「しかし……本当に妖怪なのだな。こうして拳を合わせないと気付かん」
「あぁ、いやまぁよく言われますよ」
試合も終わり呆然としている暁雨と笑顔の羽麗の前でそんな会話を交わす二人。それにしてもだと強さの秘訣を問おうとしている所でもあったりする。
仁もやはり、求道者であり闘士を持つ者。美鈴のような才覚もあり強さを従える武を見れば、それは話が聞きたくなるものだろう。
が。それをしようにも気になっている様子の暁雨はついに仁の方へと向かってきた。
「じ、仁! いきなり戦ったり引き分けたり、どうしたの!?」
「どうもこうもない。俺もまだまだという事だ。それにこの人は強いぞ」
「いや、私もまだまだですよ。腕も随分鈍ってます」
「うんうん。感じあってくれたようで何よりだよ」
暁雨の問いかけをすぐに返答した仁は、美鈴を褒め称える。対して美鈴はまだまだだと苦笑いしているのだが、羽麗はそれを楽しそうに見ている。
因みに、だが。仁と暁雨は仲が悪い訳では無い。むしろ仁が不器用過ぎるのだが、それは仕方ないのかもしれない。何せ父に祖父は不器用の塊なのだ。
それはともかくとして、そんな二人を眺める羽麗はどことなく保護者のような雰囲気を出しつつも美鈴の手を取る。
「それでは服と下着も揃えましたし、格闘も終わり。そろそろ買い物を再開しましょうか」
「あ、えっと。はい。わかりました。羽麗さん」
こうして手を取られることにはやはりまだ慣れていない。そんな感想を抱く美鈴だが、不思議と悪い心地ではないから受け入れている。
羽麗もその様子により案外こういうのも悪くないなぁと内心思いながらも彼女を連れ歩くことにした。
「あ、羽麗。買い物に戻るの?」
「なんだ、もう行くのか」
「ええ、まぁ。まだまだ揃えたいものがありますからね」
羽麗の言葉は最もで、まだ買い物が終わっていない必要不可欠な物がある。携帯等がそれだ。
と。そこでどこからかの視線を感じた羽麗は振り返る。するとそこには。
「あら、では私もご一緒して宜しいでしょうか? 羽麗」
「……一美さん!?」
なんと、和服美人な幼女がそこにはいた。目は憂いと鋭さをどこか感じるのだが、幼い体型がなんとも言えない。そんな幼女である。
だが、驚くことなかれ。この人物は羽麗よりも遥かに歳上である。
「一美お祖母様。何故ここに?」
「仁。お姉さんと呼んでと何回言えば……」
「お、お祖母様ですか!? この幼い人が!」
美鈴はなんとも如何わしいものを見た気分になる。それもそうだ。この幼女が子供を産めるのか等という感想である。
勿論その答えも彼女が持っている。何故か?と言われれば直ぐにそれは分かった。
「平八さんの作った新薬をちょっと飲みすぎたんです。若返りの薬……これは良いですね」
「なんですかそれ!? 永琳さんですら作るかどうか……」
美鈴の驚きは至極当然である。というか、普通なら作りようがない代物なのだが、軽く作られているあたり技術力の高さが伺われる。
因みに彼女が言う永琳というのは幻想郷に置ける随一の薬師で、あらゆる薬を作る程度の能力というものを持っているのだが、大体新薬を作っては弟子である鈴仙・優曇華院・イナバという玉兎が大体犠牲になっているのだ。
ともあれ、そんなマッドサイエンティストのような薬師ですら作っていない薬だからか美鈴は頭を抱える。外の世界の本にはこんなものは、載っていない……そんな呟きを心の中でした後、一美に向き直る。
「と、取り敢えずその。一美さんも来られるのですか?」
「ええ、行きます。平八さんの名前を使えば簡単に物が手に入りますね。さぁ、羽麗。準備しなさい」
「うわぁ……わ、分かりましたけど、相変わらずの三島財閥っぷりですね。まぁ良いんですが」
羽麗。ドン引きである。これが良くあることだからと納得しなければならないのは目下悩みの種だ。
そう、一美は三島財閥の当主夫人。八条家というとある特殊な家から嫁入りした女性なのだ。
改めて説明するのだが、三島財閥というのはこの世界の政界すらも操れるような財閥で、施設軍隊もあるという噂があるがそれは事実。鉄拳集という存在が警察や軍に協力していて日本の平和は守られている。
そして、その三島財閥はThe King Of Iron First Tournament.通称鉄拳トーナメントを開き、異種格闘大戦を広めていることから人気も高いのだ。
その社長夫人である一美は美貌やらなんやらで有名なのだが、その実年齢は言わない方が身のためだ。
「さて、それでは行きましょう。羽麗。店はあそこですよ」
「分かりましたよ一美さん……はぁ。相変わらず三島家は自由だ」
「な、なんだか大変そうですね。羽麗さん」
「これがいつもの事だから。もう慣れた。行こう、美鈴さん」
なんとなく哀愁漂う羽麗に美鈴は苦笑いを隠せない。一美に連れられていく羽麗を見ては、仁ははぁ。と溜め息を吐く。そして、一言。
「羽麗。頑張るといい」
「仁。それ、見捨てたと同じだよね?」
