『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

17 / 33


 激しく振る尾、跳躍する脚、背中越しに振り返り視線を投げ掛ける仕草。

 無邪気な子供が「追いかけっこ」を楽しむように、プロトレックス野生体は挑発するが如く躍動する。

(遊んでいるのか?)

 蠱惑的な野性はあざとく二郎を(いざな)い、擬人化の誤謬(ごびゅう)に導く。

 並走するレブラプター2機が徐々に進路を狭めプロトレックスを囲い、ディスペロウに装備された捕獲装置の作動範囲に誘導した。

 捕獲を確信する二郎に反し、前部シートのリョウザブロウが忌々しげに舌打ちをした。

「待ち伏せされた」

 右のレブラプターが弾き飛び、金属の塊となって群生する樹木の葉の波に没する。急停止し身構えるディスペロウとレブラプターを取り囲み、一斉にプロトレックスの群れが姿を現す。

 罠にかかったのは二郎たちの方であった。ハンティング・コミュニティー。それは子供の遊びなどではなく、彼女らにとって真剣な狩りであったのだ。

 だがヒトの狡猾さには及ばず、緊迫した均衡は瞬時に覆される。遅れて接触したゲーターの小口径ガトリングビーム砲が包囲を破った。野生体にとって脆弱な火器も脅威である。算を乱して逃げるプロトレックスの1匹が群れから離れた。

「あの個体を」

「了解です」

 嗜虐心が過る。捕獲装置の照準を定めるリョウザブロウの背後で、二郎はそれが先程から挑発を続けていたものとわかっていた。

()ッ」

 クモ型ゾイド〝グランチュラ〟のワイヤー射出機を応用した捕獲装置が、疾走するプロトレックスの腰部から右脚部付け根に絡み付き肢体に食い込む。表皮は金属で形成されているとはいえ人工的な装甲材の硬度に至らない。野生体は悲鳴を上げて卒倒しハンティング・コミュニティーを呼び寄せるが、ゲーターのガトリング、そして体勢を立て直したレブラプターのカウンターサイズとストライクハーケンクローを前に見捨てられる。それもまた野性の摂理であった。

 ワイヤーは過度の損傷を与えないよう締め付け強度は調整されている。卒倒直後から眼窩の輝きは消え悶え苦しむ様子もなく、システムフリーズを思わせた。リョウザブロウがディスペロウのチェンジマイズを提案する。

「保険ですよ」

 微笑むリョウザブロウの目は笑っていなかった。

 ブロックスパーツが舞い格闘戦に特化したアルティメットモードへチェンジマイズを行う間、ゲーター2機とレブラプター1機が、動きを止めたプロトレックスに接近する。「不用意に接近するな」と二郎が告げると同時であった。

 光を失っていたプロトレックスの眼窩が輝く。捕縛された状態にありながら尾を撓らせ、打撃の間合いに入ったゲーター1機レブラプター1機を跳ね飛ばした。宙に舞うゲーターの飛跡をリョウザブロウの視線が冷静に追い、前傾姿勢のメタルクラッシャーホーンでプロトレックスに突入する。

「駄目だ、壊さないでくれ」

 咄嗟に叫んだ二郎に「大丈夫」と短く答え機体は加速した。

 プロトレックスが尾の反動を利用し立ち上がろうとするが、メタルクラッシャーホーンは地表と身体の僅かな隙間に挿入された。掬い上げられた野生体はディスペロウの背中で屹立するマルチプルキャノン二基と三連ロングレンジキャノン二基の間に、頭部を右、尾部を左に背負い込まれ、再度射出されたワイヤーにディスペロウごと縛り付け完璧に拘束された。

「二郎さん、キャノピーは割れませんからご安心を。ですが暫く同衾です」

 重量に耐えられず、ディスペロウは四肢を伸ばして腹這いとなる。コクピット上面にプロトレックスの金属肌が貼り付き、ワイヤーがキャノピーを通して不快な軋みを響かせる。

 ジールマンのホエールキングが到着するまで、二郎は縛られたプロトレックスと過ごすほかなかった。

 

 拘束具に固定され横臥した肢体の端々から無数の検査用ケーブルが伸び、ミステリアスな存在であったプロトレックスは二郎たちに全身を晒している。情報通り、バーサークフューラー=先行生産された凱龍輝の素体レイアウトに酷似していた。

収斂進化(コンバージェンス・エボリューション)の為せる技と言えるでしょうか」

 興奮気味なジールマンの言葉に二郎が無言で頷く。事実上、ゾイテック社より二郎に課せられた職責(ミッション)は達成した。今回の探索により野生体の捕獲は比較的容易と判断され、早急に量産化体制を整えるのも可能と分析された。メーカー側に立つ者として喜ぶべきなのだが、拘束された野生体を見上げる心中には激しい(わだかま)りが生じていた。

 野生体の美しさは野性にあってのもので、それを人の手によって調教し機獣化するのが〝正義〟なのかという戦闘ゾイド開発者としての根源的な疑問である。

 西方大陸の密林を自由に疾走していたプロトレックスは美しく、その感動は凱龍輝初号機がロールアウトした時にも比類した。

 この惑星では長きにわたり人がゾイドを家畜や兵器として偏利的に酷使し続けてきた。プロトレックスもまたネオゼネバス帝国に搾取され、新たにゾイテック社という軍事企業にも乱獲される運命を想像すると暗澹となる。この野生体も自由を失い、人為的淘汰により増殖の手段を奪われてしまうかもしれない。

