ロールプレイ好きが魔王として好き勝手やる話 作:カレータルト
VRMMO物のとかテンプラレすぎなくね? って誰かが囁いてる
何の変哲もないビルディングの、エレベータで簡単に行き来ができるワンフロア、その中のごく当たり前のデスクルームにある間仕切りで区切られた個人用の空間。
空調の利いた静かな空間では、パソコンが立てるカリカリとした読み込み音とタインピングの打音、そしてモニタの明かりだけが全て。
転送し終わったメールの文面にもう一度目を通せば、大きな溜息をついた後で腕と背を伸ばした。
「ん~……ん゛ん゛ん゛っ!」
バキボキと嫌な音を立てる全身に思わず苦悶のような快感のような声が漏れる。
予想外に大きな声が出てしまったので慌てて周りを見渡すものの、フロア内は不気味なほどに静まり返り、タイピングの音だけが鳴り響いている。
ほっとする半面少し鬱屈と気分になった、最近の修羅場で寝るどころか碌に体を動かしていなかったからだろう、この山場を越えたら久しぶりに有給を使おう。
どうにか正式なリリースに遅延なくこぎつけられそう、その事実だけでも枕を高くして眠れるだけの安眠効果はあるというものだ。
スケジュール通りに進む工程はどんなものも美しく、そして価値がある、現代における最も手に入りにくい美術品はまさにこれに尽きる。
「あと三か月か……」
三か月すれば、自分が加わっているプロジェクト……VRMMO”ネクター”の正式リリース版が開始される。
これまでにだって膨大な開発時間があったが、残りが”まだ”一週間ある……そう思うだけでも少し憂鬱な気分になった。
おまけにこれから待っているのは、厄介ではないものの非常に面倒くさい仕事だった。
『一般プレイヤーの中からゲーム内の重要NPCの中の人になってもらう』
そういった試みが上の方で決定したらしい、自分が異論を唱える前にだ。
ロールプレイを目的としたネクターオンライン、どうにもディレクターとしては従来のMMORPGと言うよりTRPGのような形式にしたいらしい。
自分たちはロールプレイできる世界とそれを構成するための小道具、および世界観が崩壊しない程度の調整を提供する――そう言ったコンセプトなのは良い、とても良いだろう。
なにせ自分がせこせこ作り上げたキャラクターになりきって、しかも紙上だけではなく世界に入り込みながらできるGM等完備のTRPGときて心躍らせないTRPG経験者が居るか? 居ない筈だ。
善側のロールではなく魔王、世界の敵側の悪役ロールがやりたいプレイヤーもいるだろう、それも同意する、私だってどちらかと言うとダークでダーティーな役をやりたい、いぶし銀の爺とかになりたい。
しかし、しかしだ、それはあくまでも”プレイヤーとしてのロール”に限っての話である。
プレイヤーとNPCには明確な違いがある、前者は世界を動かす側だがNPCは世界に動かされる側と言うことだ。
自分がこれをしようと決めたら極論どんなことだってできてしまうプレイヤーはあくまでも演劇で言う役者、対してNPCは決められた役割をこなし続ける道具、世界観を構築するフレーバーだ。
運営側の意向を無理に聞いてもらうこともあるだろうし、設定に縛りも出てくる、おまけにただのNPCではなく重要NPCともなればシナリオにも絡んでくるから発言にも縛りが掛かるだろう。
そういった類はバイトでも雇ってやってもらうのが一番面倒がなくて良いとは思うのだが、どうにも重要なキャラクター故にベータテスターから選びたいという考えがあるようだ。
ここまで言ったならわかるかもしれない、要するにこのゲームのベータテスターはただゲームをデバッグしてもらうだけではなく、ロールプレイに対する姿勢を見られていたのだ。
ネクターオンラインは従来のMMORPGとは違うなりきりプレイ重点のゲームシステム……即ち、ベータテスターとして応募してくるプレイヤーの大抵はガチのTRPGプレイヤーの類。
例えそうでない者が悪戯で応募してきたとしても、応募要項の中に明記した『キャラシート作成』の段階で弾かれるようになっている。
テスター希望者に対して事前に配布した設定資料集……あれを元にどこまでキャラを立てられるかも審査対象、中には目を疑う奇想天外なキャラシートもあって大いに楽しめたが、余計TRPG欲が高まって困る。
