楓さんと男子大学生   作:ブロンズスモー

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出発、自己紹介、ツボ、着替え、荷物持ち。

 

土曜日の朝、なんやかんやで日帰りで行く事になった海水浴。俺は準備完了すると、未だに部屋でドタバタしてる飛鳥に声を掛けた。

 

「おーい、もう行くぞ」

 

「ま、待って!もう少し………!」

 

「だーから、昨日早く寝ろって言ったろ」

 

「ね、眠れなかったんだよ!」

 

「楽しみで?」

 

「そうそう、楽しみで……って、ち、違うから!普通だから!」

 

いや別に楽しみでも良いと思うけど。まぁ、飛鳥の準備は俺が済ませておいたし、着替えと歯磨きさえ完了すれば大丈夫だろう。

 

「……あれ⁉︎僕、今日の準備したっけ⁉︎」

 

「してただろ。廊下にお前のボストンバッグ落ちてるぞ」

 

「本当に⁉︎良かっ……!」

 

そこまで言って飛鳥のドタバタは止んだ。なんだ?準備完了したのか?と、思ったら、扉から出て来てすごい形相で俺を睨んでいた。

 

「………昨日は僕、悠貴と電話で話してたから準備完了してるはずがないんだけど」

 

「え?そ、そう?」

 

「中、見させてもらうぞ」

 

「へっ?」

 

飛鳥は俺の手からボストンバッグを奪うと、中を確認した。中には水着、バスタオル、日焼け止め、パーカー、肩掛けタオル、水筒、予備の服、予備の下着が入っている。

下着を見つけた直後、飛鳥は怒りと羞恥の混ざった真っ赤な顔で俺を睨んだ。

 

「…………何か言い残す事は?」

 

「黒の下着は早過」

 

ビルドナックルばりの威力のボディブローが見事にレバーを捉えた。偽物語なら、俺は壁を突き抜けて後ろにぶっ飛んでいたであろう威力の。

とりあえず、良い旅立ちになりそうだと俺は悟った。

 

 

 

 

車に乗って、俺は待ち合わせ場所の駅に向かった。飛鳥はすごく怒ってたので、土下座して朝飯代わりに朝○ックで許してもらった。我が妹ながらチョロい奴だ。

 

「あむっ……んぐっ……ごくっ、ふぅ……。そういえば、もう一人保護者連れて行くって話だったけど、誰なんだ?」

 

助手席の飛鳥がナントカバーガーに噛り付きながら聞いて来た。口元にソースかついてたので、俺は左手を伸ばした。

 

「ソース付いてるぞ」

 

「んっ……ありがと」

 

「ペロッ」

 

「い、今舐めたな⁉︎」

 

「舐めてない」

 

「舐めただろ!」

 

「舐めちった☆」

 

「や、やめろよ!恥ずかしいな!」

 

「ごめんごめん」

 

「も、も〜……バカ兄貴………」

 

顔を赤くしながら、ハッシュポテトを齧る。ああああ可愛い撫でくりまわしたいんじゃ〜。

 

「それで、誰なんだよ」

 

「え?」

 

「もう一人呼んだって人」

 

「この前、虫取りでお世話になった人だよ」

 

「…………ふーん」

 

「え、何怒ってんの?」

 

「怒ってないし」

 

えぇ〜……。でもなぁ、俺一人で子供二人の面倒を見切る自信はないし、仕方なかったんだよ………。

しかし、冷静に考えりゃすごいよなぁ。女の子二人と女性一人と海に行く事になっちまった。あの時はテンパってて現状をなんとかしようと、つい高垣さんを誘っちゃったけど、迷惑じゃなかったかな。ていうか、出会って1回目でお泊まり、2回目で海ってチャラ男かよ……。

少し反省しながら運転してると、ようやく駅に到着した。駅前では、見覚えのあるグレーの髪の女の子が待機してるのが見えた。

 

