『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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 背後からのデスザウラー襲撃の脅威を免れた共和国軍は、一層強固なヘリックシティー包囲陣を完成させる。

 キマイラ要塞放棄によってゼネバス回廊を失い兵站を断たれた筈の帝国軍旧共和国首都駐留部隊は、しかし未だに頑迷な抗戦を継続した。偏に皇帝ヴォルフが構築したシティーの自給自足能力(アウタルキーアビリティー)の結果と評してしまえばそれまでだが、占領地の生産性をこれ程までに上昇させたのは奇跡的であった。

 後に〝ヘリックシティー大包囲戦〟と呼ばれる一連の戦闘に於いて、未だ語られている『なぜヴォルフ皇帝はヘリックシティーを放棄し中央大陸西側のネオゼネバス帝国領内に移動しなかったか』という最大の謎がある。

 離脱の機会は幾らでもあったにも拘わらず、若き皇帝は頑なにヘリックシティーに固執した。大陸東側の重要拠点を失えば中央大陸統一が困難になるからだとも考えられるが、所詮それは皇帝の生命には代えられるものではない。

 ここで戦略・戦術視点の分析と異なり、心理・精神的分野からの興味深いレポートが戦後纏められているので紹介したい。

 

『ヴォルフ・ムーロアのヘリックシティー残留の〝共依存的理由〟に関する幾つかの考察』

(序論 略)

1 残留の理由として考えられる事項

① 絶対君主としての執着

 父ギュンター・プロイツェンより帝王学を学び、一切の瑕疵の無い君主として君臨しなければならないという使命感から、面従腹背な共和国市民を精神的にも支配しようと試みた。

② 軍人的義務感よりの執着

 戦士(注;この事例の場合〝ゾイド乗り〟と共通)として共和国軍ゾイドと戦い、勝利することを何よりも重視した。また、宿命の敵と認めたレオマスター〈レイ・グレッグ〉との邂逅を願い、個人的名誉のために戦地に踏み止まった。

③ 感傷的執着

 ②の理由と一部重複するが、レオマスター〈レイ・グレッグ〉はヴォルフが慕っていた女性〈アンナ・ターレス〉の仇であると信じられていた。

(脚注;ターレスは改造デススティンガーKFDの機密保持のため自爆させられたのであり、厳密に「仇」とは評価し難い)

「〈アンナ・ターレス〉の仇を討つ」という名目で共和国領に留まることが、ヴォルフにとってのレゾンデートルとなっていた。いわゆる「手段が目的に転化」した状況である。

(後略)

 

2 考察

① 共依存の概念

a 自己と他者との感情の混乱

b 過度の誠実性

c 他者支配への幻想

d 他者からの非難を避ける為の自己責任の放棄

e 自尊心の欠如

 仮説として、依存者をヴォルフと仮定すれば、イネイブラー(=支え手)は〈レイ・グレッグ〉であり〈面従腹背な共和国市民〉である。

 幼少期より他者との接触、特に同世代との交流を極端に限定されてきたヴォルフが自我(アイデンティティ)の確立が未分化だったとも仮定すると、a「自己と他者との感情の混乱」が生じていた可能性がある。

 b「過度の誠実性」は、共和国領支配に於いて苛政を極度に回避したことからも推察され、これは一部d「他者からの非難を避ける為の自己責任の放棄」にも共通する。

 c「他者支配への幻想」は、常に皇帝として支配者の立場にいなければならないという緊張感に支配され、それでも従わない共和国民衆がe「自尊心の欠如」を導いたとも考えられる。

(略)

② 考察の補足

 支配対象を自分(=ヴォルフ)無くしては生きられなくさせ、かけがえのない存在となって依存される満足感を味わう事は、暴力で相手を屈服させるより遥かに淫靡で陰影に富んだ快感を齎すものである。「民衆のため」「失ってしまった恋人のため」というヒューマニズム溢れる自己犠牲的選択も、非対称的関係が生じてしまえば容易に共依存という対象支配が派生する。(中略)

 美しい感情表現として考えられがちな「かけがえのなさ」は、時に入り組んだ対象支配へと転化する危険性がある。

嗜癖(アディクション)とは、或る特定の物質や行動、人間関係を特に好む性向だが、ヴォルフにとっては「共和国民支配」「レイ・グレッグとの決闘」こそが嗜癖(アディクション)であった。

 共依存は、真綿で首を絞めように自分の背後から覆い被さり自他未分化の関係を「支配」と呼ぶことを許す。互いを苦しめ合い、依存者であるパートナーがゆっくりと苦痛を感じながら自己を破滅させる危険に瀕していく、より不運な関係であり病的依存である。

(本論 以下略)

結論

 幸いなことに共和国民も〈レイ・グレッグ〉も、ヴォルフにとってのイネイブラーには成り得なかった。ヴォルフが妄想したイネイブラーとは、不特定多数の個性の無い群集と、己が作り上げた〈レイ・グレッグ〉の幻想に過ぎなかったからである。

(以下略)

著者:臨床心理学博士ジュディー・ハーマン(※尚、ハーマン女史はロブ・ハーマン中将の養母)

 

〝ヘリックシティー大包囲戦〟の分析は、同規模の2101年暗黒大陸ニクスでの帝都ヴァルハラを巡る戦いに比べ、現時点では困難となっている。前者は摂政プロイツェンの冷徹な謀略の手中にあったため、皮肉にも両陣営の動きは「手を取るように」掌握されていたが、後者は互いにどれ程の兵力を投入したかもわからなくなる程の混戦となったからだ。

