昏迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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前話と打って変わって短いです。


兎は月見て面食らう

 

「――数時間前の事でね。

 特務……あぁ、ヨハンが君達に課しているアレのことだけど、それに出撃していたソーマが、驚きの情報を私にくれたんだ。ヨハンを通さず、私に直接ね。

 それがこの少女……シオといったかな。彼女と、脳にまでオラクル細胞が達しているにも拘らず理性を完全に保っているリンドウ君を発見した、という情報だ。正直、この私でさえ耳を疑ったよ……アラガミ化した神機使いは、一部の例外も無く”アラガミ”として食欲だけに突き動かされる存在になるはずなのに、リンドウ君は冷静も冷静。会話までできるんだから。

 そして、2人が私を見た時……正確に言えばこのラボラトリに極秘で入ってきた時の開口一番が、「アオバはどこにいる?」だった事が、何よりの驚きだね。

 さて、夏江アオバ君。君はどうしてこんなに大事な事を黙っていたんだい?」

 

「あんたらより、こいつらの方が大事だったからだよ」

 

 包み隠さず言う。

 この身体は表情の抑えが効かないらしく、気付いていない内に笑っていたり、逆に顔をしかめていたりと感情の露出が激しい。

 故に、言葉でどう取り繕ったってコイツ相手には通用しない。

 

「おー! あおば、シオの事だいじか!」

 

「おう。お前と雨宮リンドウと、そんでアイツに関しちゃ俺の家族だと思ってる。あぁ、こいつもな」

 

 コイツ、と。

 足で地を叩く。一応、共に育ってきた仲間みたいなものだし。

 なぁ、月さんよ。

 

「それよりアオバ、腹が減ったんだが……狩りに行ってきていいか?」

 

「シオも腹へったー!」

 

「あー……ヨハネス・フォン・シックザールに見つかれば100%拉致られるだろうしなぁ。しゃーない、なんか狩ってきてやるよ。晩飯は何が良い?」

 

「やっぱビールには鳥肉だろぉ?」

 

「いいな! シオも鳥たべたいぞ!」

 

「シユウ……いや、セクメトか。OK、行ってくる」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれるかな?」

 

 ん?

 ……あぁ。

 いつもの感覚だったわ。

 

「話なら後で聞くよ。それより、こいつらの腹減りの方が問題だ。理性があってもアラガミだからな、食おうと思えばその辺の壁も食えるんだぜ?」

 

「壁は、不味いー!」

 

「わーってるって。たとえばだよたとえば」

 

「その食事の事だけどね……ソーマ、一緒にいってくれるかい?」

 

「……ああ」

 

 奥の部屋から出てくるソーマ・シックザール。

 コイツもコイツでなんか……いや、そうだった。

 覚えている可能性があるなら、早いのも驚く事じゃあないな。

 

「しかし、セクメトが欲しいと言っていたけれど……今から探すのかい? 観測班に頼むのは難しいということはわかっているだろうね?」

 

「そもそも人間に頼るつもりなんてないからな。ちょっと待ってろ」

 

 もう敬語を使うつもりはない。

 というか、シオと雨宮リンドウの前では素のままでいたいというのが本心だ。

 

 さて、と。

 俺はしゃがみこみ、床に手を付ける。

 

 月ー、サマエルさんが聞きたいんですけどー、セクメト種ってどっか近場にいませんかねー? 最悪シユウ堕天でもいいんですけどー。

 ほう、嘆きの平原にセクメト2体とシユウ堕天2体。

 うん、地球だと思っていた頃より意思疎通がしやすくていいな。

 

「……おい、なにをしている?」

 

「ん? セクメトがどこにいるかを、な。嘆きの平原に行くぞ」

 

「……何を言っている?」

 

 さーて、セクメト狩りだな。

 ついでに俺も捕食で味を確かめさせてもらおう。火属のダチョウ……焼き鳥か。

 なるほど、確かに美味そうだ。

 

 しかしセクメト含め、シユウ種って人型に近いのに……末端なんだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺はセクメト2匹やるから、ソーマ・シックザールはシユウ2匹な。逐一受け渡し弾と回復弾は撃ってやるからバーストやバイタルは気にするな。攻撃一辺倒でいけ」

