ロールプレイ好きが魔王として好き勝手やる話   作:カレータルト

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ファンタジー要素も魔王要素もない、多分これからもない


松原晴海は少しだけ奇妙な黒幕である(前)

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Acquisition update fire

 

■■■■■■■■■■

 

Finish!

 

Welcome to other wolrd!

 

 

 

 

 

 

 

『認証完了』の表記と共に、暗闇に覆われていた視界が徐々に変化を始めた。

最初は渦を描くように、まるで絵の具を少量ずつ垂らしていくように、黒に染まったキャンバスに色が産まれ始める。

白から青、赤、黄色――段々と増していく色彩と、それに伴う奇妙な浮遊感。

 

まるで宇宙創成のよう、呟いたその言葉を笑われたのは随分と昔の記憶だったか。

そんな大層なものじゃない、ただの演出であってそれ以上でもそれ以下でもない、例えて言うならばテレビ・ゲームのロゴのようなものだと。

それはこの世界にのめり込み始めたころにやっていたゲームの中だ、ギルメンとのやりとり、何気ないはずなのに随分と覚えている。

 

 

「こんなのはただの演出だ、けどさ」

「うん?」

「演出って大事だよね……」

「分かる」

「エフェクトもBGMもないボスなんてプロレスの塩試合より盛り上がらないよね」

「分かる……」

 

 

全面的に同意させてもらった、VRMMOが如何にリアル感を重視しても、あくまでこれは『現実』ではなく『仮想現実を実体験できるゲーム』であることを忘れないでほしい。

否定するわけではないのだが、オープンワールドゲームでボスクラスの敵がムービーカットもなく出てくるのは寂しい、とても寂しい、そう言うことだ。

 

簡単な例を挙げて言えば、大昔のテレビゲームであるプレ○テ(初代)と言えば分かるだろうか。

真っ暗な画面から出てくるタイトルロゴ、ブゥゥゥゥン……と流れる重低音、どことなく本能的な恐怖を感じさせるあの演出がどういった意図で組まれたのかは良く分からない。

最初は本能的な恐怖を感じた者も居るようだが慣れてくるとあの画面、あの導入が「これからゲームをするんだ」というスイッチになるものだった。

いきなりゲーム画面をパッと出される方が待機時間は少ないだろう、けれども折角の非現実への入り口だ、きっちりとスイッチを切り替えた方が楽しくなるものだ。

 

周りを見回せば辺りに渦巻く光の渦、まるで別世界へのトンネルをくぐっている気分。

身を委ねるように瞼を閉じ、その向こうで段々と明るくなっていく世界を待つ。

それが私の、VRMMOに没入するための儀式だった。

 

 

「――やぁ」

 

 

聞こえてくるのは若い、けれどもそれなりに高い知性を感じさせる穏やかな声。

間違いなく男性、恐らく三十代後半、視覚なしだとそれ以上のことは分からない。

 

到着したか

 

目を開いた私は、初対面の男性に対して思わず目を大きく見開くことを余儀なくされた。

 

 

「驚いた?」

「驚きました、てっきり剣と魔法が支配する世界の大草原か西洋風の街並みがお出迎えしてくれると思っていたのですが」

「ああ、うん、そうだね。ここに在るのは無機質なデスク、その上には書類とパソコン、そして周りを囲む机、どこからどう見てもファンタジー要素が欠片もないからね」

 

 

目の前に広がっていた世界は、例えて言わなくても職場だった。

整然と並べられた机と椅子、デスクの上には書類やバインダーが個性に合わせて並べ立てられ、ここが彼一人のスペースでないことを示している。

淡い青の壁にはポスターやカレンダーに時計――勿論、私がよく知る現実世界のそれと一時間たりとも外さずリンクしている、それに壁から吊るされたモニタが数台。

今は一人しかいないようだが、机の数からして30人ほどが収容できる夢も希望もないデスクスペースだ。

一般的サラリーマンが現実逃避としてギヤを被ってここにたどり着いたらはっきり言って発狂するのではなかろうか? そういう意味では悪趣味ですらあるだろう。

 

まあ、私は学生なので関係ないけれど!

