映画館に到着した。そういえば、結局俺はなんで連れて来られたんだろう。別に仲良い人だって周りにいるだろうし……。
俺も悪い気はしないけど。むしろ、こんな綺麗なアイドルとデートしてると思えば、これ以上ない程の至福だ。あ、いやでも飛鳥とのデートと比べたら………いや、高垣さんの場合は飛鳥とのデートと同等かも。
「………それで高垣さん、何見るんですか?」
「んー……何見たい?」
「えっ、見たい映画があったから誘ってくれたんじゃ……」
「うん。今度見に行く時は、二宮くんの見たい映画にしようかなって思って」
「いや、俺は映画は基本的に飛鳥と見に行きますから。今年は爆音でスパイダーマン見に行って、ビクってなる飛鳥がそれはまた可愛くて………」
「………二宮くん。女性といる時に他の女性の名前を出すのはダメよ?」
「え?いや飛鳥は妹ですし……」
「二宮くんにとっては一人の女性でしょう?」
「いや、まぁそうですけど……」
ん?待てよ?一人の女性と同じ屋根の下で生活しているということは、これもう同棲と言っても過言ではないのではないだろうか。
つまり、俺と飛鳥はもう結婚している……?
「二宮くん、顔」
「はっ、いっけね」
怒られたので、慌てて口元のヨダレを拭った。
「………二宮くんってあれよね。人を不機嫌にさせる天才よね」
「へっ?そ、そうですか?」
「そうよ」
………あ、なんか怒ってる。またなんかやらかしたか……。
「まぁ良いわ。それより銀魂観るから、行きましょう」
「えっ、ぎ、銀魂?」
意外だ………。
チケットをもちろん二人分買って高垣さんと入場し、とりあえず席に座った。
「銀魂ですか……。もしかして、高垣さんって漫画とか好きなんですか?」
「そうでもないわよ?ただ、面白いって聞いたから」
「ふーん……。あ、でもうちに銀魂の単行本全部ありますよ」
「へぇー。二宮くんは銀魂好きなの?」
「はい」
「じゃ、今度貸してもらおうかしら」
超面白いしな。キャラはカッコ良いし可愛いし、ギャグは笑えるし、戦闘は熱いし……何この完璧な漫画。
すると、予告が始まった。そういえば、新しいマ○ティソーやるんだな。見に行かなきゃ。
ー
映画が終わった。高垣さんは伸びをしながら出て来た。
「んーっ、面白かった!」
「そうですか、よかったです」
まぁ、確かに面白かったかな。最後以外。
「すごいわね……まさか、あんなのが出て来るなんて………」
「そうですね。実写でもちゃんと銀魂してたので、まぁ面白かったと思います」
でも、まさか実写であそこまでやるとはなー……。源外の爺さんが他所の世界からゲストを二人も呼んでくるなんて………。
「この後、時間大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「なら、飲んで行かない?少し」
「良いですね」
この人と飲むのは二度目だ。ま、あの時は高垣さん、雷にビビってて超しおらしかったから、まともに飲むのは初めてだけど。
「この辺に良い飲み屋があるから、そこでも良い?」
「良いですよ。別にどこでも」
正直、飲まなくても落ち着いて二人で飯食えればファミレスで良いとさえ思う。別に酒は嫌いではないけど。
………あ、その前に飛鳥に連絡しないと。
「すみません、飛鳥にだけ連絡して良いですか?」
「どうぞ」
電話すると絶対文句言われるので、ラインでメッセージを残した。
【慎二:高垣さんと飲んで帰るから、帰るの遅くなる】
それだけ言うと、スマホの電源を切った。だってスタンプ爆撃とか無料通話とか絶対来るもん。
「よし、大丈夫です」
「じゃ、行きましょうか」
「はい」
高垣さんの案内で、居酒屋に到着した。
しかし、高垣さんの家ってどこにあるんだろうな。割とうちの近くなのかな。待ち合わせの時とか、普通に俺ん家の最寄駅にしちゃってるけど、もしかしてこの辺?後でちょっと聞いてみよう。
居酒屋に入り、二人席に案内された。よくよく考えたら、俺今アイドルと二人で飲んでるんだよなぁ。なんか、こう……距離感が違くて実感ないや。
店員さんが注文を取りに来ると、高垣さんが聞いて来た。
「二宮くん、何飲む?」
「とりあえず生で」
「良いわねぇ、私も生。あと野菜炒めと夕採レタスと……あとはキャベツの塩揉み」
………なんで野菜ばかり……もしかしてアレか?アンチエイジングか?