 

「……ああ」

 

 何の説明も無しに『嘆きの平原にセクメトがいる』と言って出撃したアオバ。

 それを不審に思いつつも付いてきたソーマ・シックザールは、本当に嘆きの平原に4体のアラガミ……シユウ堕天2体とセクメト2体が居た事に驚いた。驚き、アオバに不信を募らせる。

 同時に、それが『狙われている原因』なのではないかとも考えた。

 自身の父親――ヨハネス・フォン・シックザールならば、どこにアラガミがいるのか直感でわかる、などという特殊能力の持ち主を目の上のたんこぶ扱いする可能性は少なくは無い。

 

「……」

 

「ん? なんだ、不満か?」

 

「いや……良い。先に行く」

 

 開始地点の千切られた鉄道上から降りる。

 シユウ種。人型のアラガミで、素早い動きが特徴的。アオバに言わせれば、ダチョウ。

 スタンは無効化してある。ならば、自身が気を付けるべきはセクメトの方へ合流させない事。

 

 なるほど、楽な任務だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……ちょっと話がある」

 

「おん? なんだ、撃ち渡し頻度の話か?」

 

「いや……お前と、サマエル、というアラガミについての話だ」

 

「――……」

 

 何の不都合も無くセクメト2体を屠った後、同じくシユウを屠り終えたソーマ・シックザールが話しかけてきての、コレ。セクメトは美味かった。

 しかし直球で来たな。どうやら、コイツも記憶があるようで。

 

「どうやら本当に知っているようだな……。クソ親父が、狙っていたアラガミだが……お前との関係を、聞きたい……」

 

「ヨハネス・フォン・シックザールが……?」

 

「ああ……サマエルというアラガミが、人類を殺し尽くすとも言っていた……。お前は、そのアラガミに、良く似ている……」

 

 ……そうか。

 ヨハネス・フォン・シックザールはアルダノーヴァとなる存在。恐らくその前準備として、体内に多少のオラクル細胞を入れていたという可能性は無きにしも非ずだろう。完全に憶測になってしまうが、完全に生身で人工とはいえアラガミに飲まれたとは考え難い。

 つまり、ヨハネス・フォン・シックザールも記憶持ちか。

 

 しかし……人類を殺し尽くす?

 セルピナやディアーナになった頃の記憶があって、人類が居ない事を勘違いしたのか?

 それとも……俺がルシフィルとなっている時の記憶がある?

 

「お前が人間なのは……間違いない。サカキのおっさんにお前のメディカルチェックのデータを見せてもらったが……俺みたいな化け物よりも、人間だった。だから、聞きたい」

 

「おいおいそういうのって他人に見せるもんじゃねーだろ……」

 

「お前は、俺達の……敵か?」

 

「……」

 

 ソーマ・シックザールのその問いは、俺に答えを詰まらせた。

 人類の敵か否か。

 そりゃあ勿論、敵だ。前回とは違うアプローチとはいえ、月にとって害となる人間を滅ぼしたいと言う気持ちは変わらない。人類という種を残すことを選択した地球と違い、月はもう割り切っている。人間は必要ないと。 

 だが、ここで正直に答えるメリットは無い。

 

「少なくとも仲間じゃあないな。それだけは間違いない」

 

「……あいつ……リンドウや、あの人型のアラガミはどうなんだ」

 

「仲間って言うか、家族だな。シオと雨宮リンドウともう1人は、紛れもない家族だよ」

 

「……アラガミだぞ」

 

「アラガミだな」

 

「チッ……」

 

 自身を化け物と蔑むソーマ・シックザールにとって、アラガミを家族であると言い切る俺の存在はさぞかし目障りな事だろう。

 と言ってもお前は違うけどな? アラガミにも個体があるんだって事を理解してもらわないと。

 

「ほら、食いしん坊たちが腹好かせて待ってる。とっとと帰るぞ」

 

「…………ああ」

 

 こりゃ全く納得してないねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ! よく帰ってきてくれた! アオバ君、早く彼らを抑えてくれたまえ! でないと、私の研究室が穴だらけに!」

 

「だーから言ったのに」

 











さて、誰がどの記憶を持っているのやら。

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