 共和国軍側は主力の包囲部隊に加え、在野のレジスタンス勢力、一部ガイロス帝国からの義勇軍さえ合流し殆ど統率が取れないままの戦闘となる。一方のネオゼネバス帝国軍もデスザウラーの投入こそ逃したものの、ホエールキングに空輸されたアイアンコングMk-Ⅱ仕様機やグレートサーベル、エレファンダー及びブラックライモスが投入され、キメラブロックスと共に戦闘するが、混戦により制御を失ったキメラドラゴンが頻繁に暴走し同士討ちを繰り返したため共和国軍との戦闘と区別がつかなくなる。概観を述べるならば、互いに拮抗した兵力が激戦を繰り広げていたという在り来たりな表現しかできなかった。

 旧共和国首都の北100㎞地点、両軍あわせて10万機を超えるゾイドを投入した総力戦が開始された日、戦場には自らチューンアップされたエナジーライガーによって挑む皇帝ヴォルフと、二郎の手によって偽装されたライガーゼロイクスに乗るレイ・グレッグ、そして二郎の姿があった。ドラグーンネスト『ルイーズ』より脱出した二郎はゾイテック社員でありながら事実上の共和国軍技術将校扱いとなり、引き続き凱龍輝の整備運用担当者兼戦闘アドバイザーとして軍籍に身を置く。ハーマン女史流に分析するならば、むしろ二郎こそが典型的な凱龍輝のイネイブラーと診断されただろう。

 

 或いは二郎以前に気付いていた者もいたかもしれないが、激戦が続き、凱龍輝の整備と修理に忙殺されながらも、二郎は変化に気付く。

 

――戦いに、苛烈さが無くなっている――

 

 目の前を横切り疾走していったゴジュラスギガが、視界の及ぶ限界でアイアンコングの腕に咬み付き投げ飛ばす姿が見えた。仰向けに倒れたアイアンコングがシステムフリーズを起こし稼働を停止すると、ギガはそこで戦闘を止め徹底破壊を行わずに次の相手を求め去ってしまう。また別の地点では、狙い澄ましたストライクレーザークローを打ち込んだライトニングサイクスが、前足二本を吹き飛ばされ戦闘不能に陥ったコマンドウルフを見逃す姿なども見受けられた。

 シールドライガーとサーベルタイガーが往年の名勝負を彷彿とさせる一騎打ちを挑み、更には両雄の戦いに干渉するゾイドもない。歩兵などへの対人攻撃をするゾイドは無く、また両軍の歩兵部隊も戦闘を休止し、赤と青のゾイドの戦いに注目し声援を送る姿まで散見された。

 中央大陸に憧憬を抱く両軍兵士たちはヴァルハラでの血みどろの戦いに辟易していた。統率の取れない部隊は、個々のゾイド乗りの戦闘の不文律に従う決闘形態へ移行するのを妨げなかった。それらは嘗て、ロイ・ジー・トーマスが描いたバトルストーリーの頃、名誉と誇りを重んじた英雄ゾイド乗りの戦いの再現であり、第一次中央大陸戦争の頃に見られた古式豊かなゾイド同士の格闘戦の時代に逆戻りしてしまったかのようだった。

 

――凱龍輝が荷電粒子砲を無力化してしまったからだ――

 

 確かに緒戦に於いてはセイスモサウルスからのゼネバス砲による攻撃は行われたが、先陣を切る凱龍輝(及びウルトラザウルス・テラ・インコングニータ)に荷電粒子を全て吸収され無力化された。しかし接触後の敵味方入り乱れての混戦の中、凱龍輝もまた集光荷電粒子砲を放つことは出来ず、主に「爪と牙」そしてクラッシュテイルでの肉弾戦が主となる。

 凱龍輝は機を見て飛燕を分離し、月甲を相手に突入させ、雷電の突進で敵の足元を掬う。

 戦術的に不利と判断すれば、お気に入りの玩具を組み替えるように凱龍輝スピードへ、或いは凱龍輝デストロイへと自由自在にチェンジマイズを行う。

 二郎にとって凱龍輝の仕草は、くるくると表情を変え笑う思春期の少女の笑顔にも似て眩しかった。

 

――ゾイドは自らの意志に従い戦っている。殺し合うことではなく、まるで純粋にバトルを楽しんでいるように――

 

 鋼鉄の野獣たちは、己の存在意味(レゾンデートル)を確認するかの如く生き生きと躍動する。四十年に亘って続いてきた戦争は、凱龍輝がゾイドバトルの技術的特異点(シンギュラリティ)となり新たな次元へと導き、変革の刻を迎えようとしていた。

 

――ゾイドが純粋にバトルを楽しむこともできるのではないだろうか?――

 

 二郎の中に、戦場には似つかわしくない、楽し気な発想が沸き上がっていた。

 

 淡い希望を破砕するかの如く、二郎の視界に縺れ合う濃紅の獅子と青い翼を持つ黒い獅子が侵入した。

「中尉さんのイクス、それにエナジーライガー――改造機じゃないか!」

 既にぼろぼろのフェニックスアーマーを纏うレイ・グレッグの操るライガーゼロと、皇帝専用に強化改造されたエナジーライガーが、二郎の目の前に身を晒したのだった。

 


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