ロールプレイ好きが魔王として好き勝手やる話   作:カレータルト

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専門用語多すぎね!


松原晴海は少しだけ奇妙な黒幕である(中)

「こんなもんでどうだろう」

「うーん……もうちょっと肩幅をすらっと、男らしさに拘ってる訳じゃないので」

「あくまで体格が良い女性と言う訳だね」

 

 

静かな、パソコンの起動音さえも聞こえない程静寂に満ちた部屋に響く私たちの声と、機械的な操作音。

マウスが動くたびに目の前のアバターが回転し、拡大縮小し、時にポージングを変える。

キーボードがカタカタと音を立てるたびに輪郭を変え、パーツが更新されていく。

 

 

「これでどうだろう、さっきよりもなで肩にしてみた」

「うん。大分、いや相当らしくなってきました」

「それなら腰回りの凹凸を少し付けていこう、輪郭的にここが大きく男女の性差が出る」

 

 

素早くマウスが動き、腰に合わせられたポインタがくびれを形成した。

たった少しのそれだが、尻の辺りが強調されたせいなのか随分と印象が変わってくる。

女性らしい――とは言えないまでも、パッと見て男性の体格ではなくなった。

 

 

「どうだい」

 

 

振り返った松原さんが得意げな顔で手を広げ、今しがた体格を完成させたアバターの隣に立って手を広げる。

顔のパーツは未調整、服装や装飾も要打ち合わせの代物だが、私は思わずこぶしを握り締めて頷いた。

 

 

「イメージがどんどん湧いてきますよこれぁ……凄い、オーダーメイドのアバターとか興奮しすぎておっと涎が」

「一応女の子なんだから気を付けなよ?」

「これを前にして興奮せずにいられたら人間じゃないです、わぁー……うわぁー……」

 

 

自然に私の手は未だ眠る”私”の腰回りをさすりさすりのすぅりすり、うへへへ堪らねえぜこりゃぁ。

しかしこちらを見る松原氏のあまりにも、あまりにも冷めた目に私の本能はひゅっと引っ込んだ。

イケない、テンションが上がりすぎると素が出る。畏まって大きく頭を下げた。

 

 

「無茶ぶりを聞いてもらってありがとうございます、却下されたらどうしようかと思いました」

「うんにゃ、他の役職ならいざ知らずだけどね。他ならぬ”魔王”だ、インパクトの強いデザインは望むところさ」

「これほど分かりやすい、見るだけで分かる特殊キャラも居ないでしょう?」

「異形系でないとしたら『巨大である』ってのはパッと見て印象に残る、良い選択肢だと思うよ」

 

 

松原氏がポンポンと叩いたアバターは、大きかった。

人智を越えた巨大さではない、私が設定として頼んだのは『2m50cm』程度だ。

大きさと言うのは脅威だ、誰だってリアルでこの身長の人間を見たらまず目を疑い、次に恐怖するだろう。

 

プレイヤーとしてならばゲームプレイに支障が出るかもしれないが、私がするのはプレイヤーではなくその敵、しかも首領。

だとしたならば目立ってナンボ、異形過ぎてもモンスターと区別がつかないだろうしシンプルに巨大化だ。

それに――私のモチーフにして居るキャラは伝承では”大男”だった、それであれば大きいことはプラスだ。

 

 

「さて、細かいディティールを決めつつ魔王について話すとしよう」

 

 

どこからか取り出された椅子は、恐らくこのアバターと同じモデリングの産物だろう、何だか本当に近未来的でワクワクする。

残念ながら手触りやぬくもりはないものの、それだって現実ではあり得ない『データとして目の前で生み出された椅子に座る』という行為だ。

VRMMO内で座るもの、触るもの、それらは全てこうして作りだされた産物であり、私が手にしているこれがそのプロトタイプだったとしても、胸は高鳴った。

 

 

「このゲームに『魔王』の役職に就くキャラクタは同時期に6体まで、これは聞いたね?」

「はい、でも――……」

「なんだい?」

「メールが届いた後でどれだけ設定資料集を確認しても、魔王が六人だとは書いていませんでした」

 

 

緻密なキャラクタ設定には設定資料集は必読だ、これにぬかりがあると出来上がったキャラクタもまた所々にボロが出る。

ベータテスト時に私がロールしたのは『魔王復活を願う気狂い老婆エルフ』だった、当然魔王回りは何遍もチェックしている。

資料集に乗っている魔王の情報が少ないことに多少の不満を覚えていたのだが――書いてあるのはせいぜい魔王という存在が敵の首領であることだけだった。

まさかネット上に私の知らない資料がリークされていたのかと不安になって調べたが結果はホワイトだ、そんな物はない。

そのことを伝えると、松原氏は嬉しそうに膝をポンポンと叩いた。

 

 

