撃を加えた後、高度を下げて180°転回する。ヴォルフは僅かに錐揉みに陥ったがすぐさま体勢を立て直していた。
15:17
両機ローリングシザーズ→零隼バレルロールアタック→斬爪(=ザンスマッシャークロー)攻撃、EL左翼破壊、ジンキング。
濃紅の獅子はエナジーチャージャー全開でゼロファルコンとの二重螺旋を描き交錯する。互いにブレイクターンを図るが、対エナジーライガー用に開発されたゼロファルコンのマニューバが競り勝ち螺旋から離脱、猛禽然とした強襲を繰り出す。
ザンスマッシャーでのストライクレーザークローがエナジーウィングを粉砕、紅玉の破片を撒き散らしつつランダムなロール機動によってエナジーライガーは離脱した。
15:19
ELサステインドGターン、アンロード加速→ラスト・ディッチ・マニューバ→降下着地。
ヴォルフにとって、ゼロファルコンに二人のパイロットが搭乗することが最大のハンディキャップであった。単座での操縦者がPIOに陥れば即座に勝敗は決してしまう空中戦での不利を悟り、ヴォルフは機体強度限界での旋回を最大出力で実施する。加重に呼吸を圧迫されながら、エナジーウィングを窄め空気抵抗を最小にした加速で最終回避運動を行い降下した。
エナジーライガーが地上に降りてしまうとエヴォフライヤーからの戦況の俯瞰は困難となる。当然だが、キャノピーは機体上方にあるので地上戦は見えにくい。
「降ります」
クレフェルトが短く告げると、陸戦モードに変形したエヴォフライヤーが着地した瞬間に激しい振動が起こり、二郎はエヴォフライヤーごと左に倒れる遠心力を覚える。毒づくクレフェルトの先のキャノビー越しに、体長の半分程のガトリング砲を背負う赤いクワガタ型ゾイドの姿が垣間見えた。
15:22
着地後SS(=シザーストーム)接触、ワ(=我)足破壊。エ(=エヴォフライヤー)倒。
本来セイスモサウルス護衛に就くべき、皇帝親衛隊とは異なる帝国軍前進攻撃部隊が、包囲網の綻びを縫って侵入していた。ゼロイクス、或いはエナジーライガー(通常型)との格闘戦を主眼としてきたギガ・凱龍輝部隊にとって小型ブロックスとの戦闘方法は異なり、対応が遅れてしまったのである。
横転したエヴォフライヤーのコクピットが無防備に晒され、セイフティーベルトが絡まり脱出に手間取る二人に、振り上げたチェーンシザーが兇暴な騒音を立てて迫る。キメラドラゴンの轍を踏まぬようAIの暴走には充分なリミッターが加えられていたが、それでもシザーストームは只管に皇帝援護の任を遂行するため進路を塞ぐ物体を無作為に攻撃していたのだ。
危機を察したブルックスの凱龍輝が咄嗟に月甲を分離しシザーストームに突入させるが、低重心故に転倒せずストームガトリングのバレル二本を折るにとどまる。横臥するエヴォフライヤーの防波堤となる形でストルルソンの凱龍輝70-56号機とサチェックの70-73号機が接触し、ボレルの70-6号機とスロコームのディスペロウが体勢を下げキャノピーを開く。
15:23
エ脱出→凱龍輝へ
位置関係からクレフェルトはディスペロウに、そして二郎はボレルの凱龍輝に救助された。
エヴォフライヤー、ディスペロウに搭乗したことはあっても、戦闘行動中の凱龍輝のコクピットに座るのは二郎にとって初体験であった。
強く想うからこそ、乗ることを意識的に避けてきた。蒼き龍の補助シートに座る感覚、それは恋い焦がれる者に抱かれるような高揚感、互いの身体が一つになるような歓喜にも似て、戦闘状況での緊張とは異なる理由で鼓動が高まる。
(いま僕自身が、凱龍輝のなかにはいっている)
操縦席のボレルが戦闘再開を告げた筈であったが、それは戦場の騒音に紛れ鼓膜を振動させたに過ぎず、二郎の聴覚には音波と異なる無言の音声が奔流の如く流れ込んで来ていた。
水面に夕日を写す雄大な湖と、レブラプターに追われるプロトレックスが脳内に描かれる。
(これは、西方大陸のブルトン湖。この個体は僕がジールマンさんと捕獲したプロトレックスだったのか)
ボレルの様子に変化はなく、イメージが流入しているのは二郎のみであるらしい。長く開発者として携わり、凱龍輝の内面も外面も知り尽くしていることが、ゾイドとの感覚・記憶の共有=精神リンクを導いたと思える。
レイから聞いた。バーサークフューラーの猛攻に意を決してアーマーを脱ぎ去り素体状態で戦った際、彼は操縦桿さえ握ることなくゼロと一体化していたと云う。
同じ現象が起こっている。しかしそれは、レイのようなゾイドパイロットではなく、技術者・開発者の自分であることに当惑する。
