『凱龍輝―蒼き龍の系譜』   作:城元太

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 中央大陸に降り立った二郎は、戦場の饐えた空気と兵士の身体にこびりついた血の匂いに咽返っただろう。

 ゴジュラスギガ、再生産されたガンブラスター、ケーニッヒウルフ及び各ブロックスを満載したタートルシップは進路を北西にとり、中央大陸南東のクーパーポートに到着した。ゴルヘックスの再投入によってジャミングウェーブの脅威を克服し士気の高揚する共和国軍は、クーパー湾に注ぐレッドリバーを遡上し大陸南岸より深く楔を打ち込むように制圧範囲を広げている。

 ゴジュラスギガを主力とした部隊がセシリア市、マウント・ジョー、グレイ砦を奪還すると、臨時政府は東方大陸より移動しセシリア市に行政府を据える。

 ウッドワード臨時大統領(※元少将。軍籍を一時離脱)が中央大陸に入ったことで俄然勢い付いたのが、機動陸軍第十一独立装甲大隊長ロブ・ハーマンであった。

 暗黒大陸首都ヴァルハラで摂政プロイツェンの玉砕戦を間一髪で逃れた後、ウルトラザウルス・ザ・キャリアーにて残存部隊を率い暗黒大陸を脱したハーマンは、トライアングルダラスを迂回しゴルゴダス海峡方面から中央大陸東岸を南下、大陸北東のマウント・アーサをウルトラザウルスの砲撃により鎮圧し中央大陸に帰還していた。

 行方不明となったルイーズ・エレナ・キャムフォード大統領の血縁とも称され共和国軍内でも多くの支持を集める若き指揮官は、本来であればウッドワードに代わり臨時政権樹立も予測された人物である。しかし彼は〝独立〟装甲大隊の位置付けを根拠に率先して戦場に立ち続け、分断された中央大陸内の残存部隊及び抵抗勢力を遊撃部隊として纏め、根強い反攻作戦を繰り広げていたのだった。

 ウッドワード大統領の赴任によって遊撃部隊統率の重責から解放されたハーマンが、バーサークフューラーベースに建造された新型ゾイド凱龍輝に興味を持つのは極自然な流れであった。ゾイドに関しても造詣が深い大隊長は、様々な可能性を秘める機体を直接指揮下に置くことを渇望し、一刻も早く戦闘能力を把握するために最前線のマウント・ジョーへの移送を半ば強引に指示する。従って凱龍輝のサポートブロックスであるエヴォフライヤーが赴く先は必然的に決定し、当初の二郎の目的地となった。

 

 ゾイテック社代表取締役ヴワディスワフ・スクウォドフスカと、直属の事業部門長となるユルジス・バルトルシャイデス直筆の署名が入った人事発令通知書の画像データが添付されたメールには、今後二郎が担うべき職務の件名が記されていた。経費請求や危険手当支給などの細則を割愛すると概ね次のようになる。

 

 二郎・F 「戦略技術部」への転属を命ずる

1、エヴォフライヤー先行試作機を凱龍輝の元に送り届ける。

2、中央大陸に於ける凱龍輝の実戦稼働状況の調査報告及び品質管理を行う。

3、二箇月を目処に前線を離れ、新たな素体となり得る野生体の探索を行う。この際西方大陸まで範囲を広げる。

4、可能であれば素体の確保を行う。移送に関しては本社からの指示を仰ぐ。

 

 表記された「戦略技術部」とは、先にバラクリシュナンが移籍しゴジュラスギガの量産に導いた共和国軍麾下のラボラトリ的生産様式組織で、事実上ゾイテック社との共同事業体(ジョイントベンチャー)である。前身にあたる共和国軍「武器開発局」が共和国崩壊とともに分裂し、それぞれの技術部門が独自に新型ゾイドの開発を行っていたが「戦略技術部」を称した集団は分断された共和国地下組織の支援を失い忽ち資金不足に陥る。ゾイテックは高度な軍事技術は開示しないという条件を受け入れた上で、自社にないヘリック共和国独自の様々な技術提供の見返りに資金援助を申し出た。

 ギガ建造に関しても、その核心部分はブラックボックス化され機密とされた(※このため開発に深くかかわったバラクリシュナンは二度とゾイテックの社門をくぐることはなかった)一方で、古代ゾイドチタニウムなど装甲材の構造やゾイドコア砲の原理が開示され、ゾイテック社内に様々な技術革新を齎す。

 その後の展望としてブロックスゾイドの生産、そして今後の凱龍輝量産に備え、共和国「戦略技術部」へ現地入りできる技術員を要求されていた。二郎の突然の人事異動希望が通ったのも、折しも戦略技術部が取締役ヴワディスワフに人材要求を行っていた事が重なったからである。技術派遣員とは聞こえが良いが、言うなれば整備兵に準じる人員で、常に戦場に身を置く危険な任務であった。

