『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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 プロトレックス野生体をプラットフォームにした凱龍輝再設計のため、東方大陸ウェストリバー製作所に赴任していたことが二郎に幸いした。セイスモサウルス出現による中央大陸ヘリック共和国軍の大規模崩壊と撤退、転進の怒号と混乱に巻き込まれずに済んだからだ。

 たった一機種のゾイドの出現によって戦線が完膚なきまで瓦解した状況は第二次中央大陸戦争のデスザウラー出現時にも比類する。しかし体躯や格闘性能に於いてセイスモサウルスに勝るゴジュラスギガが圧倒されたのは、偏にネオゼネバス帝国軍の功名な戦略によるものであった。

 ジャミングウェーブによって多くのゾイドを奪われ再建途上の共和国軍はゾイドの絶対数が不足しており(これはゾイドの数に対しパイロットが不足している帝国軍とは真逆の悩みである)、臨時大統領ウッドワードにせよ実質的な戦闘指揮を執るハーマン少将せよ、戦線は慎重に拡大すべきと分析していた。

 だが旧共和国領内で燎原の炎の如く反攻の狼煙が上がり、手持ちの武器やアタックゾイドでの民兵組織の一斉蜂起によって共和国軍制圧圏は想定外の速さで拡大してしまう。共和国軍への住民の草の根支援により補給物資移送ルートは確保されたが、必然的に兵站の延長を強いられる。主兵力となるゴジュラスギガ或いはガンブラスタークラスの大型戦闘ゾイドの配備密度は希薄になり、フォース・プロテクション(戦地に派遣される兵士の保護)もまた疎かになってしまった。

 賢帝ヴォルフは、共和国正規軍と民兵側の戦略的コミュニケーション及び認識管理(パーセプション・マネジメント)に齟齬が発生する瞬間を虎視眈々と狙い続け、千載一遇の機にセイスモサウルスとそのサポートブロックス、シザーストーム、レーザーストーム、スティルアーマーを投入した。延び切った戦線で集中運用できないギガが各個撃破されるのは容易だった。

 ギガ1機製造に対し、凱龍輝であれば概算で3機の製造が可能である。全ては仮想に過ぎないが、量産体制が整った凱龍輝が中央大陸東部に配置されていれば、或いはこれほど大規模な戦線崩壊は発生しなかったかもしれない。

 

 苦境の続く共和国軍とは異なり、二郎にとってもう一つ幸いな出来事が訪れていた。

 プロトレックス素体の図面を広げた、二郎が待つ第二会議室のドアが開く。

「御無沙汰していました。主任もお変わりなく」

「もう僕は主任じゃないよ」

 この遣り取りは何度目だろう、と心中で苦笑しつつ、二郎はタケオ・Dとの再会を果たした。

 切り札であったゴジュラスギガが撃破されたことで共和国軍はゾイテック社との資本連合(コンソーシアム)を再度締結し直し、優秀な技術者を一時的に結集させる合意に達した。嘗てバーサークフューラー改造コンペティションを競い合った技師を二郎の元に集め、荷電粒子砲に対抗し得るゾイド、凱龍輝の大量生産体制確立を図ったのだ。

「タケオ君はいまは静男所長さんの部署だから、担当は海戦用ゾイドの設計なのですか」

 軽い挨拶の後、語り出すのはやはりゾイドの話題であった。

「ディスペロウの八連ブロックスを発展させたTB8と呼ぶ人造コアを開発中です。まだ海のものとも陸のものとも言ません」

 タケオは笑顔を浮かべ、曖昧な説明を力強く言い切っていた。

「それよりゼネバス砲についての分析です。バラクリシュナンが命懸けで持ち帰ってくれたギガの破壊状況データから判断して、ジェノザウラー系の集束荷電粒子砲のビーム口径よりも更に極小のものと推測されます。」

 提示されたレポート紙面の端に共和国軍技術士官の称号を有する〝ベルナー・イズラエル・バラクリシュナン〟の署名が記され、ビームの中心に向かってねじり込むような粒子の動きが描かれていた。ギガ開発のため軍属となっていたバラクリシュナンは、戦場よりぼろぼろとなって帰還した。プロジェクトチームに参画しているとはいえ療養中であり合流は数日後の予定であった。バラクリシュナンのレポートを手にタケオは手にしたペンで螺旋を描く。

