昏迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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男のツンデレはいらん

 

「あ、あのっ、ちょっと!」

 

「あん?」

 

 ペイラー・サカキの研究室から出てエントランスに向かう途中、俺を呼び止める声があった。この甲高い声は、確か。

 

「……エリナ・デア=フォーゲルヴァイデか」

 

「え!? わ、私のこと知ってるの?」

 

「お前の兄貴が、アホみたいに反芻して自慢してくるからな。嫌でも覚えるさ」

 

「ぅ……エリックのばか……!」

 

 エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。

 過去、スピア使いとして藤木コウタの元にいた神機使い。RESURRECTIONの時点では神機使いでもなんでもない一般市民だが、何故かバックアップメンバーとしてサバイバルミッションなどに着いてくるよくわからない立ち位置の少女だ。

 エリック・デア=フォーゲルヴァイデが存命なので、特に神機使いになることへの使命感は持っていないはずだが、何の用なのか。

 

「何か用か? なんでもないのなら、俺はもう行くが」

 

「あ、ま、待って! その……夏江アオバさん、であってる……よね?」

 

「この極東支部に夏江アオバが2人以上いなければ、合ってるな」

 

「エリックから聞いた特徴も一致するし……うん! えと、その……お礼が言いたくて!」

 

 エリナ・デア=フォーゲルヴァイデは元気よくそんなことを宣った。

 

「……俺がお前に何かしたか?」

 

「あ、ううん。私に直接じゃなくて……エリックを助けてくれた、って聞いたから……」

 

「……あー」

 

 ……それか。

 まぁ、そうか。それは想定しておくべきだったな。

 

「必要ない。俺は俺の為に動いている。その過程で、エリック・デア=フォーゲルヴァイデの生存を必要としただけだ。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ個人を助けたかったわけじゃない」

 

「……? よくわかんないけど、あなたが必要なくても私が言わないと気が済まないから……。

 エリックを助けてくれて、ありがとうございました!」

 

 ぺっこりん、と頭を下げるエリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。

 ……ありがとう、ねぇ。

 まぁ、ここは受け取っておくか。どうせあとで返上するのだし。

 

「んじゃ、見返りとしてエリック・デア=フォーゲルヴァイデに『妹の自慢話をするために部屋に押しかけてくるのをやめろ』って伝言頼むわ。それでチャラな」

 

「へ?」

 

 返事を待たずに歩き出す。

 本当に、あの先輩は俺が寝ていようが寝ていまいが関係なく訪問してきては、話す事は4割自分の華麗さ、5割妹の素晴らしさ、1割ソーマ・シックザールの素直じゃなさという割合なものだから、そろそろ鬱陶しいのだ。いや元から鬱陶しいのだが。

 妹の言葉なら効くと信じたいが、どうだかね……。

 

「え、エリック……女の人の部屋に無理矢理押しかけるなんて……うそ……」

 

 突発性難聴を発動し、その場を去ることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各種コンゴウとオウガテイル2種ねぇ……。別に任務は構わないんだが、なんでお前がついてくるんだよ。この程度のミッションに2人もいらねぇだろ」

 

「いいじゃないか。君と僕の仲だろう? ……冗談だよ。そんな親の仇を見るような目で睨まないでくれ。ちょっと、コンゴウ関係で欲しい素材があってね」

 

「……じゃあ、別行動でいいか。各個撃破のち、コアの摘出はお前がやればいいだろう」

 

「じゃあ、それでいこうか」

 

 相変わらず何を考えているかわからない、胡散臭い笑顔で笑いかけてくる神薙ユウ。

 コンゴウの素材が欲しい、ねぇ。支給されたナイフとファルコンと汎用バックラーを使い続けているコイツが、何を欲しがるんだか。制御パーツか?