「………二宮くんは何にする?ソース?」
「えっ、なんで調味料………」
「それとも塩?」
「いやなんでですか。俺は……とりあえず味噌きゅうりと焼き鳥で」
店員さんは「かしこまりました」と言うと店の奥に戻って行った。
………なんで調味料を勧められたんだろう。そんな事を考えてるのが顔に出ていたのか、高垣さんは俺をジト目で見ながら言った。
「………別に、現状維持で野菜を頼んだわけじゃないから」
ば、バレテルー⁉︎
「ただ、ここの居酒屋は野菜が美味しいってだけだから」
「そ、そうだったんですか……。いや、でも別にアンチエイジングなんて思ってないですよ」
「あら、なんでわざわざ英訳したの?」
「…………すみませんでした」
ヤバい………ここも俺の奢りだし、多分ガンガン注文されてしまうパターンでは………?あ、なんかそう思うと嫌な汗がドッと浮かんで………。
「まったく……二宮くんは本当に女性を怒らせるのが上手いわね」
「いやそんなつもりは………!」
「無意識なのが尚更よ。少し、気をつけた方が良いわよ」
「………は、はぁ」
まぁ、今まで女の人は飛鳥としか話して来なかったからなぁ。で、飛鳥との会話は褒めるか、或いはからかうだけだったし……。
………そうだ、褒めれば良いんだ。高垣さんをまだ褒めたりしてない。
「………あの、二宮くん?何か変な勘違いしてない?」
よし、早速褒めよう。褒めればさっきまでのやらかしのうちのいくつかは無かった事になるかもしれない。
よし、褒めよう(2回目)。
「高垣さん、今日は何というか……私服がとても綺麗ですねっ」
「………………」
すると、高垣さんは俯いた。あれ、これはまた何かやらかしたのかな。飛鳥の時は、褒めたら同じように俯くことはあるけど、そういう時は大抵、照れて赤くなった顔を隠してるんだよなぁ。
でも、高垣さんが照れる所は想像出来ない。余裕な感じのする大人だし。となると、やっぱりやらかしたか………。
「………あの、高垣さん?」
「………………」
「……す、すみません。なんか怒らせてばっかだからって言われたので………」
すると、キッと高垣さんは俺を睨んだ。おそらく怒りによって顔を真っ赤に染めている。
「………二宮くんは本当に怒らせるのがお上手ですね」
「ほ、褒めたのにダメでしたか?」
「………
「あ、少し機嫌直ってます?」
「はっ?」
「いえ、ナンデモ」
全然直ってなかった。別に駄洒落を言っても機嫌が直ってるってわけじゃなかった。代わりに、敬語になると怒ってるということが分かった。
すると、飲み物と料理が運ばれて来た。
「………の、飲みましょうか」
「………えぇ。飲みましょう」
乾杯した。二人で酒を飲み、料理に手を付ける。
………どうしよう。なんか怒られたしなぁ。声かけづらい……。
野菜炒めを咀嚼しながらドギマギしてると、高垣さんが声をかけて来た。
「………どう?ここの野菜美味しいでしょ」
この人………怒った相手によく平気で声掛けられるな……。まぁ、今はここに二人しかいないから、どちらかが切り出せば空気は戻るんだけどさ。
とにかく、俺も何も話せないのはキツイから返事をしよう。
「はい。美味しいです」
「ふふ、良かった。特に、このレタスが美味しいのよ」
「あ、ほんとだ………。ビールとも合いますね」
「あら、あなたビールとおつまみの相性がわかるの?」