「中心軸の誘導レーザーの周囲に内向きモーメントの荷電粒子がスパイラルを描いて飛翔していると思われます。僅かな電荷と質量を持つ粒子でも中心軸に集中することで極小域での重力崩壊を起こし、衝突した粒子を対消滅破壊させているのではないでしょうか。でなければ数百㎞先から射出される間に荷電粒子が拡散しない原理を説明できません」

〝レイ・エナジー・アキュムレイター〟を開発した頃とタケオのスタンスは変わっていない。専門用語の飛び交う会話を咀嚼しつつ、二郎は残る二人の来訪者のうち一人の到着を待ち侘び、頻りに腕時計を眺めていた。

 ノヴァヤゼムリャ製作所でバーサークフューラーを待っていた時にも似て、その女性を想うと思春期の少年のように胸が高鳴った。

 第二会議室のドアの向こうに複数の足音が響き、待ち人は訪れた。

「ディスペロウに搭乗して戦場に行ったと聞きました。相変わらず無茶をしますね」

「主任、無事でよかったです……」

 チューキョン・ツェリンは、クヌート・ルンドマルクと共に現れたのだった。

 彼女はバスターイーグル開発の高い手腕が認められ、共和国軍に共同事業体制(プログラム・パーティシペント)の名目で新たな飛行ブロックスの設計を委任され、凱龍輝のコンセプトを利用しライガーゼロとのチェンジマイズを前提にした飛行ブロックス〝フェニックス〟を完成させる。現時点ではミドルタウンのゾイテック本社付勤務となっていたルンドマルクと同じチームを組み、新型ゾイド開発に携わっていた。

「本社から帝国軍に提供する計画だった仮想粒子〝タキオン〟を操る興味深いモジュールを見つけました。いま彼女の手解きでバーサークフューラーのバスタークローを応用した新型飛行ブロックスを共同開発中です」

 嘗て〝ヤクトフューラー・イミテイト〟を提案したように、既存のユニットを最大限に活用するルドマルクのスタンスもまた変わっていない。変わったのは、チューキョンを背にする語気が奇妙に挑戦的なことだった。

「彼女の発想には常に感服します。自分たち二人が協力すれば凱龍輝を上回るブロックス・チェインジングアーマーを完成させる自信があります」

 ルンドマルクが殊更に「二人」の部分を強調しプロトレックス素体の凱龍輝図面に視線を落とす。

「さあ、早速取り掛かりましょう。我々には無駄に費やす時間はない」

 二郎に先んじルンドマルクが開始の言葉を告げた。チューキョンの若干当惑気味な様子が垣間見えていた。

 

 プロトレックス野生体の捕獲は順調との報告が西方大陸ニクシー基地より届く。程なく復帰したバラクリシュナンもプロジェクトチームと合流し、五人の技術者によって凱龍輝新機体の設計、量産のエスタブリッシュメントは滞りなく進行していった。

 二郎たちが作業する第二会議室は東方大陸随一の規模を誇るウェストリバー製作所造船ドックに隣接しており、現在鹵獲されたドラグーンネスト『フェルトフォーファー・キルフェ』が巨体を委ねていた。二郎は漠然とした憧憬と気分転換を含め、ドック内壁に設置された人気のないキャットウォークに頻繁に訪れていた。

 外装こそ変化はないが、内装は凱龍輝及びディスペロウ、エヴォフライヤー部隊を最大限搭載可能に艤装されている。セイスモサウルスによって寸断された共和国軍のフロントラインはレッドリバー沿いに潮が引くように後退し、大陸の南岸クーパーポートまで追い遣られた。共和国軍の要請を受け早急の対策を迫られたゾイテック社では、先行生産の凱龍輝5機全てとサポートブロックスを搭載した鹵獲ドラグーンネストの派遣を決定する。

 その当日のこと、凱龍輝がドラクーンネストに呑み込まれていく様子を眺める二郎の後に、いつの間にかチューキョンが立っていた。

「ゾイテック社はいつからPMC紛いの戦争請負企業になってしまったのでしょう」

 二人だけになるのは再会以来初めてだったが、彼女の言葉は憂いに満ちていた。

「戦争がテクノロジーを発展させると言うが、それは結果論であって真実ではない。あの美しい野生体が禍々しい鎧を被せられ戦場に赴くことは、僕にとって不愉快極まりない」

「主任はゾイドが戦うことは嫌いですか」

「野生体の本能を剥き出しにして戦うのは嫌いじゃない。でも戦わされるの嫌いだ」

 振り向いた視線がチューキョンと交わる。一瞬見つめ合ったあと彼女は俯いた。

「私も同じことを考えていました。人の都合に弄ばれ、戦場の劫火に焼かれて逝くゾイドの悲惨さを。作っても作ってもまた新たな生贄となって殺される金属生命体たちの末路は見るに堪えません。

