「飛鳥さんっ、行きますよーっ!」
「来な……!セカイから弾圧された僕は……ちょっ、台詞の途ちゅ…冷たっ」
乙倉さんと飛鳥が波打ち際で水を掛け合っている。黄緑色の水着がキラキラと眩しい。飛鳥は飛鳥で、俺の選んだ水着を着て、下半身の水着の腰に水鉄砲を挿してキャアキャアとはしゃいでいる。その様子を、俺は荷物番しながら眺めていた。
いやー、眩しい。まだまだJCだとバカに出来ないな。流石、アイドルなだけあって、スタイルは抜群だ。胸はないけど。
特に、乙倉さんの方は背が高いから、未発達な中学生というより、貧相な高校生という感じだ。はしゃぎ方は背の高い小学生だが。のんびりと、輝かしいJC二人を見つつ、隣の高垣さんに声を掛けた。
「高垣さんは混ざらないんですか?」
「私は良いわ。年齢的に」
「いやいや、俺が荷物見てますから」
「良いです。おばさんはここで待ってます」
………あれ、もしかしてこれ。
「………拗ねてます?」
「拗ねてません」
拗ねてる……ちょっと年齢的な事は言うべきじゃなかったか……。
とにかく、謝らないと。今回は俺が悪いし。
「大丈夫ですよ。あの二人と並んでても実際は年の離れた姉とかに見えますから」
「………結局、浮いてるんじゃない」
「浮いてても不自然じゃないって事です。さっきの事は謝りますから、楽しんで来て下さい」
何とか誠心誠意謝ると、高垣さんはフッと微笑んだ。
「………わかったわ。私もごめんなさい」
「いえそんな。じゃあ、いってらっしゃい」
「二宮くんは行かないの?」
「俺は荷物番してないといけませんから」
「でも、飛鳥ちゃんとか二宮くんと遊びたいんじゃないかしら」
「あいつとはいつでも遊んでやれますし」
「じゃあ、やっぱり私もここにいるわ。二宮くん一人じゃつまらないでしょ?」
「いえ、飛鳥の事見てれば退屈ってことはないですよ」
「……………」
今も高垣さんからは死角になってる俺の足の下から、ビデオカメラを回してる。これはうちの家宝にする。
「………二宮くんってさ、シスコンなの?」
「は?」
この人、いきなり何言ってんの?
「違いますよ。ただ、妹を愛してるだけです」
「………それを堂々と言っちゃってる時点で重度のシスコンだと思うけど」
「いやいやいや、じゃあ仮に高垣さんに弟か妹がいたとして、その人の事を愛せませんか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「つまり、俺は普通です」
「ああそう、もうなんでも良いけれど………」
そのどうしょうもない人を見たときのため息やめてくれません?なんか恥ずかしいから。
「でも、二宮くんが行かないなら私もここにいるわ」
「や、それはちょっと意味わからないです」
「あのね、二宮くん、あなたはそれで良くても遊んでる側はやっぱり気にしちゃうものなのよ」
「そう、ですか?」
「そうよ。大体、見張る荷物が多いからここにいなきゃいけなくなるのよ。いくつか戻して来たら?正直、ビーチバレーのネットとかイルカとかボートとか使わないと思うし」
「そ、そうですか……」
そ、そっか……やっぱり張り切り過ぎていたか……。いや、俺もそんな気はしてたんだよな。今なんて、あいつら何も遊び道具使ってないんだぜ?せっかく持って来たのに。
「………車に戻して来ます」
「いってらっしゃーい」
俺はトボトボと荷物を抱えて車に戻った。ついでに、貴重品も持って。
トランクを開け、中に荷物を捩じ込む。はぁ……まぁ、良いか。来年使えれば。でも、イルカに跨った飛鳥見たかったなぁ……。あと、ボートに乗った飛鳥をひっくり返したかった。
若干、後悔しながら荷物を車に戻し、元の場所に戻った。見覚えのあるビーチパラソルに向かった。
「すみません、戻って来」
直後、水が俺の体の三箇所に直撃した。顔、右肩、左腕の三箇所。
ポタポタと水が垂れる中、俺は水が飛んで来た三方向を見た。飛鳥、高垣さん、乙倉さんの三人が水鉄砲を構えている。
「…………ねぇ、何してんの?高垣さんまで」
「飛鳥ちゃんに誘われちゃって」
「兄上、いつまで自らの空間に閉じこもってるつもりだ?」
「遊びましょうよっ、お兄さんっ!」
えぇ………ていうか自らの空間って、ここビーチなんですけど。外に出てるのに引きこもりみたいに言われたんですが。
「………遊ぶってお前らなぁ……まぁ、良いけど。何したいの?」
「何でも良いじゃない。この
「あの、すっごいわかりづらいんで日常会話で挟むのやめてくれませんか?」
この人本当に25?かいけつゾ○リでも読み過ぎたのか?