「ふぅ、着いた。飛鳥、乙倉さん呼んで来て」

 

「自分で呼んでくれば」

 

「いやいや、俺は乙倉さんと面識ないから。どう見ても不審者になるから」

 

「……………」

 

「分かった。今度、鎖鎌のオモチャ買ってやるから」

 

「行ってくる」

 

厨二病は扱いやすい。

しばらく車の中で待ってると、飛鳥は何か話した後に乙倉さんを連れて来た。それに合わせて、俺は車から降りた。

 

「あ、お兄さんですかっ?乙倉悠貴ですっ、今日はよろしくお願いしますっ」

 

「あ、うん。そこの奴の兄の慎二。荷物ちょうだい、トランクに乗せるから」

 

「はーいっ」

 

素直な子だ。というか可愛い。流石アイドル。

乙倉さんの荷物を預かり、車のトランクに入れた。ああ、この保護者感がたまらねぇぜ……!一回で良いからやってみたかった……!

乙倉さんは後ろの席に乗り込み、飛鳥も助手席から乙倉さんの隣に移動した。

さて、後一人だ。約束の時間まであと五分、まぁ高垣さんの事だし、すぐに来るでしょ。そう思っていた通り、すぐに来た。って、服装スゲェな。モデルさんみたいだ。

 

「お待たせ、二宮くん」

 

「あ、どうも。おはようございます」

 

「おはよう」

 

「荷物もらいますよ」

 

「あら、お願い。匂いとか嗅いじゃダメよ?」

 

「かっ、嗅ぎませんよ!」

 

荷物を受け取り、トランクに乗せ、俺は一番前の運転席に向かおうとしたが、高垣さんが助手席の前で固まってるのに気付いたので、助手席の方に歩いた。

 

「どうかしました?」

 

「………ねぇ?」

 

「えっ?」

 

あ、その笑顔やめて。目が笑ってない怖い。

 

「………中ではしゃいでる子達はなんなの?」

 

「え?ああ、妹です。それとその友達」

 

「…………えっ、なんで?」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ?妹が友達と海に行くって言ってたんですけど、JC二人じゃ危ないじゃないですか。それで、保護者役ってことでお願いしたんですけど……」

 

「聞いてないわよ」

 

「あーすみません……ついうっかり」

 

あ、怒ってる。あー、なんで説明忘れたんだ俺。とにかく、なんか理由言わないと………。

 

「……や、まぁ、でも俺も海行きたいとは思ってましたし。大学には友達ほとんどいないし、高垣さんしか頼れる人がいなかったんです………」

 

何とかそう説明すると、高垣さんはため息をついてから言った。

 

「……そういうことなら良いけど、今度からそういう事はちゃんと事前に言う事。良いわね?」

 

「………はい。すみません、言葉足らずで」

 

「私だって今日、二宮くんと海デートだーって、楽しみだったのよ?」

 

「で、デート⁉︎」

 

「冗談よ」

 

くっ……!からかわれた………!相変わらず、この大人な感じがたまんねぇぜ………!

 

「それより、妹さん達を紹介してくれる?」

 

「あ、はい」

 

言われるがまま、後ろの席の扉を開けた。お喋りしていたJC二人がピタッと止まってこっちを見た。

 

「二人とも、ちょっと良い?」

 

「はい、なんですかっ?」

 

「今日の保護者二人目の人が来たから、今のうちに紹介しとくわ」

 

「セカイに選ばれた方か」

 

「え、いや選んだのは俺だけど。あ、俺の意見がセカイの意思なの?何それカッコ良い」

 

「良いから紹介してよ」

 

「お、おう……」

 

怒られたので、高垣さんに手招きしてこっちに来てもらった。

 

「高垣楓です」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「よろしくお願……えっ?」

 

三人が顔を合わせた直後、何故かフリーズした。えっ、なんなの?蛇、カエル、ナメクジなの?

