昏迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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GEB完!
次の話からリザレになります!
あっさりしてます!


Rasphuia

 

 どくん、どくんと大きくなる鼓動。

 ヨハネス・フォン・シックザール……否、アルダノーヴァの辿った歴史の中で鼓動を聞いたという記憶はない。

 やれることはすべてやった。神薙ユウを抑え込むための兵器も開発したし、自身がアラガミと成り果てた時の戦闘訓練も秘密裡にずっと行っていた。障害となるであろう第一部隊の戦闘データや、未だ生まれ得ぬハンニバルの対策まで取っていた。

 

 だが、今……あの少女と、少女の神機のコアを特異点としたノヴァに何が起きているのかはわからなかった。ただわかるのは、只管なまでの――嫌悪。

 

 船首に取り付けられた女神像を彷彿とさせるその姿に、あのアラガミが重なる。

 直接対峙したのは遥か遠い月でのみだが、その色は強く記憶に焼き付いている。

 ノヴァの母体へと取り込まれ、山の裾野の様に広がった緋色の髪が、さらに濃く、深くなっていく。赤から緋へ、緋から朱へ。

 

 そしてそれは、ノヴァの母体にまで伝播していくではないか。

 

 朱く染まって行くノヴァの母体。

 ぐじゅり、ぐじゅりと……聞く者が聞けば、「アラガミの捕食音」と表現する他ない独特な音が響き渡り始めたかと思えば、大きくなっていた鼓動もまたその脈をいっそうに響かせ始めた。

 

 タン、と。

 銃声――スナイパーの発砲音。

 

 アルダノーヴァの死角、キグルミに相手をさせていた神薙ユウの方から、直上の少女へ向かってオラクル弾が放たれたのだと理解した。キグルミの失態を嘆く――よりも、神薙ユウの脅威に身構える――よりも先に。

 弾丸はノヴァの母体の額にて眠る少女の、さらにその額に直撃した。

 衝撃に、ゆっくりと目を開いた少女の、その裂けた笑顔に、最大限の嫌悪を感じ取ったのだ。

 

「キィ……よくやった、神薙ユウ」

 

 ニタァと笑うその顔は、記憶にあるサマエルそのもので。

 アルダノーヴァの視線に気づいたらしい少女は、その凄惨な笑みをアルダノーヴァに、ヨハネスに向ける。

 

「マタ……マタ、ジャマヲスルカ!」

 

「また? 記憶ごっちゃになってんな、前は助けてやったろーが」

 

 四肢をノヴァに取り込まれたまま、軽い口調で返す少女。

 その声に悲壮感はなく、あるのは溢れかえらんばかりの自信だけ。

 

 そしてそれは起こった。

 

 少女が何かをかみ砕いたかと思えば、その下腹部にあった純白のコアが輝きを放ち、ノヴァの母体へと浸食していた朱がいっそう速度を増して広がりを見せた後、その一切が少女の小さな躰へと収束を始めたのだ。

 まるで、ノヴァの栄養を喰らうかのように――ノヴァを、捕食するかのように。

 

「リンドウ! アリサ、サクヤ、ソーマ、コウター! ユウとレンも! テッタイするぞー! ニゲロー!」

 

 同時、今まで姿を見せていなかった白い童女が落ちてきた。

 ノヴァの母体の上部にいたのだろう彼女は、アルダノーヴァの記憶にあるよりも更に流暢な喋りでこの場にいるゴッドイーター達に呼びかける。今まで狂ったように暴れていた雨宮リンドウまでもが、その言葉に従って撤退を始めた。

 神薙ユウだけは少し躊躇いを見せたが、直後見えないナニカに手を引かれるようにして去っていく。

 

 残されたのは少女と、アルダノーヴァと、キグルミだけ。

 

「クッ!」

 

 彼らを追わなかったのは、それほどまでに少女に嫌悪を抱いていたからだ。

 すかさず光弾を打ち込もうとするが、曲がりなりにも少女がいるのはノヴァの母体の額。母体を傷付けてしまう事はアルダノーヴァの行動理念から外れてしまう。

 だから、その変容を、変貌をただただ見ている事しか出来なかった。

 

 一度はノヴァの母体の全域を覆うまでに広がった朱は、少女の躰へと収束を見せ、少女の身体を朱に染めていく。

顔や腹、肩など、露出している肌の全てが朱に染まりきると、今度はミチミチと音を立てながら手足を引き抜き始めた。

 大部分の母体を纏ったままの手足が下腹部に抱いたコアに肉を集め、覆い隠すように、その朱い身体に白いノヴァの母体がとりついていく。

 

