ロールプレイ好きが魔王として好き勝手やる話   作:カレータルト

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久々に書いてみたらなぜか筆が乗ってしまった


内海空は何の変哲もない妄想少女である(前)

 

ロールプレイング! それは陰惨たるこの現実から束の間でも逃げ出して、非現実的な世界での妄想にせっせと励めるインドア野郎共の理想郷!

ロールプレイング! それは勇者でも魔王でもモブでもケモでも爺でも婆でも武器屋でも八百屋でも、どんな存在にもなれる無限の可能性!

ロールプレイング! それは「ロールしてる自分は自分じゃないから何やっても良いよね」との言い訳を用意できる目くるめく甘美なる背徳の世界の入り口!

 

そう、現実世界ではできないあんなことやそんなこと、こんなことにどんなことでも出来るしなれてしまう。

ある時は剣と魔法の世界で冒険者になっていたり、またある時は研究一筋の魔法使いになっていたり、ある時は凄腕の暗殺者になっていたり。

考えれば考えるだけ妄想は膨らみ、私の心はいつしか夢の世界へと旅立っていく、いついかなる時でも私は妨げることはできない。

そう、例えそれが授業中でも、誰かと話している最中でも―――――

 

 

「ね~、くーちゃんもそう思うよね?」

「うんうん、やっぱりこっちかな」

「だよね、だよねっ!」

 

 

しかし、だからと言って私が世間一般からいつもぼーっとしてる奴と思われているかと言えばそうでもない、ないはずだ、なぜならばそうならない努力はしているからだ。

今だって同級生と(表向きは)可憐な女子トークの輪を形成しつつ、『好みのアイドルは誰か』なんてありきたり過ぎる話を話半分に聞きつつどのようなキラーパスが来ても対応できるようにしていたのだ。

女子トークは面倒くさいように思えて”ついていくだけ”ならそれほど複雑でもない、理論的で明快な解がある――『目立つな』『大衆に流されろ』『控えめに笑っておけ』。

現在の会話に追随し、大多数の意見に同意し、目立った言動を避けつつイエスマン過ぎないように自分の意見を適度に混ぜていけばいい。

会話の中心、皆の人気者になることはできないがそんな地位はどうだっていい。要するにクラス内で目立たない場所にいれば変な泥を被らなくて済む、私にとって重要なのはそれだけだからだ。

下手に目立ってみろ、虐めかなにかで楽しく蠱惑的な空想の時間が台無しになってしまうではないか。

 

現実世界もほどほどに付き合い、バランスよく空想に耽る――これこそ私が産まれてこの方十数年の間に得た黄金解(ゴールデン・ルール)なのである。

 

ああ、ちなみに先程の会話で出た「くーちゃん」とは私のあだ名だ。

内海空とかいてうつみそら、空だからくう、正直自分が何と呼ばれるかなんてどうでもいいので「可愛いあだ名だね!」とだけ言っておいている。

容姿は平凡、特質すべき育ちも血筋もなし、特別頭が良いわけでも体が強い訳でもなし、つまりはモブだ。

 

ちなみに私のクラスには帰国子女の金髪美少女が一人、黒髪ロングの正統派美少女委員長が一人、そしていつもツンツンしているツインテ美少女が一人等、結構粒揃いの面子が居る、男子の視線もそっちに向く。

つまり私が女子の中で大人しく下でも上でもない位置にいる限りはあらゆる面から盤石である、万々歳だ。

そして我が妄想の中に彼女たちがゲストとして登場していることは言うまでもないだろう、見目麗しいその容姿は同性から見ても可憐な花、キーパーソンとしては言うまでもない。

時に悪の大幹部として、時に癒しの聖女として、時に勇者様のヒロインとして、そんな風に幅広く使わせてもらっている、本当に万々歳である。

 

 

「今度近くでライブあるって!」

「マジ? こののん一緒に行こうよぉ」

「ふっふっふ、チケ買うためにバイトしてきた私に隙は無い! あ、くーやんもどう?」

「私? あー…ちょっとその時期は実家の方に行くかも……ごめんっ」

 

 

アイドルのライブ、流石にちっとも心動かされないイベントは適当な理由を付けて回避する。

ならばと他愛のない別の話に移ってまた盛り上がり始めた輪の中にありつつも、私は教室の窓から空を眺めていた。

 

広がる青い雲と浮かぶ真白い空、風が強いのかぐんぐんと移り変わっていく空模様。

あぁ、あの空の向こうに異世界が広がってはいないか、もしくは空の上で未知の生命体が宇宙船団を構築して通り過ぎてはいないだろうか。

ありえない筈なのにそう夢想してしまうのは、私がこの現実に対してちっとも夢を抱けないからなのだろう。

 

けれども、それが何か問題なのだろうか。

現実は現実であり、それ以外の何でもない。堅実である代わりに突拍子のなさも夢もない、けれども確かにここに在って、どこにもなくなりはしないもの。

だから私は夢を見る、のめり込むのでは無く夢想する、ありえないからこそ、意外性があるからこそ面白い、それは現実があるからなのだ。

 

