昏迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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ちょい短いです。


い、いや! 俺だってほら、捕食できるし!

 

「……ひ」

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラは病室のベッドで膝を抱えていた。

 先程起きた不可解な現象――神薙ユウとの接触により、自身の記憶が流出した――は感応現象と呼ばれる物。

 それによってアリサは明確に思い出した。自身のトラウマ――両親がディアウス・ピターによって殺された事実を、その怨敵を、何故か雨宮リンドウであると誤認していた……させられていたことを。

 誰かが、自身に暗示をかけて、アレを引き起こしたのだと言う事を。

 

「……ひと」

 

 だが、それとは別に。

 アリサはもう1つ思い出していた。

 こちらに関しては、身に覚えのない記憶。

 何故こんなものを有しているのか、まるで記憶ではなく記録でも見せられているかのような、そんな映像(メモリー)

 

「ひ、と……ご……」

 

 鮮血に染まった身体。

 大きく裂けた口。

 こちらを嘲うかのような金の眼。

 

 そして、「キィ……」という耳障りな音。

 

「あの、女、人殺し……!」

 

 それは殺人犯に向けて言う人殺し、とはニュアンスが違った。

 人殺し。人を殺す者。

 アリサはそれに、殺された経験がある(・・・・・・・・・)

 

「うぶ……っ!」

 

 点滴以外の何も入っていない胃から、胃液が逆流する。

 あの女に、私はコロサレタ。

 

「そんなワケ……!」

 

 そう、そんなワケがない。

 何故なら、自分は今生きている。あの女……少女とも過去に会った事は無い。

 

 ならば――これも、暗示か。

 それならば辻褄が合う。

 何故なら、アリサは雨宮リンドウと一緒にあの少女まで殺そうとしていたのだから。

 

「……そうはさせない……」

 

 今度は間違えない。

 暗示にかけられていたとしても、何の恨みも無い雨宮リンドウを……リンドウさんを死地に追いやったのは事実、自分だ。

 それは変えられない。自身の罪だ。

 けど。

 

「アオバは、死なせない……!」

 

 それはせめてもの贖罪だろう。

 聞けば、閉じ込められて尚リンドウさんはアオバを逃がしきったという。

 リンドウさんに償う事はできないけれど、そのリンドウさんが生かした彼女を助ける事は出来る。

 誰かの勝手な策謀で殺されそうになっていた、あの気怠い顔をした少女を、今度は自分が生かすのだ。

 

「こうしちゃいられませんね……!」

 

 決めた。

 まずはあの少女と仲良くなろう。ここの神機使いたちにも今までの無礼を詫びよう。

 許してもらえるとは思っていないけれど、それでも。

 

 だから、動こう。

 

 そう決意したアリサの病室に、1人の人間が入ってきた。

 

「……アリサ」

 

 橘サクヤである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ブリーフィングは以上だ。各自作戦行動に移れ」

 

「はい」

 

「それとサクヤ。お前は少し残れ」

 

「……何か?」

 

 橘サクヤは急いていた。

 いや、焦っていた。

 想い人の神機は見つかったのに、腕輪が見つからない。

 MIA扱いとなった想い人の捜索が、つい先日打ち切られてしまった。

 ならば、自分だけでも……と。

 

「サクヤ、お前はしばらく休暇を取れ。これは上官命令だ」

 

「そんな……私は……!」

 

「足手まといなんでついてこないでくれって言ってるんすよー」

 

「……アオバ、お前はとっとと行け!」

 

「へーい」

 

 ユウの後ろをだるそうに歩いていたアオバが、肩を竦めて言った。

 足手纏い。

 

「サクヤ、最近鏡を見たか?」

 

「は?」

 

「ほとんど寝ていないんだろう……お前がアイツを想う気持ちは姉として嬉しく思う。だが、上官としては別だ。そのようなコンディションで戦場に向かえば、お前だけではなく班員まで死に誘うぞ」

 

「……すみません、軽率でした……」

 

 そう言うしかない。

 何よりも生存率の高かった、想い人――雨宮リンドウの班が、自身のせいで壊滅するなどあってはいけない。なにより、リンドウが決死の想いで逃がした自分達を殺すようなことがあれば、リンドウに合わせる顔がなかった。

 