 

「先に行く」

 

 なんにせよ、目新しい味のない今回の任務だ。

 シオと雨宮リンドウ用のオラクル細胞は他で適当に狩るとして、さっさと終わらせるとしようかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前。

 

「アオバ君の神機のコア……か。やはりというべきか、予想外というべきか……」

 

「あれ、サカキ博士も気付いていたんですか?」

 

「彼女のバイタルデータを比較していたら、偶然にね」

 

「どういうことだ……?」

 

 夏江アオバが去ったラボラトリで、その会話は行われていた。

 

「これを見てくれたまえ。こっちが彼女の入隊当初のバイタルデータで、こっちが直近のバイタルデータだよ」

 

「……特におかしなところは……いや、偏食因子への適合率が若干あがっている……か?」

 

「そうなんだよ。さっきも言ったように、ユウ君とアオバ君はほぼほぼ同じバイタルデータをしている。どちらも、カノン君を差し置いて歴代でもトップクラスの適合率を誇っているんだ。それが、若干でも上がっている……それがどういうことか、わかるかな」

 

「……神機からの偏食細胞の流入量が、僕よりも多い……ということですよね」

 

「ああ。偏食因子への適合率というのは、基本的には上がることのないものだ。簡単に言えば『オラクル細胞との相性の良さ』であって、こちらがどう努力した所で変わる物ではないはずなんだ。むしろ頻繁に変わるようであれば、戦闘中にその神機を扱えなくなる可能性だって出てくるわけだからね」

 

 それが何故、上がっているのか。

 

「アオバの……神機が、アオバの肉体を最適化している……ということか」

 

「ああ、私はそう睨んでいるよ。

 ……そうか、だから彼女は初恋ジュースを……」

 

「はい。僕もその考えに至りました。腕輪への偏食因子投与が切れた神機使いに起こる、アラガミ化……それに似た症状がアオバを蝕んでいるのではないかと。それが彼女の味覚を変えてしまったのではないかと」

 

「……だが、それで何故……アイツの神機のコアが、特異点になる?」

 

「ここからは推測でしかないけれど……。そもそも終末捕食というのは、アラガミ同士が喰らいあった挙句、地球そのものを食べるアラガミが現れる、という思想から生まれた言葉。アラガミが『より強く』なるには、より上位の個体を捕食する必要があるんだ。だが、現状アラガミだけでその行為を行うのは、途方もない時間がかかる。この支部周辺では、特にね」

 

「ああ……」

 

 納得、といった表情でユウを見るソーマ。

 

「なら、逆にこう考えてはどうだろう。より上位の個体を捕食し続けるコアが特異点になり得るというのなら、外に蔓延っているアラガミではなく……君達神機使いの使う神機でも、代用が出来るのではないかと。勿論君達の神機はコアの摘出を行うだけで、コアを取り込むわけではないからそのままでは無理だろうけれど、定期的に検査――それも、ヨハンが直々に検査できるコアなら?

 その際にコアに細工を……君達が特務で獲得してきた上位存在のコアを取り込ませることなど、造作もないことだろう。ヨハンだって研究者だからね」

 

「今なお変化し続けているコアは、既に僕達の使う普通の神機からは逸脱していて……だからアオバの身体にその余剰分が流れ込んでいるとしたら……」

 

「……そろそろ、アイツのアラガミ化が始まってもおかしくはない……ということか……クソったれ……」

 

「やけにシックザール支部長が落ち着いているなぁと思っていたけど、当たり前だったね。特異点が手中にあるんだから焦る必要はないし、僕やソーマ、そしてアオバが特務を熟せば熟すほど特異点の完成が近づくと来た」

 

「……ふむ。現状、ヨハンからの特務要請を断るわけにもいかないからね……。私達にできる抵抗といえば、アオバ君に出来るだけコアの捕食をさせないことだろうか。彼女は頻繁に捕食行動を行うようだし、ヨハンがコアの摘出の機能そのものを停止させていてもおかしくはないからね」

 

「ですね……。早いうちに終末捕食を起こすであろう母体となるものを破壊できれば、特務そのものを無くすことが出来ると思うんですけど……」

 

「アタリはついているのかい?」

 

「まぁ、はい。とりあえず僕はアオバの任務について行こうと思います。博士は、神機からのオラクル細胞流入量を制限する細工の改良を考えておいていただければ」

 