 マウント・ジョーへは途中大陸南東部のセルシア山を迂回するため、クーパーポートより約一千㎞の行程となる。それまで試作品として丁重に扱われていた機体の待遇は一転し、エヴォフライヤーもガンブラスターやケーニッヒウルフに倣い自力での行軍となった。

 山麓には原生林が残り行程は決して楽なものではない。補給部隊は指揮機のゴルドスに率いられ中央大陸深部へ向け進軍を開始し、二郎はエヴォフライヤーの仮設シートに身体を縮めて収まった。

 ブロックスコアの脈動に紛れ、腕時計の微細な歯車の刻む音が響く。

 視界に立ち塞がるリョウザブロウの背中越しのキャノピーに僅かに窺い見える蒼穹を望み、仮設シートで二郎は凱龍輝の雄姿を思い描いていた。

 

 中央大陸のヘゲモニーを握っていたネオゼネバス帝国にとって、大陸東部を統括する旧共和国首都ヘリックシティーが南のマウント・ジョー及びグレイ砦の陥落と北のマウント・アーサのハーマンによる攻略で挟撃態勢が整えられた事は、警戒体制を強める充分な理由となった。

 現時点で、ヘリックシティー~クロケット砦~グラント砦~ライカン渓谷を経てグランドパロス山脈へ続く回廊(通称〝ゼネバス回廊〟)が帝国との唯一の補給線となっている。

 嘗て旧ゼネバス帝国は、占領下のヘリックシティーをマッドサンダーによって攻略され孤立し、最終的に国家崩壊へと導かれた苦い経験があった。前例の如き戦線崩壊をなんとしても避けたいネオゼネバス帝国軍は、補給線の要所にあるクロケット砦の武装強化と新たな防衛拠点の建設を開始した。

 シティー(city)の語源がサークル(circle)であり、地球の某中世城壁都市は太古の隕石落下によって生じたクレーターの内側に築かれた円型都市であるように、「円」と「都市」との関連は深い。

 惑星Ziにも2056年の惑星大異変による多数のクレーターが残されていた。クロケット砦(帝国管理下)グラント砦(帝国管理下)ウィルソン市(湖沼都市、帝国管理下)そしてマウント・アーサ(共和国奪還)のほぼ等距離に位置するクレーター群の内〝キマイラ〟と名付けられた直径7kmに及ぶクレーターに、帝国軍は全力を挙げて一大要塞都市の建設に着手する。〝キマイラ〟は〝キメラ〟の同義であるが、これは〝キメラ〟ブロックスと〝キマイラ〟要塞との混同を避けたためとも語られているが真相は不明である。

 要塞はクレーター外縁に沿って円郭状の重厚な城壁を築くとともに無数の砲台を設置し空と陸からの攻撃に備え、長期間の籠城戦にも対応し得るだけのブロックスゾイドのアウタルキー(自給自足)アヴィリティーを与えた。多くの生身の兵員を必要としないブロックスは要塞防御装備としては画期的な兵力であり、占領下のヘリックシティーの生産力を背景に、大要塞キマイラは短期間で完成を見る。

 戦術、戦略、そしてその上に位置付けられる大戦略(グランド・ストラテジー)には国家としての政策が関わってくる。大戦略とは戦争の視野を超え戦後の平和まで拡大されねばならず、戦争を遂行するためだけの戦争では惑星環境そのものを破滅し兼ねない。

『敵が強固な陣地を占領し、味方が攻略するために高い代償を必要とすることが明らかであれば、敵の抵抗を最も速やかに弱体化する方法として敵の退却線を開けておくことは戦略の初歩的原則である。同様に、敵に下に降りるための階段を用意してやることは、政治の原則、とりわけ戦争の原則である』と戦略研究家のB・H・リデルハートは語る。つまり共和国軍には最初からゼネバス回廊を閉鎖する意図はなく、ヘリックシティーを最小限の損害で奪還した後の講和策を模索していた。

 キマイラ要塞建造と後のセイスモサウルス出現がなければ、或いは中央大陸は早々に「不安定の上の安定」が確立していたかもしれない。

 

 ここで前線に投入された凱龍輝の動向を追う。

 先行生産機としてEZ-070-1~070-5のロットナンバーを与えられた五機は、大型であり尚且つ強力な荷電粒子砲装備型ゾイドとして活躍が期待されたため機動陸軍装甲大隊所属のクロケット砦攻略任務部隊の内、第三、第五、第七、第十一、第十三中隊に配属された。

 マウント・ジョーに到着した凱龍輝を見て、前線の兵士は仇敵として戦ったバーサークフューラーのフォルムを持つ蒼き龍を見上げつつ酷く地味なゾイドが到着したと感じたと言われる。

 Lモジュール=集光パネルは最重要軍事機密として扱われ、また移動中に敵から黄金の輝きを視認されるのを避けるため頭部集光パネルを除き機体色に準じた青い保護シールが貼られていた。一般に凱龍輝の初陣は2106年のセイスモサウルス出現以降と思われがちだが、実際は2105年時点で戦線に投入されている。さもなければ、超長距離集束荷電粒子砲に対抗して開発し完成する期間があまりに短か過ぎることに気付くだろう。