要するに現実があんまりにもつまらないから空想したって良いじゃないかということだ、ちゃんとやることはやるからお楽しみはさせてほしいということだ。

だからリアルでは淑やかで大人しめの女子として通っていても、私の心の中はいつだって此処に非ず。

ほら、今だって一週間前から設定を膨らませている『核戦争後の世紀末世界で火の吹くバイクに乗って生きるモヒカン野郎シチュ』の続きに入りかけて――――

 

 

「そういえばさ、お前あれ買ったの?」

「モチ、兄貴に頼んで二台分!」

「っしゃ! じゃあさ、帰ったらフレ登録な! 俺のID教えとくから!」

「あー…昨日設定徹夜でしたから寝てねーわ……」

「バッカお前、正式リリース三ヶ月後だろ? 急ぐことねージャン」

「でもよー…でも、分かるだろ? あんなの来たらすぐやってみたくなるだろ!?」

「……分かる! よーく分かるぞユージ!」

「おうとも、確かお前ベータテスターだったよな、教えてくれよ?」

「任せろ! いやー楽しみだな! ”ネクター”!」

 

 

カクテルパーティー効果を御存じだろうか。

どれほど賑やかで雑多な音の中でも、自分の興味のある話題についてはまるで専用のアンテナが貼られているように耳聡く聞こえてくるというあれだ。

今しがた話していた男子二人組――親友として知られている彼らから出た単語”ネクター”に、私の思考が一気に引き戻されたのだ。

 

”ネクター”とは、正式名称ネクタリウス・オンラインのことを指す。

今のご時世においては普遍的に近づきながらも、時代の進歩をもっとも感じさせる遊戯――仮想現実空間を用いた多人数同時参加型オンライン・ロールプレイング・ゲーム。

その中の一種である”ネクター”の正式版がリリースされるとの噂は手の届きやすく、探さずともいたる場所に転がっていた。

 

VRMMOの歴史は浅くも濃厚だ、その物珍しさ、革新的な技術、桁が違う自由度の幅から様々な会社がこのジャンルに挑戦しては消えていった。

理由としては様々であるが、元々存在していた運営のバランス調整不足、対応問題は元より未だ振興の領域というのもあって技術及びノウハウの不足で実現まで漕ぎつかなかったケース、増大した開発資金を確保できなかった等が主だろうか。

ともかく、『仮想現実世界』の構築に必要な技術力の壁や運営の難度、これが人間には些か早すぎた技術であることに気づくまでに数年を要し、それらのハードルを一つ一つ超えていくのにも更に年月を待たなければならなかった。

そこに至るまでにどれほどの困難があったか、それは数多ネットの海に消えたプロジェクトの数が証明している。

 

 

「――くーちゃん聞いてる?」

「ん、ぁ…ごめん、ぼーっとしてた」

「あー……いい天気だもんねぇ」

「うん、ぽかぽかしててねー……」

 

 

さて、私が心配した女友達に肩を叩かれるぐらい前後不覚に陥ってしまったのは、この手の話題に私が割とのめり込んでいるからなのだ。

つまり言ってしまうと……私、内海天は大々々のVRMMOフリークなのである!

当然のことだろう、空想大好きな現実逃避癖のある私にとってあの世界は「現実世界に帰って来れなくなる」「電脳死」等の噂話を聞いてもなお煌びやかに輝いていたのだから。

現実ではかなわないこともできる、そしてロールと装備、種族次第で何にだってなれる! ロールプレイング好きにとってそこは考えただけでも法悦を感じざるを得ない魅惑的な世界なのだ。

 

しかしながら、黎明期のVRMMOときたらそれはそれは、形容しがたい程酷い、紀元前なのに世紀末の様相を呈する、宇宙創成の如く混乱と混沌が溢れかえるとんでもない有様だった。

十年前のゲームとも比べて遜色ないグラフィック、設定ミスなのか意味の分からない場所で流れる環境音、フラグ行方不明で進行不能に陥るクエスト――エトセトラエトセトラ。

時代が時代ならクソゲー呼ばわりの逸品が所狭しと並んでいた時代だ、あれはあれで楽しくもあったが私は自分の望む世界が相当に遠いという事実に打ちひしがれることとなった。

 

しかしながら人類の進歩は素晴らしい、特に娯楽が関わった時の技術革新と来たら歴史上からも分かる通り凄まじいものがある。

あれよあれよと言う間にグラフィックは現実世界と遜色ないものに変わり、風の音どころか土の香りまで感じられるほど”リアル感”は増した。

システムもそうだ、元々ディスプレイ上でプレイしていたそれを仮想世界でもやればいいだけの話、結局大クソゲー時代はものの数年で幕を閉じ、それからはVRMMO群雄割拠の時代が訪れる。

 

しかしながら、それでも私は満足できなかった。

 

如何にリアル感は増したところでやっていることは普通のMMO――それでも凄いことなのは認める、認めるとも、確かにディスプレイ上でやるよりもずっとロールプレイに対する没入感は高まった。

ただ、その中身はあくまでもMMO……クエストをして、ギルドを集めて、装備を強化して、何が問題かと言えば「ロールプレイをする必要性が無い」のだ。

確かに現実と変わりはないだろう、しかしながらやっていることが効率を求めた周回プレイ、延々と同じことを繰り返すスキル上げ、装備の強さだけが求められるロマンも何もないクラン戦!