 技術者として自分のしていることは本当に正しいのか、これではまるでゾイド殺しの幇助をしているだけではないのかと。

 私のこの手はヒトの血液だけではなく、死んだゾイドコアの組織液で塗れているのかもしれない……」

 俯く彼女の視線の先には自身の両掌が歪んで開かれていた。

「残念だが、それは甘えだ」

 ガイロス帝国技師ジールマンからの叱責を今度は二郎が告げる役回りとなった。

「戦争に負ければ莫大な負債を抱えてゾイテック社は破綻する。そうなれば僕らが積み上げてきたこと全て消滅しゾイドに携わることも不可能となる。それに僕たちだけの問題じゃない。社員全員の人生にも関わってくる事だ」

「〝甘え〟と仰るなら、それだってエゴです」

「エゴでも自己保身でも前進する他ない。例え血反吐を吐きながらでも」

「進む先が修羅の道であってもですか」

「そうだ」

 ドックでは分離していた強襲揚陸艇『ポセイドン』が甲高い音を立て本体に接続されていた。

 綺麗ごとを並べるだけで生きていけるほど世界は美しくない事を、互いに理解できる大人だった。

 結論の出ないまま、二人の間に沈黙が訪れる。

「……ルンドマルクから正式にプロポーズされました」

 ベクトルの異なる驚きに思わず二郎は顔を上げる。

「ノヴァヤゼムリャに勤務している頃から彼の気持ちは薄々気付いていました。そして彼も私が主任に想いを寄せていることも。

 彼は言いました。〝あの人は人よりゾイドを愛する人間だ。そして自分はゾイドより君を想っている。だから一生傍にいることを誓う。自分は君を残して遠くになどいかない〟と」

 頭の内部が一気に沸騰する。

 二郎にとって既に彼女はかけがえのない存在になっていた。

(誰にも渡したくない)

 沸騰した心は、驚くほど情熱的行動をとる。

 突然二郎はチューキョンに駆け寄り抱きしめた。

「感情はロジックじゃないのを実感した」

 背中に回した両腕が強く抱きしめる。いましも彼女の身体を潰してしまうのではないかという程に力を込めて。

「君は僕の大切な(ひと)だ。誰にも渡さない。ルンドマルクのように約束はできないが、君には僕の傍にいて欲しい。これは僕のエゴだと判っている」

 チューキョンもまた、二郎の背中に両腕を回し抱きしめていた。

 頬が触れ、互いの息遣いと鼓動が伝わる。

 ゆっくりと見つめ合い、唇が触れた。

 

 数分間の抱擁の後、チューキョンが尋ねた。

「私と凱龍輝と、どちらを愛しますか」

 二郎は即答する。

「両方だ」

「それでこそ、私の二郎さんです」

 チューキョンが満面の笑みを浮かべ、再び唇を重ねた。

 ドラグーンネストへ凱龍輝及びサポートブロックス搭載作業が完了するまで、二人の唇は重なり合ったままだった。

 

 

 ウェストリバー製作所長、K・静男が出撃準備の完了したドラグーンネストを見上げ所員全員に訓示する。

「この艦は本日0時を以てヘリック共和国軍に移譲されます。ですが今後も艦の補修管理や搭載される凱龍輝の整備に於いて、当製作所ドックの継続使用をウッドワード大統領より委任されました。

 共和国軍艦艇として運用するに際し帝国軍の名称から新たな艦名に改名されました。混乱を避けるため、当製作所員にその名称を全員に伝えておきます。

 新たな艦名は『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』です。以降、記憶に留めておいてください」

 鹵獲されたドラグーンネストは、帝国から共和国に身を寄せ、大統領の地位に登り詰めた後に消息を絶ったゼネバス皇帝の娘の名前が与えられていた(※尚この命名に際し、ロブ・ハーマン少将の猛烈な反対があったことも付け加えておく)。

 翌日深夜、ドラグーンネスト『ルイーズ・エレナ・キャムフォード』は、凱龍輝と共に中央大陸南岸、クーパーポートを目指し出撃していった。

 


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