「兄上が異世界より借りて来た神器があるんだし、これ使おうよ」
「お前も恥ずかしい言い回しするな。家帰ったらマジでいじってやるからな」
「っ? い、いじるってどういう事だよ!たっ、頼むから母さ……母上……母さん達に言わないでくれ!」
身内にそのキャラバレるの怖いならやめろよ。ていうか素に戻ってるぞ。母親の呼び方で悩んでる時点でキャラブレブレだからな。……待てよ?呼び方?
「じゃあ、せめて俺の事はいつも通り『お兄ちゃん』って呼んでくれ」
「そんな呼び方した事ないだろ!」
「いやいや、いつもは『お兄ちゃん』か『お兄たん』か『お婿さん』って呼んでるじゃん」
「呼んでない‼︎昔は『お兄ちゃん』ならあったかもだけど……!てっ、ていうか真ん中は絶対あり得ない‼︎」
「あ、最後のはあり得るんだ」
「………〜〜ッ‼︎このっ……変態バカエロアホドジクソ間抜け変態兄貴ィ〜‼︎」
「なんで変態二回言ったよ」
両手を振り回しながら、飛鳥は俺に向かって来たが、頭を抑えて動きを封じた。
「変態だろ!妹の下着を勝手に漁」
「うおおい待て待て待て!他所の人がいる前でそれを言うのはやめろ‼︎」
頭だけじゃなく口も塞ぐと、飛鳥は足も振り回し、俺の腹を思いっきり蹴り上げた。見事に溝に入り、俺はその場で倒れて悶えた。
「うごっ……!し、死ぬ………!て、テメェ………‼︎」
「ふんっ、兄ちゃんが悪い」
そんなやり取りをしてると、クスッと笑い声が聞こえた。ふと横を見ると、乙倉さんと高垣さんがクスクスと笑っていた。
「ぷっ、あはははっ!飛鳥さん、お兄さんと二人の時だと、普段の詩的な台詞とか全然出て来ませんねっ!」
「っ………!」
顔を真っ赤にして俯く飛鳥。へっ、歳下にまでいじられやがって、ザマーミロ。
「二宮くんも。妹に変態扱いされるなんて、家では何してるのかしら?下着漁るとか聞こえたけど?」
「……………」
高垣さんに言われ、今度は俺が顔を赤くして俯いた。二人してその場で俯いてる間も、二人はすごい爆笑していた。お前ら笑い過ぎだから。
「ああもうっ、笑うなよ。それより、遊ぶんでしょ?何すんの?」
立ち上がって聞くと、乙倉さんがビーチボールを拾い上げた。
「とりあえず、ビーチバレーでどうですか?」
「俺は良いけど」
「僕も良いよ」
「私も」
「やったっ!じゃあ、行きましょう!」
乙倉さんは楽しそうに海へ向かい、飛鳥もその後を追った。
荷物番は……大丈夫か。貴重品はさっき車の中に置いて来たし、大丈夫だろう。
「………冷たっ」
乙倉さんが定位置を決め、それに合わせて何となく距離を測って立つと、足に海水が当たった。そういえば、海なんて随分来てなかったけど、こんなに冷たかったけか。
「いきますよー!」
乙倉さんがサーブを放ち、それを高垣さんが拾いに行った。
ま、たまにはこんな日があっても悪くないか。そんな事を思いながら、高校時代に呼ばれていた「バレーのミーヤ」の実力を見せてやるとしようか。
ー
昼飯の時間になった。持って来た弁当はおにぎりだけ、というのも車の中で小腹が空いた時用の弁当だったから、中は空だ。つまり、海の家で食べなければならない。
と、いうわけで、海の家に来た。昼飯の時間、といっても13時半過ぎとかになっているので、少し遅めの昼飯だ。
それでも夏休みなだけあって混んでいる。よって、
「申し訳有りません、ただいま混雑しておりまして……。二人ずつでしたらすぐに座れるのですが……」
との事だ。非常に大反対だったが、飛鳥は乙倉さんと食べたいようなので、乙倉さん飛鳥と、高垣さん俺というペアで別れた。
「さて、なに食べましょうか?」