 ノヴァを纏った少女はべちゃ、とエイジスの床に落ち、オオオと大きな産声を上げた。

 朱い顔。アラガミ化した人間に見られる黒い瞳。額に打ち込まれたオラクル弾は金色の輝きを見せ、その三色が神々しささえも感じさせる。

 あれほど巨大に建設したノヴァは普通のアラガミのサイズにまで縮小を見せ、しかし引き締まった肉がその密度を物語る。ノヴァの裾野は翼の骨組みのように形を変え、四肢には爪や棘、さらには尾までをも生やして、その姿は完全にアラガミだった。

 

 誕生――いや、再誕だ。

 人間として生まれた少女が、アラガミとしてもう一度生まれ直した。

 アルダノーヴァには、ヨハネスには、そう映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、これは凄い。

 中々の全能感だ。

 サマエルの頃にも、夏江アオバの頃にも行わなかった四足姿勢。

 

 行った事は極めて単純だ。

 神薙ユウのオラクル弾の衝撃で噛み砕いた強制解放剤でバーストを行い、前のシオのコアを活性化、俺の身体を神機に見立ててノヴァの母体を捕食した。 

 終末捕食を起こし得る母体と、終末捕食の引き金を引けるシオのコア。

 両者を食らい合わせ、俺という意識を一点に集中させて残した。ウロヴォロスをして、ヴィーナスをしたわけだな。

 

 その結果がこれだ。

 

 アリウスノーヴァ。

 第二のノヴァと称されるその姿になろうと思ってなったわけではないが、運命を感じざるを得ない結果とも言えるだろう。陳腐だな。

 

「ナンダ……オマエハ、ナンダ!」

 

「何って……ノヴァだよ。前のノヴァを食らって、その腹を食い破って生まれ落ちた第二のノヴァだ。特異点のコアも、終末捕食も、俺が制御した。ヨハネス・フォン・シックザール。お前の思い通りになるのはここまでだよ」

 

 この身体、声帯はそのままなのかな。

 普通に喋れる。あぁ、いや、そうか。

 喋ることが出来る雨宮リンドウとシオを取り込んだ結果、「捕食における最大の利点」に会話機能が記憶されている、ということかな。

 まぁ、目の前のアルダノーヴァより流暢に喋ることが出来るのはありがたい。

 この身体もすぐに手放すとはいえ、ね。

 

「お前の目的は終末捕食なんだろう? 俺も同じさ、俺も人類の全てを駆逐したい。全てを食らって、全てを零にして……また、楽園を築くのさ。この身体をくれた事は感謝しよう、ヨハネス・フォン・シックザール。

 だから、アイーシャ・ゴーシュ共々……俺に食われて、世の礎となってくれ」

 

 翼を広げる。

 黄泉の穢れをも包み込む冥王の翼が輝きを増し――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アオバ!」

 

 先程までエイジスの外部にまで響いていた戦闘音が静まり返り、様子を窺いに来た第一部隊はソレを発見する。

 倒れ伏すアルダノーヴァ。その身体のほとんどは食い千切られていて、絶命している事は誰の目にも明らかだった。

 近くにはキグルミもおり、吹き飛ばされたのだろうエイジスの外縁部に身体をめり込ませて沈黙している。

 

 そして、エイジスの中心。

 天井にあったノヴァの母体は塵一つ残さず消え去っており、しかしその中心に居た存在がノヴァであると、誰もが確信した。

 アルダノーヴァを喰らう、四足のアラガミ。

 

「ア……オ、バ……?」

 

 再度少女の名を呼ぶ第一部隊に、ゆっくりと向けた、その顔は。

 彼らが良く知る、夏江アオバのものだったのだから。

 

 オオオ、と周囲に響き渡る不思議な声色で鳴くその姿は、アラガミそのもの。

 骨格のような翼、強靭な四足、朱色に染まった顔。

 顔の面影以外の全てがアラガミだった。

 

「ッ、博士! アオバのバイタル反応は!?」

 

『……ヨハンに腕輪を外されたんだろうね、こっちでは捕捉できていない……それに、これは……』

 

『皆さんの目の前にいるのは、アラガミとしか……こちらでは……』

 

 アリサがサカキやヒバリに問いかけるも、返ってきた言葉は絶望的なものだった。

 ヨハネスのように理性を残しているわけでも、リンドウのように理性を取り戻した様子も無い。ソーマのように自身の中のアラガミを調伏したのならヒトの姿をしているだろうし、シオのようにアラガミから人になったわけでもない。

 

 アラガミに取り込まれ、アラガミとなった人間。

 それに対しての手段を、彼らは持ち得ていない。

 

 そうして、彼らが攻撃をしかけるにも躊躇いを見せている間に――朱顔のアラガミは、エイジスを去って行ってしまった。その速力は観測班が追い切れないもので、反応はすぐにロスト。

 

 彼らはまた、大切な仲間を一人失ったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー! アオバ、おかえり、だな!」

 

「あぁ、ただいま。シオ」

 

「え?」

 








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