そこかしこに存在する顔だけは良い直結厨や女キャラと見るなりセクハラをかまし、中身が男と知るや暴言を浴びせる身勝手なプレイヤー、リアルだからこそ生々しく嫌になる。

ギルメンにリアル自慢をする者、住所や電話番号を交換する者、最早これらは何のために仮想現実でゲームをしているかもわからない。

 

違う、私の求めた仮想現実はこれではない。

もっとこう、プレイヤー全員がロールプレイをしているような……そんな理想郷を求めていた私に、この現実はあまりにも残酷だった。

黎明期より私と共に時代を駆け抜けたVR機材一式はいつしか部屋の隅に追いやられ、私は再びぼんやりと空想を重ねる少女に戻っていった。

 

 

 

そんな中で、私の耳に飛び込んできたVRMMO――それが”ネクター”だった。

本作の開発元はRPG時代からの大手であるエスニック・エンタテイメント、更には黎明期からの草分け的存在でVR技術最大手のフジバヤシエレクトロニクス!

『別の誰かになれる物語』――そんなコンセプトの元、徹底して現実世界からの乖離を目的として作られたシステムは、例えばゲーム内では現実世界での地名すら口にすればネクター内の地名に置き換わるほどの徹底ぶり。

外部Wikiを作られて攻略情報を調べられる対策として建てられた『旅人の館』では世界観に合致した情報交換システムを完備し、一昔前の電子掲示板を模したスレッド形式の意見交換所を求めることによりゲーム内で全ての攻略情報等の確保ができるようになったらしい。

 

そして極めつけは『ロールプレイ推奨プロジェクト』とも呼ばれる種々諸々の制度!

ベータテスターは勿論として、正規リリース前に申し込みをすれば世界観諸々が載せられた設定資料集が無料配布、要するにこれを見てじっくり自分のキャラ設定を決めろと言うことだろう、素晴らしい。

そしてキャラメイク時には自分だけではなく親の設定や容姿まで決められたり、種族や得意武器、産まれや思想等で成長に自由度ではなく方向性を持たせたり、同一の練習できつめの経験値減衰がかかったり。

要するに成長するのが少し面倒臭くなり、簡単に強化ができないということだ。公式にも「このゲームに効率プレイは求めない方が良い、ロールプレイ用のゲームとして設定してある」と書いてあった。

 

私としては嬉しい限りだがよくもまぁこんなプロジェクトにゴーサインがかかったものだ、恐らく上層部に私のような変人が居るのだろう。

そんな訳でこのゲームに私が飛びつかないわけがなく、親に媚びを売ったりバイトを頑張ったりして久方ぶりにネクター用の機材を整えていたのだ。

バイト中も未知なる世界を思えば二ヤケ顔が締まらず、恐らく変な奴と思われてしまっただろうが関係はない、ないのだ。

 

最早準備は整った、自分の設定も(授業中)練りに練って完璧だ。

ここのところ浮足立っては妄想し、気付けば時間が吹き飛んでいる気がするが仕方のないことだろう!

最早私の覇道を阻むものは無し、できるとしたらそれは食事睡眠と学校だけだ、それ以外には私の妄想を止めることはできないのだ。

 

 

「すっすめぇ~、すっすめぇ~……おん?」

 

 

妄想膨らませるうちにいつの間にか帰途へ着き、うきうき気分でパソコンの前に。まずはメールを確認したところ、エスニックエンタテイメントから一通のメールが届いていた。

おや、まさかのリリース延期かと現在生きる意味とすら言えるこの出来事がおあずけを食らったことによる絶望的な表情になり掛けたが、それは違うようだ。

タイトルはずばり『ネクタリウスオンライン 特殊ロールの許可』――怪しい、凄く怪しい。しかしながら調べてみてもウイルスの心配はなさそうだ、添付ファイルもないしウイルス診断ソフトもオールグリーン…まあ、こういった類は自身がウイルスソフト認定されることが稀によくあるので過信はしていけないが。

 

マウスを合わせてクリックする指先は、なぜか震えていた。

未知なるメールへの恐怖ではない、中身に対する疑惑でもない。

『特殊ロール』だと……なんだそれは、面白そうじゃないか、沸き立つじゃないか!

一体何が運営の琴線に触れたのかは分からないが、開いてみる価値はあると確信していた。

 

そして―――――

 

 

 

 

「――――――あなたのアカウントは、『魔王』ルートへの開放の権利を得ました……?」

 

 

 

 

どうやら、予想以上に面白くなりそうだ。

知らず知らずのうち、私の頬はにぃと吊り上がっていた。


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