(凱龍輝が僕を受け入れてくれたということなのか。それとも捕獲された悔恨を僕に伝えようとしているというのか)
二郎が思考を巡らしている間にも、イメージは次々と切り替わっていく。
機獣化されたときの恐怖。
戦場に投入されたときの恐怖。
月甲を、飛燕を、雷電を分離した際の喪失感。
荷電粒子を吸収した不快感。
集光荷電粒子砲を発射した直後の嘔吐感。
陰鬱なイメージはしかし一転する。
機獣化による身体強化の矜持。
戦場での戦闘の興奮。
月甲、飛燕、雷電を自在に操り、さらにディスペロウ、エヴォフライヤーとのチェンジマイズする際の快感。
荷電粒子を吸収し、撃ち返した後の爽快感。
アンビバレントでありながらもバトルを楽しむ意識が伝わる。
「貴女は凱龍輝になったことが嬉しいのですか」
問い掛けに呼応するように凱龍輝が咆哮する。並走するゴジュラスギガとの先に、未だ地上で激闘を繰り広げるゼロファルコンとエナジーライガーがあった。
15:30
EL、GH(=グングニルホーン)ラミング、零隼低身避け、角切断。
グングニルホーンを翳し遮二無二に突進するエナジーライガーに動揺を見出したレイは、
乾いた金属音が響き、エナジーライガーの象徴に等しいグングニルホーンが欠落した。その装着された付け根にあるコクピットの装甲にも、相応の激しい振動を受けた筈だ。
(「最後に甘さが出たな。皇帝陛下!」)
二郎の聴覚に、ゼロフェニックスのなかで叫んだレイの声が届く。ゾイドとの精神リンクは、もはやテクノロジーの説明付けなど無意味と悟った。
15:31
破爪穿孔、コア破壊。発光。
もう一基のバスタークローが間髪入れずエナジーライガーの脇腹に突き立てられた。Eシールドでコーティングされた破壊の爪は信じ難い程にスッ、と濃紅の獅子の装甲に吸い込まれ、確実にゾイドコアを貫く。エナジーライガーの双眸に点っていた光は消え、四肢に漲っていた精彩は見る間に削ぎ落される。
誰の眼にも勝敗は決したかに見えた。だが二郎の聴覚は捉えていた。コアとは独立した動力機関であるエナジーチャージャーが不気味に唸りを上げ続け、行き場のないエネルギーを生産し破壊されたコアに送り続けていることを。
〝二郎さん、聞こえますか二郎さん。あんたならわかるはずだ。あれは何が起きているんですか!〟
開放系の通信からリョウザブロウの声が響く。続々と集結を続ける帝国ゾイド群を薙ぎ倒しながら、ボレルもまた二郎を振り返る。
「僕にも憶測しか出来ませんが、エナジーチャージャーの暴走だと思われます。仮想粒子タキオンがタージオンとの対消滅反応を無秩序に行っています。もしあのエネルギーが解放されたら、反応の及ぶ現実世界に存在する全ての物質が
〝そんなバカな話があるか!〟
割り込んだのはレイ・グレッグであった。
「飽くまで最悪の可能性を述べただけです。でも混戦のせいでヘリックシティーの市街地に近づき過ぎている。控えめに見ても、居住区に爆発の被害が及ぶのは避けられません」
有人ゾイドが戦闘を停止し、エナジーチャージャーの閃光を見守る中、依然無人ブロックスのAIは戦闘を継続している。レーザーストームを、シザーストームを、シェルカーンを蹴散らしながら、レイのゼロファルコンとゴジュラスギガ、そして凱龍輝がエナジーライガーを取り囲む。
グングニルホーンを失った頭部装甲が吹き飛んだ。緊急脱出装置が作動したに違いないが、射出されるべき皇帝の姿はない。手動で装置を解除し、機体に留まったと思われる。
〝全軍、市民とともに西へ脱出せよ〟
帝国軍、共和国軍に拘わらず、一斉に通信が届く。紛れもなく、皇帝ヴォルフ・ムーロアの肉声である。やがて装甲を溶かすほど赤熱したエナジーライガーが緩慢に移動を開始した。閃光のような速さは失われ、亡者の如く市街地とは逆方向に進んでいく。
若き皇帝は自分と引き換えに、兵と民衆を、へリック派の民衆が多数を占める都市を救うため、命を賭けようとしているとわかった。
15:41 EL臨界、零隼、ワ突入
ゼロファルコンが周囲のゾイド群を振り払って突入する。異変はその直後だった。
「制御不能、どうなっちまったんだ!」
ボレルの叫びと共に、暴走するエナジーライガーを前にした凱龍輝は人の操作を拒んでいた。そして二郎は、凱龍輝の意志を理解していた。
(わかりました。僕も一緒に行きます)
小さな太陽のような灼熱の輝きを放つエナジーライガーに、蒼き龍は隼の鎧を纏う獅子に続いて突入していった。