「知らないのは当然だ、魔王の全貌は小出しにする予定だからさ」

「小出しに……つまり、プレイヤーは最初魔王の全貌を知らないまま戦うことになると」

「その通りだ、このシナリオの大目標である『魔王』を印象付けたいからね」

「しかし、それであれば最初から全貌……とまではいかないものの、ある程度の概要は提示しておいた方が良いのでは?」

「プレイヤーの敵は魔王だ、これ以上分かりやすい概要はあるかい?」

 

 

なるほど、私は頷いた。

ゲームにおいては小目標をクリアしつつ大目標に向かっていくのがモチベーションの維持につながる。

目的意識を持たずに何かを続けることが出来ないものなのだ、人間というのは。

従って敵の概要が掴めず、何と戦っているのかもわからないのはまずいのではと思っていたのだが、考えが足りなかった。

敵は魔王だ、これ以上ないほどはっきりと示された目的はない、例えて言うなら最初の街からラスダンが見えるようなものだろう。

 

 

「その魔王だが……次はステータスだ、まずは得意武器から決めていこう。剣かな、それとも斧?」

「斧、ラブリュス(=両刃斧)でお願いします」

「良いね、モーション的には肩担ぎかな、それともぶら下げる?」

「出来るだけ格好良く肩で担いでください!」

 

 

モニターの中からデータが選定され、アバターの肩に見事な両刃斧が担がれた。

見た目からして分かるずっしりとした重量、金属のギラリとした光沢を放つ刃、柄や斧頭に刻まれる無駄な装飾――……。

 

 

「どうだい?」

「モデリングした方と握手したいですね」

「それは僕だ」

「握手してください」

「良いとも」

 

 

ああ、やっぱり良い手だ。所々節くれだった感触、すらりとした指。

この手から私の分身や武器が生み出されたのならばこの人は私の父親なのではないか?

 

 

「流石にそれは嫌な意味で身震いするからやめて欲しいな」

「遠慮しなくていいのに」

「してないねぇ。それはそうとして、バトルスタイルは接近戦主体かな?」

「蛮族っぽくお願いします、極めて蛮族っぽく!」

 

 

力こそパワーだ! 攻撃こそアタックだ! おっすオラ魔王、お前ら全員皆殺し――目指すのはそんな野蛮人なのだ。

顔のディティールも美人ではなく、どちらかと言うと西洋のオープンワールドゲームにいるような多少バタ臭いのを依頼してある。

美形は好きだ、けれども私の目指すキャラクタに美形は似合わん、やるとしたら男らしい系の美人だろう。

 

 

「となるとステ的にはSTR(=物理攻撃)寄りかな?」

「いえ、INT(=知性、魔法関連)寄りでお願いします」

「INT? この知性も欠片もなさそうなキャラが?」

「ええ、どちらかというと筋力よりこう……魔力でブースト掛けてぶん殴る! みたいな……」

「あ~……面白いねそれ、物理防御詰んで行ったらまさかの物理おまけでダメージ素受けしちゃうとか」

「初見殺しって良いよね……」

「良い……。じゃあSTRは並、VIT(=生命力)高くしてDEX(=器用さ)低めにしようか」

「蛮族ですからね!」

「AGI(=敏捷性)は極低の偏りキャラで」

「魔力ブーストを掛ければ素早さを一時的に底上げとか魔法なのに脳筋っぽくて面白くないですか?」

「HPは敢えての控えめでMPガン振り!」

「MP尽きたらただの肉塊!」

「ロマンは大事」

「ロマンが全て」

 

 

分かる人で助かった、やっぱりこういったことは同好の士であればサクサク話が進む。

変に頭が固いとここらへんで意見に亀裂ができるものだけれど、見せてもらったステータスのグラフは笑えるほど偏っていた。

 

 

「じゃあスキルとかもそれっぽくしておこうか、MP消費と威力が比例するとか」

「是非お願いします。あ、顔とかもうできてますね」

「ご要望通り、可愛い系でも清楚系でもない感じを目指してみたけど大丈夫?」

「私が数時間悩んで悩みまくったよりも良くできてて辛いです」

 

 

顔のパーツまでオーダーメイドとはいかない……と言うよりも既存のパーツが多すぎて寧ろどれを使ったらいいか迷うレベルなので問題はないだろう。

私を雑談しながらも適当に見繕ってくれていたのか、気付けば顔のディティールも頼んだ通り、期待以上になっていた。

……今更ながら思うけどこの人万能じゃなかろうか、まあそこらへん有能でなければチーフなんてできないのだろう。

 

パッチリと目を開ければ、思ったよりも蛮族らしさと格好良さ、そしてきりっとした美人……あ、これ女受けする顔だ。

担いだ斧を構えれば、そのまま踏み込んで目にもとまらぬ速度で一閃、再び担ぎなおせばスローモーションで今の動作をもう一度。

 