「簡単に言ってくれるね……。全く、リッカ君を呼ばなければ……」

 

「……俺も、任務に出てくるか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死屍累々のコンゴウの群れへ捕食を行いながら、神薙ユウは夏江アオバを見ていた。

 真赤な髪に、金の瞳。神機を壁に立てかけ、胡坐をかいている。

 その視線の向く先は――地面。

 

 終末捕食は星の意志であると、「終末捕食」という言葉を世に出したカルト集団は謳っていた。

 まさか彼女は、星と会話しているのだろうか。

 

「……終わったか。帰るぞ」

 

「ん」

 

 アオバが神機を担ぎ上げ、立ち上がる。

 真白の神機が太陽光で輝いていた。

 

「……なんだ、神薙ユウ。何かあったか?」

 

「……いや、その神機、改めて見ると綺麗だなぁ、って思っただけだよ」

 

「あっそ。おい、竹田ヒバリ。帰投準備は終わったか?」

 

『あと30秒ほどでヘリが到着します』

 

「……あぁ、聞こえた。ったく……聴力が低くなったのは不便極まりないな……」

 

 その言葉に、ドキっとする。

 アラガミは種族によって聴覚が一切使えないものも存在する。

 低くなった、ということは元は良かった、ということ。

 アオバのアラガミ化が進んだ挙句、聴覚をもっていかれているのなら――。

 

 ユウはヘリの中でも、アオバの観察にいそしんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……?」

 

「外部居住区の襲撃か……。まぁ防衛班が対処するだろ」

 

 神薙ユウとの任務の帰り、ヘリから見下ろした外部居住区の壁の周りに複数のアラガミが集っているのが見えた。

 一般人は俺の計画に必要ないので、死んでくれても一向に構わない。

 だから全くやる気を出さずにそう呟いたのだが、次の瞬間。

 

「あ、おい!」

 

 ガラッ! と、飛行中のヘリのドアを開き、神薙ユウが飛び出して行った。

 うわー、落ちながらスナイパーでザイゴート落とすとか、どういう動体視力してんだアイツ……。

 

 ヘリの操縦士も何を思ったのか、襲撃地点をぐるぐると旋回し始めたではないか。

 降りろって? やだよ、めんどくさい。

 

『アオバ! 防衛班の援護に向かえ! 命令だ!』

 

「あらら。命令、了解しましたーっと」

 

 インカムから大層怒り心頭そうな雨宮ツバキの叱咤が飛んできた。

 防衛班はまだか~、と思っていたのだが、どうやら向こうの方にも襲撃が起きているらしく、手が回らないようなのだ。

 まぁ、神機使いに死なれるのは困るからな。救援に向かってやるか。

 

「ってーことで、あっちにお願いしますわ」

 

 ヘリの操縦士に声をかけ、その現場上空にくる。

 あぁ、プリティヴィ・マータとヴァジュラとクアドリガ相手に台場カノンと小川シュンだけで対応してんのか。そりゃあ辛いだろうな。

 ヘリの操縦士にハンドサインで離脱を伝えてから、飛び降りる。

 

 クアドリガの頭頂付近でパニッシャーを起動。制御ユニットは、『捕食時味方バースト化』。

 ミサイルポッドを壊しながら空中でバースト化し、台場カノンと小川シュンも1段階のバースト。

 

「チッ、救援ってお前のことかよ……足引っ張んなよ!」

 

「わぁ……心強いです!」

 

「台場カノン! 誤射を気にせず撃て! クアドリガ、任せるぞ!」

 

 小川シュンは無視して台場カノンに指示を飛ばす。

 ヴェノム使いは有用だが、火力を求めるなら台場カノンがうってつけだ。

 破砕に弱いクアドリガを任せ、俺は相性のいいプリティヴィ・マータへ突撃する。

 

「了解です! ……アハハハハハハ! 肉片にしてあげる!」

 

「おまっ、なんてことを……」

 

 しかしまぁ、流石は防衛班というか。

 旧型2人だけで、この3匹を凌いでいたのはそれなりだな。

 

