楓さんと男子大学生   作:ブロンズスモー

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昆虫採集、大雨洪水警報、出会い、一泊。

ある日、俺は一人で山の間の道を歩いていた。現在、カブトムシ取りに来ている。小学生の時によく取ってたので、ついつい思い出して懐かしくなり、暇なので取りに行きたくなって、いい歳した大学生が一人で電車に乗って山奥に行ってカブトムシを追いかけ回し、一匹も取れなくて帰ろうとした所で雨に降られ、たまたま持ってた折りたたみ傘をさして帰宅を開始し、現在に至る。

道が分からないことはない。だが、歩くのが非常に面倒臭い。雨降ってるし虫かご持ってて恥ずかしいし、斜めに降ってるから脚には雨が当たるしで最悪だ。

で、こんなビショビショな状態で電車に乗って周りの客から迷惑そうな目で見られるんだろ?知ってるよ俺?

ま、傘があるだけマシと思うしかないか。そう思いながら歩いてると、ボロボロのバス停で一人の女性が空を見上げてるのが見えた。不安そうな表情で、大きな荷物を横に置いたまま、スマホをいじっている。

………そのバス停、もう使われてないんだけどな。うーん、どうしよう。地元の人?だったら多分、雨宿りしてるだけだし……いやでもこの雨そんな簡単に止まないだろうし、あのままいたら風邪引くでしょ……。でも見ず知らずの俺が声を掛けて良いのか………?

 

「……………」

 

………でも見過ごせないなぁ‼︎気になるなぁ!一度見ちゃうと!

なるべく恩着せがましくならないように、さりげなく傘だけでも置いてこよう。

とりあえず、バス停の下まで歩いて大人しくなった。傘を畳み、バサバサと水を払うと柱に立て掛けた。

 

「……………」

 

こういう時はバスの時刻表確認するのが自然だよな……。使われてないバス停の時刻を確認する事ほど間抜けな事はないが、まぁこの際仕方ない。

時刻表を確認すると、コホンと咳払いしてから呟いた。

 

「こ、このバス停止まってんじゃんー(棒読み)」

 

………俺に演技の才能はなかった。

だが、言っちまったもんは仕方ない。傘は置いてあるし、さっさと下山しよう。

そう決めてさっさと屋根の下から出た直後「あ、待って」と声を掛けられた。

 

「えっ」

 

あ、俺のバカ。なんで足止めてんだよ。

 

「傘、忘れてますよ?」

 

やっぱそうなるよね。どうしよう、なんて返そうかな。

 

「あ、いやそれ俺のじゃないんで。捨てられてるものなら使っても大丈夫じゃないでしゅか?」

 

バレバレにも程がある嘘をついた。しかも噛んだし。

すると、キョトンとした真顔になる女性。まぁ、そうなるわな。と、思った矢先、女性はクスっと小さく笑った。

 

「ありがとうございます。でも、貴方が風邪を引いてしまいますから、この傘は使ってください」

 

「え、でも………」

 

「私はもうすぐ迎えが来るはずなので大丈夫です」

 

その直後だった。ピシャアァァァンッとすごい雷の音が聞こえた。俺は慌てて傘を捨てて屋根の下に入った。

 

「っぶねぇ……雷………」

 

「………雨、強くなって来ましたね。よろしければ、これから来る迎えの車に乗って行きますか?」

 

「え、いやそんな……」

 

「傘も使えないんでしょう?それくらい大丈夫ですよ」

 

「………すみません」

 

「いえいえ、これも何かの縁ですから。()()()()()()待ちましょう?」

 

「はい。………はい?」

 

この人今すごいオッさん臭いギャグ言わなかった?いや、偶然か。偶然だよね?こんな残念美人がリアルにいてたまるか。

すると、ピリリリッとおそらく着信音が鳴り響いた。俺のスマホではない、常にマナーモードだし。となると、お姉さんの方か。予想通り、お姉さんの方だった。

 

「もしもし?……あ、プロデューサーさんですか?」

 

プロデューサー?もしかしてこの人、何かの芸能人の人なのか?確かに美人だし、なんかモデルかアナウンサーって感じのオーラは出てるけど……や、でもプロデューサーという言葉だけでそう判断するのは軽率かな。とりあえず何も聞かないでおこう。

しばらく隣の女性は何か話した後、電話を切った。で、俺に申し訳なさそうに言った。

 

「………あー、その……」

 

「なんですか?」

 

「………大雨洪水警報で迎えにこれないみたい……」

 

「えっ」

 

何それ。え、これどうすんの?詰んでね?