「これはビジネスです」

 不意にジールマンが無言の二郎に告げた。

「ゾイド技術者が一度は陥る葛藤とお見受けする。だが忘れてならないのは、我々が戦争をしているということ。そして全ての技術開発に於いて立ち止まるのは許されないということだ」

 亡き父と同じ年齢を重ねた老練な帝国技術者は、若い技術者の煩悶を見抜いていた。

「貴方が開発したLモジュールと凱龍輝はもはや消去できない優秀な戦闘ゾイドとして既に歴史に刻まれてしまっている。仮にミスター二郎が開発を放棄したとして、我らガイロス帝国が何らリアクションを起こさないとでもお考えか」

 表情に妥協はない。隙あればテクノロジーを奪取しようと画策する眼差しである。

 しかし二郎は目を逸らし苦笑する。

「残酷な言い方ですね」

「残酷という価値基準など主観に過ぎない。そしてこれは残酷な戦争ビジネスだ。甘えるな」

 吐き捨てる口調は、それが老技術者の嘗て辿って来た(わだち)であることも仄めかした。

 叱責の片鱗に不思議な温かみを感じる。それもまた、二郎に亡き父の面影を思い起こさせていた。

 

 

 共和国軍クック要塞は四方を大河と山脈に囲まれた天然の要害であり、帝国にとって最も目障りな存在となっていた。 

 名将ウィルバー・クレーン・インブランドの堅実な指揮の下、要塞の外縁にはヘッジホッグ、中間帯に〝ドラゴン・トゥース〟と呼称されるテトラヘドロン、内縁に対ゾイド障害となる有刺鉄線バリケードが延々と敷設され、接近戦はもとより遠距離射撃(※常識的な)も届かぬほど重厚で長大な防御が施された。これは奪還直後に早々に陥落してしまったマウント・アーサの失態を繰り返さないための施策である。

 ゾイド兵力は最強のゴジュラスギガ部隊を筆頭に、サラマンダーやバスターイーグルなど強力な空戦ゾイドを擁して制空権及び補給路を確保した籠城戦を継続し、ことあるごとにゼネバス回廊への介入と攻撃を繰り返した。更に要塞背後のクック湾には西方大陸や暗黒大陸に散り散りになった共和国部隊が集結し再編成を開始しており、占領下のヘリックシティー奪還を目指しているのは明白であった。

 兵員数が慢性的に不足しているネオゼネバス帝国軍にとって、これまで共和国軍に対抗するためには常に意表を突いた戦術を採用してきた。

 ジャミングウェーブは敵のゾイドを操り、味方に組み入れてしまう武器である。

 ブロックス(キメラブロックス)は無人で作戦行動を行う武器である。

 正攻法では大量の兵力が必要と予測されるクック要塞攻略戦に於いて、帝国軍は非常識なまでのアウトレンジ攻撃という新たな戦術を導入するのである。

 

 高熱を発する核爆弾の爆心地に於いて直撃を受けた『にんげん』は自らの死を自覚することなく蒸発するらしいが、語る者もまた蒸発しているので誰にもわからない。

〝面〟で制圧する核爆弾に類似するものがデスザウラーの大口径荷電粒子砲とすれば、超長距離集束荷電粒子砲を例えるならば、差し詰め〝線〟で制圧する武器と言えるかもしれない。

 クック要塞では、クック湾より陸揚げされ、バスターイーグルより要塞内に投下される物資の移送にアロザウラーを多用していた。

 敵から眺望されることのない要塞城壁の裏側で稼働していたこの中型ゾイドの1機が突如上半身を失い爆発する。残された下半身は切り取られたような円弧が刻まれていた。蒸発したアロザウラーもまた、自らの死を自覚していたとは思えない。

 前兆はあった。クック要塞上空を数回閃光が過ったが、共和国軍兵士達はキャノピーなどに乱反射したハレーション程度としか認識できずにいた。

 それが距離と方位を測定するために放たれた数十分の一秒ほどの交叉射撃であったことに気付かなかった監視兵を「怠慢」と糾弾するのは酷だろう。数十秒後、クック要塞は修羅場と化す。

 飛来する閃光は次第に照射時間を伸ばした〝線〟となって、次々とゾイドを撃ち抜いた。ゴルヘックスが、レオストライカーが、ガンブラスターが瞬時に蒸発していく。体躯の巨大なゴジュラスギガだけは身体の数か所に数mの円を描き貫かれた後に瓦解した。

 状況が理解できず呆然としパニックに陥った共和国軍の中、地平線の彼方から曲射され飛来する閃光を見止めた者があった。想像を絶する長距離だが、地平線の先に攻撃の主が潜んでいると判断した要塞司令部では、蒸発を免れたバスターイーグル1機を急遽斥候に立て偵察の任に充て一報を待った。

 程なくしてバスターイーグルは通信を絶つが、最期に送信された映像を見てインブランド少将以下幕僚達は絶句した。

 ゼネバスの紋章を付けた見たこともない雷竜型ゾイドが、レーダーの索敵範囲の遥か外側から超長距離砲撃を放つ様子が映っていた。

 これまで開発されてきたどの雷竜型ゾイドとも異なる長大なシルエットを有する機体、ネオゼネバス帝国が復権の旗印に掲げた新型ゾイド、超長距離集束荷電粒子砲=ゼネバス砲を有する地震竜〝セイスモサウルス〟の威容であった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。