高垣さんが聞いて来たが、正直それどころじゃない。周りの野郎ども、もし飛鳥に声をかけてみろ?必殺Open the Dream Night(海パン下ろし)で警察に突き出してやるからな。
「………二宮くん?」
いや、それかウルトラハイパードロップキックを顔面にお見舞いして、二度とナンパどころか女と顔を合わせる事すら出来ない顔面にしてやろうか。うん、それも悪くない。むしろその方が良い。
「二宮くん、聞いてる?」
あっ、おい今の男。テメェ、少し飛鳥の背中に肘当たったぞ。セクハラだな?よし、殺そう。エキセントリックオメガキャノン TYPE-2ndをお見舞いしてやる。
「くたばりやがれ……!エキセントリックいだだだだだだ‼︎な、なんですか⁉︎」
耳を引っ張られ、ふと前を見ると高垣さんが俺を睨んでいた。
「もうっ、なんで
「あの、怒る時くらいそれやめません?」
怒られてる感じがしねぇんだよ。
「ていうか、無視って?」
「ずーっと声掛けてたのに、全然反応しないんだもん」
「………あ、す、すみません……。でも、妹が心配でもう……」
「大丈夫よ。あの子ももう芸能界にいるんだし、ある意味二宮くん本人よりも社会人としては上なのよ?」
「いや、まぁそうかもしれませんが……」
「目の届く範囲にいるんだし、大丈夫よ」
「そ、そうですよね………」
「もう、飛鳥ちゃんのことになるとすぐにムキになるんだから」
だ、だってなぁ……もし飛鳥に何かあったら、それはもうその時点で戦争だろ。相手が滅びるまで殴るのをやめないよ?
「それで、何を食べるの?」
「ラーメン」
「即答?」
「ラーメンなら安パイですからね。過去最大に不味いラーメンを食べたことありますから、どんなラーメンでもあれより不味くなければ食べれます」
そう、あのラーメンは一言で表すなら「お湯ラーメン」だった。スープは濁ってるのに味が一切ない。一瞬、味覚障害になったのかと思った程だ。
「私はー……カレーにしましょう」
まぁ、オーソドックスだな。海の家のカレーって馬鹿に出来ないし。具体的には、レトルトカレーと同じくらい美味い。つまり、良くも悪くも普通。
店員さんに料理を注文すると、高垣さんが声をかけて来た。
「ふー、まだお昼も食べてないのに、疲れたわね」
「もう昼ですけどね。時間的に昼飯は少し遅いくらいですよ」
「二宮くんがおにぎりをくれたお陰で、お昼を過ぎる辺りまでお腹空かなかったもの」
「そうですか?」
「二宮くん、お母さんみたいに準備良いから」
「お母さん、ですか?」
「ええ。………あ、でも変に張り切り過ぎる所はお父さん見たいかも」
「今度から気を付けます……」
いや、マジで。冷静に考えれば、浮き輪、イルカ、ボート三つ揃えるのは明らかにやり過ぎた。ネットも今日のためにわざわざ買ったからな。夏場しか出番がないのに。
「ふふ、でもそれだけ今日、私達を楽しませようとしてくれてたのよね?」
「…………まぁ、そうですね」
いや、あなたは本来は保護者役のつもりだったから、メインで楽しんでもらうのは飛鳥と乙倉さんのつもりだったけど……。まぁ、高垣さんにも楽しんでもらいたいなーとは思ってたけどね。
「今日は保護者役として来てるんで、俺の仕事はあの二人に何かないように目を光らせる事と、めいいっぱい楽しんでもらう事ですから」
「面倒見が良いんですね」
いや、それとはちょっと違うと思う。ただ、問題が起こるのと飛鳥が目の前からいなくなるのに恐れているだけだ。
後は、まぁ、せっかくだから楽しんで欲しいなーと思って。
「でも、保護者役だからと言って、そこまで気負う必要ないと思うわよ」