 ウネンラギアやレオストライカーに紛れ、砦の城壁外に出現した蒼き龍を目視した帝国軍の記録にも『敵兵力に鹵獲されたジェノザウラーを認む』と記されているように、未だ凱龍輝の配備は顕在化されてはいなかった。

 クロケット砦側の防衛兵力はキメラブロックスを主力にした無人ゾイド部隊で、数機のアイアンコング、レッドホーン、ブラックライモスが配備され、凱龍輝が対抗すべきジェノザウラーやデスザウラーはない。先行試作機は荷電粒子砲装備のゾイド出現に備え終始青い保護シールを集光パネルに貼り付けていたため敵にも青いジェノザウラーと誤認され(或いは恣意的に隠蔽されたか?)ロールアウトの時期に混乱が生じたのであった(※もう一つの理由は後述)。

 各中隊に配属された凱龍輝の初陣は攻城戦用の砲台扱いとされた。五機の凱龍輝が集束荷電粒子砲による一点集中攻撃を行ったことにより城壁は崩壊、対して帝国軍は開け放たれた城壁へ兵力を集め、古色蒼然としたゾイド同士の格闘戦が始まった。共和国軍側に荷電粒子砲装備のゾイドが出現したことは、籠城するクロケット砦守備隊にとっても大きな脅威になったに違いない。

 混戦の中、凱龍輝と分離した飛燕と月甲はキメラブロックスとも充分渡り合い、敵兵力の漸減に活躍したのだった。

 二郎たちの増援が到着したのは攻城戦三日目の早朝であった。

 崩れた城壁の奥に粉塵に煙る太陽が昇ると、大量のブロックス群は瓦礫に埋まったゾイドの残骸を踏み越え進撃を開始した。

「二郎さんはここで待っていてください」

 戦場を熟知するリョウザブロウは塹壕に囲まれた整備兵の詰所に二郎を残しエヴォフライヤーで出撃した。最後列で砲撃を行っている凱龍輝04に対し、凱龍輝スピードへのチェンジマイズ実戦試験を実施するためである。集光パネルが保護シートで覆われほぼ単色となった凱龍輝と対照的に、淡いブルーの翼と黄色いキャノピーのエヴォフライヤーは荒涼とした戦場で一際目立っていた。遠望する先に分離する小型飛行ブロックスと分離したパーツを纏う蒼き龍の姿が見える。

データは積載されたレコーダーに逐一記録されるがその場で目視できないのはもどかしい。二郎は塹壕より身を乗り出し愛娘の姿を確認しようとしたとき、頭上を奔った衝撃波に吹き飛ばされた。

 プラズマブレードアンテナを翼端に装備した小豆色の飛行ゾイド、シュトルヒが共和国陣内に深く斬り込んできた。攻城側の綻びを突いて第一世代に属するも精強な飛行ゾイドが指揮系統の破壊を狙って突入したのだ。無数のキメラブロックスに混じり、統率役の有人ゾイドの数は限られるが、有人であるからこそ人の経験則に基づく多様な戦闘が可能となる。憎悪の感情に任せた容赦ない戦闘さえも含めて。

 二郎の脳裏に咄嗟に父の言葉が過る。

 

『背中を向けるな、銃撃を見て正面を向いて逃げろ』

 

 生前何度も聞かされた話だった。

 少年時代、敵の機銃掃射に晒され傍らで手足を引き千切られ斃れていく友人の姿を見ながら、地上攻撃の際に最も有効な逃げ方を父は体得し生き残って来た。よもやその昔語りが役立つ時が来ようとは彼自身も思ってもみなかったが。

 シュトルヒの翼端に装備された機銃が地上の二郎に降り注がれ、足元数mの地表を銃創が穿つ。一発でも喰らえば生身の肉体は四散する凶悪な銃弾の筋を冷静に見つめ、二郎はシュトルヒに正対して走った。シュトルヒは旋回し執拗に機銃掃射を続ける。

 二度目の銃撃を避け振り向いた時、シュトルヒは驚異的な旋回性能で背後から迫った。エヴォフライヤーも凱龍輝も、遠く離れた二郎の危機に気付くことはない。

 生涯の終りを覚悟した刹那、シュトルヒは突風に弄ばれる胡蝶の如く機位を失った。

 長大な砲身を背負う機械仕掛けの猛禽が始祖鳥の上空を圧する。

「バスターイーグル……」

 飛来したのはチューキョンの憧憬を具現したゾイドであり、先の私信に添付されていた画像と同じ大型ブロックスであった。バスタークローが始祖鳥の背後から襲い掛かり見る間に握り潰す。爪の隙間より小豆色の残骸を撒き散らし、猛禽は獰猛な啼き声を挙げる。

「主任!」

 衝撃波の粉塵の狭間より出現したアンキロサウルス型ブロックスボルドガルドが接近し背中のキャノピーが開く。コクピットから立ち上がったのは、バスターイーグルの実戦調査を行っていた女性設計士チューキョン・ツェリンであった。

 


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