 小川シュンがちまちまと遊撃に徹しているおかげで、ガリガリと体力の削れるアラガミ三匹。やはりロングは多対一、それも乱戦時は有能だ。ヴェノムの使い方もよくわかっているようで、何より。

 

「ってぇ!?」

 

「射線上に入るなって、私言わなかったっけぇ……?」

 

「小川シュン! 有効部位に入れようとしなくていい、お前は状態異常の蓄積だけを考えていろ! 火力は台場カノンがなんとかする!」

 

「んなろぉ……わーったよ!」

 

 基本的に人格の変わった台場カノンは敵の正面……つまり頭や腹部といった、破砕が有効な場所に攻撃が当たるよう陣取りたがるので、正面以外から攻撃していれば意外と誤射されることはない。

 むしろしっかり仕事をこなしてくれる分、どこぞのスピア使いより有能だ。

 

 オォォオオオオ!!

 

 おお、倒したか。

 クアドリガがズシんと倒れた。やはり、適合率の高さも相俟って火力はピカイチだな。

 

「私もそちらへ!」

 

 台場カノンがバレットを切り替え、プリティヴィ・マータに放射弾を打ち込む。

 当然今の今まで台場カノンを考えていない位置取りをしていた俺にソレは命中するが、

 

「射線上に入るなって……あれ?」

 

 身体にバレットが触れる瞬間、回転しながら展開した捕食機構が正面のプリティヴィ・マータを削り取った。

 ディオネア。流石、ぶっ壊れ性能だな。制御ユニットは『捕食時味方攻撃力上昇』だ。

 

「ちッ! ヴェノムの入りが悪くなってきやがった……!」

 

「適度に切りつけてヘイト取ってくれてりゃいい! こっちもすぐ終わる!」

 

「このままだとあなた、穴だらけだよぉ!?」

 

 文字通り火を噴くブラスト。

 火力の底上げによって、超高威力となった放射弾がプリティヴィ・マータを灼き貫いた。

 

「アハハ! 残念だね、お別れの時が近いみたい」

 

「止めは任せる!」

 

 バックフリップで浮かび上がり、そのままヴァジュラと闘う小川シュンの元へ行く。

 尻尾と前足が結合崩壊……やるな。

 

 回復弾と受け渡し弾を3つ小川シュンに打ち込み、周囲に雷撃を放とうとしていたヴァジュラに向かって突っ込みながらディオネアを展開、切れかかっていた味方攻撃力上昇を継続させる。

 

「っしゃあ! やってやる!!」

 

「回復はする。バイタルに気にせず突っ込め!」

 

「おっしゃあ!!」

 

 小川シュンが猛攻を開始する。避け損ねて被弾したらすぐさま回復弾を撃ち込み、俺も攻撃を行う。

 ヴァジュラ程度、そこまで時間がかかる相手でもない。

 

「なんだ、もう終わりかよ!」

 

 顔面に入った斬撃と後ろ足に入った刺突を止めとして、ヴァジュラは地に伏せた。

 ほぼ同じタイミングでプリティヴィ・マータもその息の根を止める。

 

「っはぁ~~、終わった終わった……」

 

「……あれ? 終わり……ですか?」

 

「終わりだ。一応他の班に応援に行くか?」

 

『アラガミの反応消滅! お疲れ様でした!』

 

「……必要ないみたいだな。帰るぞ」

 

 竹田ヒバリの声に、帰投を促す。

 プリティヴィ・マータとヴァジュラのオラクル細胞をリザーブ出来たので、あとでアイツラにあげるかね。

 

「お前と一緒だと、楽だな! そこは認めてやるよ!」

 

「あん? あぁ、そりゃどうも」

 

 小川シュンが笑顔で言う。

 コイツは記憶持ってないのか? コイツとカレル・シュナイダーに関しては、俺の事を覚えていようものならトラウマにもなってそうだが……。

 適合率の問題、か?

 

 やけに馴れ馴れしくなった小川シュンに肩を叩かれながらずっと考えてみたが、答えはでなかった。

 


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