高垣さんがお冷やを飲みながら言った。
「………いや、他所の家のお子さんを預かってるわけだから……」
「でも、悠貴ちゃんももう中学生なんだし、少しくらい目を離しても大丈夫だと思うわよ。さっきも言ったけど、芸能界にいて普通の中学生とはわけが違うんだし。それに、あまり二宮くんが気負ってると、むしろ楽しめないんじゃないかしら?」
………ふむ、そういうものなのだろうか。確かに、俺も中学上がった時から親が過保護でウザく感じた時もあったが。
「………それに、二宮くんだってせっかく来たんだから、帰った時に『疲れた』より『楽しかった』って言いたいでしょう?」
「……………」
それは、確かにそうだ。せっかく飛鳥と海に来れたんだし、俺も楽しんだ方が良かったかもしれない。
「………そう、ですね」
「そうじゃないと、飛鳥ちゃんに『兄貴にずっと
「いや、あの、すごく台無しです」
ていうか、憑かれたってどういう意味。俺をストーカーみたいに言うなよ。
まぁ、言いたい事は伝わった。要するに、飛鳥や乙倉さんを100%楽しませるには、あの二人だけでなく俺自身も楽しむ必要があるんだろう。そういう事なら、俺も少しはエンジョイさせてもらうか。
「………まぁ、分かりました。昼飯終わった後からは、俺も少しは参加しますよ」
「うん、よろしい」
結論を言うと、高垣さんは微笑みながらそう答え、その笑みに思わずドキッとした。たまにアホなこと言われ過ぎて忘れてたけど、この人アイドルだった。笑顔がすごい綺麗で可愛い。
少し赤くなった顔を欠伸で誤魔化すと、ちょうど良いタイミングで料理が運ばれて来た。
「お待たせ致しました」
「来たわ。華麗なカレーが」
「はい?」
「あ、ラーメン俺です」
店員さんが何かを考える前に、俺は料理を受け取った。「ごゆっくり」と店員さんが言葉を残して去って行くと、俺はラーメンを啜り始めた。
「ゾボッ、ゾボボッ……。うん、予想通りの味」
あの、スーパーでよく売ってる、中にスープの素と麺の入ったラーメンの味だ。これで600円とかマジで終わってる。
一方、高垣さんはカレーを美味そうに頬張っていた。美味そうな割に、表情は少し硬い。
「んー……」
「どうしました?」
「大したことじゃないのよ。ただ、辛くないのよねぇ……」
「この時期なら別に辛くなくても良くないですか?」
「カレーが辛ぇって言えないの……」
「………本当に大したことじゃなかった……」
この人本当に何なんだよ………。歳いくつだっけマジで?職場でもこんな感じなのか?
あまりのブレ無ささに半ば呆れながら、カレーを食べる高垣さんを見ると、頬にお米が付いていた。
「………お米付いてますよ」
いつも妹にやってる感じで、つい米を取ってしまった。しかも、それを口に入れてしまった。
「へっ?」
「えっ?………あっ」
高垣さんにキョトンとした声を出されて、思わず俺も意識してしまった。あー、ヤバイ。妹ですら恥ずかしがる行為を、知り合いの異性にしてしまった。
高垣さんは一瞬だけ頬を赤らめた後、すぐにいつもの笑みに戻った。
「も、もう。私は気にしませんけど、女性にそういうことしたらダメですよ?」
「す、すみません。つい癖で………」
「癖って、もしかして二宮くん、女の子と良く遊んだりしてるんですか?」
「し、してませんよ……。過去に彼女なんて出来た事もありませんし」
シスコン過ぎて引かれて。
「ま、まぁ、次から気を付けます」
「はい」
高垣さんは黙々とカレーを食べ始めた。気にしませんけど、と言った割に耳を赤くしてたり、何故か敬語になってた事はツッコマないほうが良い奴だよな。
俺も、さっさとラーメンを食べ始めた。