 

「「「……………」」」

 

………やべっ、なんかすごいやらかした雰囲気が……。大丈夫かな、今回の海水浴。

 

 

 

 

しかし、車を走らせてから俺の心配は杞憂に終わった。三人は知り合いだが、別に仲が悪いわけではなかった。今も三人でお話ししている。高垣さんは助手席だが。

むしろ、別の心配が発覚した。………飛鳥と乙倉さんと知り合いって事はさ、間違いなく高垣さんもアイドルじゃん………。虫取りの時、「プロデューサー」の単語で気付くべきだった……。

俺、アイドルと一泊二日の虫取り旅行に行き、アイドルを保護者代わりに海に行こうと誘ったのか………。ていうか、保護者が増えたどころか子供が増えた気分だ。

 

「それで、兄者はセカイに阻まれた僕に手を差し伸べてくれたんだ。……興奮して猿山に落ちそうになった僕に」

 

「へぇー!お兄さん、力持ちなんだっ」

 

()()()()()()()()()良かったわね」

 

………や、本当に子供が増えたみたいでもう……。ていうか、飛鳥。恥ずかしいから昔の思いで語るのやめろ。

まぁ、この三人が綱手自来也大蛇丸的な関係じゃなくて良かった。あんな一触即発だったら俺の胃が保たなかったな。

しかし、昔はよく家族旅行は親父に車で連れて行ってもらっていたが、こんな気分だったのか。何というか……会話に混ざれなくて寂しい。四人しかいないのに一人と三人に別れるとかマジでどうなってんの……?いや、まぁ運転に集中しなくちゃいけないから、話し掛けられてもパッと返事できるか分からないけどさ。

すると、後ろから「ぐぅっ……」と可愛らしい音が鳴った。ふとバックミラーを見ると、乙倉さんが頬を染めて俯いてるのが見えた。

 

「……悠貴、お腹空いたのか?」

 

「う、うん。まだ、朝ご飯食べてなくて……」

 

「そうだったのか」

 

飛鳥と乙倉さんの話を聞きながら、飛鳥に声を掛けた。

 

「飛鳥、俺の鞄におにぎり入ってるからあげて良いよ」

 

「だって、悠貴」

 

「すみません、ありがとうございますっ」

 

「中身、昆布とシャケと梅あるから」

 

「は、はいっ」

 

そんな話をしてると、隣の高垣さんが声を掛けてきた。

 

「準備良いのね」

 

「まぁ、今日は保護者なんで。過去の家族旅行を振り返って、必要そうな物は全部持って来ましたから」

 

「例えば?」

 

「ビデオカメラ、水鉄砲、弁当、浮き輪、空気で膨らませるイルカ、空気で膨らませるボート、ビーチボール、かき氷作る奴、氷、スプーン、器、飲み物、キンキンに凍らせた飲み物、スイカ、子供用木製バット、ビニールシート、ビーチパラソル、ネット、ゴーグル」

 

「本気出し過ぎよ……」

 

そう?パパちょっと張り切り過ぎちゃったかなー?

 

「ネットって……ビーチバレーの?」

 

「はい。高かったんですよ?アマ○ンで一番安いの買いました」

 

「いやそれでもいくらしたの?」

 

「四千円くらい」

 

「……………」

 

「え、なんで呆れるんですか」

 

「何でもないわ。それより、ネットでネット買ったの?」

 

「そうですけど………んっ?」

 

え、今の確認……偶然だと思いたいけど、この人の場合多分わざとだよな……。

 

「ふふっ……♪」

 

おい、なんだよそのドヤ顔……なんでそんな満足そうなんだよ。途中まで気付かなかったし。

 

「………ぷふっ」

 

「「えっ?」」

 

突然、吹き出した飛鳥の声に、俺と乙倉さんは思わず声を漏らした。えっ、あいつ今笑った?

