昏迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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オリジナル展開、かな?
もうすぐでエイジス計画に関する云々は終わりです。
なお、前々作「混迷を呼ぶ者」を読んでいないと分かり辛い表現がありますので、後書きに簡易説明をつけておきました。


Camaysar

「~♪」

 

 ヨハネス・フォン・シックザールによる監禁生活から一週間が過ぎた。

 腕輪へのオラクル細胞の供給は、三日毎に部屋に充満する催眠ガスによって俺が眠っている間に注入されているらしく、つくづくヨハネス・フォン・シックザールの効率(へんたい)性が窺えるという所だろう。もっとも、オオグルマ・ダイゴであれば何をされていたかわからないという点を考えれば、ヨハネス・フォン・シックザールが自ら行っているらしいこの行為は本当に単なる意味での「施術」でしかないのだろうが。

 

「~♪」

 

 外界との繋がりを物理的にもオラクル技術的にも隔離されているこの部屋は、月の声すらも届かない。あくまで月と俺達の繋がりは感応現象=オラクル反応によるものであるから、それを遮断されれば届かないのも道理だ。

 今悩んでいる、というか懸念事項として挙げているのは、月が「夏江アオバ(おれ)が死んだ」と誤認していないか、という事。完全に隔離された、月との意思疎通すら不可な空間を創り上げた事はヨハネス・フォン・シックザールを称賛するが、それはヨハネス・フォン・シックザールにとっても良い結果を招くとは思えない。

 早い所俺の存在を月に再認識させなければ、夏江アオバ(おれ)という自浄作用を失ったと勘違いした月が強行に出かねないのだ。具体的には、赤い雨を降らせる、などといった強行……いや、凶行に。

 

「~♪」

 

 地球と違って月は凄まじいまでの親しみがある。文字通り家族と言って差し支えの無い程に、俺のことを気にかけてくれていた。無論俺が月の端末で、来るべき時に()()()()使()()ことには変わりないのだが、それでも俺と雨宮リンドウ、シオ、レンの事を家族だと認識してくれているのだ。

 一度目は地球の外殻に、そして二度目が人間達によって俺達を失ったと誤認した場合、月がどういう行動に出るのか……人間になってから、痛いほどわかる。もし雨宮リンドウ、シオ、レンを殺されたのならば、俺は確実に復讐に走るだろう。それが感情というものだ。

 雨宮リンドウには元から、シオは雨宮リンドウに出会って育まれ、レンは雨宮リンドウによって感化された。オラクル細胞は「考えて、喰らう細胞」だ。その星で「最も強く生きた存在」が何かを「考え」、地球のオラクル細胞が降ってきた事で結果的にではあるが「感情を持った三存在」を「喰らった」。

 

 これによってこの星のオラクル細胞、そしてこの星自体も「感情を持つ事が最も強くなる生き方」だと認識した。だからこそ、新しく生み出された「俺」は「最初から感情を持つ人間」だった。果たして、俺の魂とやらに元から感情があったかどうかはわからないがな。

 つまり俺が復讐に走ると考えるということは、月もまた復讐に走ると考える事と同義なのだ。やけに感情が顔に出るこの身体はまさに月の感情そのものと言って差し支えないのだから。

 

「~♪」

 

 だから、ヨハネス・フォン・シックザールよ。

 

 全てが無に帰す前に、全てが水の泡になる前に、俺をノヴァの元へ連れて行けよ。

 もう、考えは決めたのだから。

 

『――……別れの歌か。いや……』

 

「走馬灯。死の間際に、その生の全てを祝福して手向けにする歌さ。俺を特異点にする準備は整ったか? ヨハネス・フォン・シックザール」

 

『……ああ。日が落ちてすぐに、始める。人類の夜明けとなる計画――アーク計画を』

 

「そうか――いや、良かったよ」

 

『……何が、と聞いて、答えてくれるのかね?』

 

