昏迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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ソーマ視点+ヨハネス視点



足りぬ、足りぬ! 色々足りん!

 

 いつだったかは覚えていない。

 俺がもっと幼い頃か、極最近か、それとも生まれた時か――。

 

 深い眠りに就こうとしていた俺に、あのクソ親父は語りかけていた。

 

『ソーマ。私は夢を見る。何か偉大な計画を打ち立て、実行し、そして潰える夢だ』

 

 俺の返事など期待していない。ただただ、自白の様に、懺悔の様に、クソ親父は呟いていた。

 重い目蓋がその表情を隠す。

 

『黒い竜のアラガミ。金の髪の男。……そして、人では無くなった私』

 

 口を開くのも億劫で、音を感じ取ることさえ気怠い。

 そんな中、親父の独白は続く。

 

『私は何度も原因を探した。あの夢が、何故潰える事になったのかを。なぜなら、その夢はまさに私が行おうとしていた事だからだ』

 

 これを俺に聴かせる意味はなんなのか。

 その問いの答えは、この夢が最後にならないとわからない。

 

『私は原因を2つに断定した。1つはあの金の髪の男だと。そしてもう1つが、コレだ』

 

 重い目蓋を持ち上げられる。

 眠ろうとしている俺を、無理矢理覚醒させたクソ親父の手の差す場所。 

 それはモニターに映る、1匹のアラガミ。生まれてからずっとアラガミを狩り続けている俺でも見た事の無い、鮮血の様な体色をしたアラガミ。

 

『ソーマ。このアラガミは私の夢だけではなく、人類種全ての天敵といえる。私は夢を見るのだ、ソーマ。アラガミとなった私は見た。地球で、人類を、神機使い(ゴッドイーター)を殺し尽くす鮮血を』

 

 血色のアラガミは嘲るような瞳と裂けるような笑みを浮かべている。

 まるで、人類(おれたち)の行いは全て無駄だとでも言うかのように。

 

『黒い竜と白い童女を従え、この星の覇者となる鮮血の姿を』

 

 あぁ、眠い。

 開いているはずの視界さえ、黒い泥に飲み込まれていく。

 

『ソーマ。彼の存在を見つけたのならば、どんな手段を以てしてでもその存在を滅してくれ。私達”人類”のために』

 

 人類の為という聞き飽きたフレーズ。

 だが、普段何を考えているかわからねぇクソ親父の、無理矢理開かされた視界に映ったその表情は、必死だった。俺に見せる事の無い感情の一端どころか、全てをして訴えかけていた。

 だから話を聞いてやるという事は無いが、記憶には残った。

 

『彼の存在の名は、サマエル。身体に返り血を浴びたような、鮮血の姿をしていて、歯車の軋むような音を立てる。……私の見つけた種は白く、彼の存在ではなかった。だからソーマ。お前が――』

 

 あぁ、眠い。

 眠い。眠い。眠い。

 何故俺はこんなにも眠いのか。ここまで疲れると言う事が今までにあったか。

 

『――そして、計画が成就した時には――私を殺してくれ、ソーマ』

 

 意識が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーマ? 聞いているのか、ソーマ」

 

「……あぁ、聞いている」

 

「……ならばいい。作戦は完了した。神薙ユウ、これからはお前がリーダーだ。よろしく頼むぞ」

 

 あれはいつだったのか。

 それすら覚えていない曖昧な記憶の中で、唯一鮮烈に覚えているアラガミ。

 サマエル。その名を思い出すと、妙に俺の中の化け物(アラガミ)までもが疼く。

 

 任務中、それとなく探してみたが、その存在は発見できなかった。

 クソ親父の言っていた白い違う種――アモルというアラガミはいたが、到底脅威になるとも思えない。

 

「そして」

 

 だからこそ、気が立ってしまった。

 アイツを見たその瞬間、その顔が、その姿が、その色が――余りにも似ていたから。

 あいつと対峙すると、俺の中の化け物が激しく騒ぎ立てるのだ。

 

「夏江アオバ。お前が、サブリーダーだ。しっかりやれよ?」

 

「うす」

 

 普段の気怠い表情ではわからないが、あの時俺が問うた「人類を何だと思っているのか」という言葉に見せた、あの顔は紛れもなくサマエルだった。

 馬鹿らしいと、アラガミと似ているだけで殺されなければいけないなどと馬鹿馬鹿しいと、俺も思う。

 だが、余りにも人類を同族として見ていない――俺よりも化け物に近いソイツが、目障りだった。

 

「アオバ、お前はユウのフォロー他、各員のフォローも任せる。……いいな、これは命令だぞ?」

 

「うげ……はぁ。それがご命令とあらば」

 

 だが同時に、コイツを殺させてはいけないと思う自分もいた。

 あの野郎を暗殺したがって無駄に高度な任務を回していたクソ親父が、あの任務に単なる数合わせでコイツを組み込んだとは思えない。一歩間違えば、そのまま2人とも帰還した可能性だってあるのだから。

 何故、そんな賭けをしたのか。

 

 どちらも殺せれば万々歳と考えたのか、あるいは――。

 

「ソーマ? おい、ソーマ?」

 

「……なんだ」

 

「『……なんだ』じゃなくてさ! どう? 今度ユウとアオバの就任祝いパーティやろうと思うんだけど……お前も来ない? さっきアオバからも承諾もらえたしさ!」

 

 ……思い切って、アイツ自身に聞くのも手か。

 サマエルというアラガミとの、関係の有無を。

 

「……あぁ、行く。日時は任せる」

 