 

 

「職場ですね」

「うん、職場だ。一応言っておくけれどここは現実じゃない」

「コンソールはありますからね、今は使えないみたいですけど」

「UIについては最終調整中だ、人間工学に基づいた素晴らしいものを提供できるだろうね」

「素晴らしいことです、ごちゃごちゃとしたUIほど見ていて萎えるものはありませんから」

「同意するよ、ゴチャゴチャしてる方が良いって人も居るけど、『操作の複雑性はミスに直結する』ってやつだ」

 

 

右腕を翳すとポウッと軽い電子音と共に起動するコンソール、ベータテストに参加した時には使えたそこには赤いバツマークが貼られていた。

ちなみにネクターオンラインにおいてはコンソールの役割が大幅に削られている、他MMOでは当たり前の魔法や技能のセッティング等は全て手動だ。

出来ることと言えばログアウト、GM呼び出しの緊急回線、自分のステータス確認等の最低限必要な機能。

 

不便かもしれないが、その不便さも楽しみ、技能を収めた本型のアイテムが徐々に埋まっていく楽しみを触覚や視覚で体感していくのも一興なのだ。

まあ、やろうと思えばコンソール機能の拡充統合が設定から選べるが、私は不便なら敢えて不便のまま楽しむことにしている。

 

 

「つまり、ここは仮想現実中に存在している運営事務局――と言ったところでしょうか?」

「理解が早くて助かるよ。正確に言えばここはネクターの運営及び開発所だ、ゲームが開始されたらここには常に25人前後の人間が詰めることになる」

「こういった裏側って初めて見ますけど、ひょっとしてどのゲームでも運営の一部は仮想現実に置かれているんですか?」

 

 

恐る恐るといった調子で伺えば、「ピンきりだね」と曖昧な調子で返される。

長らくVRMMOはやっていたけれど知らなかった、と言うことは私がその昔『愛と希望のヒーロー †ブラックローズ†』という実に痛々しいキャラになりきっていた時もこういった場所から冷静に観察されていたのだろうか?

そう思うとなんだか嫌な汗が流れてくる、無償に死にたくなってきた、そこら辺の壁に頭を打ち付けて死んでしまおうか……いや死ねない、私は魔王になるのだから。

過去の自分を想起して死にたくなる魔王! なんだか凄まじく情けない、この記憶は厳重に密閉処理をして頭の奥にしまっておいたほうが良さそうだ。

 

臭いものには蓋とか言わない、そうだけど。

 

 

「さて、本題に入ろう」

 

 

改めて向き直ると、今更ながら思う――誰だろうこの人。

背は大体平均の170cm強、眼鏡、髪は薄い茶色、ピアス穴無し、若々しいようにも彫の深さから少し年齢がいっても見える……疲労かな?

少なくとも私にメールをくれた広瀬さんとは違うと思う、どちらかと言うと漂う雰囲気がマネージャーではなく開発側だ、私は詳しいんだ。

 

 

「僕の名前は開発チーフの松原、よろしくね」

「あ、えっと……私は内海、内海空です」

「知ってるよ? ゲーム内でも特異な位置にいる『魔王』ロールのテストプレイヤーだね。僕はシナリオ回りの敵サイドも担当しているから君の担当も引き受けたんだ、これからそこそこの付き合いになると思うけど、よろしく」

 

 

思ったよりもまともな自己紹介をされて困惑気味だ、てっきり好きな魔王は徹頭徹尾悪役か、それとも人間味のある悪役かとか聞かれると思った、私なら聞く。

しかしまともな回答に見えて少しばかりずれているような、そうでないような、そんな回答を貰って少しばかりは安心した――”そこそこ”って普通入れるだろうか。

 

そしてまずは握手だ、彼の手は思いのほか大きくてびっくりしたけど、所々タコができていて何だかほっこりした。

暫く堪能していたら「話しに移っていいかな?」とやんわり聞かれたから慌てて離したが、中々触り心地の良い手だ。

 

「えっと……そうだね、まずは魔王のテストプレイヤーとして依頼に応えてくれてありがとう、法的なこととかは広瀬クンに聞いてると思うけど、何かあるかな?」

「問題ありません、全プレイヤーを恐怖のズンドコに陥れる大変魅惑的なキャラをやらせていただける上に給金まで貰えるなんて最高です」

「素晴らしい、じゃあ僕からは運営の基本方針について……それと魔王のお仕事を教えよう。大事なことだしこれを無視すると違約金が発生する恐れがある」

 

 