 

「それで、この近くに古い宿屋があるみたいでして、そこになんとか泊めてもらえるよう頼んでくれてるみたいなの。とりあえず、そこに行ってみましょう?」

 

「古い宿屋、ですか?でも俺、金ないですよ」

 

帰りの電車賃の分しかない。

 

「大丈夫です、経費で落としますから」

 

「経費って……やっぱり、社会人の方なんですか?」

 

「ええ、そんなところです。それでよろしいですか?」

 

「は、はい。まぁ、この状況が打破出来るなら。………でも、そこまでどうやって行くんですか?」

 

「それは……走るしかありません」

 

「はっ?」

 

「行きますよ!」

 

「いやちょっと⁉︎」

 

女性の方は走り出したので、俺は慌ててその背中を追った。大人しそうな外見して意外とやんちゃな人なのか?

 

 

 

 

宿に到着した。前持って連絡していたからか、宿の女将さんはタオルと風呂の準備を済ませておいてくれた。荷物を女将さんに預け、風呂に入った。風呂に入る前、女性はなんか心なしか震えていた。多分、寒かったんだろうな。風邪引かないことを祈るばかりだ。

風呂を終えた頃には、既に夜の8時を回っている。この時間じゃ、もう晩飯は出ないかな?

とりあえず、自分の部屋に向かった。確か、102号室だっけ?正直、風呂は狭いし、窓には蜘蛛の巣あるし、というか風呂の窓開けっ放しだし、風呂場のトイレにカマドウマがいるしで宿としては最悪だが、贅沢は言えない。こんな急で泊めてくれたのだから、感謝するべきだろう。

部屋に戻ったらとりあえず服を干そうと心に決めて部屋の中に入ると、さっきの女の人がビールを飲んでいた。

 

「………はっ?」

 

「あら、おかえりなさい」

 

おかえりなさい、じゃねぇよ⁉︎あれ、もしかして部屋間違えた?なんだ恥ずかしい。

扉に下がってる番号を確認すると、102と書かれている。

 

「部屋は間違っていませんよ?」

 

呑気な口調で返され、ブハッと噴き出した。

 

「ど、どういうっ……⁉︎」

 

「急だったもので、この部屋しか空いていなかったみたいですよ」

 

「ま、マジかよ……」

 

で、出会ったばかりの女性と一つ屋根の下とか……どうかしてるぜ、神様。とりあえず、感謝しておくけど、俺が死んだら一発殴る。

 

「とりあえず、 入って来て下さい。廊下で寝ていただくわけにはいきませんし、事こうなった以上は仕方ありませんから」

 

「………失礼します」

 

自分の部屋に入るのに「失礼します」っていうのも変な気もするけど。

部屋に入り、自分の荷物を見た。まぁ、虫かごとスマホと財布とSuicaだけなんだけどね。中身も無事だ、問題ない。別に疑っていたわけではないけど。

さて、先に寝ちまおう。布団を敷いて、横になった。

 

「では、おやすみなさい」

 

「………まだ夕ご飯食べてないですよね?」

 

うっ、痛い所を………。

 

「そ、そうですけど……でも、大丈夫です。一日くらい」

 

「………そう気を使わないで下さい。そこまで避けられると、少し傷付きます」

 

「……………」

 

ふむ、少し失礼だったか。それは申し訳ない。まぁ、晩飯くらい一緒に食うか。

 

「………すみません」

 

「はい」

 

素直に謝ると、微笑みながら返事をしてくれた。その笑顔が余りにも綺麗だったので、少し照れて顔を背けてしまった。

とりあえず、女性の座ってる座布団の前の机を挟んで向かい合うように座った。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。高垣楓です」

 

「………は、はぁ」

 

「……えっと、ごめんなさい。自分で言っておいてなんだけど、自己紹介はあまり得意じゃないんです」

 

「あ、そ、そうでしたか。えっと……俺は二宮慎二です。大学生」

 

「やっぱり歳下だったのね」

 

やっぱりってどういう意味だよ。ガキっぽく見えたって事ですか?