そうしてベータ版の間にどのようなやり取りがなされていたのか、そこから正式時に重要NPCロール役の候補者を探し出す――無論、この意図については話していなかったが。
割り振られる重要NPCの内訳は『聖女の従者』『行方不明になっていた王子』『レアアイテムを販売する幻の行商人』等、世界中を回っていられる役が選ばれる、流石にずっと立ちんぼの役はNPCの出番だ。
引き受けて貰えたならばそのプレイヤーは運営が雇う形となり、ゲーム内でロールプレイが仔細なく行える以上の融通を利かせるのと同時に給金を出す。
用はベータテスト自体が『NPCの中の人』への採用試験で、受けて貰えたならバイトとして雇う。七面倒くさいけれどガワがガワだけに適当なロールプレイをして世界観を壊してほしくないのだろう。
ゲームマスター等はある程度適当で機械的でも何とかなるが、シナリオに関わってくるキャラクタはそういかない、些細な発言の違いでも大いに影響してくる。
……だったら猶更NPCの方が良いのではないか、中に人がいると色々融通が利かなくなるしこちらとしても色々調整が面倒くさいのだが。
そんな事を言ったらディレクターに睨まれそうなので言える筈もない、あの人はロールプレイに対して理解は深いが思考がやや変態じみているからな。
候補者にはメールで重要NPCを任せたいこととその意図、メリット及びデメリットを明確に伝え、尚且つ規約に同意してもらわなければならない。
そうでもしないと後で訴えられたらことだ、幸いにもベータテスターの中にも相応しい人員はそれほど多くなかった、二桁には達さないのが救いだ。
同意して貰ったらば改めてキャラについての肉付けと外見設定、世界観の中での設定決めを打ち合わせる、なにせ決まっていることが役割だけだし、この設定決めが一番重要なのだ。
そうだ、一番重要だ。
重要だから一キャラにつき数時間は設定を練って、外見も作り直したり専用アイテムを作ったり隠し設定を考えたりするのだ。
どう考えてもいらないしゲーム内に出てこない? 時間の無駄? そういった輩はこのゲームをやらない方が良い、設定を決めるのが一番楽しいに決まっているだろう!
追加専用アイテムの効果やフレーバーを考えている時のあのインスピレーションに満ちた時間! これがなければ私はこんな七面倒くさい作業はしていなかった。
私はこの作業は難航を極めると思っていたが、現状では上手く事が運ばれている。
候補者は事情合って辞退する者は居るには居たが、概ね好意的且つ協力的、設定等もとんとん拍子で進んで一人当たり長くて2時間で大体のことを決め終わった。
ただし、最も難航しそうな一人を除いてだが。
『魔王』――このネクターオンラインを形作る世界、ミレニアル内部における敵陣営『六魔王』の内の一人を任せる、それが私の危惧する最も協力が取り付けにくそうな役割だった。
ただでさえシナリオにガッツリ絡んでくる部類でしかも敵、確かにNPCにはない魅力的なキャラが作られるかもしれないが、万が一下手なキャラが出てきてしまったら目も当てられない。
それ以上に、このゲームの魔王と言うのは他のNPCとは違う特殊な設定を持っている、それが代替わり制だ。
ネクターオンラインは例にもれずファンタジー系のシナリオだ、したがってプレイヤー側VS魔王側が物語の主軸として形作られる。
当然魔王は強い、ラスボスが居たとしたらそれよりも遥かに強く設定することは決定している、しているがプレイヤーが必ず勝てない相手にまでは達せない。
将来性としてもプレイヤー側が魔王に挑むレイドバトルを大々的にイベントとして取り上げる予定であり、魔王の討伐者には称号や限定アイテムを送る予定だ。
いわば魔王は「強いがいずれプレイヤーに打倒される強敵」であり、ネクター世界のヘイトを一身に集めてもらわなければ困るのだ。
更に、これが重要だが倒した魔王は基本的に『復活しない』――代替わりで新しい魔王が誕生するシナリオも考えられているが倒された魔王は倒されたまま、つまり中の人はもうそのキャラを凍結され使えなくなる。
これはあまりにもデメリットが大きすぎないか、それ故に引き受けてくれないのではないか、私はそう考えているのだ。
