『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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12:10

〝コムソモリスクナアムーレ沖海戦〟接敵時点に於ける各ドラグーンネストの初期配置。

 

〇『ルイーズ』(艦長エドワード・ミルン少佐):コムソモリスクナアムーレ岬(※クック湾に突き出た半島の先端)より北北西150m付近に着底浮上。

●『ネアンデル』(艦長アンジェロス・ガラノプロス少将):同岬より北西1000m付近の海上に停止。

●『トイフェルスカマー』(艦長ソンドラ・スモーリー大佐):『ネアンデル』左舷後方500m付近の海中に懸吊(けんちょう)し停止。

●『フェアデシュタール』(艦長ティメン・チェーマック中佐):『ネアンデル』右舷後方400m付近に浮上し微速前進。

●『フェルトフォーファー』(艦長シャロン・ウェグシェイダー=クラウス中佐 ※女性):『ネアンデル』右舷後方700m。浮上せず岩礁に自艦右舷歩脚を着底し停止。

 

 艦隊は当初『ルイーズ』に対し海面上に描いた台形上底の右頂点に『ネアンデル』を配置し対峙した。前例のないドラグーンネスト同士の対決にエポケー(判断停止)状況に陥っていたというのが内情である。最大目的のデスザウラー揚陸にはウィルソン川河口の砂洲に乗揚げなければならないが、上陸への絶妙の場所に『ルイーズ』があり進路を閉塞していた。

 

12:19

 帝国軍輸送艦隊に『ルイーズ』は機先を制する形で攻撃を仕掛ける。

『トイフェルスカマー』の艦橋より突入の様子を遠望していた艦長スモーリーの報告。

「密度ノ違イカラ海水ガシールド展開面二沿ッテ球殻状二巻キ上ゲラレ、(さなが)ラ爆雷投下後ニ生ジル水ノ壁ガ迫ッテ来ルヨウダッタ」

 

 飛行ゾイドの急降下爆撃防御のため、ドラグーンネストはEシールドジェネレーターを本体と各揚陸艇それぞれに2基ずつ装備し、喫水線上若しくは上陸後の艦体上方に通常展開する。だが『ルイーズ』は揚陸艇の前面と本体艦橋前面に展開し、腹部末端の大型ハイドロジェットブースター2基を最大出力で稼働させ旗艦『ネアンデル』にEシールドでの衝角戦術を挑んだ。

 

12:21 

『ルイーズ』の突入を視認した『ネアンデル』艦長ガラノプロスは咄嗟に取り舵を指示、二時方向(※斜め右)へ変針するが、『ルイーズ』も『ネアンデル』及び『フェアデシュタール』の進路を阻むためリスクを顧みずに変針する。

 

12:24

 変針直後、右舷を晒し絶好の発射位置に『ルイーズ』を捉えた『ネアンデル』を除く3艦は一斉に魚雷発射管を開く。各艦10基の発射管のうち作動不良を除く26本の雷跡が『ルイーズ』に向かって伸び、次々とロービジョン塗装の巨大ザリガニに喰らい付いた。

 実体面への命中弾は13。Eシールド命中8。不発4。不明1。幾つもの水柱(みずばしら)が『ルイーズ』右舷に屹立した。

 

「被害状況確認! 浸水箇所チェック、動力異常ないか!」

 非常灯が明滅する艦橋内で、二郎は思わず被ったヘルメットを押さえていた。魚雷命中の振動は臓腑の底から身体を揺さぶり嘔吐感を催させる。ずれた眼鏡を直すと二郎は透かさずバイタルパートの損害状況を確認した。

 動力系異常なし。ゾイドコア損傷なし。兵員区画浸水なし。

 各モニター映像に安堵するが、中央格納庫内の様相に眉を顰めた。

 Eシールドジェネレーター損傷。そして衝撃により、凱龍輝搭載・固定の為の設備が悉く破損していた。

 オペレーション・アナストモーシス以来、内部艤装作業を含め何度となく乗艦し、凱龍輝と共に戦ってきた(ふね)が傷ついていく姿は忍びなく、更にその事態を招いたのが他ならぬ二郎自身の提案であったことも彼を(さいな)んだ。

 以下、二郎による『ルイーズ』の被害状況報告。

「右第四歩脚破壊。右胸部被弾中破。右腹部(※ザリガニ型であるため尾部とも言える)被弾小破。中央格納庫僅かに浸水するも航行に影響を認めず」

 Eシールドの展開面後方の防御及ばず右舷各所に被弾した。しかし決死の突入は無駄ではなかった。

 