「ああ……何、Noah’s ark……ノアの方舟がその機能を果たした期間は、40日とも7日とも言われているが……7日で済んで良かったな、って事さ」

 

『それが幾日かかるかは、私が制御する終末捕食によって決まることだ。7日で済むという保証はない』

 

「こっちの話さ、ヨハネス・フォン・シックザール。さぁ、眠らせろよ。連れて行くんだろ? 俺の神機と共に、ノヴァの母体の元へ」

 

『――ああ。それでは、眠りたまえ。君が目覚める事はもう、無いだろうが』

 

 しゅー、と空調に混じってガスが噴射される。

 

 抵抗する事無く、眠気に意識を預ける。ベッドに倒れ込み――喉にある異物(・・・・・・)へ細心の注意を払いながら、微睡へ旅立った。

 

 

 

 後は任せたぞ――神薙ユウ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……』

 

「眠ったか……これで、全てが終わり、始まる……」

 

 エイジス島のとある一室で、ヨハネスは呟く。

 同じくエイジス島の一室、隔離部屋と仮称するそこで催眠ガスによって眠りに就いた少女の映像を見ながら。

 

「……走馬灯か。フッ、そうだな……私にとっても、今日が最期だ」

 

 アーク計画に、方舟に、元から自分の席は用意していない。

 今宵ヨハネスは人間としての生を捨て、荒ぶる神々の一席に加わる。新しい世界に、オラクル技術の知識を持つ者はいらないのだ。

 

「――始めよう。願わくば、この少女の犠牲が……荒ぶる神々を鎮める一手とならんことを」

 

 そして、全なる犠牲の終止符にならんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――みんな、準備は整っているかい?」

 

 アナグラからエイジスへと繋がる地下通路に、彼らはいた。

 神薙ユウ。藤木コウタ。アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。ソーマ・シックザール。橘サクヤ。

 極東支部第一部隊。最難の地における最強の部隊が、そこにいた。

 

「さっきサカキ博士から連絡があった。アオバの腕輪の反応を捉えた、ってね。この、エイジス島から」

 

「……じゃあ、アオバはもう?」

 

「うん。恐らくはもう、ノヴァの母体に取り込まれ始めている」

 

「そんな……ッ」

 

 探しても探しても見つからなかった。サカキとユウはすぐに可能性――アナグラにアオバはいないという結論に思い至った。

 ならばエイジス島しか他に場所は無いが、そこへ入る権限が無く、捜査は断念された。

 だが、今は違う。

 ヨハネスは不在――行方不明となり、全権限をサカキが担った。ツバキがここへのアクセスキーをユウに譲渡し、この決戦の地へ全員が集ったのだ。

 

「確かに危険な状況だ。だけど同時に、チャンスでもある。アオバを助け出す事とノヴァの母体を破壊する事、そのどちらもを同時に行える、ね」

 

「……アイツを……ノヴァの母体から、切り離す方法は……見当がついているのか?」

 

「残念だけど、ついていないよ。物理的に切り離して集中手術……それが一番現実的な手段だけど、確実とは言えない。

 だけど……なんだろうね、妙な確信めいたものがあるんだ」

 

「確信……?」

 

 ユウは手を握りしめる。

 初めて会った時から思っていた事。

 

「――アオバは、絶対に諦めない。僕と同じか、僕以上に不屈で……目的を必ず成し遂げる。

その意志、その意識こそが、アオバとノヴァの母体を切り離すにあたる最も重要なファクターであると思うんだ。

 だから、大丈夫。アオバを信じよう」

 

 彼女は何か、明確な目的を持って生きている。

 それがなんなのかはわからないけれど、ここでノヴァの母体に取り込まれる結果を良しとする事は無いはずだと、ユウは言う。

 