故に、一応メールは送って諸々の事情は説明と要請は出した、候補者である『Sky_Ocean』はディレクターのお気に入りらしいが駄目元だ。
まあ、駄目ならダメで大人しく完全にNPCとして設定すればいいだけの話――建前上は、本音で言えば疲れたのでこれ以上余計な工数を掛けたくない、TRPGは好きだがそれでもこれは仕事なのだ。
「まあ、今更設定とかグラフィックを準備するのも手間だしなんとかならんか……おん?」
返信されたメール、は今しがた懸念してた相手から無視よりかは良いだろう。
そう思って開いてみると、たった一分だけ返答が書いてあった。
『是非とも、受けさせていただきます。』
――――……マジか。
『Sky_Ocean様
突然の連絡失礼します、ネクターオンライン セクションマネージャーの広瀬と申します。
この度はベータテストに参加いただき、また正式リリース版も継続してプレイして頂くとのこと、大変ありがとうございます。
正式版について、Sky_Ocean様に折り入ってご相談が御座います。
通常、プレイヤーはネクターオンラインの一登場人物としてゲームをお楽しみ頂きますが、Sky_Ocean様には決まったキャラクタ、すなわち重要NPCとしてゲームに参加して頂けないだろうかとのご相談です。
ベータテスト参加者より厳正な審査を行い、テスト中に良質なロールプレイを行っていた数名に同様の打診を行っております。
ご紹介させていただく重要NPCはシナリオに大きく関わっており、AIではない思考によるランダム性、それによってプレイヤーがより世界に没入する助けとなることを狙っております。
了承して頂いたのであればゲーム内で可能の範囲内での優遇(テレポート、優待回線、オリジナルクエスト作成等)及び拘束時間に応じた報酬をゲーム内通貨か通帳振り込みの形で行わせていただきます。
また、粘着行為等を避けるためプレイヤーに対してはNPCの中に操作されているキャラクタが居ることは秘密となっておりますので、このメールの中身は他の方に話されませんようお願いします。
Sky_Ocean様にお願いしたいキャラクタは、重要プレイヤーキャラクタ(以下、IPC)の中でも更に特殊な立ち位置の『六魔王』、そのうちの一席です。尚、これを依頼しているのは現状Sky_Ocean様のみの予定です。
あらゆるキャラクタの中でも最高のステータスボーナス、及びレベルキャップ上限を持ち、様々な特権(特殊スキル、専用アイテム、ダンジョン、専用BGM、ある程度の無茶な設定)が許可されています。
但し、ネクターオンライン内において魔王は「プレイヤー側の敵」であり「打倒できる最強の存在」です。従って無敵等の設定は不可であり、克服不可能の弱点が設定されます。
プレイヤー側は魔王を攻略することを目的とし、また魔王はプレイヤーに必ず攻略、打倒されなければなりません。魔王を打倒したプレイヤーには運営から称号が与えられ、魔王からしかドロップしないアイテムも存在します。
それ故に魔王、あなたを倒すことこそがプレイヤーの目的となるとも言えます。運営としても魔王に挑戦するレイドバトル等で大々的にプレイヤー対魔王を盛り上げていくことを予定しています。
また、魔王は一旦討伐されれば復活しません、完全に過去の存在となりキャラクターは凍結されます。その場合の補填等はSky_Ocean様の望む形で提供させていただきます。
その他詳しい設定、アイテム等は同意していただき次第、担当者と相談して決めていくこととなります。
以上で納得して頂いたのであれば同意の旨を返信して頂きたくお願いします、期限までに無回答の場合は同意しなかったとみなします。
Sky_Ocean様がネクターオンライン内で、自らのキャラクタ―に没入できるよう、今後も全力を尽くしていく所存です。
宜しく御願い致します。』
この文面を見た時、私は震えた。
カチカチと歯は鳴り、「はっ、はっ」と息は荒くなり始める。
食い入るようにメールの文面を見ても、そこに書いてあることは変わらない。
間違いなくこれはネクターオンラインから正式に、そして私来た依頼であり、内容は重要キャラクタの中の人になってくれないかとの打診だった。
