異世界食堂another またはエル君の異世界食堂メニュー制覇記 作:渋川雅史
それは月曜日の16時過ぎの事である。この商店街の飲食店共通の端境…ランチタイムとディナータイムの間のポケット…の時間。中華料理店「笑龍」の春子さんは回覧板と少量のシュウマイを手に洋食のねこやを訪ねた。
「マコ君いる?」
「ああ春子さん、ちょうどよかった。味を試してほしい料理があるんですよ。」
「…どうですか?」
「うん、これいいわ!干しエビも干しホタテの貝柱ももどし方は完璧よ。歯応えとほぐれ方のバランスもいいし、出汁もうまく出てるわ。」
「そういってもらえて安心しました、乾物のもどし方なんて師匠に教わってからこっち洋食で使う機会がなかったんで、勘所を覚えてるか心配だったんですよ。」
「そうね…うちもフカヒレや干しアワビや干しナマコなんて使うような客層の店じゃないし、乾物なんてずいぶんご無沙汰だわ…お役に立ったかしら?」
「ええ、ありがとうございます。これなら平日のお客さんにも出せそうだ。」
「でもなんでわざわざ乾物を使ったの?マコ君の腕なら冷凍もので十分でしょう?」
「ちょっと『オトシマエ』をつけなきゃならない事がありまして、ある土曜日のお客さんの二人に。」
「異世界の?」
「はい。」
店主は春子さんに席を勧め、彼女が座ったところで話を始める。
「新顔さんなんですが、海なんて全く見たことのない内陸国の子達4人でした。うち一人が妙な事情でこちらの事に詳しくて、エビフライとカキフライで他の子達をもてなそうとしたんですけど、内二人は複雑な家庭の事情があって海産物は不味いものだと思い込んでいたんです。そのせいで長年の友人が気まずくなりかけまして…まあバイトの子や常連さん達の口添えのお陰でその子達はエビフライとカキフライを食べて喜んでくれて、友達との関係も更に良くなりました。それはいいんですがその二人の子達は今度は『乾物や燻製は食べるに値しないもの』だって思い込んでしまったんですよ…」
「…それは別に、マコ君のせいじゃ…」
「いやあやっぱり責任の一端は俺にあります、この国の料理人が乾物や燻製なしには夜も日も明けないのは春子さんもご承知の通りですし、どんな世界であれ不味い物を作りたがる職人がいる筈はありません。俺はその人達に顔向けができないことをやってしまいました…で、料理での失態は料理で挽回するのが料理人の流儀です。今週の土曜日にホストの子が友人とその家族を全員招待するんで、その際にこれを出すつもりなんですよ。」
「…マコ君、君は本物の料理人ね。」
しみじみとつぶやく春子さん。店主は照れ臭そうに頭を掻いたのだった。
3#後編の店主の件はそういう事です。
次の幕間はエチェヴァルリア家の事情となります。