 

「おっほ……!」

「どう? 我ながらいい感じじゃない?」

「ほっほぉ~!」

「内海ちゃん、ゴリラになってるゴリラになってる、退化しちゃってるよ」

「すみません、大変素晴らしくて興奮してしまいました」

「今更可愛い顔しても遅いなぁ」

 

 

失礼な、クラスでこの表情をすれば大抵の男子が照れる営業スマイルだ。

まあ、モノホンの美人は軽く微笑んだだけで老若男女問わず頭をショートさせるだけの威力があるので私なんてその程度というところだろうが。

それでも間抜け面を晒しつつスタンディングオベーションするよりはましだと思う、ましだろう。

 

 

「そういえば、他の五人の魔王は既に存在するのでしょうか?」

「勿論だよ、一応の為に六人は作っておいたけど内海ちゃんが来たから一人はお蔵入りだね」

「な、なんか勿体ない……」

「そうでもないさ、お蔵入りってストックのことだからどこかしらで何かに使えるしね、無駄なリソースじゃないよ」

 

 

魔王の欠番が出た時、後任の魔王にすることもできる――そういえば、私はいずれ倒される存在ということを忘れていた。

となると、ここで惜しくも採用を見送られた六人目が私の後釜になるのかもしれないのだ、そう思うと私が強引に魔王の座を奪い取ったみたいで興奮した。

 

 

「さて、その六人目は今から決めることになる」

「これから欠番にするんですか……」

「六人の属性は別々にしたいからね。属性というか、モチーフ?」

 

 

属性、これは一般的なファンタジーにありがちなあれだ、炎は水に弱いとかだ。

間違えても炎魔法が無属性だったり氷魔法がMP回復だったりはしない筈だ。

 

ああ、つまりこれは、あれか。

私が選んだ属性によって、それに該当していたキャラクタが不採用になる訳だ、ますます魔王の座を奪い取ったみたいになる。

本当なら他の6人のキャラを聞いてからじっくりと考えていたところだが、生憎このキャラは設定の段階から属性は決定していた。

 

 

「雷で、お願いします」

「……なるほど、分かったぞ」

 

 

どうやら私の狙いが分かったようで、ニヤリと笑いつつも顎に手を当てて考え込む、無駄に格好いい。

どちらかと言うと爽やかな青年というよりも少しばかり憂いのある中年といった様子だ、既にダンディズムを会得し始めているのかもしれない。

 

 

「だとすると、この武器は違うんじゃないかい?」

「その件ですが……ごにょごにょ」

「ほう、ふむふむ、良いだろう、やってみようじゃないか」

「バトルシステム的にはできるんですか?」

「出来ると思うよ、元々HPトリガーを挟んでの形態変化とかは新しいシステムじゃないだろう?」

 

 

私が耳打ちした”秘策”が無事伝わったことで、やりたいことや言いたいことが尽き、私達の目の前には完成した『魔王』が起動の時を待っていた。

押し黙った私たちの前で目を閉じる彼女は、まるで静かに眠っているようで、もう直に訪れる目覚めの時を待ち焦がれてもいるようで。

 

隣を見ると、松原氏がこくりと頷いた。

白い床を踏み出して、一歩、二歩、三歩――私の前に、彼女が居る。

 

否、これは魔王であり、『私』なのだ。

この器を受け入れたらば、もう私はモブでも内海空でもない。

 

 

 

手を伸ばし、触れる。

目を閉じて、念じる。

意識が薄れ、消える。

 

 

 

私が眠り、そして『オレ』が目覚めた。

 

 

 

意識は覚醒しても、体はまだ微睡の中に居る。

産まれたばかりの命は、正しき名を呼ばれるまでは目覚めない。

 

オレの名前が、鍵なのだ。

そして今その鍵を正しく挿し込めるのはただ一人。

 

 

『ああ、現世に現れし荒ぶる神よ』

 

 

厳かな、畏れと興奮を含んだ声が聞こえる。

 

 

『天より下される大いなる一撃、蛮行を良しとする混沌の肯定者よ、あなたは正しく顕界されました』

 

 

ここにはない心臓が、跳ねた。

ありもしない血脈が蠢き、必要のない酸素を吸い込む。

拳に握り込んだ力が、全て自分のものだと認識できる。

 

 

『御目覚め下さい、魔王トール』

「――――応……ッ!」

 

 

ソール、オレの名前。

燃えるような赤髪と、鮮血の如く光る紅眼。

肩に担いだ相棒は、まるで重さを感じない。

 

得意げに眼下の人間を見つめれば、ニヤァと口角を釣り上げて笑い―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっそくだけど、いってらっしゃい」

「えっ」

 

 

そのまま真横に空いた穴に吸い込まれて消えていった。

 

 

 

 




トールを推定語に近くするとソールらしいよ

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