「彼女は多分、強力な睡眠薬か何かで眠らされているはずだ。だから、僕達がやるべき事はただ一つ。多少手荒くなっても良いから、彼女を起こす事だよ。

 サクヤさん、コウタ。恐らく支部長からの妨害があるだろうけど……そっちは僕らに任せて、アオバを起こす事だけに専念してほしい」

 

「……わかったわ。狙撃兵として……アオバを、必ず起こして見せる」

 

「お、俺も! アサルトは早さが売りだもんな……すぐに起こすさ!」

 

 意識さえ取り戻せば、彼女は自力で脱出するだろうとユウは言う。

 

「ソーマ、アリサ。聞いた通りだよ。僕達はアオバを起こす2人の護衛だ。2人がアオバを起こすまで、力の限りを以て支部長の妨害を退ける」

 

「はい! 任せて下さい!」

 

「ああ……やることは、いつも通りだ……」

 

 ガチャりと神機を担ぐソーマ。銃形態の神機を握りしめるアリサ。

 覚悟は決まった。やるべき事も確かめた。

 なら、あとはやるだけだ。

 

「行くよ! みんな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アオバ!」

 

 果たして、そこに彼女はいた。

 まるで船首に取り付けられた女神像のように、足と両腕をノヴァの母体の額に取り込まれている。その瞳は固く閉じ、意識が無い事を窺わせた。

 

「涙のたむけは、われが渇望する全てなり、か……」

 

 アオバの下腹部には白い光を放つコアが取り付けられ、それが彼女の神機のコアであると第一部隊の面々は理解する。オラクル細胞的な癒着こそしていないようだが、肌に直接コアが触れているなど危険以外の言葉は見つからない。

 

「ソーマ……それに、第一部隊の諸君。この少女と随分仲良くなっていたようだな」

 

「……何か、問題でも?」

 

「仲間ですから、仲良くするのは当たり前です!」

 

 振り向きざまに放たれたヨハネスの言葉に反応するユウとアリサ。

 彼らを見て、ヨハネスは仕方の無い者を見る様に溜息を吐く。

 

「それは愚かな選択というものだ。知っているかね、この少女の正体を」

 

「……それはてめえがいつか言っていた、アラガミの話か」

 

 

「そうだ。この少女は世界に混迷を齎し、人類を破滅させるアラガミの生まれ変わり! 諸君も覚えがあるだろう? この少女とよく似たアラガミに、全てを奪われたあの忌まわしき記憶が!」

 

 

 ドクン、と鼓動が鳴る。

 ノヴァに灯りが灯る。同時に、アリサが頭を抱えて崩れ落ちる。

 

 

「アリサ!?」

 

「……違う、あれは暗示……違う! 私は……私は、アオバに殺されてなんかいない……」

 

「アリサ、気をしっかりもって!」

 

 

 アリサの脳裏にフラッシュバックする。

 キィ……という耳障りな音と共に、腹を切り裂かれ、自身の頭蓋を砕かれたあの記憶が、感触が蘇る――。

 

「……そのアラガミと……アオバが、同じ存在だという証拠が……どこにある!」

 

「証拠は無い。だが、確信はある。私の計画を砕き、私という存在を討滅したかのアラガミが、この少女であるという確信がね。それは私の根幹の部分……細胞の1つ1つに刻まれた記憶だ」

 

「ッ、なんだよそれ! そんなの言い掛かりじゃんか! そんな、アラガミと似ているから、なんて理由でアオバを使うなんておかしいだろ!?」

 

 

 ソーマが、コウタが叫ぶ。

 だが、既に計画は為された。ノヴァの母体は起動し、ゴウンゴウンという音を立て始めている。おかしいと糾弾しても、止まらない事はコウタにもわかった。

 

「支部長……あなたは、自身の都合だけで……リンドウの命を狙って、今度はアオバの命まで奪おうというの!?」

 

「雨宮少尉か……彼も、私の計画にさえ気が付かなければ、その優秀さから最大限の優遇を測っていたのだがね。有能過ぎるのも考え物、という事だ」

 

 