「最後に忠告だ。お前はもう少し、周りを頼ることを覚えろ。いいな?」

 

「努力は、してみます」

 

 そう言う他、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。……ままならんな……」

 

「優しい上官サマですねぇ。きっぱり戦力外だ、って言えばいいのに」

 

「……アオバ。まだ行ってなかったのか」

 

 橘サクヤを見送った後、昇降機の中で普段は吐かない弱音を吐く。

 いや、普段なら弟がそこにいて……軽口で返してくるのだったか。

 すでにその日常が、遠い昔の様になっていた。

 

 代わりに、この弟とは別ベクトルで不真面目な新人がいるのだが。

 

「いえ? もう終わらせてきました。出番ほとんど無かったッスよ。神薙ユウ1人で十分な任務でしょ、あんなの」

 

 不真面目だが、有能な所は弟とよく似ている。

 あの神薙ユウもそうだが、この新人二人ははっきり言って異様な成長速度を見せている。どちらも、初めから強かったようにもみえるが。

 他の旧型神機使いが同行した時でも生存率は極めて高く、任務の失敗率は0。

 喜ぶべき事だが、神薙ユウと違ってこちらの新人――夏江アオバの評判は良いとは言えない。

 

「……お前達新型にとってみれば、旧型に不備を覚えるのもわかる。だが、」

 

「いや、不備不満不平何一つないスよ。防衛班は必要だろうし、人手の問題もある。ケド、俺達の任務に……狩りに同行させる分にゃいらないって事です。欲しくて1人スけど、わらわらいても誤射が増えるだけだし」

 

 評判の悪さはこの言い草、口ぶりが原因だ。

 歯に衣着せぬ……素直すぎるのだ。素直に、心からの悪口を本人の前で言う。

 対照的に神薙ユウの評価は鰻登りであり、少しだけサカキ博士に似て胡散臭い所がある、というマイナス点がつくものの概ね高評価。まるで図ったかのような二極化だ。

 

「……なぜ」

 

「何故こんな奴のためにアイツは命を……ですか?」

 

「穿ち過ぎだ。……お前、わざとやっていないか?」

 

「まっさか~」

 

 アオバと交流がある神機使いは先に出た神薙ユウ、藤木コウタ、大森タツミ、台場カノンの4名だけ。他とは基本的に険悪であり、リッカでさえも近づき難いと言っていた。

 ものの見事に、人の好い者だけがアオバと未だに交流を続けている。他の神機使いが悪性であるというつもりはないが、いわばこの三人はお人好しの類いだ。若干一名語弊があるかもしれないが。

 お人好しだが、勘も鋭い。

 その4人が笑顔でコイツと共にいる辺り、やはりコイツは……。

 

「んじゃ、俺は寝ますんで。雨宮上官もしっかり寝てくだせぇや」

 

「……やはりか」

 

「?」

 

 コイツも実は……お人好しだな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、サクヤさん……」

 

「そんなに怯えないで。別に、あなたを責めに来たわけではないわ」

 

 病室から出ようとした矢先の事ゆえに、出鼻をくじかれた。

 とはいえよくよく考えてみれば、患者1人の独断で病室を出て良いはずもない。

 結果的に良かったのだろう。

 

「聞きに来たのよ……あの日、何が起きたのかを。貴方の身に、何が起こったのかを。……私は、真実を知りたいの」

 

 そういうサクヤさんの声に、自身を責める色は入っていなかった。

 ただ確固たる意志で……知りたい、と。

 

 だから、話すことにした。

 

 自身の生い立ち。

 あの日、すり替えられた記憶の話を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そォだ。思い出した」

 

「んー? 何をだー?」

 

「サマエルだよ。どこで見かけたか思い出したんだ」

 

「ほんとか!? どこだー? そこ行きたいぞ!」

 

「アイツだよ……名前なんつったっけ、そう……アオバ。夏江アオバ……だったな」

 

「だれだー? それ。アラガミ、かー?」

 

「……すまん、普通に似てるだけだったわ」

 

「うー……サマエルー! でてこーい!」

 

「ピギィ……」

 

「お前じゃない、ぞ!!」

 

 未だ4つは、遭遇せず。

 

 








アオバちゃんの株爆上げ回(なお勘違い)

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