「やっぱダメかー……ってうぇええ!? い、いいの!? なんだよ、アリサもだけど、ソーマまで付き合いよくなったな……なんかあった?」

 

「特には。あったとしても、あなたには話しませんけど」

 

「別に……来てほしくないなら、行かないが」

 

「……うぉぉぉぉおおおやっぱり俺には冷たい……! いや、来てほしい来てほしい! 日時はまたメールするから、よっしゃ、今度はあの空気を創らないようにしないと……!」

 

 騒がしい奴だ。

 奴……リーダーはサカキのおっさんと似た胡散臭い笑みで俺達を眺めているが、コウタを見る目線だけは母親のそれだ。

 ……騒がしいがまぁ、悪くは無いか。

 

「ふぁぁぁ……んじゃ初恋ジュース100本、しっかり調達しろよ~」

 

 アオバが眠そうに昇降機へ入って行く。

 

「初恋ジュース100本って……あなた、どうやって調達する気ですか?」

 

「え? いや、フツーに。……あれ、超不味いじゃん? だから在庫が山のようにあるんだよ。っていうか、誰も買わないのに誰かが大量生産・大量注文してるみたいで、倉庫整理の職員の人が愚痴ってたよ。むしろ消費してくれるなら大助かりだって、かなり安い値段で卸してくれたくらいだし」

 

「……サカキ博士でしょうね」

 

「あのおっさんだな」

 

「全く、アレは僕でも不味いと思うのに……」

 

 俺でさえ、不味いと思うんだがな。

 アイツの味覚はわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「期待通り、滞りなく任務を完遂してくれたようだね。まずは祝辞を述べさせてもらおう……リーダー就任、おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

「よろしい。さて、ここに足を運んでもらったのは他でもない……リーダーの権限と義務について触れておこうと思ってね」

 

 ヨハネスは目の前の男を眺める。

 金の髪の優男。何度も見た夢に出てくる、計画の頓挫の原因であり、同時に全てのアラガミをたった1人で屠ることができる可能性のある男。

 自身の絶望であり、人類の希望である男。

 

「まず権限の強化だ。君にはリーダー専用の個室が与えられる。前リーダーの雨宮リンドウ大尉が使用していた個室だ。その際、ターミナルにアクセスして使用者権限を更新しておくように。一般隊員では閲覧不可だった情報などが開示されている。開示された、という意味を理解してくれたまえよ?」

 

「はい」

 

 ヨハネスの友であるペイラーにも似た、何を考えているのかわからない瞳。

 だが同時に、この男が人類の敵に回る事だけは絶対にないと断言できる。それは言わば、人間の細胞の根幹にある信頼だ。

 

「さて、義務の方だが……君には、雨宮大尉が受けていた通常とは異なる任務――特務を受けてもらう」

 

「特務」

 

 だからこそヨハネスはこの男を放置した。

 計画の障害となることはわかっているが、この男を失うのは余りにもの損失だから。

 なれば利用し、障害となるとわかった上で計画を練り直せばいい。

 

「細かい指示は追って伝える。今日は君も疲れているだろう、ゆっくり休みたまえ」

 

「発言の許可をいただけますか?」

 

「……いいだろう。なんだ?」

 

 あの白いアラガミにアモルと名付けたのは、何も求める心を失ったからだけではない。

 確かに求心を無くし、それを愛の神アモルに準えて名付けたのは確かだが、それだけではないのだ。

 

 嘆きの平原から掘り出された、純白のコア。

 コアの状態で掘り出されたそれは、素材が――何のアラガミのコアであるのか、判明しなかった。

 同時に、全てのアラガミのコアと低い値ではあるが近似する材質が見られたのだ。

 純白のアラガミと、純白のコア。

 あのアラガミを捕食した神機使いに言ってそのコアを調べさせてもらったが、なるほど。

 純白のコアと、値がほぼ同じだった。無論、大小の違いは大いにあったのだが。

 

「その特務……アオバも受けていますよね」

 

「……ああ、夏江アオバくんも、その卓越した戦闘能力からフェンリルより任が降りている」

 

 そして、その純白のコアと唯一適合した少女――夏江アオバ。

 鮮血を想わせる髪色に、キツく釣り上がった金の瞳。そして、裂けているかのような口。

 

 どれもが、あのアラガミを彷彿とさせる。

 

 あのアラガミがいない此度の現世において、あのアラガミと同じ神属だろう白いアラガミ。そのコアと唯一適合した少女が、あのアラガミの特徴を兼ね備えている。

 ここまで符号が一致して、関係が無い方が不自然だ。

 

「それが、どうかしたのかね」

 

「いえ……彼女は確かに戦闘技術に優れていますが、1人になった途端自身の命を省みずに突撃する傾向があります。可能であれば、出来る限り彼女の特務と僕の特務を合わせて頂けないか、と」

 

「……ふむ」

 

 夢の中で、ヨハネスは最後の最後まで特異点を手中に収める事が出来なかった。

 だが、わかったこともある。

 特異点となりうるアラガミは、より上位の個体を捕食し変化し続けた個体であると。

 で、あるのならば……あの白い童女にこだわる必要はない。

 

 他の神機使いの追随を許さない程に捕食行動を行い、さらに自身の怨敵たる姿をしていて、元から手元にある。

 

 遣わない手はない。

 

「……いいだろう。出来うる限り、彼女と君の特務を合わせるとしよう」

 

「ありがとうございます」

 

「ご苦労だった。戻りたまえ」

 

 あの少女の神機を、特異点に。

 それが、ヨハネスが表向きに行っている特異点の捜索の裏、密かに試行し続けている計画だった。

 












今回原作沿いのタグないですからお気を付け下さい

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