それは恐ろしいことだ、学生の身はいつだって金欠、収入は多いに越したことはなく支出は抑えるに越したことはない。

まして『違約金』なんて大層な響きを持っている支出だ、学生の身で払える額でないのは間違いない。

そうなると必然的に借金……ないし親に泣きつくことになる訳で、そうすると外面だけは良い私がネット上で魔王ロールとかに夢中になったことやあれやそれやこれを根掘り葉掘り聞かれることになる訳で。

そうなればまぁ、先に待っているのはどう足掻いても絶望だ、再び背筋に冷や汗が流れるのを感じれば緊張が伝わったのか松原氏がにこやかに手を振った。

 

 

「心配することはない、そこまで厳しく縛る訳じゃないんだ。それにそんな事するぐらいなら最初からNPCにやらせておけばいい、最近のAIは優秀だからね」

「では、人間が中にいることが重要と」

「その通り、そして中に人が居ると知らない状況でプレイヤーがどう反応するかのビックデータがとりたいのさ、だからプレイヤー操作ってことはバレないでほしい」

「一昔前なら苦労したでしょうが、今のAIって殆ど人間と変わりない思考を搭載してますからね」

「ああ、良い時代になったけれど……どれだけAIが人間に漸近しようとね、AIは所詮計算だよ。血肉の通ったキャラクタ同士の魅力、ランダム性にはまだ勝てない」

 

 

いずれはAIと人間のロールプレイもできるようになるし、ネクターオンラインもそれに近いAIを導入しているんだ。

そう語る松原さんはどこか誇らしげでもあり、しかしどこか複雑な顔をしていた。

 

 

「ともかく、だ。話を進めよう……君の相手をしていると話が脱線するね」

「そう言えば、魔王の仕事を教えるってなんだか黒幕っぽいですよね」

「確かに、言わば僕は魔王をも操作する存在――神に等しいってことかな?」

「なんかそんなシナリオあった気がするんですけど、ファンタジー世界だと思ったら実は運営が存在したとかメタメタネタの」

「ああ、それは見たことがある……少し伏線の詰めが足りなかったかな」

「ネクターでは運営の存在とか」

「出ないねぇ、そんなメタメタネタを投入するのは面白いけどね。ネットスラングを導入するのと同じぐらい寒いことになりそうだし、このゲームでやったらロールプレイ真っ向否定じゃないか」

「安心しました」

「そうだ、魔王のお仕事を教えるのはキミのキャラクタを決めてからの方が良いだろう……キャラシは?」

「急な話だったので練りきれてない部分はありますけど、大体の骨格は考えてあります」

「流石だ、広瀬クンも良い目を持ってるよ。一緒に設定を決めるのは楽しいけどね、気付いたら日が暮れていることもある。事前に設定決めをしてくれていた人が多くて良かったよ」

 

 

着いてきたまえ、髪を掻き上げた彼が引き戸を開けて私を促した。

部屋を抜けた先はこれまたオフィスのような廊下、ただし違うのは窓から見える景色がやけに近未来的ということだけだ――それだけでも、ここが仮想現実だということが分かってワクワクする。

逆に仮想現実にあるこういった現実的なオフィスも冒涜的で面白いのではないか? これだけでご飯は三杯はイケそうな気がする。

 

ちなみに私の姿はキャラ選択前のデフォルト、モブ顔にモブ服装、体格も平凡、一目見て「あ、これ設定画面の1番目だ」と分かる姿だった。

どこか田舎さを感じる民族衣装はこれはこれで乙なものがあるけれど、やっぱりカスタマイズ性があるとロールもやりやすい。

しかし中には敢えてモブの姿で特殊なロールをすることに面白みを感じている人も居るのだからやはり特色が出て面白い。

 

コツコツと廊下を叩く音もリアルだ、リアルすぎて窓の外を見ていないとここが現実だと錯覚してしまう。

しかし暫く歩いているうちに、ふと窓の外に走る空飛ぶ列車をぼうっと見ていると「ここが現実なのではないか?」とも感じ始めていた。

現実と空想の境は曖昧で、果たして自分が本当に現実なのかもわからない――やけに哲学的な思想に浸りかけたあたりで幸いにも終着が訪れた。

 

それなりに大きな扉、だけどやっぱり普通の扉。

何の変哲もないそこを開けば、奇妙な空間が広がっていた。

 

『モデリング室』

 

そうとだけ書かれた部屋の中は輪郭すら判別できない程真っ白で、簡素なパソコンが一台だけ置かれているのだった。


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