『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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 ヘリック共和国政府の大戦略(グランド・ストラテジー)に沿う〝ゼネバス回廊〟を残した上でのネオゼネバス帝国との暫定的な停戦交渉は、帝国軍のキマイラ要塞放棄とエナジーライガー投入のため脆くも崩れ去った。ヘリックシティーに籠城する帝国軍は断固として対抗する姿勢を示したのだ。

 ここで素朴な疑問が湧く。嘗て旧ゼネバス帝国は第二次中央大陸戦争に於いてデスザウラーを擁し共和国首都を陥落させ2044~48年末までの五年間占領統治を続けたが、マッドサンダーの出現により帝国本土(中央大陸西側)と共和国領(東側)とに兵力を分断・分散されてしまった。これが致命傷となり旧ゼネバス帝国は崩壊、最終的にガイロス帝国の軍事介入を招き、済し崩しに第二次中央大陸戦争は終結している。

 旧ゼネバス帝国による共和国領支配失敗の最大の要因は、占領した共和国領に於いて兵力の自給自足能力(アウタルキーアビリティー)が確立出来ず、常にゼネバス帝国領からの補給線に頼り続けてきたことである。2108年時点でのヘリックシティー占領は恰も50年前の孤立した共和国首都包囲戦の再現であり陥落は時間の問題とも思われたが、予測に反しネオゼネバス帝国は根強い抵抗を続ける。二つの類似した状況での大きく異なる点は、進駐ネオゼネバス軍総司令部が採用した施策にあった。

 賢帝ヴォルフは初代皇帝ゼネバス・ムーロアを尊崇したが盲信することはなかった。父ギュンター・プロイツェンの教えに従い状況に応じての柔軟な政策運用を行い、可能な限り政治システムの構造改善を続けたのだ。

 民主主義、或いは共和政が衆愚政治(ポピュリズム)と紙一重なのは言うまでもないが、肥大化した官僚制(ビューロクラシー)に侵食されていたのはヘリック共和国政府とて例外ではなかった。独裁制は各政治集団への(しがらみ)を無視し、即断即決によって政策決定を行える利点がある。ヴォルフは独裁制の利点を生かしヘリックシティー内のインフラストラクチャー整備を速やかに行い、傘下の工業地域での生活物資及び軍事物資の生産を続けさせた。共和国軍既存のゾイド生産ラインをキメラブロックスに移行させるのは容易であり、様々な制約を取り払われたヘリックシティーでのゾイド製造は共和国政府管理下を遥かに上回る生産性を示した。

 ヴォルフは過去の歴史を学ぶことが未来に繋がることを知っていた。敢えて失策を指摘するとすれば、この若き皇帝は優し過ぎることだった。草の根で抵抗を続ける共和国レジスタンスの弾圧を徹底できなかったのだ。

 ヒトの信念など全てが理詰めで成立するものではなく、独裁者は時代の流れに対応仕切れず感情に任せ頑迷に抵抗する大衆を、血の粛清に頼ってでも排除しなければならない責務がある。補佐役となるズィグナー・フォイヤーは幾度となく厳格な弾圧を箴言したと伝えられるが、その都度ヴォルフは首を横に振ったという。父プロイツェン、祖父ゼネバスとは大きく異なる性格が、やがて己を窮地に追い込むことを知らずに。

 

 

 一面に広がる菜の花の黄色いさざ波も視界に入らなかった。

 空虚な棺が埋葬された場所で、二郎はまた独り立っていた。海風が頬に絡み付き、湿気が眼鏡のレンズを曇らせ視点を歪ませる。言葉を発することもなくひたすらに墓碑に刻まれた名前を見詰めていた。

 背後に人声が聞こえた。

「久しぶりだ。此処にいるとルンドマルクから聞いたよ」

「二郎さん、自分も訃報を聞いて驚きました。まさかこんなことになるなんて。御心痛お察しします」

「所長、それにリョウザブロウさん……」

 ゾイテック社ノヴァヤゼムリャ製作所長、花束を抱えたN・ネフスキーと、凱龍輝開発と初陣に携わったテストパイロットの姿がそこにあった。

 

 数分の黙祷を捧げた後、ネフスキーは吹き渡ってくる海風に首を竦める。リョウザブロウはいつにも増して寡黙であった。

「戻ろう。君まで身体を毀してしまう」

「そうですね」

 言葉では応じたものの、二郎の身体は根を張ってしまったように動かない。

 更に数分後、ネフスキーが徐に告げた。

「ゾイテック本社としても優秀な技師を失い痛手となっている。

 ノヴァヤゼムリャ製作所に戻ってくる気はあるか」

 二郎の背中が小刻みに震えた。

「勘違いされては困るので事前に言っておこう。私が君を呼び戻そうとするのは、能力主義(メリトクラシー)に従い君を優秀な技術者であると認めたからで、君に復讐を遂げさせようなどという心算では無い。

 企業経営は常に多元的な視点で管理を行わねばならず、私的な感情に任せて成り立つほど甘くない。一つの方向に固執している人間では真面(まとも)なプロジェクトの完遂など不可能なのは、『バーサークフューラー改造コンペティション』をインテグレイトし凱龍輝を完成させた君ならわかるだろう」