12:29

 雷撃被弾後も速度を落とさず突入する『ルイーズ』は、鋏角の先に旗艦『ネアンデル』を捕捉、Eシールドで覆われたザリガニの爪は『ネアンデル』左舷に達する。

 帝国軍は『ルイーズ』の最高速度を自艦と同じ50kn/hと誤認していたのが回避の遅れた原因で、実際は55kn/hを越える速度で航行していた。『ルイーズ』に施されたロービジョン塗装は単純な迷彩ではない。優速の理由は塗料にあったのだ。

 完成後も凱龍輝の性能向上を模索し続ける過程で、二郎は月甲の水中速度上昇プランを提案していた。月甲の表面を親水性ヒドロゲル(※「ぬめり」成分の一種)添加塗料でコーティングし、流体に高分子を溶かし込む〝トムズ効果〟によって水中抵抗を減少させるアイディアで、計算上月甲の水中速度は10%以上上昇する筈だった。

 地上戦を主とする凱龍輝の塗装剤として不適と判断され採用は見送られたが、スパイラル・ディベロップメントのモデルケースを体現するが如く、鹵獲したドラグーンネスト改造にテクノロジーをフィードバックさせたのである。

 二郎は『ルイーズ』の外装にヒドロゲル添加材を塗布する案を再度提出。ウェストリバー製作所のタケオとK・静男主任との協力によって高速化を実現していた。

 異形ではあるが、ドラグーンネスト『ルイーズ』もまた、蒼き龍の系譜に連なるゾイドであった。

 巨艦同士の接触の際、潮流の複雑な変化により〝吸引力〟と呼ばれる互いに強く引き寄せられる現象が生じる。ハイドロジェットブースターの加速に、吸引力の作用も加わった巨大ザリガニの鋏は、同型艦の艦体を貫くには充分な運動エネルギーを得ていた。

 以下『ネアンデル』艦長ガラノプロスの証言。

「ガン! トイウ衝撃デ艦長席カラ放リ出サレタ。艦橋ノ端マデ5m以上吹キ飛バサエタト思ウ。敵ハ〝ゾイドコア〟ノ位置ヲ狙ッテ突入シタノデ、艦内電源ガ一斉ニ切断サレタ。一瞬ニシテ戦闘行動ハ不能トナッタ。

 退艦命令ヲ出シタ後、眩暈ヲ覚エ倒レタ。気ガ付クト血塗レノ包帯ガ頭部ニ巻キ付ケラレテ横タワッテイタ。深度計ガ艦ノ沈下ヲ示シテイルノガ悲シカッタ」

 証言にあるようにドラグーンネストの構造は共和国軍の手中にあり、ゾイドコアの位置及び装甲の脆弱な部分は完全に解析されていた。ウィークポイントを的確に攻撃することは二郎が搭乗する『ルイーズ』にとって造作もないことだった

 

12:32

 コムソモリスクナアムーレ岬沖西北西約500m地点、中央格納庫及びハイドロジェット動力部に浸水した『ネアンデル』は隔壁内に数十人の兵員を残したまま沈降を開始する。兵員救助のためのマッカーチスがドラグーンネストに群がる光景は、恰も抱卵していたザリガニが孵化し親の個体に幼生が付着する様な生々しさであった。

 救出活動の懸命さと浮力の回復は無関係であり、嘗てヴォルフ・ムーロアが座乗、指揮したドラグーンネスト『ネアンデル』は、やがて水深約60mの海底にゆっくりと着底、搭載したデスザウラーと共に永遠の眠りに就いていった。

(※救出作業終了は16:15まで継続。兵員は戦死者4名を除き全員救出)

 

12:33

 余力を駆った『ルイーズ』は、回避運動を開始した『フェアデシュタール』の七時方向(左斜め後)より突入する。Eシールド発生装置を破損していたため〝肉弾戦〟が唯一の攻撃手段となっていた。

 

「揚陸艇のカタパルトデッキを開放してください」

 二郎の冷徹な指示によりポセイドンとネプチューンの隔壁が開き始め、艇内に閉じ込められていた圧縮空気が猛烈な勢いで水泡のベールを靡かせる。艦橋のコンソールに示される〝揚陸艇ニ浸水アリ〟の警告を、二郎は苦渋の表情で凝視した。