 

「歳はいくつ?」

 

「20です」

 

「もう飲めるんじゃない。ビール飲む?」

 

「………ていうか、それどうしたんですか?」

 

それ、というのは高垣さんが手に持ってるビールの缶だ。机の上には摘みが広げられている。

 

「女将さんにいただいたんです」

 

何やってんだよあんた……。それに、俺はついこの前、20歳になったばかりだぞ。

 

「いただきます」

 

飲むに決まってんだろ。

 

「それより、晩飯はどうなるんですかね。やっぱり、夕方にギリギリだったんで出してはもらえないんでしょうか」

 

「いえ、残り物で良いなら作っていただけるようでしたので、もうすぐ持って来ていただけると思いますよ」

 

残り物かぁ……。ま、仕方ないよなぁ。今日は本当ついてないや。いや、こんな美人さんと同じ屋根の下で慣れるってのはアホほどついてるけど。

すると、料理が運ばれて来て、ようやく晩飯。残り物にしてはすごい美味そうだ。この宿の女将さんは飯作るのは上手いみたいだ。

 

「さて、ではいただきましょうか」

 

俺に缶ビールを一本手渡すと、高垣さんは缶ビールを持って言った。

 

「いただきます」

 

「乾杯」

 

「え?あ、か、乾杯」

 

乾杯すんのかよ。まぁ、酒飲む人にとっては当たり前の儀式なのかもしれない。

缶と缶を軽くぶつけて、飲み物を飲むと、早速料理に手をつけた。正直、すごく腹減ってます。

 

「美味っ」

 

美味い。なんだこれ。想像していた50倍くらい美味いな。伝えてくれ、美味であったと!

 

「あらほんと。美味しいわね。ビールにも合うし」

 

高垣さんも気に入ったようで、パクパクと飯を食べていく。理由がオッさん臭いが、実際に合うので仕方ない。

 

「特にこの、丁寧に()()()()()がとても美味しいわ」

 

「……………」

 

………気の所為だよな?気の所為だと言ってくれ頼むから。仮に気の所為だったとして、笑うべきなのか?俺、演技下手くそだし、乾いた笑いしか出来ないと思うんだけど。

そんな事思ってると、ピシャアンッとまた雷が鳴った。

 

「っ」

 

「雨、全然止む気配が無いですね」

 

「っ、え、ええ、そうですね」

 

「明日までに止んでくれりゃ良いんだけど……」

 

懸念はそこだ。経費とやらで俺の分の宿代も落としてくれているから今晩の分は平気だが、明日以降もこの強い雨だとすると、経費で落ちない可能性も出て来る。どこの会社だか知らないが、会社の金だって無尽蔵ではないだろうし。

 

「雨の事なら大丈夫のはずですよ。天気予報だと、明日の午前中には晴れているそうですから」

 

問題なかった。俺の不安を返せ。

 

「それはよかったです」

 

一応、返事をしておいた。すると、今度は高垣さんが質問してきた。

 

「所で、二宮くんはこんな所で何をしていたの?」

 

「へっ?」

 

「いや、大学生が一人でこんな山奥で虫かごを持って何してたのかなーと思って……」

 

ああ、うん……怪しいよね。知ってた。まぁ、その質問はいつか来るんじゃないかと予想はしていたさ。

 

「その……カブトムシ採りを」

 

「へっ?」

 

「いや、本当何と無くなんですよ。最近、カブトムシ見てねーなーと思って。そうだ、カブト狩りに行こう!ってなって、気が付いたらこんな山奥に来てて……ほんと何してんだ俺」

 

「じゃあ、地元はどこなの?」

 

「東京ですよ。今は妹と二人暮らし」

 

「……あら、妹さんいるの」

 

「はい。つっても、厨二病満開のアホな妹ですけどね」

 

そう返しながら、食べ物を口に運んだ直後、またゴロゴロと雷が鳴り響いた。山の中なだけあって、迫力は凄まじい。どっかでサスケとイタチが戦ってるんじゃないか?

