『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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『……反乱軍所属ライガー多数ニ包囲サレ孤立、至急救援サレタシ』に、『我レ脱出ノ為フリティヨフ半島ヘ向カウ』の発信が加わった。

 陽動部隊がキルフェの上陸地点に敢えて接近することで、ドラグーンネスト誘引を確実にするためである。発信源が敵か味方か未だ識別できないままではあったが、キルフェは短時間での偵察及び接敵が可能になった段階で自艦の搭載ゾイドを出撃させた。

 緊急出動であったため兵力不足は免れなかった。主力と呼べる機体はキラードームと合体したキラースパイナーとゼロイクスそれぞれ1機、そして護衛と偵察兼務のグレイヴクアマ2機とそれに統率されたディプロガンズ4機のみである。海洋型のマッカーチスは上陸地点沿岸の哨戒を行うだけで地上戦闘には使用できない。バランスを欠いた偵察・救援部隊は発信源に向け進軍を開始した。

 ダークスパイナーが格闘性を重視するキラースパイナー形態で出撃したことは、レーダージャミングを行えない分鹵獲部隊にとって僥倖となった。ステルス性の高いイクスを捕捉するのは困難だが、同行するスパイナーやディプロガンズによって部隊移動の様子は察知可能であったからだ。これは明らかに帝国軍側に混乱が生じていた結果であろう。

 

 エヴォフライヤーの窮屈なコクピットで、二郎は抱えた小さな端末を両手で握りしめていた。

 技術者として戦闘に貢献できることは限られている。

「大丈夫か」

「大丈夫です、ご心配なく」

 パイロットのマーチンが二郎を気遣い声をかけた。端末の揺れ動くケーブルを押えキャノピー越しに前方を見る。乳白色のシーフォッグは、しかし二郎の視界を閉じ込めたままであった。

 

 バーサークフューラーに偽装した凱龍輝は背後にネオゼネバスゾイドの接近を感じながら、3機のライガーゼロと3機のシールドライガーDCSに追い詰められていく演技を装う。過剰な模擬戦闘により灰白色の塗面の一部が剥落したことでさすがのレイもリョウザブロウも本来の任務を思い出したのだ。

「若造にしてはいい腕だ」

 言葉と同時、リョウザブロウの070-5号機が脚部イオンブースターを噴き信地旋回を行った。070-2号機と070-3号機もリョウザブロウに倣い転回、ドラグーンネスト上陸方向、途中に帝国ゾイド部隊が迫る方向に変針しこれまでの格闘戦と異なり一気に退却姿勢を取る。バーサークフューラー譲りの強力なホバー走行で3機の凱龍輝は一路乳白色の霧の海を貫いて行く。

 間合いを取ってゼロとDCSが追撃を開始する。全ては計画通りである。ダミーの左バスタークローを失いバランスを欠いてカタカタと不快な振動が響くコクピットの中、リョウザブロウは擦れ違った幻影を視認し呟いた。

「……イクス」

 光学迷彩に潜む闇の獣王の輪郭が霧の壁を歪ませていた。

 攻撃は出来ない。あくまで味方の素振りをしたまま敵の合間を擦り抜けなければならないのだ。イクスの幻影の後方に赤い肉腫のようなカニの甲羅を背負った獣脚類ゾイドが迫る。幾度となく共和国軍を窮地に追い込んだダークスパイナーも、装備を換装することによって未だ戦線に立ち続けていると知る。

 敵からの攻撃もない。濃霧の中、凱龍輝をバーサークフューラーと信じ切っている。敵部隊の目標は必然的に凱龍輝を追うゼロとDCSに定められた。

 バーナードのゼロが火花を散らしアゴから切断された。闇の獣王、イクスの放ったスタンブレードが、陽動部隊であるが故に無防備なゼロを破壊したのだ。無残に切り裂かれたゼロのアーマーを撒き散らし、白い獅子はシーフォッグに沈み爆発した。

 敵部隊への攻撃は許可されている。背負った装備の重さに遅れて到着したDCSがビームキャノンを一斉に放つが、空中からの優位さと無人ブロックスならではの捨て身の攻撃に忽ち2機のDCSはディプロガンズのレールキャノンにコアを撃ち抜かれた。DCSが仕留めたのは2機のディプロガンズに過ぎず、キルレシオ(損害比率)に於いて圧倒的な差となった。残ったゼロ2機とDCS1機に攻撃が集中する。虚空から撃ち込まれるイクスの雷撃・エレクトロンドライバーとキラードームのジャイアントクラブ攻撃によってズタズタにされながら、ゼロのコクピットでレイが血を吐きながら叫んでいた。

「頼んだぜ、リョウザブロウのオヤジさんよ……」

 

 上陸したキルフェの格納庫は中央隔壁が開放されていた。重装甲のポセイドン及びネプチューンの隔壁解放は中央隔壁に比べ時間がかかるためでもあるが、もはや無防備としか呼べないほどドラグーンネストも油断していた。

 3機の凱龍輝が滑り込むと同時に青い飛行ブロックスが舞い込んだ。空力学を無視したマグネッサーシステムだからこそ可能な、機体の上部に鈴生りに兵士を乗せた状態でキルフェの格納庫上方に侵入する。