「言うな」
■■■
「羽麗さん。ここは何を売っている場所なんですか?」
「携帯さ。遠くの人と話せるような機械を売っている場所なんだ」
「そういう事です。美鈴さんでしたね。好きなものを選んでください」
そんなこんなで、彼彼女達は携帯ショップへとやって来ている。スマホがメインのこの時代。色々なものを見るが一際目を引くなんてものはそうそうないと言おうとしたいのだが、やはりというか三島財閥製の物はなんとも多機能で目を引く。
多機能でありながらもハイスペック性能。本当に三島財閥は何処を目指しているのか本当に気になるものである。
という訳で、一美は当然のように三島財閥製造のスマートフォンを手に取った。因みにそのスマホ。値段は安めの割に対ショックガラスだったりマイクロSDが使えたりダウンロード出来たりUSB変換機能のコードが付いていたり、イヤホンマイクは無駄に高性能だったり本当になんでもありだったりする。
そんなスマホを店員に少し話してから、その店員が慌ただしい様子でドタバタしつつもすぐに契約を終えている様子を見て羽麗は思う。
「一美さん。ああ見えてたまにぶっ飛んだことするよなぁ」
実際その通りなのか、すぐにスマホを受け取りにこやかに美鈴と羽麗のもとに歩いてくる彼女は、嬉々としたものなのだが、おそらく他人を驚かせてしてやったりの顔なのだろう。お茶目だ。
対して羽麗は悩ましそうに頭を抱える。ああ、またか。的な感覚で。
店の方はてんやわんや。一美の表情は完全に嬉しそう。そしてそれを見て悩ましげな羽麗。その三セットの間にいる美鈴はなんとも言えない顔で笑った。
「え、えっと。買ってきてくれたんでしょうか? ありがとうございます」
「ふふ、良いのですよ。羽麗のお知り合いですから」
美鈴に一美はスマートフォンを手渡しする。その質感はなんとなく初めてのもので、美鈴はちょっとした戸惑いを感じるが、それでも悪いものではないと思った。
そしてその後、一美はにこやかに微笑む。理由はただ一つだった。
「気でわかります。貴方は幻想郷からお出でになられたのですね。ならば、お手伝いする事は当然です」
「っ、か、一美さん。幻想郷を知ってるんですか!?」
「ええ、勿論。私達八条家の言い伝えと、三島家のとある理由から友好的でありたい場所ですから」
そう、一美は幻想郷を知っている。それはどういう事なのだろうか。美鈴は理由がわからない。
対して彼、羽麗はそういう事か。と今更に理解する。以前仁と話した文献の一件から、そういう事だったのかという記憶の繋がりを得て納得した。
「ふふ、一八も平八さんも私も。幻想郷の人のおかげで助かったのですから」
「そう、なんですか。初めて知りました」
美鈴は自分の知識の無さを少し恥じた。幻想郷にも外の繋がりがある存在が居たなんて。
従来幻想郷は、外界との繋がりが希薄なことしか聞かされていない。幻想郷は妖怪などが集まるからだ。妖怪を信じない人間ばかりが増えれば、それはもう、大変なことになる。
それ故に、未だに繋がりのある人が存在するのか。そんな驚きは彼女を震え上がらせた。
「それにしても、美鈴さん。貴方は相当の手練ですよね。私、見たらわかるんです。ベースは太極拳ですが八極拳も使うみたいですし」
「そうでしょうか? まだまだ修行の身分ですよ」
「いえ、それでも強さを感じますよ」
ふふ。と美鈴の謙遜する姿に美徳を見た一美は、それでも。と付け加える。久方ぶりに心が踊っているのだ。
何しろ、前に来た幻想郷の住民も 相当強かった のだ。
そんな相手を見ていたらどんな闘いができるかと気になるのが格闘家の性。一美は今、久しぶりに燃えていた。
「……美鈴さん。何れお手合わせをしましょう。私は楽しみです」
「え? は、はい」
一美の一言はそれなりに驚きを感じる。この人は何を考えているのか。美鈴にはわからない。だが一つ、感じる事がある。
「この人、強い……!」
思わず口から出た一言は、彼女が感じた一美の強さを見ての事だった。尋常じゃない気に押されそうになりつつも笑が零れる。
ああ、本当にこの場所は飽きない。私が求めていたものなんだ。
伝えようのない感動は美鈴の体を駆け巡る。格闘家としての血は、今もこうして騒いでいる。
「取り敢えず、帰りますよ。美鈴さん」
「羽麗さん。分かりました」
「もう帰るのですね、それではまた」
一美に見送られ、羽麗と美鈴はその場を後にする。美鈴は本当に感動していた。これが自分の求めていたものだと、信じて。
その時、くぅう~。と音が鳴る。美鈴は顔を瞬時に赤くした。
「ふふ。帰ったらご飯にしましょうね」
「……ありがとうございます。羽麗さん」
こうして、三島一美と紅美鈴の最初の出会いは終わる。お互いに、胸に熱いものを灯しながら。
「ふふ……良い人に出会えました。平八さんに報告したら喜ぶ筈。その時は、きっと、すぐに来るでしょう。そう。The King Of Iron First Tournamentは」