何度も、何度も何度も何度も見直しても全く変わらない。
いやいや、ベータテストの時にそんなことを見られていたのか、ついテンションが上がってノリノリでなりきってしまって恥ずかしかったが、それは後だ。
重要NPC、しかも魔王と来たらシナリオにガッツリと関わってくる超々重要NPC……どうりで設定資料集にあまり内容が載ってない訳だ。
その辺りが知りたいのに載ってなかったから適当にそこらへんの設定を勝手にでっち上げたキャラシートでベータテストに乗り込んだものだから、ひょっとして運営にドクターストップを掛けられるんじゃないかとひやひやしていたのだ。
それをプレイヤーにやらせると、六人全てではないにせよそのうちの一人でもプレイヤーにやらせると、ふざけてるとしか思えない。
魔王は強いけどプレイヤーに必ず倒される存在で、運営も大々的に倒すように煽り立てると。
その代わり強くてしかも専用のアイテム等が設定できると、でも魔王が討伐されたら私はもうそのキャラを使えないし、恐らく自分がそうだったことを匂わせることもアウトになると。
世界中のヘイトを集めて、打倒された後はきっと国中お祭り騒ぎで、私を倒した勇者は祭り上げられると。
ふーん……ほぉ……
「なにそれ、最高じゃんっ!!!」
善玉ロールも悪役ロールもしたことはある、けれどもあくまでプレイヤーとして、私を打倒しなくても世界は回るのだ。
けれども魔王になればどうだろう、誰もしたことのないような『倒されるための存在』になりきれる! ついでに『NPCのロール』なんてやりたくてもできないような存在になれるとは!
魔王ともなればそこらのボス、いやラスボスクラスよりも強い筈、私が強ければ強い程、私を打倒するために装備を揃え、廃人仲間を揃え、戦略を練ってやってくる。
それを魔王の力で蹴散らしてやればどうなるだろうか? 全プレイヤーの目の前で雄叫びを上げて、絶望的なパワーでそいつらをなぎ倒すのだ。
そうすれば全世界が私を倒すために知恵を絞り始める! 私の持つ全てのスキル、技、魔法を観察し、検証し、糸口を探し、弱点を見つけようと躍起になり、そして突き止められるのだろう!
ロールプレイヤーなんて目立ってなんぼだ、誰だって注目を集めたがっている、自分のキャラを見て欲しがっている、勿論マナーの悪さで目立つのではなくキャラクタとして立っている意味で目立つという意味だが。
しかしそれは容易ではない、目立とう目立とうとしても人間と言う生き物は興味のないものに対して極めてルーズだからだ。どれだけ凝った設定にしても知られなければ意味がなく、寂しい。
だが『魔王』になれば、目立つ、否応なしに目立つ、例え高所に立って大声で叫ばなくても、テレビで街頭演説しなくても、向こうの方から私の情報を掻き集めるために探してくるだろう。
しかも永遠に、永遠にだ。
私を倒した者の称号として、私を倒したドロップ品として、ゲームの続く限り、いやゲームが終わっても話題に残るかもしれない。
それら全ては私がどれだけ魅力的な魔王になるか、否応なく注目を集める悪役になるか、攻略のしにくいボスキャラになるかに掛かっているが、それでも『魔王』ロールには耐え難いほどの魅惑がある。
どうしてかメールだとまるで私が拒否をするような感じで書かれているがとんでもない、こんなのノータイム同意だ、利用規約なんてすっ飛ばして同意ボタンをクリックしまくるレベルだ。
脳が許可するよりも早く体は動き、キーボードを今までやったことのないようなスピードで叩き、同意する旨を丁重にラッピングしつつ叩き返していた。
頭の中ではドーパミンやらアドレナリンやらがドバドバ放出されているのを感じ、心臓が今にも張り裂けそうなぐらいバクバク――あ、ここで破裂したら死んでも死にきれない。
あぁ、幸せだ――エスニックの会社には今後足を向けて眠れないかもしれない、この年で遠足前日のような高まりを感じたのは初めてだッ!
「よーしっ! 私っ! 最強の魔王になるッッ!!」
『空、うるさいぞ!』
『姉貴うるさい、黙って』
『何時だと思ってるの!』
「ご、ごめんなさい……」
手を大きく伸ばしたまま、壁向こうと下から怒鳴られた私は魔王らしからぬ冷や汗を掻いた。