 ブルックスの凱龍輝070-2号が隔壁の蝶番、壁面を巻き上げるウィンチ部分に機体を差し込んだ。関節部の障害物によって閉鎖は不能となる。格納庫壁面、ブリッジ直下のキャットウォークへ舞い込んだエヴォフライヤーから特殊装備をした兵士が次々と飛び移る。一人の兵士が足場を踏み外し数十m下の格納庫床面に落下するが、欄干に結わえたワイヤーが衝突直前の身体を宙に浮かせていた。

 急変する事態にキルフェのブリッジは全て謀略であったことを察知したが、既に手遅れであった。ブリッジ後方の通路から数十人の武装兵が軽機関銃の威嚇射撃を行いながら侵入する。

「本艦はわれわれヘリック共和国軍が占拠した。捕虜の待遇は保障する。抵抗すれば撃つ」

 呆然とし、その場にいた帝国兵が両手を挙げる。人数は僅か5人。ブロックス依存の弊害が如実に表れたのだった。

 両手を拘束され、ブリッジの隅に追いやられた帝国兵は、特殊工作部隊の中にひどく場違いな者がいるのを目にする。小さな端末を手にしたステレオタイプの科学者のような若い男だった。

 二郎は一頻りコントロールパネルを調べ操縦系統を把握する。ドラグーンネスト占拠に於いて最優先にしなければならないのは、独立したブリッジを持ち単独行動ができるネプチューンとポセイドンの操縦系を凍結することである。輸送艦としての鹵獲だけではなく偽装艦として運用するためには、目に見える欠損を生じさせるわけにはいかないのだ。

 

(予想通り、かなり単純なシステムだ)

 

 ドラグーンネストが一種の寄生生物によって強制的に巨大化されたゾイドなのは、ネオゼネバス帝国緒戦のウィルソン市攻略戦に於いてリサーチしてある。原始的な金属寄生生物に特殊な電気信号刺激を与えることで、艦全体を繋ぐ神経系を掌握できるはずだった。ハサミの付け根(揚陸艇の接続部分)に二郎と同じ端末を持った兵士がへばり付く。兵士の背後ではエヴォフライヤーに乗りヘルメットの端より髪を靡かせるチューキョンが指示を続けている。細いケーブルで繋がった通信機からコールサインが鳴り響いた。

 二郎が横に立つユングハウスの顔を見て無言の承認を得る。二郎がレシーバーを手にした。

「行きます、コール、『アナストモーシス』!」

〝『アナストモーシス』!〟

 コンソールのモニターが一斉に光を失い、数秒後に点灯した画面には稲妻をあしらったヘリック共和国紋章が現れた。ロジックボムを応用したシステム制圧マルウェアを、二郎とチューキョンは共同作業によって完成させていたのである。

 周辺海域を哨戒中であったマッカーチスが次々とバスターイーグルによって空中に持ち上げられる。凱龍輝空挺後も待機していた猛禽の鋭い視覚は、水中の小型ザリガニを見逃すことはなかった。

 そしてキルフェの後方の海面にウルトラザウルスが全身を浮上させた。万が一にもキルフェ奪還のため他のドラグーンネスト若しくはホエールキング等が接近した場合、ウルトラキャノンによって迎撃するためである。

 陽動部隊を撃破し帰還したゼロイクスとキラースパイナーを待っていたのは、既にダミーのバスタークローを撤去し荷電粒子砲発射態勢を取る凱龍輝本体と飛燕、月甲を分離した計9機の共和国ゾイド、地上形態に変化したエヴォフライヤー、空を舞うバスターイーグル、脚部と胴体部分しか見えないウルトラザウルス、背後から生き残って追撃してきたライガーゼロとシールドライガーDCSであった。

 帝国兵が投降したのは言うまでもない。

 オペレーション・アナストモーシスは完了した。

 

 

「僕は本来の職務に戻らなければなりません」

 作戦終了後、露天で凱龍輝を背負いながら二郎は告げた。

「凱龍輝の素体を探しに行くことです。きっと西方大陸ならなにか手掛かりが掴めると思います」

 ゾイテック社代表取締役ヴワディスワフと事業部門長ユルジスの通知書画像データをチューキョンに示す。

「寂しくなります」

「僕もだ」

 思わず心情を吐露してしまい当惑する。そして彼女も同様の感情を抱いていたことを示した。

「またお会いしましょう。東方大陸に戻ったらネフスキー所長に連絡を入れます」

「きっと迷惑がるだろうね」

 二人は笑った。

 塗装を剥がされた蒼き龍に、二人の引く長い影が映っていた。

 

 

 ボロボロになった愛機ライガーゼロを見上げるレイ・グレッグの手元に一枚の命令書が渡される。

「キマイラ要塞、なんだそれは」

 二郎たちがドラグーンネスト鹵獲作戦を完了させる間、ヘリックシティーに続くゼネバス回廊の真っただ中に、ネオゼネバス帝国はついに精強無類の巨大要塞を完成させていた。

 そこには、それまで目にしたことのない超長距離を射抜く集束荷電粒子砲を備える地震竜が出現するのである。

 


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