「………昔から俺、趣味嗜好が歳相応じゃないんですよ。特に食べ物に関しては。ガキの頃にタコワサを喜んで食べてたらしくて」
あの時の親父たちのドン引きした顔は今でも忘れられない……。ラーメンだってこってりした豚骨よりもあっさりした醤油の方が好きだし、焼肉行っても野菜ばかり好んで食べるし……。
「あら、良いじゃない。お肉ばかり食べて太るより全然マシだと思うわよ?」
「高垣さんはどっち派ですか?」
「どっちに見える?」
「………野菜?」
「あら、正解だけど意外ね。さっき、アンチエイジングとか言ってたくせに」
「…………いえ、別に」
胸を見ればわかります、なんて言ったらまた怒られるから黙っていよう。っていう表情も読まれる前に何か言おう。
「あ、キャベツも美味いですね。このシャキシャキ感が特に」
「そうなの?それは私、初めて頼んだから。前々から食べてみたいと思ってたのよ」
言いながら、高垣さんはキャベツを摘んだ。
「あら、ほんと。美味しいわね」
「でしょ?」
俺は相槌を打ちながら、運ばれて来た焼き鳥の肉を串から外した。皿の上に肉を盛り、机の中央に置いた。
「どうぞ、高垣さん」
「あら、ありがとう」
「何か飲みます?」
「んー……じゃあ、日本酒」
「あ、良いですね。獺祭とか?」
「良いわね。それでお願い」
「すみませーん」
お店の人に獺祭を頼んだ。日本酒かー、前に親父に飲まされてからハマったなー。………親父には「え?その歳で?」ってドン引きされたけど。
しばらく料理を摘んでると、日本酒がやって来た。早速、高垣さんのお猪口に注いだ。
「………ほぅ、美味し」
高垣さんは一口飲むと、ホッと息をついた。その様子を眺めながら、俺も一口飲んだ。
「………そういえば、高垣さん」
「何?」
「結局、今日はなんで俺のこと誘ってくれたんですか?」
「……………」
どうしても気になったので聞いてみた。流石に、これ聞いちゃダメってことはないだろうし………。
すると、高垣さんは何も隠す事なく言った。
「んー特に理由はないのよね。強いて言うなら、二宮くんと飲んでみたかったからかな?」
「俺と?」
「ええ。初めて会った時から、なんとなく面白そうな子だなって思ってたから」
「そうなんですか?」
「ええ。ま、実際は少しイライラさせられることも多かったけどね」
「……………」
酷いなぁ。少しなのか多かったのかどっちなんだよ。
「………本当、変な人ね、二宮くんって」
「………いや、そこまで言われると流石に傷付くんですけど」
「悪い意味じゃないわよ。初対面の女性と突然、一つ屋根の下になっても襲って来ないし、ラインにもちゃんと反応してくれるし、でもシスコンだし、変に責任感も強いし、無神経だし……良い人なのかそうでもないのか分からないわね」
「そ、そうですか……?」
そ、そう言われると何か悪い気がしないのは……いや、シスコンとか無神経とか言われてんぞ。喜ぶな、俺。
「さ、飲みましょう。変な二宮くん」
「変な二宮くんって……いや、もういいか」
飲み始めた。
ー
約2時間後。
「ありあとざっしたー」
俺は居酒屋を出た。酔い潰れた高垣さんを背負って。
「………………」
とりあえず、スマホの電源をつけた。飛鳥から58件のラインが来ていたが、読むことはせずに電話を掛けた。
「………あ、もしもし飛鳥?お風呂沸かして、お袋の寝間着引っ張り出しといてくれる?」