 答えになっていない返し。それはもう、第一部隊を相手にしていないというヨハネスの態度の表れでもあった。

 

 

「長い……長く果てしなき道のりだった。秘密裡にノヴァの母体を育成し、世界中を駆けずり回って使用に耐え得る宇宙船を掻き集め、ありえるだろう障害を全て排除し、選ばれた千人を乗せた方舟は今、天に飛び立つ!」

 

 

 その言葉と共に、エイジス島の周囲からロケットが発射される。

 ドクンドクンと鼓動が大きく聞こえる。

 

 

 

「ここに計画は成就する――今度こそ、私の勝ちだよ、博士。そして――よ」

 

 

 ヨハネスがアオバに向かって小さく呟く。

 その言葉はユウたちに聞こえることはなかった。

 

 ヨハネスの横に、2つ(・・)の蕾のようなものが現れる。 

 そしてそれが開花した時、そこにあったものは奇妙な2つだった。

 

 

「……き、着ぐるみ……?」

 

「神機兵短剣型……模倣になるが、かつて私が宿っていた物だ。そして、その戦闘データは……神薙ユウ。君の物を取り入れている。生半可な相手とは思わない事だね」

 

 

 人面を持つアラガミへと飛び降り、そして食われるヨハネス。

 ショートブレードを取り出し、何処か見覚えのある構えを取る赤と青と白と黒の着ぐるみ。

 

 

「神機兵って……なんだ、それ!? アラガミなのか……?」

 

「わからないわ! ……けど、不味いわね……アリサがこの状態で、支部長とそっちの着ぐるみを相手にするのは骨が折れそう……!」

 

 

 ヨハネスだけであれば、まだなんとかなったかもしれない。

 ユウとソーマ。この2人がいれば、大抵のアラガミは相手にならないのだから。

 だが、敵が二手に分かれるとなるとそうもいかない。

 

 

「降り注ぐ雨を……溢れ出した贖罪の泉を止めることなど出来ん。その嵐の中、ただ1つの舟板を手にするのは――この私だ!」

 

「……」

 

 

 ヨハネスが叫び、着ぐるみ……キグルミは無言で殺気を放つ。

 神薙ユウの戦闘データ。それが眉唾物ではない……否、現在の(・・・)神薙ユウ以上の実力があると、その威圧感を以て思い知らされた。

 

 

「サクヤさんは手筈通りに! コウタ、君はアリサを安全地帯に逃がした後、僕達の援護をお願い!」

 

「あ、ああ! わかった!」

 

「ええ、了解よ!」

 

「ソーマ……僕はあのキグルミって奴を抑える。だから、君は支部長を頼めるかな」

 

「ああ……アレ(・・)は俺が倒すべきアラガミだ。任せろ。だから……背中は、任せたぞ」

 

 

 その言葉に、ニヤりと口角を上げるユウ。

 

 相手は格上。文字通りの格上だ。

 得物も戦闘スタイルも全く同一で、相手の方が上手。

 

 神機使いになってから、物足りなかった。

 強い敵を……もっと強い敵を。手応え(・・・)のある敵を。

 

 あぁ、と独り言ちる。

 不謹慎だけど――僕は恵まれている。

 

 

 

 また、この場所で、最大の敵と刃を交える事が出来るのだから――!

 








独自解釈TIPS
キグルミ : 神機兵短剣型。青い部分がアルダノーヴァの男神のオラクル細胞、赤い部分が女神のオラクル細胞。白い部分がノヴァの母体の欠片、黒い部分が元の神機兵という色々ごちゃ混ぜっ子。つなぎ目はもっとグロテスクだったのだがサカキとリッカが(今作はヨハネスが)縫い合わせた。何故今回もファンシーな見た目なのかは謎。
戦闘データや性格判断は神薙ユウのモノであり、過去にサカキらがこれを造った時期がGE2RBなので、今の神薙ユウより実力が数段上になっている、という事。


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