 二隻の揚陸艇とはグレイ砦へのフェニックスユニット輸送作戦の際に命を預けた〝戦友〟でもある。開放されたデッキには凱龍輝やディスペロウ輸送の装備があったが、全ての機材は思い出と共に水圧に潰されていった。

 

12:35

『ルイーズ』は開放した揚陸艇をザリガニの鋏角とし『フェアデシュタール』の艦体を左舷後方よりポセイドンで挟み込み、残るネプチューンで艦橋への直接攻撃を敢行した。以下『フェアデシュタール』副官ウルリック・ナイサー大尉の証言。

「艦橋ニ亀裂ガ入リ滝ノ様ニ雪崩レ込ンダ。怒涛ニ呑マレ、艦長ハ船外ニ流サレテ仕舞ッタト思ウ。操艦モ退艦命令ヲ出ス事モ出来ズ、『フェアデシュタール』ハ沈没スル他ハナカッタ。自分ハカナリノ海水ヲ飲ンダガ、身ニ付ケタ救命胴衣ノ御蔭デ何時(いつ)ノ間ニカ海面上ニ浮カビ上ガッテイタ」

 

12:41

 艦橋を()ぎ取った『ルイーズ』は、『フェアデシュタール』を挟んだネプチューンとポセイドンを分離し、腹部ハイドロジェットブースターノズルを逆転させ離脱する。中枢を失い二つの揚陸艇の重荷を負わされた『フェアデシュタール』は『ネアンデル』を上回る速度で沈降、同様に搭載したデスザウラーを上陸させること叶わず沈没着底した。

 救出された兵員は副官ウルリックを含み9名のみ。艦長ティメン・チェーマックも依然行方不明のままである。

 

12:45

『フェルトフォーファー』艦長シャロン・ウェグシェイダーの戦後のインタビュー。

「あの時、敵のドラグーンネストが恐ろしい速さで接近して来るのが見えました。揚陸艇を分離していたので速度が上昇していたのでしょう。

 体当たり攻撃をするのは明白だったので潜水して遣り過ごそうとしましたが、湾内は水深が浅く潜行仕切れない海域に追い込まれていました。

 自分は深い角度でのホーミング魚雷発射を命じた直後、自艦の揚陸艇を盾に本隊の防御態勢を取らせました。貴重なデスザウラーが搭載されていましたが、兵員を守るためには止むを得ない選択でした」

 

 正面から突入する『ルイーズ』に10本の魚雷は悉く命中した。雷撃により中央格納庫も完全浸水し、『ルイーズ』は正しく満身創痍となる。

「そろそろ潮時(しおどき)ですね」

 フェニックス輸送作戦以来の知古となった艦長エドワードが告げる。

「そうですね……。背甲部カタパルトに移動しましょう」

『ルイーズ』のゾイドコアを臨界状態に導く時限装置を作動させ脱出通路に向かう。途中二郎は振り返って囁いた。

「さようなら、『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』さん。僕は貴女が大好きでした」

 デッキの先に、脱出用のエヴォフライヤーが待機していた。

 

12:51

『ルイーズ』より乗員を鮨詰めにした5機のエヴォフライヤーが離脱し、艦体はゾイドコアを臨界状態に保ったままオートパイロットで『フェルトフォーファー』に激突する。艦橋こそ無事だったものの『フェルトフォーファー』は巨体を横倒しにされ、有機的な四対の歩脚を海上に露呈し、体内に寄生する黄色いフクロムシをボタボタと滴らせながら沈み始める。艦長シャロンが総員退艦を指示した後、暴走する『ルイーズ』のゾイドコアが臨界に達し『フェルトフォーファー』と共に爆沈していった。(※艦長シャロンはマッカーチスによって救助されている)

 

13:06

 残された『トイフェルスカマー』艦長ソンドラ・スモーリーは、クック湾が既にドラグーンネストの残骸群によって閉塞されたことと、沈没した兵員救助の役割も考慮し湾外に退去しデスザウラー揚陸を断念した。

 クック湾〝コムソモリスクナアムーレ沖海戦〟は、こうして幕を下ろすのだった。

 

 エヴォフライヤーのキャノピー越しに広がる黒煙を見下ろしながら、二郎は腕時計を眺めた。僅か40分足らずの間に4隻のドラグーンネストがクック湾の藻屑となって沈み、これまで凱龍輝を包み込んでくれた輸送母艦は消滅した。

「僕はあと何回、『さようなら』を言わなければならないんだ」

 失ってしまった女性の面影が過る。

 破壊されたドラグーンネストの輪郭が紺碧の海に描かれていた。

 


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