そんな事を思って、また魚を口に運ぶと、机の上に水溜りがある事に気付いた。その近くにはビールの缶が転がっている。

 

「って、高垣さん!ビールビール!」

 

「へっ?……あっ」

 

やっべ、この宿基本はボロくて虫たくさんいるから、ビール溢すだけで何が寄ってくるか分かんねえぞ。

俺は慌ててタオルを持って来て、机の上を拭いた。幸い、高垣さんには掛かっていない。何とか拭き終えて、タオルを干すと食事に戻った。

 

「……す、すいません、二宮くん」

 

「い、いえ」

 

申し訳なさそうに高垣さんは呟いた。意外とドジな人なのかな……?

 

「ついでに、私はタバコも()()()()()

 

気の所為だった。あんま気にしてなかった。

多少のトラブルはあったものの、食事を終えて歯磨きをし、睡眠の時間。元々初対面なわけだし、特に話すことがあるわけでもなかったので、10時半といういつもより早い時間に布団に入る事にした。

大きな宿ではないので、当然部屋も広くない。男女別に仕切りを作るスペースも無く、二枚布団を並べるしかなかった。

 

「おやすみなさい」

 

さっさと挨拶して、俺は寝る事にした。ビール飲んだ後で少し酔ってるだろうから、変な気を起こす前にさっさと寝ないと。

 

「……あ、はい。おやすみなさい」

 

高垣さんは1テンポ遅れて挨拶した。俺は高垣さんに背中を向けて目を閉じた。

 

「……………」

 

ねっ、眠れるかあああああああ‼︎健全な大学生がこんな状況で眠れるわけねぇだろ‼︎バカにしてんのか⁉︎

そもそもなんだ?なんでこうなった?なんか流れとかテンパりでこうなったけど、もっと回避する方法はいくらでもあったんじゃないのか?しかも、高垣さんの方は何らかの仕事中だぞ?

ああ、どうしようほんとに。まぁ、別に何か起こるわけでもないんだし、別に良いんだけどさ。高垣さんだって、たまにボケた事を言うだけの良い人だし、変な気を起こす可能性なんてゼロだ。

 

「……………」

 

寝よう寝よう。俺はそう思って目を閉じた。その直後、ピシャアァアアアアンッと雷のすごい音が響いた。

 

「っ!」

 

直後、床からビクッという振動が俺の身体に伝わって来た。地震ではない、という事は何処かから振動が伝ってきたという事だ。雷から?いや、それはない。確かにあの音はどっかに落ちたかもしれんけど。

それはともかく、じゃあ今の振動は何処から?それは恐らく、俺の後ろからだろう。雷の音にビックリして、高垣さんが震えたのかもしれない。

まぁ、今の雷の音は確かに大きかったし、仕方ないと言えば仕方ないだろう。

一応、気になったので後ろを見ようとした。その前に、後ろから腰の辺りの服を掴まれた。

 

「っ?」

 

「………二宮くん、起きてる?」

 

「は、はいっ?」

 

「…………ごめんなさい。その、良いかしら?」

 

「なんですか?」

 

ちょうど眠れなかったし、眠れるまでの暇潰しなら大歓迎です。とりあえず、後ろを振り向くと、高垣さんは頬を赤らめて俺を上目遣いで見ていた。

浴衣の隙間から見える浅い胸の谷間や息遣いが妙に色っぽく、思わず俺も少し興奮してしまった。………おいおいおい、まさかとは思うけど………。

思わずつられて、俺まで顔を赤くした直後、高垣さんはポツリポツリと口を開いた。

 

「……その、私……雷が苦手なの」

 

「はいっ?」

 

「…………ほら、大きな音がすごいじゃない?だから、その……苦手で」

 

自分の短絡的思考回路、甚だ恥じたい。

………いや、冷静に考えたら、結構思い当たる節はあるな。もしかして、バス停から走り出したのも怖さを紛らわせるためか?

 

「だから、その……初対面の人にこんなこと頼むのは、アレだけど……一緒に寝て欲しい、なんて……」

 

………いや、一緒に寝てるじゃん。これ以上どうしろと……。と、普段の俺なら思っただろう。

だが、この日の俺はビールで少し酔っていた。いや、もしかしたら高垣さんも酔っていたのかもしれないな。とにかく、後から考えたら死にたくなる答えを出した。

 

「…………手を繋げば、怖くなくなるかもしれませんよ」

 

「………………」

 

すると、高垣さんは無言で俺の手を取った。お互いに肘を折り曲げて、お互いの胸前で手を繋ぐと、二人で向き合って目を閉じた。

 

 


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