 

「そ、そうだ。高垣さんも食べますか?おにぎり」

 

「えぇ、いただきます」

 

「昆布とシャケと梅がありますけど」

 

「美味ぇ梅でお願いします」

 

「…………あ、飛鳥。梅のおにぎり一番左にまとまってる奴だから取ってあげて」

 

「ぷふふっ……梅が、美味ぇ……!」

 

「…………」

 

………笑いのツボが割と浅い飛鳥も可愛いなぁ。それ以外は何も思わないことにしよう。

 

 

 

 

海に到着した。車のカーナビを見ながら駐車を完了させると、後ろの二人に声をかけた。

 

「おーい、着い……なんだこれ」

 

声をかけながら後ろを見ると、前の席と後ろの席の間をバスタオルで塞がれていた。なんだ、秘密基地ごっこか?昔、よく飛鳥とやったわー。

けど、着いたなら声を掛けなければならない。

 

「おい、何してんだよ」

 

タオルを払って後ろの席を見ると、二人は思いっきり着替え中だった。ピタッと動きを止めて二人は俺を見た。徐々に赤くなっていく顔。徐々に、なのに真っ赤になるのが早かった。赤い彗星かよ。

 

「こんのっ……!エロ兄貴ぃいいいい‼︎」

 

飛鳥の足刀が俺の頬に減り込み、顔面からハンドルに突っ込んだ。後ろからのバスタオルの防壁を作る音を聞きながら、鼻血の垂れた顔を上げた。

 

「………なんで飛鳥が蹴るんだよ……。お前は兄妹じゃん」

 

「………鼻血なんて垂らして、いやらしい」

 

隣の高垣さんからも冷たい声が投げかけられた。いや、わざとじゃないのはあなたも分かってるはずなんだが……。

 

「少しは心配して下さいよ、高垣さん……」

 

「それより、車から出て行ったらどうですか?」

 

「そこまで言いますか……」

 

「いや、そうじゃなくて。私も後ろで着替えますから」

 

あ、なるほど。まぁ、後ろの窓は外から見えないようになってるし、大丈夫だと思うけど。でも人の車でよく着替えられんな……。

高垣さんは足元の日除けのシートをフロントガラスの前に置くと、バスタオルを取った。俺は慌てて目を背け、車から降りた。

 

「…………暑い」

 

とりあえず、乙倉さんが大人なのは身長だけで、オッパイはそうでもない事が分かった。

数分後、着替え終わったのか女子達が出て来て、俺も着替えて、ようやく海に向かった。駐車場から海まで、3分ほど歩かなければならない。それなのに、張り切り過ぎた上にやらかした俺は、飛鳥と乙倉さんの荷物も持つという、「筋トレでもしてんの?」みたいな荷物の量を抱えて、高垣さんの隣で歩いていた。

 

「………大丈夫?持ちましょうか?」

 

「………平気です」

 

女性に持たせられるか。こんな重い荷物を。

前では、JC二人が元気に先を走っている。って、ちょっと先に行き過ぎかな。

 

「おーい、先に行くなー」

 

「良いじゃない、元気なのは良い事よ?」

 

隣の高垣さんが口を挟んで来た。いや、まぁその通りだけどさ……。

 

「いやいや、子供が三人に増えた保護者の身としては、もう少し大人しくしてもらいたいものですよ」

 

「あら、三人目は誰のことかしら?」

 

「数え間違えてました」

 

「もうっ……そういう事言うと、私も前の二人に混ざっちゃうわよ?」

 

「あっはっはっ、その絵は流石に一人浮きすぎて高垣さんが恥ずかしいんじゃないですか?」

 

「二宮くん?」

 

「こめんなさい、調子乗ってました」

 

「もう知りませんっ。私も二人の所に行っちゃうから」

 

「えっ、ちょっ……」

 

俺を捨て置いて、高垣さんは先に歩いてしまった。

 

「………暑いのに冷たい」

 

目尻に溜まった涙を拭い、俺は三人の後を追った。

 

 


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