 二郎は俯いた姿勢のまま答える。

「僕は以前、(おぞ)ましいキメラブロックス設計を強制された屈辱を晴らすためにウネンラギアとレオブレイズを完成させました。感情に任せることは間違いなのでしょうか」

「ウネンラギアと凱龍輝を同列に扱うような世迷言を君の口から聞くとは思わなかったよ」

 ネフスキーは僅かに語気を強めた。

「設計者の単独主義(ユニラテラリズム)でウネンラギアやレオブレイズを開発した時代とは状況が大きく変わっている。個人の裁量で完成できた小型ブロックスと、プロジェクトチームを組み共和国、ガイロス帝国を巻き込んで建造された凱龍輝とを比較するのは間違っている。付け加えるならばマトリクスドラゴンという完成型はウェストリバー製作所のK・静男技師が作り上げたものであって君の実績ではない。

 こうしている間にもタケオ君は新型コアブロックスTB8を利用したゾイドの実戦試験を始め、ルンドマルク君はバスタークローとB-CASとタキオン粒子対応型の飛行ブロックスの調整に勤しんでいる」

 ネフスキーが一瞬墓碑銘に視線を落とす。

「いつまでも墓石の前に立ち竦み、技師としての能力を発揮せずにいる君の姿を見たら、いったい彼女は何と言うだろうか」

 二郎の心の中、ガイロス帝国技師アドリエン・ジールマンの言葉と重なった。

『忘れてならないのは我々が戦争をしているということ。そして全ての技術開発に於いて立ち止まるのは許されないということだ』。

 

「いま現在、無数の戦闘ゾイドが生産され戦場に投入されている。表面上量産されるゾイドは皆同じに見えるが、実際どれ一つとして同じゾイドはない。凱龍輝を例に取れば、ガイロス帝国より供給されるクローニングされた機体ベースのものとプロトレックス野生体をプラットフォームとした機体が存在し、特にプロトレックスベースの凱龍輝の個体差が大きいのは知っているだろう。それを平準化し性能を拡張出来る技術者は、君を措いて他にない。

 君の凱龍輝への想いは安易に断ち切れる絆ではない。凱龍輝を追うため私の元を去り戦場に身を投じた君の行動は真剣だった。

 君は大切なひとを失なった上に凱龍輝まで失いたくはない筈だ。

 凱龍輝には君が必要なのだ」

 

 残酷で冷徹で正確な指摘であった。

 

「言い過ぎたついでに伝えておこう。

 ルンドマルクが恋の駆け引きに敗れた日、彼はいきなり所長室に入ってきて〝彼女は凱龍輝を何より愛した主任を愛したのであって、その点ではエンジニアとしての自分が劣っていたことを素直に認める。でも男としては負けていないのだ〟と似合わない負け惜しみを溢していた。

 後日〝雷電〟を完成させたのも、現在〝隼〟の仮称で飛行ブロックスを開発しているのも、全ては技術者としての君を超えるためだと聞いた。彼にとって君は常に目標であるようだ」

 ネフスキーの背後で、リョウザブロウの表情が若干緩むのが覗えた。

「最後にこれだけは言っておく。ヒトの感覚に現れる物事は究極の真実ではなく外見に惑わされずに本質を見抜かねばならない。君にとっての本質がゾイテックの方針と接点を持った時、ノヴァヤゼムリャに戻ってきてくれたまえ」

「待ってますよ、二郎さん」

 ネフスキーは海風に背を向け、短く別れを告げたリョウザブロウと共に去って行く。

 やがて二郎は、春色のさざ波を見渡すのだった。

 

 

 キマイラ要塞を筆頭にグレイ砦、クロケット砦、そして寸断されたゼネバス回廊中央山脈入口に位置するグラント砦を確保した共和国軍はゾイテック社の全面的協力のもと、生産拠点を中央大陸に移した本格的なゾイドの大量生産体制を回復する。対抗する帝国もセイスモサウルス及びスティルアーマー、レーザーストーム、シザーストームを擁する部隊と、エナジーライガーを主力とする独立戦闘部隊により共和国軍団の各個撃破を続けた。しかしケーニッヒウルフ、レオストライカー、ガンブラスター、アロザウラー、ゴルヘックス、そしてゴジュラスギガ等の再生産と戦線投入により、如何に圧倒的破壊力を有するセイスモサウルスやエナジーライガーを以てしても優位差は覆せず、加えて新型ゾイド開発のための技術者不足に悩まされ、帝国軍は捕虜となった共和国軍整備員さえも動員した程であったという。共和国軍は(ゾイテックの協力とはいえ)革新的なブロックスのレオゲーターとディメトロプテラを完成させるが、帝国側にはそれに対応するゾイドを開発することが出来なかった。

 秩序と前例を重んじる厳粛なネオゼネバス帝国の国是は確かに見栄えは良いが、既存の枠組みに当てはまらない人間を排除する社会では技術は発展しない。ダークスパイナーとセイスモサウルス開発にはプロイツェンの後ろ盾があり、エナジーライガーにはヴォルフが存在したからこそ生み出せた新機軸であったが、それ以上の斬新な発想は戦中に採用されることはなかった。

 

 中央大陸北岸からウィルソン湖、マウント・アーサ攻略に向け、遂に共和国は大規模反攻作戦を発動した。

 シード海、クック湾に巨大な艦影が二つ浮かび上がる。指揮官ロブ・ハーマン中将(※昇進)が座乗し移動要塞仕様に改造された〝ウルトラザウルス・テラ・インコグニータ(未知の領域)〟と、海戦用ロービジョン塗装に変更された鹵獲ドラグーンネスト『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』の威容が聳える。『ルイーズ』のブリッジにはZOITECの社名を貼ったヘルメットを抱える二郎の姿があり、艦内には特殊装備シュトゥルムユニットを佩びた凱龍輝、〝凱龍輝シュトゥルム〟が満載されていた。

 


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